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Super Apple  作者: 饗庭淵
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2章

2.



Q.地球へ来た目的はなんですか?

A.っと、まず誤解されてると思うんですが、地球へ来たのはただの偶然なんだと思います。いえ、なにかしらの必然的要因があったにしても、私自身それに答えられる十分な知識というか記憶もありませんので……。正確には、多分ない、ってところでしょうか。なんといいますか、ええっと……いえ、まあ、少なくとも私の自由な意志で地球を選んだ、ってことはないと思います。「飛来」っていうよりは「漂着」っていうほうが正しいんです。

 あ、すみません、目的でしたね。地球である必然性は多分なかったと思うんですが、目的といいますとやはり「生き残る」ことでしょうか。それくらいしか思いつきません。生き残ることを優先しすぎていろいろ大切なことが欠けているくらいでして……。


Q.どこからやって来たのですか?

A.わ、わからないんですけど、かなり遠いところからだと思います。かなりの長旅だったと思いますので。おそらく、太陽系よりは外側ではないかと。なぜかといいますと、もし私が太陽系のどこかにいたなら、とっくに人類とコンタクトできてたと思うんです。こうやって、実際に漂着する以前にですね。あと、太陽系内で地球外生命がいるかもしれない、といわれてるのはエウロパとかタイタンが有名ですけど、どちらもしっくり来ないんですよね、私自身。もしいるとしたらこんなのだ、っていう仮説もありますけど、全然違うみたいですし。あ、これはあくまで私の推測です。特にそれらしい根拠があるわけではないんですが……でも、太陽系の外、っていうのは間違いないと思います。まあ、逆にいえば、それ以上正確なことはなにもわからないってことなんですが……。


Q.宇宙から地球へいらっしゃるには宇宙船が必要ですね。宇宙船はどこに着陸しましたか?

A.多分、地球人類の方々からしますと「地球に来たからには自分たちより高度な文明があるはず」って、お考えになってると思うんです。地球人類は他の星へ航行することについては、月面着陸を一度成功させたくらいで、まだまだ未発達みたいですから。でも、それは進化の方向性がちょっと違うだけだと思うんです。人は馬より速く走れませんし、鳥のように空は飛べません。文明の利器によってフォローなさってますが、そういった発明、車だとか飛行機だとか、そういうのが完成したのも最近のことですよね。そんな感じの得手不得手と同じじゃないかと思うんです。

 つまり、私は多分(これも多分なんですけど)、「遠くへ移動する」っていう部分が外宇宙への進出に堪えうるほど極端に進化してるみたいで、かろうじて人類の知性はまだそれに追いついていないというだけにすぎないんじゃないかと思うんです。馬や鳥は、人類にとって身近な存在ですから、彼らを模倣あるいは目標として、車や飛行機といった発明は生まれたと思いますが、ほら、私はつい最近やって来たばかりですから。そういうわけで、私は宇宙進出においては得意分野なのかも知れませんが、それ以外はダメダメでして……。宇宙船なんていう高度な技術力云々なんかじゃないんです。あ、頼みますから実験動物みたいな扱いはご遠慮ください……。あと、私が宇宙人ってことはできるだけ他言なさならないでください。平穏に生活したいと思いますので……。


Q.宇宙空間の航行には十分な推進力が必要です。この推進力はどのようにいして得ましたか?

A.慣性に、頼り切ってたんじゃないかと思います。すみません、それくらいしか。でもそうすると、旅の途中で質量の大きい恒星に捕らえられて死亡しちゃったりしそう……さすがにそれはないかな……でも、なんかすごく無茶なことをしてたのかも、しれません。


Q.地球の大気圏にはどのように突入しましたか?

A.そうですね、考えてみたら結構大変ですよね。燃え尽きちゃったり弾かれたりする可能性があったみたいで。可能性というより、普通はそうなるんですよね。最近、ここらへんで流星の記録なんかありませんか? もとはそれなりの大きさで、地上に落ちるくらいにちっちゃくなって無事着陸、というのは……、うーん。なんだか都合がよすぎる気がしますね。ある角度を守るとわりと綺麗に突入できるらしいというのは聞いたことがあります……。それにしてもなんといいますか、なにか特別な機構でもあったのでしょうか?


Q.一見したところ人間と区別がつきませんでした。なぜ人間の姿をしているのですか?

A.えっと、その、人間に寄生させていただいてます。寄生といいますか……正確には「乗っ取り」ですかねえ。私の知るかぎり、この手の「宇宙人」は人間にとって想像の範囲内といいますか、いくらか映画や小説で描かれているのを拝見しました。いやはや、大概は「敵」として描かれてますね。加えて、すごく頭のいい設定らしくて。

 私ですか? とても人類を敵に回そうなんてことは……。あと、知性はほとんど寄生先である「瀬川縫子」によるものでして、彼女以下の知的活動はできてもそれ以上は望めませんのであしからず……。


Q.人間に寄生する前のあなたはどのような姿をしていましたか? また、故郷はどのような星でしたか?

A.その質問に答えるのは原理的に不可能なんです。光を情報として捉える感覚器官……つまり目がなかった、らしくてですね。だから、私なりに推測すれば――自分のことを推測ってのもおかしな話ですけれど――たぶん、姿は植物みたいな感じじゃないかと思います。目がない、というか必要ないってことは、動物ではなかったんだと思います。まだ慣れてないから運んできた記録情報をうまく人間の言語に変換し切れてないのもあるんですね。ていうか長い漂流の果てに壊れちゃったかな……。残っているのは自分が「宇宙人である」という意識だけ? うわ、なんか情けない……。

 身体を構成する物質がこの地球上の生物とはかなり異なるというのはあるみたいです。炭素基系でないとすれば珪素ですかね? 四本の共有結合をとれるっていったら、炭素じゃなければ珪素になるのかな? 確かそういった根拠で珪素生命云々の話があると思うんですけど……なんていうか、私も自分がなにものだったのか、あるいは、なにものなのかを人間の言葉で説明するために勉強中でありまして……。

 故郷の星は……どうでしょう。高温すぎても低温すぎても……この地球と同じような環境だったか、同じような環境である必要はないと思うんですが、ええと。なんかしっくりこないんですよね。おかしいなあ。質問自体がズレて……?


Q.「瀬川縫子」と名乗っていますが、それは寄生先の人間の名ですね? 本名はなんといいますか?

