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Super Apple 作者:饗庭淵
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1章

1.


「おはよ」
 阿閉と挨拶を交わす。大学に入って三ヶ月、そろそろクラス内で友人グループが形成されていた。座る席は自由に選べるが、それがゆえ固定していた。特に会話することもなく、講義が始まるのを待つ。
「瀬川さんどうしたのかな……」
 女子グループの会話が耳に入った。それほど興味があったわけでもないが、まだ教室にあまり学生が集まっていなかったため自然と耳に入ってきた。
「もう二週間よね」
 大体の事情は察していた。出席を取るとき「瀬川縫子」のときだけ沈黙がある。それもすべての講義においてだ。いわゆる五月病というやつだろうか。しかし五月はとっくに過ぎている。他人事とはいえ、単位は大丈夫なのかと心配になる。
「メールも返事がないし、電話にも出ないのよね」
「いや、でもこの前図書館で見かけたのよ。声はかけそびれちゃったけど」
「図書館って、学校の?」
「うん。向こうにある……」
 わりと深刻な失踪らしい。完全に姿を見せないのなら、最悪の場合、事件や事故に巻き込まれたなどとも考えられる。だが、中途半端に姿を見せているのは奇妙だ。ただのサボりなのか、その場合も学校に来ているというのはおかしい。俺の知るかぎり共通授業はすべて休んでいるし、話を聞くかぎりでもそのようだ。授業は出ないがサークル活動だけでもやっている、というところだろうか。俺には理解できないことではあるが。
 あまりにも暇だったために聞き耳を立てあれこれ憶測していたが、そろそろ講義開始が近くなってきた。息を切らした的場が講義室に駆け込んでくる。やはり一番遅いのは的場だ。
「おはよ。今日は間に合ったか」俺は的場に声をかけた。
「よく考えたらこの講義、出席取るの最後だったな。くそ、急ぐ必要なかった」
「間に合っただけでよしとしろよ」
「といいつつ、元木もこの授業どうせ寝るだろ」
「まあな」
 大学で無気力感に襲われるのも、講義のつまらなさがある。わざわざ口で話してくれなくてもそれらしい本を読めば同じ知識はもっと効率的に手に入るし、手に入れてきた。だからこそ退屈だった。もちろんたまには本で読むよりわかりやすい講義もある。だがそういう講義は稀だ。普通はこの講義のように、睡眠を誘う退屈なものでしかない。

 目覚めるとちょうどいい感じで授業が終わりかけていた。腕時計を見る。
「お、この時間なら学食もすいてるな」
 二限の講義が終われは次は昼休みだ。早めに授業が終わったため、楽に学食でテーブルを占領することができた。メニューをお盆に載せ、全員がそろって席に着くころ、ようやく授業終了のチャイムが鳴る。そして学食もだんたんど騒がしくなってくる。俺たちはそれぞれ昼食にありつく。食事が終わると、そのまま居座り雑談をはじめた。
「次は宇宙論入門か。あの講義くらいだな、今日まともに受ける価値があるのは」俺はぼやいた。
「まあね、教授の説明わかりやすいし」と阿閉が続く。
「ん? 阿閉も元木と同じ講義受けてたのか」
「そういえば的場はなに受けてるんだっけ」
「俺その時間は図形科学だわ。いやもう楽勝で単位取れそうな感じ。サボってお前らんとこ行ってもいいくらいだぜ。それともゲーセンでも行くかな」
「それはさすがにねーよ。出るだけは出ろよ」
「でも出席取らないからなー」そう言い、的場は背もたれに体重を預けた。
 出席。サボり。単位。連想ゲームのようにふと気になる。
「そいや瀬川って誰かわかる? あんまり顔覚えてなくてさ」
「ああ、最近来てないな」答えたのは的場だ。「ていうか、知らないのかよお前。まあ、確かに目立たない感じではあるかもな。えっと、髪が長くて、割と大人しい感じ? 帽子とかよく似合うな」
「ダメだ俺、全然わからん」嘆くのは阿閉だ。
 そして俺は、ぼんやりとイメージは浮かぶが、ろくに会話した覚えもない。高校も後半の二年間は男子クラス。ようやく男女混合クラスとなったが相変わらず女との交流はなかった。
「えっと、的場は……ああ、サークルか」
「そ。サークルで同じだからさ。ところでお前らはなにかサークル入らないのか?」
 中学も高校も帰宅部だった俺は大学でも依然として無所属だった。今も特にどこかに入ろうという気はない。
「まあ、俺は興味あるとこがないでもないんだけど」と阿閉。
 どちらかというと阿閉は俺と似たものだったか、なにかしらサークルに入る気はあるらしい。「なんだなんだ?」といくらか問答の後、口ごもっていた阿閉が答える。
「SF研、とかいうやつにさ」
「なんじゃそりゃ。SF研って。なにするんだ?」
「それがわかんないから悩んでるんだよ。ガイダンスとかのタイミングも逃してしまって様子見に行くにも」
