第3話 前日談
(松伏視点)
何処の学校にも、『文化祭』や『学園祭』というイベントは行われているだろう。
それは杜坂東中学校も例外ではない。うちの学校は全校生徒の人数が少ない為、教師も含めて学校全体で準備などを行っている。しかも、副担任の新見先生によると、今年は例年と比べて特に人数が少なく、尚且つグラウンドから人骨が発見された事を受けて、体育館での小規模体制で行うらしい。
文化祭の学年での話し合いや準備などは、『支援クラス』と合同で行われる。その為、当然うちの学年の話し合いには丑満時もいた。
「……という事で、私達3年生が行う劇は『青ひげ』でいいですか?」
3年の学級委員長である来仙翠が話を進めている。周囲からは「はーい」「大丈夫です」という声が聞こえる。
どうやら、うちのクラスでは『青ひげ』を行うらしい。
『青ひげ』とは、グリム童話の一つである。
青ひげと呼ばれる男がお城に住んでおり、暫く外出する事になった青ひげが新しい妻に鍵を預け、『小さな鍵の小部屋にだけは絶対に入ってはいけない』と言いつけた。だがその妻は好奇心に負けてその小部屋を開けてしまい、そこで先妻の死体を見つけてしまった。驚いた新妻はその拍子に鍵を血だまりに落としてしまい、血を落とそうとしても鍵には魔法がかかっており、血は落ちなかった。その血によって小部屋に入った事を知った青ひげは新妻を殺そうとする。殺されそうになった新妻は、訪問の約束をしていた兄をあてにし、最後の祈りの時間と称して引き延ばしを図った。殺されかけた瞬間、間一髪で駆けつけた竜騎兵と近衛騎兵の新妻の兄2人によって青ひげは倒され、青ひげの全財産を手に入れてハッピーエンド、と、ざっとこんな話だ。
……そんな話を学校の文化祭でやるのか。
その後の話し合いで、青ひげはうちの学校では一番の強面である加藤常政が、新妻役を丑満時がやる事に決まった。俺は近衛騎兵の方の兄役、佐藤は竜騎兵の方の兄役に決まった。
……だが、正直俺は劇というものが苦手だ。表現力など皆無に等しい。そんな俺がわりと重要な役に? ……困ったものだ。
そんな事を考えながら歩いていると、階段を一人の男子生徒があがっていくのが見えた。手には杖を持っている。おそらく『支援クラス』に戻る所なんだろう。
俺も文化祭の準備で美術室に用事がある。彼に続いて階段を登ろうとした、次の瞬間。
「……!?」
階段を踏み外したらしい彼が、こちらに落ちてきていた。
「危ない!」
俺は思わずその場で腕を伸ばし、構えた。
幸い転がってくるという事はなく、そのまま俺の体に背中から飛び込む形になった。こう見えて力には自信がある俺は、俺より少し身長が高めな彼を支えることも出来た。
「……大丈夫か?」
俺がそう聞くと、彼は「はい……」と返事をした。
そのまま俺が彼を立たせてやると、彼は「ありがとうございます」と言った。
「その声は……確か、3年の松伏先輩、ですよね?」
「ああ。お前は確か支援クラスの……えっと」
「後藤です。後藤瀧太郎。って言っても、僕は支援クラスだから、あんまり関わる事はなかったですね」
「そうだな。……お前、目が見えないのか?」
俺がそう聞くと、後藤は「ええ」と返事をした。
「幼い頃に、だんだん目が見えなくなっていく病気にかかってしまって……。今はもう、全く見えないです」
「そうか……。支援クラスまで一緒に行くか? 俺も丁度2階の美術室に用事があるんだ」
「良いんですか? ありがとうございます」
後藤はそう言って微笑んだ。
支援クラスに到着すると、後藤は体ごとこちらを向いてきた。
「あの、本当にありがとうございます」
「いや。……怪我、なくてよかったな」
「はい」
そんな会話をしていると、支援クラスのドアが開いた。出てきたのは丑満時だった。
「あれー? 珍しいね、松伏君が支援クラスの前にいるなんて」
「ああ。ちょっと、後藤をここまで連れてきた」
「僕が階段を踏み外して落ちた所を、松伏先輩が支えてくれたんです」
「そっかー、ありがとう松伏君」
俺は「別に」と返し、そのまま美術室へと向かった。
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「失礼します」
美術室に到着し、中に入る。だがそこには誰もいなかった。
美術の曙先生がいないとなると、準備も少しの事しか出来ないだろう。仕方がない、今日は引き上げるか。
そんな事を考え、後ろを振り向き戻ろうとする、と。
「うおっ!?」
そこにいたのは、黒く長い髪の女子生徒だった。俺より身長は低く、前髪は目にかかるくらい伸びている。
「び、っくりした……。……あの、俺に何か?」
俺は少女にそう聞くと、少女は俺の方をじっと見て、口を開いた。
「……松伏。松伏銀河」
「え? ……ああ、俺は確かに松伏銀河だが……」
少女の言葉にそう返すと、少女はいきなりとんでもない事を聞いてきた。
「お前、女だろ」
「……何故、そう思う?」
少女の言葉に多少戸惑いながらも、俺はそう聞いた。
彼女は「思うのではない」と返した。
「思うのではない。お前が女であるという事を知っているのだ」
「知っている……? 昔、どこかで会った事あったか?」
「……『柳崎』、と言えば分かるだろう?」
「『柳崎』…? ……『柳崎』だと!?」
彼女の名字を聴き、俺は驚愕した。
『柳崎』。松伏家とは先祖代々仲が良いと言われる家系。そういえば、確かに柳崎の家風やしきたりが嫌で逃げ出した女の子がいると父親から聞いた事はあったが、それがまさか、杜坂東中にいるとは。
「……ちなみに、名前は?」
「柳崎由乃。支援クラス1年」
柳崎由乃。俺の中で、父から聞いてた名前と合致した。
彼女は、柳崎家の人間なのだ。
「お前、何故女である事を隠す?」
「……お前には関係のない話だ。柳崎から離れた、お前には」
柳崎からの問いにそう答えると、柳崎は一つため息をついて言った。
「……大方、松伏家は女が生まれる事を許さない家系だから男として育てられ、自分が本当は女である事を知った後も、公にしてしまった後の事を考えると隠し通さざるをえなくなったと、そんなところだろう」
――図星だった。
だが、その通りすぎて俺は何も返せなかった。
その様子を見た柳崎は、また一つため息をついて「図星か」と再び口を開いた。
「……所詮、お前もその程度のつまらない人間だという事か。……これだから、人間という生き物は嫌いなんだよ」
その後柳崎は、「お前にはもう用はない」と、支援クラスへ帰って行った。
……本当は、俺だってもう隠し通す事は難しくなってくる事は知っているし、いつかは公にしなければならない事も知っている。
だが、公にしてしまったら、その後俺はどうなる? 父は? 母は?
そんな考えが、自分の頭の中でぐるぐると、ぐるぐると渦巻いていく。俺はどうするべきなのか。どうしたいのか。
「……分からない」
もう、何も、分からない。何も考えたくない。もう、何も。
――背後から、誰かが見ているような、そんな気がした。
【第3話 前編へ続く】