A.そろそろ予想がついているかも知れませんが、その質問は意味をなしません。人間に寄生する以前は名前という概念がなかったんだと思います。とはいえ、私も、もともと人間以下とはいえそれなりの知性を有した個別的な生命だったわけですよね。だったら名前という概念が発生していてもよさそうなものとは、自分でも思うのですが……。多分、えと、目がなかったのもあり、なんといいますか、植物のようなまさに盲目的な生命であったがゆえに……う~ん、すみません。とりあえずそれは保留ということでお願いします。時が経てば答えられるという保証もありませんが。当分は、というよりいずれ人間社会に溶け込むつもりでいますので今後とも「瀬川縫子」とお呼びください。


Q.あなたは今こうして人間に寄生しているわけですが、人間を選んだことに理由はありますか?

A.ごめんなさい……わかりません……。あるかも知れませんし、ないのかも知れません。えっと、私も人間に寄生する前は当然、人間としての言語能力は備えてなかったわけでして。でも、人間を選んだのも単なる偶然とも思えないですよね。なにか特殊な感覚器官があったのかな、やっぱり。いわゆる超能力、みたいな、ですね。そもそもどうやって生命を生命として判別するのかっていうのが疑問ですよね。間違えて石っころに寄生なんてこともあり得たと思うと背筋が凍ります。でも、今はないみたいです、あったとしたらですけど、その超能力みたいなものは……。必要なくなったからかな、それとも、そんなのはじめからなかったのかな。なんだが、私に聞くよりも元木さんが自分の知識で推理した方が的確な答えが得られそうな気がします……。


Q.自分が宇宙人であると証明することはできますか?

A.え~っと、そうですよね。それが一番問題ですよね。ですけど、多分、できないんだと思います。その質問は、なにか特殊な能力とか姿とか、そういうものを期待しているんですよね? ですけど、そのどちらもないみたいなんです。私が得た地球人類の知識から考察するかぎりでは、この地球に漂着したことと人間の寄生したことにはなにか人間がまだ解明していない未知の能力が必要に思われますが……私もそれを自覚的に行使していたわけでもなく、今となってはその能力の詳細は私自身にも分からない始末でして……。

 なんといいますか、地球人類の記録を見るかぎり宇宙人に大して過剰な期待といいますか、恐れを抱いているようですが、もしかしたら地球人類は宇宙全体の文明レベルから見てかなり上の方にあるんじゃないでしょうか、個人的な意見ですけど……。まあ、もちろん私が宇宙人代表っていうのもおこがましいんですが。私以外にも人類が望むような超知性的な宇宙人もどこかにいるんじゃあないかとも思います。でも、私はそれではなくて、それはたしかなようです。私の場合生き残るのに精一杯でして、自分がどんな生物だったのかという記憶すら曖昧になってる有様で……ホント申し訳ない。


Q.ずいぶん地球人類についてお詳しいようですね。

A.一応、地球人類に寄生させていただいてる身ですから……いえ、寄生っていうか乗っ取っちゃったんですけどね。ハハ……。

 まあ、地球人類って言い方もなんだかおかしいんですが、そもそも言語というものが地球人類にあわせてつくられてますので、自分たちを外から呼ぶ名前がないってことなんでしょうね。とりあえず便宜上そう呼びますが。外の存在である私を「宇宙人」と呼ぶことはできるみたいですけど、でも多分、「宇宙人」と一緒くたに呼びますけど、地球人類の人種よりも宇宙人の方がはるかに多様であると思うんです。まあ、実際に会ったこともない相手を呼ぶのにふさわしい言葉が用意されてるはずもない、といえばそうですけど……。

 あ、地球人類の知識でしたね。ほとんど脳から引き出してるんだと思います。とはいえ、喩えるなら引き出しのたくさんついてるタンスを手に入れたものの開け方の分からない、あるいは、どの引き出しになにが入ってるか分からない状態でして。脳についての研究は地球人類自身でもあまり進んではいないようですが、私の経験によればたとえばリンゴという物体と「リンゴ」という言葉を結びつけるには実際にリンゴを見て手に触れる必要があるみたいです。それが鍵になって「リンゴ」という言葉を引き出すことができる、って感覚ですね。脳には「リンゴ」という単語は記録されてはいるんですが、実際に見て触れるまで意味が理解できないんです。あるいは、話の中で言葉を聞くと状況が連想できる……みたいなこともあります。それを何度か繰り返して、ようやくこうしてまともにお話しできるようにはなってはいるんですが……そういうことはよく経験されますよね? タイトルを見て知らないと思っていた映画でも、実際に観てみるとすでに知っているものだったり。

 えと、映画を引き合いに出したのは私が地球人類に「宇宙人」と呼ばれる存在と知ってからは地球人類が「宇宙人」をどう認識しているのか知りたかったわけでして……いやいや、ほとんど侵略者といいますか、ずいぶん知的な存在として描かれてるみたいで。期待には添えないみたいです。あとは図書館なんかでいろいろ読み漁って……いや、もう必死でしたので。


Q.なぜ自分が宇宙人であることを明かしたのですか?

A.不安だったから……です。



・本当に宇宙人なのか?(Y/N)

 YES→宇宙人である

・すべて彼女の主張するとおり

・宇宙人であることは本当だが、主張に嘘がある

 ・「人間より文明が劣る」という嘘

   →腰の低さは演技

 ・「記憶がない」という嘘


 NO→宇宙人ではない

・人間である

 ・冗談

 ・詐欺師

 ・パラノイア

・人間でもない

 ・すべて俺の夢

     ・「瀬川縫子」なる女性は存在しない

     ・「瀬川縫子」は存在するが宇宙人云々が夢

→深層意識において彼女を宇宙人と認識していた?