「たしかに名前だけじゃなにをしているのか不透明なサークルだな。UFOか? 小説でも読むのか?」
「SFねえ。というか、もはや現代宇宙論がSFみたいなもんだよな」サークルというものに特に興味がなかったため、俺は適当に呟いた。
「それ聞いたら学者は怒るよ。特にアメリカ人は。まあ、いいたいことはわかるけどさ」
「そういやお前達の次の講義、宇宙がどうとかってやつだったな。実際のところ宇宙人っているの?」
「あいかわらず唐突だなあ」阿閉が答える。「宇宙人はいるのかって、そりゃいた方が面白いとは思うけど。まあ、俺としては、仮にいたとしても出会うのは無理かなって気がする。だってさ、この広い宇宙にどれだけ宇宙人がいるのかわからないけど、人類はまだ太陽系の惑星の調査すらろくにできてないんだ。月や火星に宇宙人がいる、なんて信じてるのはもうあんまりいないと思うけど、もしかしたらエウロパには、タイタンには、っていう希望はいまだにある。つまりそれだけ調査が進んでないってこと。でも、いたとしても多分、アメーバみたいな『地球外生命体』ってレベルで、確かな知性を持った『宇宙人』って感じではないと思う。もしそうならとっくに出会ってそうなもんだしさ。直接出向くのは無理でも通信くらいはできそうじゃん。だとしたら、希望が持てるのは太陽系の外、なんだけど、ちょっとそうなると広すぎるよね、範囲が」
「確率の問題だな」俺が付け加える。「宇宙の広さがたとえ無限でも、観測可能な地平線は137億光年。人類が交信可能な範囲や移動可能な範囲はもっと狭くなる。その範囲内に宇宙人がいないことには意味がない。あるいはその逆。宇宙人の射程範囲内に俺たちがいるかどうか。いたとして俺たちを見つけられるのかどうか。それを考えるとなあ」
「ふうん。面白くねえなあ」
 的場は納得していないらしかった。そこで俺はさらに一つ付け加える。
「でも実際に、リアルで宇宙人探してる計画もあるんだぜ?」
「なに。マジか元木」
「SETIっていうんだけどな。『地球外生命探査』の略称。あとはオズマ計画とか聞いたことないか? たとえば、電波望遠鏡で手に入れた電波の情報を解析して宇宙人からのメッセージを探そうっての。これもかなり大規模でさ、ボランティアを募って世界中のコンピュータで分散処理してるんだよ。それこそアホみたいな計算能力で」
「そんなこと真面目にしてるやついるのか」
「大真面目だよ。でも、当然ながら批判も多い。そんなことしてる暇があったら、ってな。映画にもなったと思うけど。俺としては、まあ、試みとしては立派だと思うけど、この方法じゃ見つからないと思うんだよなあ」
「う~む」的場は少し唸り、次のネタを持ち出す。「じゃあアレだ、NASAだとかCIAが密約してる宇宙人、ってやつは?」
「ずいぶん古いネタだな。ロズウェル事件か。あれのネタはもうとっくに割れてるんだけど。阿閉はMJ‐12文書ってわかるよな」
「ああ、あんまり詳しくは知らないけど。宇宙人との密約の証拠として紹介されたけど、大統領のサインが他の文書からの丸々コピーだったってことで偽物だってのが判明したやつだっけ? それ以外にもツッコミどころ満載らしいね」
「そう、それだよ。じゃあ『マジョリティー12』ってのは?」
「ん? MJ‐12って『マジェスティック12』の略じゃなかったけ?」
「ロズウェル事件にはさらに裏がある。なぜそんなわかりやすい偽文書を作ったのかって話だ。実はMJ‐12は『マジョリティー12』の略であり、『マジェスティック12』はそれを隠すためのフェイク。MJ‐12文書は確かにデタラメだ。それ以外にも様々な情報が流れたが、すべてが嘘だと暴かれた。そのせいでUFO研究家もいいかげんに懲りた。世界中で、UFO研究そのものが『愚かしいもの』として扱われるようになってしまった。しかし、しかしだ。それこそがアメリカの陰謀、巧妙な心理コントロールなんだよ。こういった風潮が罷り通ってくれると都合がいいんだ。MJ‐12文書は、騙すつもりの嘘としてはあまりにお粗末すぎる。わかるだろ? 真実を隠すためにあえて偽情報をばらまいたんだ。はじめから暴かれる予定の嘘をだ。つまり、すべては一つの真実を攪乱するためのフェイクなんだ。その隠すべき真実とは? そう、アメリカと宇宙人との密約は本当は交わされていたんだよ!」
「なんだってー」笑いが起きる。
「なんてことだ。やっぱり宇宙人は地球に来てたんだな。となると、やはり俺に彼女がいないのも宇宙人の策略か」的場が真実に気づいた。
「いや、なんで宇宙人ともあろう方がお前ごときの遺伝子を警戒してんだよ」
「お前、俺の子孫はいずれ人類の救世主になるんだぜ?」
「彼女できるのを阻止かよ。殺しに来るんじゃなくて。地味だな。映画化は無理だ」
「でもその方が現実的で確実じゃないか」
「お前の出会いをことごとく阻止する方法ってどうすりゃいいんだ?」
