そして、
「ミスターカボーチャ……特に噂は聞かないわね」
探偵社にいては、なにも解決しない。
エリスンはもこもこの毛皮コートを着込んで、ロンドド市民の憩いの場、ロンドド公園へ訪れていた。
背後には、再び積み上げられたカボチャタワー。荷台を使い、探偵社から運び出したのだ。ここはオーソドックスに、おとり大作戦。
「聞かないな。すでに何人かが被害に遭っているという話だが。そもそもカボチャを盗むカボチャというだけで、十分に噂になると思うがね」
もちろん、シャルロットも一緒だ。
しかし彼は、上着を着ていなかった。
代わりに、装着していた。
頭と──肩と腰回りと、腕と足に。
カボチャを。
「……そうね」
エリスンは半ば悟りを開いて周囲を眺める。ひそひそとささやきながら、明らかに遠巻きに見られている。
まさに噂になっている真っ最中だ。
「自分がカボチャまみれになる以外に、なにか手はなかったの?」
無駄な問いだとわかりつつも、聞いてみる。目と口にあたる部分がくり抜かれたカボチャの頭が、小さく揺れた。おそらく笑ったのだろう。
「有名なこの言葉を、知らないのかな、エリスン君。『カボチャはカボチャを呼ぶ』──」
「知らないわ」
もうホラーの域だ。いまこの場を目撃してしまった人々にとってはすでにホラーだろう。確実に、夢に、出る。
「おとなしく、情報収集しましょうよ、シャルロット」
ただただ、視線が痛い。大量のカボチャがあればそれですむものを、なぜこの上司は、カボチャに扮しているのだろう。
「ね? このままじゃ通報、連行、拘束のコンボよ。いやでしょう?」
子どもを諭すように、優しくいう。
「ふむ、それは勘弁願いたいな」
あっさりと承諾し、頭に手をかけた。引き抜こうと、力を込める。
まさにその瞬間だった。
「──ファンタスティック・カボーチャ!」
突然、高らかな声が響きわたった。
「な……!」
「何者だっ」
エリスンとシャルロットが、とりあえずそれっぽく叫ぶ。
声は、こちらを遠巻きに見ている人垣の中から聞こえてきた。かき分けるように姿を現し、聞こえなかったと思ったのか、ご丁寧にもう一度、
「──ファンタスティック・カボーチャ!」
繰り返す。
声の主は、カボチャだった。
シャルロットに負けず劣らずの、カボチャっぷりだ。
スーツ姿の上に乗っているのは、シャルロットよりもいくらか自然なカボチャ頭。肘と膝にも小振りなカボチャをつけている。
不審者以外の、何者でもない。
「く……っ」
目の前に躍り出たカボチャ男に、エリスンは思わず身を引いた。
まさかシャルロット以外に、こんなカボチャがいようとは。
おそらく彼こそが、ミスターカボーチャなのだろう。三人もいてはたまらない。
「まさに……計画通り! どうぞ初めまして、ミスターカボーチャ」
どんなときにでも物怖じしない名探偵が、悠然と右手を差し出す。
しかし、ミスターカボーチャは、その手を握り返すことはなかった。
躍り出た彼は、そのまま踊り続けていた。
「──チャッ、チャチャチャ、カボッチャ!」
抜群のリズム感だ。
ただものではない。
「見られてる……見られてるわ……!」
ロンドド市民のみなさまの視線が、これでもかと突き刺さる。カボチャを直視するのははばかられるのか、二人のカボチャよりもむしろ見られている気がする。エリスンはどうにか他人を装おうとした。逃げられるものなら、逃げたい。
しかし、人垣はあまりにも遠かった。つまりそれだけ遠くから見物されているのだ。
「君がミスターカボーチャだな。さあ、なぜカボチャを誘拐するのか、理由を聞かせてもらおうか」
シャルロットは、いつだってシャルロットだ。珍妙な格好にも関わらず、胸を張って堂々と、ミスターカボーチャに問う。
「カッ、モン! カモーン! ッチャ!」
ミスターカボーチャは、あくまでリズムを崩さない。
シャルロットは深くうなずいた。カボチャの頭を誇らしげに揺らし、正面からミスターカボーチャと対峙する。
両膝を曲げ、尻をつきだし、手を広げると、叫んだ。
「カッボーチャ!」
その瞳がエリスンをとらえたので、流れるように自然に、エリスンは目をそらした。求められている。気づかないふりをして、さらに数歩下がる。
「ッチャ、ッチャチャ、カッボーチャ!」
「カボーチャ、カボチャカボチャ、カボチャッチャ」
ごく真剣に、カボチャ語を操るシャルロット。
「カボーチャ?」
ミスターカボーチャが、何事かを問う。
「カボーチャ」
シャルロットは、首を縦に振る。
「カッ、ボー、チャ──!」
ミスターカボーチャは飛び上がると、空中で一回転をした。おお──野次馬の皆さんから、拍手が巻き起こる。
そしてリズムは変えないまま、一歩、また一歩とうしろへ下がるようにして、その場から遠ざかっていき──
やがて、人垣の中に、消えた。
訪れる沈黙。
「……厳しい、戦いだった」
シャルロットが、カボチャの額を拭う。その背後で、エリスンが悲鳴をあげた。
「シャルロット!」
鬼気迫る声だ。何事かとそちらを見て、シャルロットも気づく。
いつの間にか、カボチャタワーを形作っていた大量のカボチャが、一つ残らずなくなっていた。