 俺は思考をめぐらせ、脳内で系統分岐を組み上げる。そして、現在持ちうる情報を駆使し、最大限の知識を活用しながらそれらの詳細な分析をはじめた。

 考え得る可能性はすべて列挙できただろうか。個人的に最後の可能性が望ましいのだが、「夢である」という可能性を疑っていながら「夢である」と決断できていない時点でこれは夢ではない。明晰夢とはそういうものだ。となれば、俺が深刻な妄想を抱えている可能性もあるが、深刻な妄想というならば、俺よりも彼女の方が疑わしい。

 あろうことか、彼女は自らを宇宙人と名乗った。普通であれば一笑に付して終わりだ。実際、俺もそうやって終わらせようとした。「なにかの冗談?」幾度そう聞き返したろう。しかし、決して冗談ではない。冗談めいた真面目な質問を繰り返してもボロが出ない。もし彼女が本気で答えているのなら、俺は彼女の頭を疑わなければならない。だが、彼女について感じていた多くの疑問が「宇宙人」という答えで解消するのも事実だった。

 真実がどうあれ、彼女の態度はあまりに真に迫っていた。それだけで十分に異常な事態といえた。これ以上深く関わりたくはなかった。だが、こんなわけのわからないことを言われたのでは眠ろうにも眠れない。しかし、どんな質問をしてもその答えもほとんどが「わからない」。答えるにしても推測でしかない。人間の言語をもって答える以上人間の知識に頼らざるを得ないのだろうが、彼女が宇宙人である確証はなにも得られない。まるで交通事故の目撃者のようだ。交通事故というのは、その当事者でさえ事故の詳細な状況を驚くほど覚えていないことが多い。警察との事情聴取のなかで合理的な理解を得て、あとから記憶を再構成するのだ。「わからない」を繰り返し、推測でものを語る彼女の態度は疑わしさ満点だが、その意味で正しい態度でもあった。

 「彼女」とはいうが、彼女の主張を信用するなら、性別が女性であることもたまたま女性の身体に寄生したからにすぎない。言葉遣いが女性的であるのも女性に寄生したからなのだろう。元々の性別はなんだったのか、そもそも宇宙人に性別はあるのか。解答は予想し得た。そもそも姿すら「わからない」のだから。人類の貧弱な想像力では、深海魚以上に奇妙な形態の生物を想像することはできない。宇宙人の姿は、きっと人類の想像力など及ばないような姿なのだろう。でなければ嘘だ。ならばこそ、人の身を借りる彼女がその問いに答えられるはずがない。「わからない」というのは完璧な答えといえた。

 そして、宇宙人としての記憶はないわけではないが、それを人間の言葉として語ることはできないという。これもかなりそれらしい答えだ。人間でも、赤ん坊の時の記憶などは覚えてない。宇宙人としての記憶をスラスラと話す方が嘘なのだ。


 女性(型)宇宙人が一人暮らしの男の家へ来訪――この状況はSFというよりラブコメだ。青年マンガ誌で好まれるような、低俗な部類の。

 いずれにせよ普通であれば、はじめは俺のように宇宙人であることを疑ってかかる。そして痺れを切らして叫ぶだろう。「だったら証拠を見せてみろ!」そして、見せてくれるのだ。宇宙人と信じざるを得ない事件が起こってくれる。そして、友人や家族をはじめとし、誰も彼も宇宙人という設定を素直に受け止める。それをガジェット(装置)として物語が展開する。いつの間にか家族と一緒に朝ご飯を食べていたり。超能力を見せつけてあっという間にクラスのアイドルと化したり。そんな感じで、なんでもありのドタバタコメディが展開されるのがお約束だ。

 だが、彼女は「宇宙人であることを証明できない」という。それも申し訳なさそうに。

 宇宙人とはそもそもフィクションの存在だ。しかし、虚構は同時に現実でもあり得る。現実の事態を解釈するため虚構を参照にすることは誤りではない。虚構はときに現実の法則を無視するが、虚構には虚構の法則がある。そして、その法則は現実だ。というより、この未知の存在に対しては参考資料がフィクションしかない。彼女もまた、同様にフィクションを参考にして彼女なりの宇宙人像を構成しているはずだ。偽物であれ本物であれ、人間の言葉をもって語る以上は参照にせざるを得ない。

 フィクションにおいて、宇宙人が人類を遥かに凌ぐ文明や知性を持っているのにはわけがある。宇宙人をガジェットとして機能させるためにはどうしてもその必要があるからだ。物語とは宿命的に「人間」がテーマになる。「人間とはなにか」という根元的なテーマを問うために「人間以上の存在」として宇宙人を持ち出す。そういったメタ的な理由に加え、物語に合理性を持たせるためにも宇宙人は人間以上でなければならない。

 まず、宇宙の彼方からこの地球に飛来するために人類以上の技術が必要になること。加えて、人類とコミュニケーションを取り、スムーズに社会に適応するために人類以上の知性がどうしても必要になる。

 だが、この宇宙人。この腰の低さ、本人はあくまで「私(宇宙人)は人類にはるかに劣る」と主張している。それは彼女の主張のみが根拠となっているが、鍵をなくしただけであたふたし、二週間も路頭を彷徨っていた話からすれば、たしかに頭は弱いように思える。だが、いくらか交わした会話の内容から判断するに、それなりに知識もあるようだし、論理的な思考力もある。ただし、それも本来は「瀬川縫子」が持っていた能力という主張だ。

 そして、肝心の「どうやって地球へ来たのか」という問題は「漂着」という言葉で説明する。なにかしらの技術でもって地球へ来たのではなく、潮流によって無人島に流れ着くのと同じように地球へたまたま着いた、ということだ。しかし、宇宙空間の航行は海のそれと同じようにはいかない。だが、その点の問題について、人間以下の彼女には答える術がない。

 また、完全ではないにせよこうして人間として会話ができる点は「寄生」によって説明する。その能力は技術力によるものではなく、あくまで生得的なものであるとのことだ。その詳細もまた、人間以下を主張する彼女には説明できるものではない。いずれにせよ、論理的に誤りはないが釈然としない。

 彼女の説明を真に受けるなら、つまり現実には――現実にはというのもおかしな言い方だが――宇宙人は必ずしも地球人より優れているとはかぎらない。どんな形にせよ地球に飛来(彼女がいうには「漂着」)したからには、なにかしら地球人の持たない能力を有しているということには違いない。その意味で、地球人類より優れている点はある。しかし、逆に地球人の方が優れている点も多い。総合的に判断するなら、彼女は地球人に劣るということらしい。いわれてみれば納得できることではあるが、せっかくやってきた宇宙人も自らが宇宙人であることを証明できないのであれば宇宙人である意味がない。結局、彼女が本当に宇宙人であるかどうかは無関係に、彼女は宇宙人である意味がないのだ。


 今度は彼女を人間であるとしよう。この場合には「宇宙人」を名乗ることにいくらか意味はあるはずだ。宇宙人であるよりも人間である方が宇宙人であることに意味があるというのは奇妙だが、意味がなければ宇宙人など名乗りはしない。