「アメリカが得意とする巧妙な心理コントロール?」
「それなら殺した方が早い気がする」
「お前そんなことしようとしたら別の勢力が俺を助けようとやってきてそのままハネムーン、ってな」
「それ宇宙人の話じゃないよね?」
 明らかに別の映画の話になっている。
「そういや、映画で宇宙人といえばあれはひどいよな。例によって宇宙人が地球に侵略してくる映画でさ、高度な技術力を持った宇宙人に対し人類はモールス信号で対抗しちゃう」
「ああ。あのMS最強神話を築いた映画か」この話には阿閉が食いついた。「なぜか宇宙にも地球人の開発したOSが流通してるんだよね」
「だよなあ。映画としては、圧倒的な脅威である宇宙人に果敢に立ち向かう人類、ってのをやりたかったんだろうけど、宇宙人としては絶対的な勝利の確信がなければ戦争を仕掛けてくるなんてあり得ないわけでさ、それに人類が勝とうと思ったらよっぽどの奇想天外な知略がいると思うんだよ」
「それは俺も思う。あの映画は、宇宙にも及ぶMSのマーケティング戦略の勝利か、同規格のOSがなぜが宇宙でも開発され流通しているという天文学的偶然で勝利したようなもんだしね。なんで人類のつくったウイルスで宇宙人のコンピュータをクラッシュできるんだよっていう。ある意味奇想天外だけど」
「加えて、かなりの距離を隔ててやってくるわけだろ? 補給の問題がある。それすらもカバーできる技術力で、なおかつ圧倒的戦力差だ。まあ、映画にならないよな。為す術もなく負けちまうよ」
「だけど、ベトナム戦争の例もあるし、地の利を活かしたゲリラ戦でなんとかならないかな」
「それでなんとかなるなら、そもそも戦争は仕掛けないだろ。とりあえず友好関係結んで様子見だと思うよ。俺ならそうする」
「うーん、やっぱ現代の戦争は情報戦か。高度な文明の宇宙人とやらならその一歩上とかいうこともあるやも」
「あるいは、そもそも戦争とか侵略って発想がないかも知れない。よくあるのは、たとえば故郷の星を失って地球に移住したいけど人類が邪魔っていう切羽詰まった状況の設定。だけど、それだけの技術力があるならどこか適当な星を改造して適当な環境にすることもできるだろうし」
「その適当な星が地球なんじゃないか?」
「地球が一番近い星ってことはないだろ?」
「ふうむ。フィクションだからっていってしまえばそれまでなんだろうけど……」
「あー、もう。宇宙人に直接会って聞いた方が早いんじゃね?」と的場。
 よくわからない方向へ発展した宇宙人論争は的場の発言で決着した。

 昼休みが終わる。
 学生が力学系のように流動し、食堂から出ていく。各々が目的地に向かって歩いていく。的場と別れを告げ阿閉と共に次の講義の教室へ向かう。五号館の四階、メモを確認しなくても覚えていた。
 宇宙論入門。
 人気のある講義らしく、キャンパスでもかなり広い部類の教室を学生が埋めつくしている。
 講義は、「なぜ夜空は暗いのか」という問題から始まった。自転により太陽に対して地球の影ができるから、という話ではない。太陽の光が地球に届かなくなると、なぜ暗くなるのかという話だ。当たり前のようだが、考えてもみれば奇妙なのだ。
 たとえば、懐中電灯で夜の道を照らす。近くは明るくよく見えるが、遠くに向けてもほとんど照らせない。これは光が球状に拡散するからであり、そのため光の強さは光源からの距離の二乗に反比例する。これが光の減衰法則だ。また、たしかに距離が遠くなればなるほど光の強さは弱くなるが、逆にいえばどんなに遠くとも光量が少なくなるだけで照らすことはできる。もちろん、知覚できないほど弱い光ではある。これは重力と同じだ。太陽の重力もまた距離が遠ざかれば遠ざかるほど弱くはなるが、決してゼロになることはない。重力は無限遠まで届く。大げさな言い方をすれば、太陽の重力は全宇宙に影響を及ぼしているのである。
 であるなら、どんなに遠い星でもその光は地球に届くことになる。もし宇宙が無限であり、星の数も無限であるならば、夜空は星々に覆い尽くされるはずだ。どこを見ても、どこかで星を見ることになる。つまりここで「なぜ夜は暗いのか」という問題が生じるのだ。この問題はかなり古くから議論されているようで、こうして提示されてみると混乱してくる。
 もちろん、すでに答えは出ている。それは光の速さが有限であるため観測可能な宇宙の範囲が有限であることと、恒星に寿命があるという二点で解決する。一つ目は、要するに夜の暗さを埋め尽くすだけの光がまだ届いていないということだ。数学的な言い方をすれば、観測可能な宇宙の地平線が、全宇宙の星々と地球の平均距離より短いのだ。星の輝いていない空白部分、夜の暗い部分はつまりそういうことだ。そして、恒星には寿命がある。空白部分に位置する星の光が届くころには、かつて夜を照らしていた星が死滅している。ゆえに、夜は永遠に暗い。
