表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

終わる。

「──まさか、堂々と目の前で、犯行に及ぶとは」

 シャルロットは唸った。

 強敵だった。

「あれだけの人に見られているのに、平気だったのかしら」

 エリスンも、重々しくつぶやく。

 よほどの大物か、よほど頭の回路が残念なのか──

 後者のような気がしてならない。

「ともあれ、終わってみれば、実に安易で陳腐で容易な事件だったな。そうは思わないかね、エリスン君」

 二人は、探偵社に戻って来ていた。

 いつもの探偵ルックに戻り、シャルロットは肘掛けイスでふんぞり返る。

「そうね。簡単だったわ」

 エリスンはうなずいた。

 あの後、ミスターカボーチャの正体は、あっけなく判明した。

 消えたカボチャのからくりを暴くのは、ごく簡単なことだった。

「心意気は尊敬に値するが、あれだけの目撃者がいたのではな」

「まあ……そうね。世の中意外と、あなたみたいな人がいるものよね」

 要するに、あの場にいた市民のみなさまに、なにが起こったのかを問いつめたのだ。

 ミスターカボーチャがダンスで探偵サイドを引きつけるなか、カボチャタワーを持ち去ったのは、三人の少年たちだったらしい。少年たちもカボチャをかぶっていたようだが、聞き込みをしたところ、あっという間に正体が割れた。

 曰く──あのカボチャは、ピージェントさんとこの三兄弟だよ。

 曰く──カボチャといえば、ピージェントさんとこしかないともさ。踊ってたのは、お父さんだねえ。

「父、マーベラス=ピージェント。長男ダリアス=ピージェント、次男ジガル=ピージェント、三男ズロウス=ピージェント──ピージェント一家の犯行か。どうやら、カボチャ農家のようだな。どこかで聞いたような気もするな、ピージェント」

 パイプをふかしつつ、シャルロットは思いを馳せる。

 ピージェントという語感には覚えがあった。わりと最近聞いたような気がするのだが、どこで聞いたのかまで思い出せる脳を持ち合わせてはいない。

「ピージェント……あれかしら、ピーナッツとか、ジェントルマンとか」

 一応は頭を働かせながら、エリスンは鍋のふたを開け、中身を確認する。

 シャルロットが装着したカボチャを、おいしくいただく準備中だ。

「ロルアンさんには、探偵社に来ていただくようにいってるんでしょ? 一日で解決なんて、あたしたちもやるわね」

「これで、名探偵としての評判もうなぎ登りだな! はっはっはっ」

 肩を揺らして高笑いをする、名探偵。

「本当ね。ふふ」

 助手も機嫌が良い。収入が入れば、カボチャ以外の食材を買うこともできるだろう。このままでは寝ても覚めてもカボチャだ。

「ロルアンさんがいらっしゃったら、名探偵オーラを全開にして、ズバリ告げようではないか。ミスターカボーチャの正体は、マーベラス=ピージェント、及びその息子の三兄弟だったのだ────!」

 本番さながら、両手を広げて演説する。

 探偵社のドアが開けられたのは、まさにそのときだった。

「なんですって──!」

 現れたのは、依頼人、ロルアンだった。

 ロルアンは電撃に打たれたように立ち尽くし、それからみるみる顔色を青くしていった。

 がくりと、膝から崩れ落ちる。

「ロルアンさん? どうぞ、ソファへ……」

 しかし、ロルアンは首を左右に振った。

「ドアの向こうで、すべて、聞いていました……さすがは、名探偵シャルロット=フォームスン。迅速な解決、素晴らしいわ。そうだったのですね、まさかミスターカボーチャが……」