 まず詐欺師である場合だが、この場合は「設定」があまりに不完全すぎる。逆にそれが真実味を増してはいるが、しかしこのような受け答えでは疑問は絶対に氷解しない。とはいえ、スラスラと質問に答えることができたとして疑いがなくなるというわけでもない。下手をすればすぐに矛盾が露呈し破綻を来してしまうリスクもある。自分が宇宙人であるなど、事実であれ嘘であれ信用させることは難しい。ましてや、自らが宇宙人であると証明する術がないのならなおさらだ。どうせならテキトーな手品でも見せて「これが証拠です」なんてことをしてくれればわかりやすいのだが。

 もし彼女が詐欺師であり、それも有能な詐欺師であれば、はじめから質疑応答で信用させることは期待していない。長期的な計画と考えられる。この場合、今後とも自らを宇宙人であると証明する決定的な証拠は得られないだろう。状況証拠まがいの心証を積み上げ、自然と信用を得るものと考えられる。宇宙人であることを証明する術がなく、さらに詐欺師であることを暴く証拠も存在しないのであれば、観測上は天才的な詐欺師も本物の宇宙人もなんら変わるところがない。

 だが、この仮説では解せないことがある。目的だ。通常、詐欺には金品を騙しとるなどの目的がある。自らを宇宙人と名乗ることによって得られる利益とはいったいなにか。仮に俺を騙すことに成功して、彼女はなにを得るのか。単純にからかい楽しむことだろうか。

 ここで彼女が「瀬川縫子」であるという前提を疑ってみるべきではないか。俺は彼女となにか交流があったわけではない。そのため、あまりに彼女について知らない。もし彼女が「瀬川縫子」本人でないとしたら、詐欺の目的は俺にではなく瀬川縫子にあるとも考えられる。すなわち、「瀬川縫子を装い奇妙な言動をすることで瀬川の印象を悪くする」などといった目的だ。ともかく、「瀬川を装った何者か」であれば、瀬川本人以上に無責任な言動が可能になる。

 しかし、写真を見たところとりあえず顔は同じであることが分かるし、身分証明も彼女の学生証から確認できる。ただ、身分証明証なら彼女から奪うことは可能だ。

 考えられるのは、①双子、②赤の他人がなりすましている、の二つ。

 ②はあまり現実的ではない。世界には自分のそっくりさんが三人はいるというように、見分けのつかないレベルで、ときにドッペルゲンガーと呼ばれるようなそっくりさんも存在する。だが、その二人が偶然出会う可能性は低いし、出会ったとして「成り代わろう」などと思う動機も理解できない。整形云々も不可能ではないにせよ費用がかかりすぎるし、なにが目的なのか分からないが、他にも方法がありそうな気がする。

 ①であれば動機や成り行きも②よりははるかに理解しやすい。だがこの場合、というより成り代わっている場合、瀬川縫子本人がどうなっているのかというのが問題だ。彼女が共謀である場合この仮説は意味をなさない。彼女がこの事態を知らないのであれば彼女はなにかしらの方法で舞台から排除されていることになる。殺人、誘拐、あるいは旅行に誘うといった穏やかな方法か。そもそもこの仮説を支持する根拠・要素は「本人よりも詐欺が容易になる」という一点だ。瀬川縫子本人をそもそも知らない俺にとってこの仮説はどのみち意味をなさない。意味があるのは彼女が詐欺師であるかどうかという一点であり、「成り代わり」説は今後無視する。

 いずれにせよ詐欺とするならば、実に完成された自然な挙動だ。おどおどうろたえてはいるが、これは別に嘘をついているわけではなく、本人が主張するよう宇宙人としての記憶が曖昧ということに由来すると考えればまったく自然だ。だが、これは心理学について十分な知識を持たないものには単に「嘘が下手」と見なされかねない。人間の記憶力というのは曖昧でありいい加減だ。嘘をつくと心に決めた人間は逆にハキハキしすぎることがある。そのことを踏まえた上ですべて計算のうちで行っているとすれば、俺に「十分な知識がある」ことを前提とした上での挙動になる。

 やはり不明なのは目的だ。俺をターゲットとした詐欺は「からかい」目的以外思い当たるものがない。あるいは「宇宙人」というのはただ気を惹くためのでたらめで(たとえば天使や妖怪などでもよかった)、真の詐欺は俺となにかしらの関係を結び金品を奪う「恋愛詐欺」の一種とも考えられる。しかし、これほどまでの熟練した詐欺師であれば恋愛詐欺にはセオリーがあることを心得ているはずだ。たとえば吊り橋効果。いっしょにジェットコースターに乗ることで心拍数を操作し、それを恋だと錯覚させるのはその常套手段だ。そのような方法を即座に利用せず、このような回りくどい方法を試みる理由が分からない。俺の懐疑的な性格を踏まえた上、であれば、このような方法も「あり」なのかもしれない。が、それならばもっと騙しやすい相手を選んだ方がいい。

 以上から、なにか目的意識を持った「詐欺」と考えるよりは「妄想パラノイア」とする方がよさそうだ。現状ではパラノイアと考えるのも、実際に宇宙人と考えるのも変わりはない。対応も同じだ。これは詐欺師と断ずる場合と同様である。

 はたまた、本当に宇宙人なのか。宇宙人であるとするならば、なんとしても証拠が必要だ。証拠が見つからなければパラノイアだと考える方がはるかに妥当であるし、原理的に差異がないからだ。彼女は「寄生している」といったが、どこに寄生しているのか、どのように寄生しているのか。レントゲンやCTスキャンでも撮ればそれらしいものは発見できるだろうか。あるいは、それでもなにも見つからないだろうか。彼女は実験動物にされたり宇宙人であることが広まって排斥されるような事態を恐れていた。おそらく、そのような装置は避けるだろう。医学部でもない俺の権限では、そのような装置を秘密裏に使用することはできない。なんとかそういった装置に通すことができたとして、そして宇宙人である証拠を発見できたとして、しかしそれはそれに関わった医師や学者などに知れることとなる。そのような事態は彼女が認めないだろう。そして、そのような事態になるくらいなら宇宙人であると信じなくてもいい、というくらいはいいそうだ。ならば……。


「えと、その……」唸りにうねって超長考に没頭する俺に彼女がおそるおそる話しかけてきた。「あっと、ごめんなさい。さっきからすごく考え込んでるみたいで……」

「もう一つ質問させてくれ」


Q・まさかとは思いますが、すべてあなたの妄想ではないでしょうか?