 その講義も今は特殊相対性理論の解説に入っている。このへんの知識はある程度かじったつもりでいたが、その認識が甘かったことが知らしめられる。教授の小咄や絶妙な比喩も痛快だ。そういうわけで刺激的な講義なのだ。俺にしては珍しく真面目にノートをとっている。

「さて、次は微積だったか? ったく、どういう時間割だよ」と俺はぼやく。
「まあまあ。ところで元木、SF研だけど元木も興味ない?」
「んー、SF研ねぇ」
 そもそもサークルというものに興味がなかった。人間関係というのが苦手だったのもある。「考えておく」と曖昧に返事をし、本日最後の講義を受けに教室を移動する。
 教室ではすでに的場が席を陣取っており、なにか忙しそうに作業をしていた。
「先週のことをよく思い返すんだ」
 言われて気づく。課題が出ていた。的場は前の授業中にそれを思い出し、内職して半分は終わらせたらしい。俺はすっかり忘れていた。阿閉も同様だった。
「共に笑って滅びましょう」
 阿閉を堕落へと誘う。俺は諦めることにした。
 講義のはじめに回収すると思いきや、教授が忘れていたため課題は最後に集めることとなった。講義中に全力で作業していれば間に合った。俺は諦めていた。阿閉は希望を失わずに課題を仕上げてしまった。諦めが人を殺すか。
「あ、お前は今日五限なしで帰りか」
「金曜なんだから早く帰りたいだろ? じゃ、また来週」
 今日はもう帰宅し、忘れることにする。

 外に出ると、途端に雨が降り出した。雲行きは確かに怪しかったが、予想以上の大雨だった。カバンから折り畳み傘を取り出して開く。そして、家までの短い道のりを歩いて帰る。大学構内を出て、小さな公園を横切れば直ぐそこだ。できるだけ学校に近い方がいいだろうと安易な気持ちで選んだが、近すぎるとたまり場にされやすいという噂を聞き失敗したかと思った。とりあえず、今のところ平和に暮らしている。
 そのいつも通りの帰り道、すでに百回くらいは通っただろうか。公園の隅の方に、なにか見慣れぬ奇妙な物体が落ちているのを見る。大きさは片手で掴めるくらい、形状はクルミの実を思わせた。ただそれだけなのだが、雨のせいで時間のわりにかなり暗いこともあり、遠くから眺めるもそれがなんであるか見当がつかなかった。根っからの暇人である俺はついついこういうものに興味を示してしまう。とりあえず近寄って、場合によってはつまみ上げて観察しようと、その奇妙な物体のもとへ歩み寄る。
 近づいてみたが結局なにか分からない。近くで見れば見るほどよくわからない形状をしていた。クルミの実のような、という表現も適切だったか迷いが生じてきた。
 雨が強くなる。多少濡れても家はすぐそばだ。そろそろつまみあげてじっくり観察してみよう。屈んでその物体に触れようと、触れようとした手が二つになった。
「わ」
 驚いた女性はしりもちをついた。「すみません」と俺は反射的に謝る。そしてその場を去るつもりだった。彼女の姿に俺は喉を詰まらせ、固まった。この雨の中、木の陰から現れたらしい彼女は、傘もささずにびしょ濡れだった。小さなバックを肩にかけ、まるで雨が降っているのを知らないように。謎の物体以上にそれは奇妙な光景だったが、その好奇心も問題事に巻き込まれない範囲での話だ。人間関係は最小に済ます。謎の物体のことは諦めてそのまま家に帰ろうと思った。
「すすすみません」
 彼女も慌てて謝ると立ち去ろうとした。自分から立ち去るまでもなく彼女が立ち去る。だが、なにかが引っかかる。彼女の顔には見覚えがあった。
「えっと、瀬川さん?」
 つい、呼び止めてしまった。
「え、あ……、はい」
 的場に聞いた瀬川縫子の特徴を思い浮かべる。髪が長く、あまり目立たない、大人しそうな――それは彼女の印象とたしかに合致した。たしか帽子が似合う、ともいっていた。彼女はしゃれたキャスケット帽をかぶっている。そして、俺自身が抱いていた朧気なイメージを呼び起こす。瀬川縫子に違いない。
 彼女が見知らぬ他人であれば、俺はとっくに無視して帰っていただろう。彼女との関係はせいぜいただのクラスメイトにすぎなかったが、俺の足はそのために止まった。二週間も欠席を続ける不可解さゆえだ。
 なにを話せばいいのか。クラスメイトということでつい声をかけてしまったが、この先どう話を展開させるか。聞きたいのは、単刀直入にいえば「なぜ学校に来ないのか」ということだ。だが、いきなり会ってそれを聞くのは気が引ける。それほど彼女と親しい関係があるわけではない。正直、俺はあまり人との会話を得意としない。しかし、女性を前にあたふたしているという光景が客観的に見てあまり好ましくないと思え、いちいち考えるのをやめた。とにかく、なにか話を続ける。
「なんでここに? じゃなくて、どうしたの? 風邪ひくよ」
「あの……、家の鍵をなくしまして」