 声が震える。ロルアンは両手で顔を覆った。

「あの……どうかしたんですか、ロルアンさん?」

「なあに、これで問題は無事解決した。あとは、あなたの気の済むように、ミスターカボーチャを煮るなり焼くなり食べるなりすればいいではないか。気を落とすことはない」

 しかしロルアンは、ただただ涙を流すばかりだ。

 顔を上げ、眼鏡をはずして涙を拭うと、振り返る。

 いま自分が入ってきたドアに向かって、声を張り上げた。

「マァーベラス! ダリア、ジガル、ズロウス! 入ってらっしゃい!」

 有無をいわせぬ怒号に、ドアの向こう側で、人影が飛び跳ねた。

「あら、ほかにも、お客様?」

 ならばもてなさなければと、エリスンが玄関口に向かう。

 しかし、姿が見えたその瞬間、短く悲鳴を上げた。

「──ひっ」

 恐怖。

 そして目を見開いて──

 ──すべてを、悟る。

「シャルロット……」

「む? どうかしたのかな、エリスンくん。客人を案内してくれたまえ」

「それよりも、ロルアンさんから事情を。そちらにいらっしゃる、ロルアン=ピージェントさんから」

 あえてゆっくりと、フルネームを繰り返す。

 シャルロットは大仰にうなずき、それから小首をかしげた。

「ふむ……ピージェント? どこかで聞いたような」

 絶望的に使えない。

「いいのです、名探偵。気を遣っていただかなくても、結構です。夫や息子たちがこんなことをしでかしていたなんて……気づかなかったわたくしが、いけないのです。ミスターカボーチャを一緒にこらしめようと、連れてきたのですが……まさか、彼らが、犯人だったなんて!」

 悲痛な声で、ロルアンが叫ぶ。

「…………」

 シャルロットは、首を回した。

 おずおずと、実に入りづらそうに探偵社に入ってきた面々を、見る。

 カボチャだった。

 カボチャ大が一人。

 カボチャ小が三人。

 大きい方には、さきほど会ったばかりだ。

 疑いようもなかった。

 マーベラス=ピージェント──及びその、息子たち。 

 ぽんと手を叩く。

「やはりな。私の推理が、これほどまでに的中するとは……」

 彼の中では一瞬で、そういうことになった。

「ご、ごめんなさい!」

 長男らしき、子どもの中で一番大きいカボチャが、がばりと土下座する。

「僕がいけないんです! 収穫したカボチャを、値を間違えて安く売ってしまって……! 父さんは、カボチャを回収しようとしてくれただけなんです!」

「兄ちゃんを責めないで!」

「にーちゃんをせめないでー!」

 わらわらと、すがりつく子どもたち。

 大カボチャが、ひどく辛そうな表情──に見えるが、カボチャなのでよくわからない──で、首を左右に振る。

「カボチャ……ボーチャ」

 反省はしているらしい。

「息子さんたちが、カボチャを安く売りさばいてしまって……お父さんがそれをなんとかしようと、こんなマネを?」

 エリスンが情報を整理する。大カボチャはうなずいた。

「カボーチャ」

 どうやら、肯定だ。

「本当に本当に、もうしわけありませんでした……わたくしはもう、恥ずかしくて恥ずかしくて。値を間違えたといっても、もう売ってしまったものはしょうがありません。誘拐したカボチャはすべて返して、謝罪して回ります」

 ロルアンは涙をこらえるようにして、頭を下げる。

 エリスンは、シャルロットを見た。どこまで理解しているだろうか。とにかく解決には違いないので、この上司ならば問題ないといいそうだ。

「まったく問題ないとも! 解決して、よかったではないか! はっはっはっ」

 名探偵はふんぞり返っていた。その周りを、カボチャ頭の三兄弟がぐるぐる回っている。ありがとう名探偵、ありがとうシャルロット=フォームスン。彼らはシャルロットを讃えていた。