A・……(沈黙)。

 あちゃ~。なんか、否定できませんね……。証拠ありませんし。その可能性も……。

 とはいえ、妄想にせよ症状としては、えっと、彼女からすればですけど、「宇宙人に乗っ取られた」っていうのが一番しっくり来るわけでして。一種の記憶喪失みたいなものでしょうかね。まあ、そのうちあなたも私も宇宙人、っていうのを忘れてしまうのが最善なのかも知れません。人間として完全に社会に溶け込むことに成功すれば平穏に暮らしていけそうですし。あなたに私が宇宙人であることを告白したのも人間社会に適応するにあたり強い不安を覚えていたからでして……。


 なんかもう疲れた。


 ***


「あの教授はひどいね。声も聞き取りにくいし、内容も教科書なぞるだけだし……」

「受ける価値ない?」

「ああ、ないね」

「よかった。まともに聞いてなくて」

「聞いてなかったのかよ!」

「まあ、教授って授業は本職じゃなくてバイトみたいなもんだからな。下手でもしょうがないといえばしょうがない」

 休日が明け、いつものように学校へ通う。そして、いつも通りの昼休みを過ごす。学食に集まり、それぞれ食事をし、それが済んだらそのまま居座り話をする。なにも変わることはない。愚痴をこぼしたり、趣味の話をしたり、バカ話をしたり、いつもと同じだ。メンバーも変わらない。増減はない。決してない。

「あ~あ、大学ってばもちっと楽しいとこかと思ってたんだが」

「ん? 俺はわりと楽しいけどな。高校と違ってかなり自由だし」

「俺は高校の方が面白かったな。結構自由にやってたし。部室にゲーム機持ち運んで大会催してた」

「まじか。俺の学校じゃ考えられないな。学校の違いかな。俺のところは校則とかガチガチだったしなあ」

「俺は予備校だった……」

 なにげない会話から阿閉が一歳年上だったことがいまさら判明した。なにも気にせず普通にタメ口で会話していたが、大学ではこういうことがあるから面白い。

 大学ともなれば、学生は県を隔てて全国のさまざまな高校から集まってくる。地方によって慣習に違いもある。ゆえに、高校時代の話に花が咲くことがしばしばある。いつもと同じだ。まったくもっていつも通りの会話だ。メンバーも変わらない。増減はない。決してない。

「ところでだ。ずっと気になってたんだが……」

 的場が横目で、不自然に席を二つほど空けて座る女をちらりと見て尋ねる。

「なんで瀬川?」

「ああ、俺も気になってたんだけど……元木についてきてる?」

 阿閉も待ち構えたようにそれに続く。

「二週間ぶりに来たと思ったらなにがあった?」

「そうそう。前の時間も、前の前の時間も、なぜか元木の近くに座ってたよね?」

 そして今は、俺の隣二つを開けた位置に座っている。そして話に聞き耳を立てていたことがモロバレの反応を見せる。

 瀬川縫子は俺についてきていた。

 意外にも早く話題にされてしまった。やはり挙動が不自然すぎた。加えて二週間ぶりに来た彼女だ。注目されるのは当然だった。

「お前、瀬川とどういう関係なんだ?」

 この場合、「実は親戚」などと嘘をつくのが定石だろう。しかし、それだと入学してからなんで今まで関わりがなかったのかという説明がややこしい。そのうえ嘘がバレたときの対応が難しくなる。かといって「宇宙人とか名乗ってるかわいそうな子」と告げるのも、それが真実であれ信憑性に欠けるし、妙な深読みをされるのもゴメンだ。なにより本人が望んでいない。

 嘘をつかず、最低限の情報だけで真実をうやむやにしてその場をやり過ごす。それが最も賢明といえる。そのために幾度となくシミュレーションを重ねてきた。なにを話し、なにを話さないのか。人間とは信じたいことを信じる。彼らが想定する答えのうちで最も納得のいく現実的なもの――たとえば、「実は付き合ってる」。実際、それくらいいっても嘘とは言えないほどの状況だった。

 ただ、話が広まるのは勘弁だ。瀬川縫子がどんな女であれ関係ない。基本的にそういう話が嫌いなのだ。俺はまったくといっていいほど興味はないが、世間はそういう話に過剰な興味を抱く。それに巻き込まれたくはない。冗談として流れ、かつ納得させるか興味を失わせるような返答は……

「いや……わからん」

 結局、なにも思い浮かばずこんな回答しかできないチキンなのだった。

「わからんことはないだろう。まさか付き合ってるとか?」

 予想の範囲内の憶測。それを防ぐためにシミュレーションを重ねたのにどうにもならない歯がゆさ。

「いや、それはない。元木にかぎって、てのもあるけど、距離の取り方が不自然じゃん」

「まあな。悟られないようにってなら少し稚拙すぎる」

 小声で話していたが瀬川にも十分聞こえているらしかった。それが容易に知れた。少しどころかあまりに稚拙すぎる。

「これはなにやら犯罪のにほい」

「元木が無理矢理? この男にそんなことが?」

「あるいは、悪の組織に追われる瀬川を……」

「いや、瀬川が悪の組織の女スパイで元木が監視され?」

「面白くないな。どちらにせよ元木がいい思いをしてる気がする」

「じゃあなんなんだよ」

「元木に聞くのが一番早い」

「うっ」二人から疑いの目が刺さる。

 どう説明しろというのか。空気が痛く、重い。

「いや、マジでわからないんだって」

 実際のところ、俺自身さえ瀬川についてはよくわかっていない。宇宙人がどうとかなんて話が真実だとは到底思えないし、冗談や妄想だという確証も持てない。しばらく沈黙を守り様子を見ることにする。そうすることに決めていた。

 だが、そうも言っていられない状況になってきた。クラス全体がこの異常事態に気づきはじめ、俺に視線の集中砲火を浴びせる。的場や阿閉がいくらハチャメチャな憶測を巡らせても堪え忍べるが、女たち――おそらくは瀬川の友人らの話にはビクビクした。耐えがたい空気だった。