 俺としては、なぜ傘をさしていないのかが気になっていた。単に持っていないだけだろうか。しかし、この大雨だ。それならば、どこか適当な場所で雨宿りをするのが普通じゃないだろうか。
「瀬川さんはどこに住んでるの? やっぱり学校の近く?」
「は、はい……そうですね」
「じゃあ雨が止んでからでもいいんじゃないかな。それに万が一のときは管理人にいえば合い鍵くらい貸してもらえるんじゃない?」
 どうにも彼女の反応は鈍かった。「もしかして嫌われてる?」と不安げに俺は目を泳がせる。手に取ろうと思っていた物体が目の端にうつった。会話が続かなかったので手慰みに俺はそれをつまみあげた。
「それは?」謎の物体を指し、彼女が尋ねた。
「いやわかんない。なんか変な形してるなと思って」
「あ、……! もしかしたら……ああ、多分そうだ……」
 問いかけてきたはずの彼女はなにか気づいたのか、一人勝手にぶつぶつと納得したようだった。どうにも様子がおかしい。
 こうやって不毛な会話を続けている間にも雨は降り注ぎ、彼女はますます濡れていく。いまさら傘に入れたところで遅いし、折り畳み傘なので二人分をカバーするだけの表面積もない。別れをいうタイミングもつかめないし、彼女が学校に来ない事情も気になる。
「なんか濡れまくってるからさ、とりあえず俺の家でシャワーでも浴びない? 鍵探すのもそのあとでさ」
 状況を打開するためとはいえ、なにかとんでもないことを言ってしまった気がする。発言の直後に悔やんだ。だが、彼女の姿を見ていると、ちょうど、道ばたで捨てられている子猫を前にしたような気分になる。いわゆる「放っておけない」というやつだ。
「そういえばなんか寒気が……うう」
 彼女との会話が妙に噛み合わない。俺の性分として不可解を残したままにしてはいられなかったというのもある。あまり面倒なことに足は突っ込みたくはなかったが、突っ込んでしまったからには中途半端はゴメンだ。
 そうして考えもなしに、まだ誰も入れたことのない一人暮らしの新居に彼女を招き入れることになってしまった。慎重にを心がけているが、いざとなると後先を考えずに行動してしまう。俺にはよくあることだった。シャワーを貸そうと思ったそのときにそれは露呈する。
「しまった、上着くらいなら貸せるけど下着どうしよ」
 性別の壁というやつだ。しかし、仮に男だったとしてパンツまで貸すだろうか。
「とりあえずシャワー浴びますね。ありがとうごさいます」
 彼女もまた後先考えないで行動するらしい。
 シャワーを浴びている間、どうしたものかと考えつつPCに電源を入れる。ハードディスクに埋もれているクラス集合写真を発掘し、彼女が本当に瀬川縫子だったかを確認した。解像度は高かったので見間違いはない。
 幸い、下着はあまり濡れていなかったらしく、簡単にドライヤーで乾かしてもらってそのまま着てもらった。その場しのぎということでシャツだけを上に着てもらい、タオルケットを装備させた。彼女の着ていたシャツやスカートは洗濯機に放り込んだ。
 考えてもみれば、女を部屋に連れ込むなんてことが初めてだ。それはいったいなにを意味するのか。とはいえ、俺自身やましい気持ちがあるわけでもなく、彼女もあまり気にしている様子もない。自分だけ慌てるのも滑稽に思え、その点は特に考えないことにした。
 とはいいつつも、問題は多い。とりあえずは雨が止むまでか、あるいは服が乾くまでか、先の見えない状況になった。やはり面倒なことになったと後悔する。
 客用の椅子などないので床にちょこんと座ってもらう。テーブルを挟み彼女の前に俺も座る。考える時間を稼ぐため彼女にはホットミルクを与えた。
「俺は元木だけど、わかる?」
「ええ、まあ、一応は……」
 なんとも答えにくい問いかけだったろうが、とりあえず確認しておきたかった。
 彼女がホットミルクを飲み終えたのでなにか話をしなければなるまい。聞きたいこと、不可解なことは多かったが、なにをどう聞けばいいのかうまく整理できない。気まずい空気が流れる。俺は再び手慰みとして拾ってきたクルミのような物体を弄んでいた。
「っとさ、傘もささずになにしてたの?」
 なんか警察の尋問みたいだな、と思った。
「ええ、家の鍵をなくしまして……それを……」
 確かにそれは聞いた。だが俺の要点は「なぜ傘をさしていなかったのか」ということだった。どうにも噛み合わず、どう聞き直せばいいかもわからなかったので次の質問をした。
「いつごろ?」
「さあ……二週間くらい、前、ですかね?」
「二週間?!」
 さっきからなにかがおかしい。彼女はなぜ二週間前になくした鍵を探していたのか。
「二週間前にって、なんで今ごろ?」
「いやその、なんていいますか……はは」
 彼女は曖昧に笑う。質問がずれていたのだろう。つまり、今ごろという点が。
「あ~、なるほど。面白い冗談だなあ。はは……」
「え、ええ。あはは」
「まさか帰ってない? いや、まさかそんなことは」
「はい……」
 嘘でも冗談でもない?