「ミスターカボーチャの正体を突き止めていただいたおかげで、こんなばかなマネを早々にやめさせることができました。感謝いたします、心から」

 ロルアンが、頭を下げる。

 隣に並び、マーベラスも頭を下げた。三兄弟も背の順に並び、ごめんなさいと頭を垂れる。

「もう、終わったことではないか。──ただ、そうだな。君たちはいつまで、そのカボチャをかぶっているつもりかな?」

 シャルロットが問う。もっともだよくいったと、エリスンは胸中で上司を褒め称える。

 もう、ミスターカボーチャである必要はないはずだった。

 こうして罪を悔いているというのに、なぜ未だにカボチャをかぶったままなのか。

 しかしロルアンが、首をかしげる。

「……カボチャを、かぶって?」

 並ぶカボチャ四つも、同じ方向に首をかたむけた。

 まるで意味がわからない、という様子だ。

「……ちょっと、失礼しますわ」

 つかつかと、エリスンが歩み寄る。

 一番小さなカボチャの頭を、がっしりつかんだ。

「えいっ」

 引き抜こうとする。

 抜けない。

 抜ける気が、まったくしない。

「──かぶりもの、じゃ、ない……!」

 カボチャといえば、ピージェントさんとこしかないともさ──

 街の人々の声が、思い出される。

 それはつまり、ピージェント家がカボチャ農家を営んでいるからとか、そういう次元の話ではなく。

 言葉の通り、

 彼らは、

 カボチャだったのだ。

「カボチャの犯行という時点で、気づくべきでした……」

 唇を噛む、ロルアン。

「報酬は、はずませていただきます。アパートメントの表に置いておきますので、どうぞお納めください」

 もう一度頭を下げ、ピージェント一家は、呆然と立ち尽くす二人をよそに、探偵社から立ち去っていった。

 重苦しい、言葉にならない沈黙が、探偵社を支配する。

「報酬?」

 ふと、エリスンは気づいた。

「置いておく──といっていたな」

 シャルロットがいう。

 隠しきれない嫌な予感を抱えつつ、シャルロットとエリスンは、窓から外を見下ろした。

 もともとは自分たちのものだった、カボチャタワーが一つ。

 そしてその両脇に、まったく同じタワーが、二つ。『カボチャ』と張り紙が貼っつけられている。書かれずともわかった。どうしようもなく、カボチャだ。

 全部で三つのカボチャタワーが、アパートメントの前にそびえ立っていた。

「……夕食を、いただこうかな」

「そうね。メニューをあててみて、シャルロット」

 空が赤みを帯びている。

 二人は悟りを開いた目で、美しい赤を瞳に刻む。

「ずばり、カボチャを煮たもの、だろう?」

 エリスンは、首を振った。

「カボチャ・オ・ニタモーノよ」






  ***






 舞台は、フォームスン探偵社──

 肘掛け椅子に座り、見事な三つのタワー──うち一つは上三つほどが欠けているが──を眺める名探偵。

 彼はこちらに気づき、パイプをふかした。微笑んで、肩をすくめる。

「やあ、皆さん──名探偵の活躍ぶり、堪能していただけたかな。なあに、まったく、簡単な事件だった。この名探偵の素晴らしい推理力が遺憾なく発揮される事件に、一度でも遭遇してみたいものだ。とはいえ、私のように才能に満ちあふれていると、それは叶わぬ夢なのかもしれないがね。おっと、カボチャの良い香りがしてきたな。まだまだ、この味を堪能することができそうだ。──エリスン君、せっかくだからワインをあけようじゃないか。ああ、そうだ、赤で頼むよ。──では皆さん、私はこれで。またいつか、会える日が来ることを、望んでいるよ」

 立ち上がり、芝居がかった仕草で一礼するシャルロット。

 悠然と並ぶカボチャタワーの前を通りすぎ──


 ──暗転。

 




 

 

  




読んでいただき、ありがとうございました。


なお、当作品は、伽砂杜さま主催の「ぱんぷきん祭」に参加しています。

仲良くしていただいている伽砂杜さまの企画とあり、どうにか参加したいなと模索した結果、久しぶりに名探偵シリーズを執筆することになりました。


伽砂杜さま、素敵な機会をありがとうございました。



今後も精進いたします。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