 俺としては、なによりも彼女が俺以外の人間にどう対応するかを観察したかった。だが結局、彼女は俺にずっとベッタリはりつき、会話らしい会話もなかった。何度か接触は受けていたが軽く流す程度だった。謎は深まるばかりだった。

 講義を無事消化し、いつものように帰宅する。学校から近すぎるため帰宅路と呼べるほどでもないが、小脳にまで刷り込まれたそのルート、なにも考えずにと歩いていてもいつの間にか家に帰っているだろう。本来ならば注意散漫で気の休める見慣れた光景だ。


 休みは二日あった。思ったよりなかなか熱が引かず一日は潰れた。質問攻めのせいでより病状が悪化してしまったようだ。二日目にようやく回復。彼女の家まで送り、合い鍵も手に入れた。だが彼女は帰らなかった。しばらく俺の家にいたいと言い出したのだ。

「だからなにこの展開」

 理由は、まず人間社会に慣れきっていないことへの不安。そして宇宙人であることを告白した上で宇宙人として振る舞える関係が欲しい、とのことだった。いわば、いち早く人間になりきるまでの勉強時間であり休憩時間だ。丁寧な物腰でありながら強引に、自分の家から着替えまで持ってきて泊まり込む始末だった。

「頼るなら俺以外にしてくれよ……」

 その対象となる人物は、逆に「瀬川縫子」にとって親しい人間である方が厄介らしい。彼女自身、まだ瀬川縫子になりきれてない、瀬川縫子の記憶や経験をすべて把握し切れているわけではないからだ。そういうわけで、俺のように「名前と顔は知っているがそれ以上はよく知らない関係」が一番都合がいいという。そして、例によって他人には口外して欲しくないとのこと。騒ぎが大きくなれば動きにくいし、なにより村八分や実験動物にされることを恐れている。そういうわけで、今日も俺に家に泊まり込むつもりらしい。

「お前は生まれたばかりの雛か!」

 彼女にとって、宇宙人としての誕生は俺に話しかけられた瞬間といえるのだろう。宇宙人としてのはじめてのコミュニケーション。人類とのファーストコンタクト。

 彼女の話を信じるなら――こういう仮定で論理を進めるうちにいつしか本当に信じてしまいそうで怖いが――瀬川縫子は死んだといっていい。ここにいるのはその姿を借りた宇宙人だ。姿だけでなく、知識さえも受け継いでいる。外見上の見分けはつかない。だが、実際にはまったくの別人なのだ。知人であれば、宇宙人がどうのという突飛な想像はできずとも間違いなく変化に気づくだろう。そして彼女はそれを恐れ、二週間さまよった。彼女はその二週間でどれだけ「瀬川縫子」になりきれたのだろうか。

 俺は瀬川を知らない。以前の彼女を知らない俺には、なにが変わり、なにが変わっていないのか分からない。瀬川が宇宙人に乗っ取られたなどと聞いてもなんの実感も沸かない。あるいは彼女は殺されたといってもいい。だが、そこに怒りも憎しみも哀しみもない。それが彼女にとって都合がいいのだ。

 よく知らない女が自らを宇宙人と名乗った。事実だけを要約すればこういうことだ。

 それだけのことでなぜこうも悩まされるのか。それを完全に否定できないからか。たとえば的場が「俺、実は宇宙人なんだ」などと言った場合、同様にそれを完全に否定することはできない。だが、俺も阿閉もそれを相手にすることはない。どうせ冗談だからだ。しかし、それをあまりに執拗に、真に迫った態度で言われたらどうだろうか。どうせ冗談とは思いつつも、少しくらいは真剣に考えてしまうかも知れない。それとも「ついに頭が逝ったか」と哀れむだろうか。それがよく知りもしない女だったらどうか。顔見知りでない相手に冗談をいうのは普通に考えて難しい。詐欺であれば見知らぬ他人の方が楽かも知れない。妄想であれば見境なしだろう。

 本当に人間であるかどうかはさておき、社会的には人間として扱われることに違いはない。それならば警察に任せることもできる。通報するとすればストーカーか。だが、それほど損害を被っているわけでもない。生活費を負担させられているわけでもない。身元もはっきりしている。せいぜい少し困るという程度だ。しかし、風邪もかかりはじめが肝心という。そういう油断が危険なのかもしれない。じわじわと、いつの間にか骨までしゃぶられていたということにもなりかねない。とはいえ、仮に通報したとして瀬川にしらを切られたらどうにもならない。警察もその程度では相手にしてはくれないだろう。

 ともかくも、真偽を明らかにすることだ。気になることがまだいくらかある。

「そう、このクルミみたいなやつだ」

 彼女との出会いはこれが原因だった。出会いは偶然かと思っていたが、もしかしたらこれがトラップだったのかもしれない。しかし、俺がこれに興味を抱くという保証もない。あるいは、罠は複数ありこれはその一つにすぎなかったのかもしれない。いずれにせよ彼女はこれに反応を示した。なにか関わりがあるに違いない。

「これは、なんだ?」率直な問いかけだった。「なにか知ってる様子だったが」

「えっと……簡単にいえば、宇宙船の役割を果たしていたんじゃないかと」

「これに乗ってきた?」

「いえ、乗ってきたというのは……」

「とにかくこの中に?」

「中……、多分、そうですね」

「ということは、本体はこれより小さいサイズ?」

「そうですね……」

「じゃあ、これが宇宙人である証拠になるんじゃないのか?」

「ええっと、それはどうでしょう……それを私を関連づける要素があるのかどうか……」

「ともかく宇宙からやって来たんだよなこれは?」

「そうですね」

「待て待て。実はこれ、もしかしたらかなりとんでもないものなんじゃ。ともかくも、つまりこれは隕石ってことになるのか?」

「まあ、そうなりますね……」

「今までに発見された隕石なんてそう多くないぞ。よりによってこれが宇宙人の? ちょっと話ができすぎてないか」

「それについても少し考えたんですが……もしかしたら、私以外にも実はたくさんの宇宙人が漂着していて、だけど大気圏突入時に燃え尽きるとか、環境に適応できないってことですぐに死んじゃって、そして人類はそれが宇宙人であることに気づかない。そういうことが本当はたくさん起こっていて、私はそのうちでたまたま生き延びた……とも考えられませんか? 隕石にしても、南極ではたくさん見つかっているのに通常の生活圏で見つからないというのも、ただ気づいていないというだけなのかも」