 鍵をなくしたときの状況に自らの思考回路を放り投げてシミュレーションする。合い鍵云々でなんとかするか、あるいは友人に頼るか。どちらかといえば、俺はなんでも自分一人で解決しようとする性格だったが、それでもその危機的状況においては間違いなく人に頼るであろうことが想像できる。そして、それが普通のはずだ。
「で、二週間なにしてたの?」
「さまよってました。サイフのお金でなんとか生存はできたんですけどね……」
「えっと、友人とかには?」
「いえ、誰にも。携帯も、電池が切れまして……」
 笑えばいいのか。彼女を言い表すための正確な言葉が浮かばない。「抜けている」その程度で済むものだろうか。まるで迷子になった子供、海外に放り出され路頭に迷う異邦人、あるいは……。
 性格がどうのという問題ではない。もし彼女が「人に頼らない」性格であれば、二つ返事でシャワーなど借りるはずがない。
 迷子という表現がしっくりと来る。つまり、人に頼らないのではなく人に頼るということを知らなかった。だが、それは矛盾する。彼女が迷子になるはずがない。彼女は普通に大学生活を送っていたように思われるし、おそらく今は一人暮らしをしている。
 考えが詰まる。それは情報が不足しているからだ。目の前にいる女からいくらでも情報は引き出せる。自分の頭の中で考えるよりも聞くのが早い。しかし、的確な質問を選別するために結局あれこれ考えてしまい、やはり考えはまとまらないのだった。
「状況を整理しよう。君は二週間前に鍵をなくし、そのまま家に帰らずに、いってしまえばホームレス生活をしていたと」
 また警察の尋問みたいだな、と思ったがこの際どんな野暮な聞き方でもとりあえずは情報を増やすことだ。
「え、ええまあ……そうなります」
「本当に?」
「ええ、本当です……」
「鍵はずっと探してた?」
「いえ、最初はあまり重要性を感じなかったので。だんだん怖くなってここ最近……」
「最初? 家に帰れないのに?」
「はあ……」
「食事は外食?」
「コンビニなんかで適当に済ませてました……」
「宿泊は?」
「野宿、みたいなものですね。大学構内も何度か利用させてもらいました」
「警察なんかに呼び止められなかった? 不審者扱いは?」
「ありましたね……まあ、テキトーに話を合わせて……」
「となると……失礼だけど、風呂とか着替えは」
「え、ええ、してませんね……はは」
「そうなると、さっきのが二週間ぶりの?」
「は、はい、そうなります……ありがとうございます……」
 笑うしかない。彼女もまた困惑の表情を浮かべていた。妙におどおどしており、落ち着きがない。終始敬語なのも気になったが、今は些細な問題だ。嘘をついていたりからかっていたりという様子もない。仮にそうであっても、そんなことをする意味が分からない。
「鍵をなくしたくらいでホームレス生活をすることはないよね」
 ますます高圧的な警察みたいだと思ったが、まぎれもない本音でもある。
「そ、そうですよね……考えてもみたら」
「誰かに相談とかしてみた?」
「いえ、してません、しませんでした……」
 単純なミスを指摘されたかのような反応、そして表情、それ以外のなにものでもなかった。それだけに留まらず彼女はひどく混乱しているように見えた。
「とりあえず」
 とりあえずどうするのか。雨が止むまでか、服が乾くまでか、それとも、今からでも合い鍵を当てにするか。それも奇妙な話だ。二週間もほっぽり歩いて、そんな簡単なことで解決するものなのか。実際に鍵をなくしたことがあるわけではないが、どう考えても鍵をなくすことはホームレスには直結しない。どうやって家に入るかということを考える。というより、そもそも鍵をなくすということが普通は考えられない。
「えっと、鍵はなんでなくしたの」
「さあ……わかりません……まったく……」
 それがわかれば苦労しないのも事実だ。無意味な質問をしてしまったと反省する。
 だが、曖昧な返事が増えてきた。なにか隠していることがあるとは考えられないか。しかし、なにを隠し、どんな嘘をついているのか。及びもつかない事情でもあるのか。なにか隠すことがあるなら、それを追求するのは失礼に当たるだろう。だが、せめて「なにか事情がある」ということくらいは朧気にでも知りたかった。今はそれすらも判然としない。
「学校にはなんで来てないの?」
 さすがに不作法すぎるかと思われたが、そもそもこれが気になっていたのだ。
「なんでといいますか、いえ、なんといえばいいのか……」
 曖昧な返事をされるのは予想通りではあった。