「現に、俺がこうしてこれが本当に隕石なのかと悩んでいるように、か」

 現在までに発見された隕石はせいぜい数千。日本で隕石と断定されたものは50程度だ。これが隕石だというだけでかなり珍しいものといえる。しかも、彼女の話が真実ならおそらくは太陽系外のものになる。珍しいどころの騒ぎではない。人類の歴史に刻まれる発見といっても過言ではない。だからこそ信じられない。

 隕石であるかどうかを鑑定する方法は、たとえば重力による分解や大気との摩擦により融けること、つまり形状から判断できるらしいが、素人の俺にはどれがそれに当たるのかわからない。クレーターだとか屋根に穴だとかわかりやすい現場があればいいのだが、それらしいものは見当たらなかった。もしこれが隕石だとすれば、しかも太陽系外からの隕石だとしたら、これはとんでもない発見になる。

「これは本当に隕石なのか?」

「断言はできませんが……」

「調べてみればわかるかな」

 彼女の言葉のみを根拠に調べてみるというのも動機として弱い。

 もしこれが隕石であるならば、大学なり博物館なりに届ける必要があるだろう。特別な研究機関であれば、放射線測定や同位体測定など専門的な機材を用いた分析でそれははっきりする。だが、どういった切り口で「隕石を発見しました」ということにすればいいのか。「宇宙人から聞きました」ではさすがに動けない。

 ネットで調べるかぎり、とりあえず所有権は発見者のものとなるらしい。俺か瀬川かで分かれそうだが、別に保有しているからといって犯罪になるわけでもない。これについても、もうしばらく様子を見ることにしよう。

「それで、泊まらせていただくことなんですが……その、本当によろしいのでしょうか」

 生活費と称しそれなりの額の入った封筒を押しつけ、着替えまで持ち込んできた用意周到な女がなにをいまさら……。

「わかったわかった。いいよ、別に」

 そういうと喜ぶ。

 この女はいったいなにもので、そして俺はどうすればいいのか。

 結局進展のないまま、いつものように食事をすまし、床につく。


 また一日が過ぎてしまった。そして目覚まし時計の不快な音と共に新しい一日が始まる。

「今日は早いですね……」

 彼女は寝ぼけていた。

 二人分のトーストを焼き、無言のまま朝の身支度を終える。

「あれ? どこに行くんですか」

 キャンパスと反対方向に進む俺に彼女が尋ねる。

「今日は別のキャンバスなんだよ」

「え? あ、ああ……!」

 彼女の言動に矛盾がないか、常に警戒する。とりあえず、二週間学校に行ってなかったというなら、それを忘れているというのもありか。

 総合大学であるため週に一回、専門日と称されるこの日は少し遠いキャンパスで講義が開かれる。少し早めに起き、いつもと同じバスに乗る。考えてもみれば瀬川と俺は同じバスに乗っていた可能性がある。だが今まで意識したことはなかった。時間が違っていたのか。それとも彼女は地下鉄を利用していたのか。それならば、ここで別れることになる。

 と思ったが彼女もバス定期だった。結局二人並んでの通学となった。


「あやしい。あやしすぎる」

「話によると朝も二人で通学とか」

「なんだよそれ! なんなんだよお!」

「でも、彼女とか、そういのうのとは違うよな?」

「まさかあいつ二週間かけて監禁調教」

「?! いや、今のところその説が一番有力……?」

「あるいは、ペットとして飼ってる」

「ペット?! いやまさかそんな」

 それはかなり当たりに近いと言わざるを得ない。一つ外しているのは、それが俺の意志による決定ではないということだ。そこを察してくれ。だが、やつらはいうのだろう。「なんて羨ましい状況」と。俺も端からみればそういう感想を漏らしたかもしれない。いや、考えようによっては、これは「羨ましい状況」なのか。

 瀬川は聞き分けもいい。頭も悪くない。たとえば、瀬川のような女にいきなり「好きです! 付き合ってください!」などと告白されたのなら、いくら俺がそういう話に興味はないといっても断る理由はない。むしろ幸運を感じるくらいだろう。

 そういう状況ならいい。それならば、歓迎とまでいわなくとも十分に楽しい状況だ。

 だが、事実は違う。「好きです」の代わりに「宇宙人です」だ。これいかに?

 的場だったらそんな些細なことなど気にせずに「ラッキー」と喜ぶだろう。阿閉なら俺以上にうろたえ悲惨なことになりそうだ。

 やはり同じように一日が過ぎる。講義が終わり、帰宅準備を整える。どうにかして一人になる時間が欲しかった。あるいは瀬川を一人にする時間。以前から彼女をよく知っていたという的場にも話を聞いてみたいところだった。

「そういえば、サークルとか入ってるって話だったな」

「え、サークル……あ、はい、そうですね」

「行かなくていいのか? 会議とかは?」

「さあ、特にそういう話は聞きませんけど……怖いです……」

「怪しまれたくないだろ?」

「ですけど、サークルに行かないからって宇宙人、ってことにはなりませんよね?」

「というか、いくらお前の様子が変だからって宇宙人に乗っ取られてるなんて考えるやつはそもそもいない。しかし、宇宙人としては早いとこ人間社会に適応して穏便に生活したいんだろ? そのために瀬川縫子が築いた人間関係は維持しなくてはならない。人間関係、それがすなわち社会だ」

 意訳:早くどっかいけ。

「わかります。おっしゃることはわかるんですが……でも、とにかく今日はそういう予定はないはずです」

「そうか」

 彼女が半ば強引に俺について回るように、俺も強引に彼女を振り払うことは可能だ。だが、そうする必然性は感じられない。そこまでしようという気にはならない。それはある意味怖ろしい。

 洗脳とマインドコントロールの違い。前者は、特殊な環境で特殊な方法、暴力や圧力によって無理矢理心をねじ曲げる。後者は、本人はあくまで自由意志を保っているつもりであり、知らず知らずに誘導されている。いつの間にか俺は、彼女の術中にはまっているということはないだろうか。

 考えすぎだ。彼女が宇宙人であると考えるのと同様に突飛な考えだ。

 いつの間にかバス停のある駅前に着いていた。考え込むのもいいが、目の前が見えなくなるというのも危険なものだ。引き続き警戒を続けよう。

 と、その警戒対象である彼女は、階段を目の前に立ち止まり目を丸くして感嘆を漏らしていた。あたりをキョロキョロしては目を輝かせている。朝、行きのときも同じ反応を示していたが帰りの方が時間的に余裕があることからか、それはより顕著だった。その態度はバスに乗ってからも同じだった。