 嘘だとすれば下手すぎる。だが、鍵をなくしたとの発言は自然で明確だったし、なにか嘘をついているという印象は抱かなかった。今なら十分にデタラメを考えるだけの余裕があるのに発言は曖昧、しかし突然の出会いに際しては自然すぎるほどの嘘……となると、やはりおかしい。あるいは、彼女にとって出会いは偶然ではなかったのか。その場合はしりもちをついたのも演技になる。やはり現在の嘘の下手さが説明できない。
 話にはなんの矛盾もない。もし話の通りなら、彼女は天然記念物級のドジッ子か、頭が少しおかしいのだと考えるしかない。しかし、今までそういった噂は聞いたことがないし、今まで普通に生活できていたのではないのか。なにを考えても思考は螺旋を描き終点を見ない。
「二週間前に、なにかあった?」
「え?! あ、いえ、なにも、いえ特には……」
 やはり返事は曖昧だった。だが収穫はあった。彼女は動揺した。なにかを隠している。二週間前になにかあったのだ。
 一つの可能性について考える。二週間前になんらかの事故に遭い、たとえば記憶喪失にでもなった。だが、もし記憶喪失であれば事故のことも覚えていないはずだ。
 記憶喪失というのは思いつきとはいえ適当な表現に思われたが、やはり不可解な点は多い。記憶喪失になれば真っ先に自分の名前を忘れそうなものだ。しかし、彼女は自分の名前を覚えているようだし、ほとんど面識のなかった俺の顔と名前も覚えているらしい。第一、事故にあったのなら病院に運ばれるなり警察が駆けつけるなりするはずだ。それとも、自分の名前をまず忘れるというのはフィクションにおける偏見だろうか。あるいは、人知れず事故にあったという可能性もないではない。こじつけのような気もしたが、彼女の態度を説明するのに記憶喪失という言葉はかなりフィット感があった。
 だが、そもそもなぜ記憶喪失などという単語を思いついたのか。彼女は自分の名前も覚えているし、俺のことすら覚えている。結局なにを考えても頭を抱え込まざるを得ない。
 彼女がくしゃみをした。「ごめんなさい」反射的に俺は彼女の顔を見る。そして気づく。赤い。火照っている。
「まままさか……」
 立ち上がり救急箱より体温計を彼女に差し出す。計温、三八度。かなりの熱だ。雨に打たれて風邪をひいたらしい。
「ええっと、気分はどう? やばい?」
「頭がくらくらしますね……あと、寒いです。肩が……」
 彼女は見た目にもわかるほどふらふらしてきた。
 なんという展開だ。俺はさらに深く頭を抱える。空白の二週間についてはこの際おく。
 今は一刻も早く彼女を安全な地へ送還することだ。せめて家へ送るくらいしなくては不安でならない。彼女に家の場所を聞く。少しばかり遠い。その距離を歩けるのか。背負って行くわけにもいくまい。加えて、彼女の服は乾かず、外の雨は止まず、さらには合い鍵を得るために事情を説明する必要があるだろう。彼女がこの状態ではそれは俺の仕事になる。しかし、自分でもよく分かっていないことをどう説明するのか? 関係を聞かれたらどうする?
 すべてを解決する、あるいは後回しにする方法がある。だが、今はそれを回避するために脳をフル稼働しているのだ。
 自分の力だけではそろそろ限界があるように思えた。ともかくも誰かを呼ぼう。誰を呼ぶか、誰と話をするか、まず考えられるのは彼女の友人。あまり話したことのない相手と話すのは気は進まないが、瀬川を中継に挟む。問題を円滑に解決するにはそれが一番好ましい。
「えっと、ごめん。携帯ある?」
 電池切れ。そういえば「メールも返事がないし、電話にも出ない」のだった。しかも俺のものとは機種が違うため充電もできない。親しい友人のメールアドレスや電話番号を覚えているかと聞いたが覚えているわけもない。俺も自分のアドレス帳に記録しているもので覚えているものは一つもない。
 となれば、次は自分のネットワークを駆使する。当然ながら俺の携帯に異性の登録はない。的場なら何人か知っているかもしれない。事情の説明は厄介になる。さらに検索の条件は瀬川縫子の友人、かつ学校近辺に住んでいる(迎えに来られる)こと。おそらく的場に聞くだけではヒットしないだろう。「お前が送れば」などといわれれば協力も仰げない。どうすれば効率がいいかを考える。
「友人に頼ろうとかは思わなかった?」
「いえ……その、怖かったので……」
「怖い?」
 彼女の意識は朦朧としていた。雨もまだ止まない。気づけば外も暗い。腹も減ってきた。夕食は二人分か。ついには諦めがでてきた。明日は休日だし、あとは明日考えよう。
 とにかく、風邪をひいているなら今の格好のままでは問題だ。彼女に着せられるものとしてジャージを持ってくる。冷蔵庫から材料を引っ張り出し二人分の食事を用意する。
「あの、すみません……食事まで」
「いいよ。一人分つくるのも二人分つくるのも変わらないから」
 料理といえるほどのものでもない。あり合わせの材料でとりあえず食える形にしたようなものだ。キャベツがメインのスープ、炊いた米と納豆。典型的な一人暮らし料理。それでも彼女はおいしそうに食べていた。特に賛辞の言葉を発するというわけでもなかったが、彼女の反応は美味に対するものに違いなかった。食事に全神経を集中し、その他一切に注意がない。まるで、それが生まれて初めての食事であるかのように。
 沈黙のなか食事がすすむ。そろそろ食べ終わるというころ、彼女は食事が済んだらどうしようかと悩んでいるように見えた。追い出せるわけもあるまいし、かといって彼女を家まで送り届けるのも困難そうだ。
「あとさ」ひとまず言葉をかける。彼女の注意が俺に向くのを確認し、続ける。「もう遅いし、風邪ひいてるみたいだし、服も乾かないし、雨も止まないしさ、しょうがないから……」喉を鳴らし、最後の一言。「今日はもう泊まってって」
「えと……え? 泊め……ええ?! ご、ご迷惑じゃないですか?」
「いや、もう俺が疲れたのもあるし、えと、瀬川さんも今から帰るのも大変じゃない?」
「すみません。お言葉に甘えます……」
 彼女はそれを善意と受け取ったかも知れないが、正直な気持ちでもあった。彼女をどこかに送り届けるよりはもうこのまま休みたいのだ。問題を先送りにしたかった。

 食事が終わり、食器を台所に片づける。
「ああ~、やっぱり言っちゃったがいいのかなあ。このままだと……でも実験生物なんかにされるのはいやだし……ううう」
 部屋に一人残された彼女はなにかブツブツつぶやいていた。
「どうかした?」
「いえ、あの、なんでも……」
 やはりなにかおかしい。人に言えない事情なのだろう。気になったがあんまり突っ込んで聞くのもよくない。彼女は病人だということもある。だが興味はある。最善なのは彼女から進んで話してもらうことだ。追求するにしても明日にしよう。
 俺も風呂に入り、適当に時間を過ごし、そろそろ寝ることにした。敷き布団は余分にはないのでそれは病人に譲った。
「じゃ、おやすみ。電気はどうする? 少しつける?」
 発言のあとで真っ暗はちょっと危険じゃないかと気づく。
「別にお構いなく……」
「じゃあ少しつけておくよ」
 眠れるものだろうか。考えることは多い。加えて今日はじめて会話したような女が隣に寝ている。気にしたら負けな気がした。
 足下に固形の物体を感じる。足で探るも判然としなかったため、つまみあげて手元へ引き寄せる。見れば、拾ってきたクルミを思わせる例の奇妙な物体だった。この状況を引き起こしたきっかけだ。人間というのは一度に二つの奇妙に出会うと安易にそれを結びつけて考える。客観的に思考するなら、必ずしもこの「クルミ」と「彼女」に関連性があるとはかぎらない。だが、彼女はこれについて何か知っているような素振りを見せていた。それについて聞くのを忘れていたことを思い出す。また眠りを妨げる要因が増えた。とはいえ、どうせ曖昧に返事をされて終わるだろう。それに、彼女の体調は今かんばしくない。質問攻めにするのも酷だ。今日はもう寝て、明日体調がすぐれてきたら聞くことにしよう。一晩寝たからといって治るわけでもないだろうが、今よりはよくなるはずだ。
「あの、すみません」
 そろそろ眠ろうとしていたとき、彼女の方から声をかけてきた。
「えっとまあ、非常に言いにくいことなんですが……」
「なに?」ようやくなにか話す気になったのか。耳を傾ける。
「あの、こういうこというと混乱されるといいますか、私をおかしい人だと思ったりするかも知れないんですが……」
 彼女がなにを話そうとしているのかはわからないが、正直、「おかしい人だと思うかも知れない」という点は否定できない。実際、今の段階でさえ彼女を説明するのにそれも仮説の一つとして想定している。
「いいよ、続けて。話は聞くから」
 とはいえ続きは聞きたい。嘘にはならない範囲で促す。
「いえ、私を変だと思うならいいんです。事実、変だと思いますから……」
 なかなか前置きが長い。それだけ突飛な事情ということだろうか。彼女が衝撃をやわらげようと努力すればするほど俺の好奇心は強まっていった。非日常的な状況に晒され酷使された脳が休養を訴えていたというのに、すっかり再起動してしまった。これを聞けばモヤモヤしていたものがスッキリする。それでこそぐっすり眠れる。その期待ゆえだろう。
「その……私、宇宙人なんです」
 もうしばらく脳を酷使することになりそうだ。
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