「まるでサルだな。街にはじめてきた子どもみたいだ」

「え、ええ。寄生してからあんまり動いてないですから……」

 やはりそういう設定なのかと納得する。

「で、階段やバスがどうかしたのか?」

「なんていうか、スケールが違うなと……」

「スケール?」

「はい。エネルギーを効率よく運動に変換するには車輪が一番効率的ですけど、地面が平らでなければそれは有効ではない。だから、その地面を作り替えてしまおうっていう発想がですね……」

「なるほどな。それは俺にも理解できる。それは人間的な感情だ。ったく、ややこしくってかなわん。お前のその感動も瀬川縫子の知性によるものなんだろ?」

「まあ、そうですね……」

「お前は一体どこまでが宇宙人なんだ?」

 彼女に対し抱いていた奇妙な感覚、疑問、それをようやく言語化できた気がした。つまりはそういうことだ。彼女には「宇宙人らしさ」があまりに足りないのだ。たとえば、感情が欠如しているとか、冷酷だとか、極端に合理的だとか、そういったものがない。従来のフィクション作品ではそういった宇宙人を描くことで人間の思いやりやら道徳やらを強調してきた。だが彼女は、人間と同じように不安がり、驚き、考え、……彼女はそれを人間を乗っ取ったからだと主張するのだろうが、それならば宇宙人が「操る」部分はいったいなんなのか。これではやはりパラノイアとなにも変わらないではないか。

 この質問に彼女もずいぶん頭をひねって考えたようだが「すみません……まだわかりません……」と、定型通りの答えしか返っては来なかった。

 

 そして、今日も彼女と共に帰宅。いつか、この画に疑問を抱かなくなる日が来るのだろうか。彼女と共に行動し、彼女と共に食事をし、彼女と共に生活し、いつしかこれが日常と化してしまうのだろうか。

 別にそれ自体は困ることではない。だがこのモヤモヤした感覚、不可解がウヨウヨしているこの状態は打開したかった。それを一気に吹き飛ばすC4のような爆発物……。

「質問していいか?」

「え、はい、どうぞ」


Q.やらせろ

A.え? ええっと。う~ん……。すみません、なにか怖いので近寄らないでください。


 彼女はあとずさる。

 不意打ちになんの脈絡もない攻撃を仕掛けたが、大した動揺も見られるわけでもなく予想通りの反応を示した。しかし、彼女の反応はまさに「なにかが怖い」というものだった。いわゆる、俺を「野蛮」と見なすような侮蔑や軽蔑といった感情は見てとれない。性行為を連想し「なにか怖い」といったのかはわからないが、ともかくも反応に時間差があった。それは彼女のいう「設定」とも矛盾しない。

「冗談だ」

「は、はあ……」

 安心したようにもみえたが、なんのことだかわかっていないという印象も受けた。

「質問を続ける。さっきの、まあ、一つの実験だったわけだが、なにを連想した?」

「なにって……なんです?」

「性行為や強姦を連想して拒絶したのか、という意味だ」

 身も蓋もないがいちいち取り繕うのも面倒だった。

「あ、……ああ、そうです、そうですね」

「その反応は、ハッキリと連想していたわけではないということか?」

「まあ、そうなりますね……」

 どうやら性には無頓着のように見える。漠然とした恐れの正体も宇宙人としてのものではなく瀬川縫子の、というより人間としてもともと持っていた恐れが引き出されたという感じだろう。それに際してもう一つ疑問が浮かび上がる。

「地球へ来たのは生き残るため、といったな。繁殖はしないのか?」

「繁殖、ですか?」

「単刀直入にいえば、お前が性交し、妊娠した場合、産まれてくる子供はなんだ、ってことだ」

「それは……ふつうに人間じゃないかと思います。私が乗っ取ってるのはほとんど脳だけですから……」

「ほとんど?」

「もしかしたら遺伝子組み換えでもしているのかも……わかりませんが」

「繁殖の手段はないのか?」

「多分ない、と思います……」

 今までに見たことのある映画の事例を考えると、単体で宇宙人が地球へ乗り込む場合、人類と性交し繁殖するタイプの宇宙人が一般的であるように思う。生物の目的を「存続」とするなら、繁殖はなくてはならない機能だ。それを欠く場合、たった一世代で絶滅することになる。せっかくはるばる宇宙からやって来たのに、たった一世代で滅ぶ。なんのためにやってきたのか。それはあまりにも滑稽だ。

 食事をし、風呂に入り、彼女は読書をし、俺も暇なのでネットに繋ぐ。ふと、彼女がいてはオナニーができないことに気づく。目の前に実物の女がいてオナニーというのもなんだが、ともかくも一人の時間というのが失われたのは大きい。いっそのこと「やらせろ」を本気で実行するのもありかもしれない。

 時計が0時を示したころ、明日提出のレポート課題があったことに気づき、彼女と共に取りかかる。相談しながらで思ったより早く済んだ。彼女がはじめて役にたった。その光景はどうみても大学の友達であり、宇宙人と人間の関係には思えなかった。

 考えれば考えるほど、宇宙人という設定はあまりにも不完全であるし疑問も多い。だが、彼女が宇宙人というのもあながち嘘でもないと思い始めてきた。たとえば、男と女が理解し合えないとき「別の生き物」と表現することがある。彼女は自らを宇宙人と名乗った。それはある意味で正しい。俺は彼女がわからない。それはしばしば「宇宙人」と表現されるからだ。

 その宇宙人が俺のもとに歩み寄ってきた。

「あのう……、お腹が空きました」

 本当に、わけがわからない。

「冷蔵庫にプリンがある。安かったから買ってみたけど結局食ってないんだよ。賞味期限切れる前にどうせだから食べてくれ」

「食品の管理に冷蔵庫、その冷蔵庫の運用に電力の供給システム。なんかすごいですよね……」

 あいかわらず人類を褒め称えるのだった。それもまた、どうにも嘘っぽく感じられてならない。

「そうでもない。どんな高度なシステムも人間が運用している。不完全だったり矛盾だらけだったり……お前が思うほど完成されたシステムじゃない」

「おいしい! やっぱりすごいですよ人類。こんなものつくっちゃうなんて……!」

 彼女は、宇宙人だ。

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