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はじまって、


「どうしよう……どうしよう」

 少年が、泣いている。

 地面に膝をつき、両手で顔を覆って、泣きじゃくっている。

「泣かないで」

「なかないでよ」

 彼よりはいくらか小さい二人の少年が、慰めるように背中をさすっていた。彼らも、いまにも泣きそうだ。

「大丈夫だよ、兄ちゃん」

 一人がいった。

「そうだんしようよ、にいちゃん」

 もう一人も、いう。

 そうだ──三人は、うなずき合った。

 きっと、父さんなら、なんとかしてくれる。





「ふむ」

 ロンドドにも、冬が訪れようとしていた。

 郊外に建つモダンなアパートメントの二階には、名探偵在中の看板が提げられている。その名も、フォームスン探偵社。

 社長であるシャルロット=フォームスンは、このあたりではちょっとした有名人だ。

 金色の髪に知的な瞳、すらりとした体躯──黙っていれば美形の部類に入る彼は、その外見で有名になっているわけではない。

 かといって、名探偵と自称する頭脳によって名を馳せているというわけでも、ない。

 いや、惜しい。

 頭脳に原因があるのは、間違いない。

 ただし、ベクトルは名探偵とは逆方向へ毅然と伸びる。

「これは……カボチャだな」

 名推理しました風に瞳を光らせ、シャルロットはいった。

「ええ、カボチャね」

 慣れた様子で、助手のエリスン=ジョッシュがさらりと肯定する。午前のおやつを求めてスタンバっているシャルロットのもとへ、まずはコーヒーを運んだ。

 週間ゴージャスを愛読するエリスンは、めざせプチプラゴージャスレディの美人だ。長いブロンドはいつだって輝いている。常識人を装ってはいるが、シャルロットと長年共にいられる程度には常識がない。

 エリスンは、シャルロットの目線を追った。眉根を寄せ、ため息をつく。

 カーペットに敷かれた布の上には、シャンパンタワーのように積み上げられたカボチャがあった。いまにも天井に届きそうだ。一段目が十、最上段は、一。見事な三角形。

「つまり、全部で……」

 名探偵の脳内で、計算式が踊り出す。

「……たくさん、あるわけだな」

 踊っただけで終わった。計算式、解散。

「実はまだ、ほかの部屋にもあるの。安かったから、思わず段ボール五箱買っちゃったんだけど、ちょうどキャサリンさんとジョニーさんも差し入れだって持ってきてくれて」

「なるほど」

 シャルロットはうなずく。すべてをわかったような顔でうなずくときの彼は、だいたいなにもわかっていない。

「食べれば問題ないな。なあにエリスン君、君の料理の腕なら知っている! じゃんじゃん持ってきたまえ!」

 すでに首に巻かれているエプロンを、得意げに叩いた。名探偵は空腹中だ。

「いわれなくても、いまから食事はぜんぶカボチャづくしよ。おやつもね。──どうそ、シャルロット」

 エリスンは、できあがったばかりのおやつを差し出した。

 ほくほくとおいしそうな湯気の下、一口大に切られたカボチャが黄金色に輝いている。

「これは……なにかな?」

「カボチャよ」

「うむ」

 名探偵はうなずいた。見たままだ。さすがに、推理するまでもない。

「カボチャの……なに、かな?」

 ちょっと不安になってくる。エリスンは真摯な瞳で、料理名を告げる。

「カボチャ・オ・ニタモーノよ」

「カボチャ、を、煮たもの?」

「カボチャ・オ・ニタモーノ」

「それ以上でも、以下でもないと」

「イカではないはね」

 素材の味を最重要視。

「では……いただこう」

 ごくりと喉をならし、シャルロットはフォークでカボチャを刺す。

 口に運んだ。

「これは……! なんという、想像通りの味!」

 カボチャだった。

「夕食も、これよ」

「はっはっはっ、それは楽しみだなあ」

 いま話題の逆新感覚メニュー、カボチャ・オ・ニタモーノ。

 材料は、カボチャと水だけ。

 誰が作ってもブレない味わいは、料理初心者から絶大な支持を受けている。

「おかわりは、あるのかな?」

「あるわよ、いくらでも」

 なんといっても、カボチャタワーが完成するほどだ。シャルロットは上機嫌で、あっというまに皿を空にしていく。

 まさに、最後の一つが口に放り込まれた、そのときだった。

「素晴らしいわ!」

 バターンと扉を開け放ち、メガネマダムが現れた。

 メガネマダムは、つかつかとカボチャタワーに近寄ると、上から下まで観察する。

「このフォルム……この色味……! あえていうなら……そう、素晴らしい!」

 二度いった。

 手にはファー付きのロングコートを携えている。巻かれた赤毛は肩より上で品よく整えられ、美意識の高さを思わせた。

「初めまして、名探偵シャッロット=フォームスン。窓からカボチャが見えたもので、つい勝手に入ってしまいました。わたくしはロルアン=ピージェント。仕事は主に婦人、年齢は今風にいうなら……そう、アラフォーティフォー。よろしくあそばせ」

 一礼してみせる。

 口の中をカボチャでいっぱいにして、シャルロットは微笑んだ。

「はひへはひへ、ほうあんはん」

 いっぱいすぎた。

 フォークを皿に置き、ゆっくりと飲み下す。ついでに、コーヒーを一口。

 エリスンからナプキンを受け取り、口元を拭った。

「初めまして、ロルアンさん。いかにも、私が、名探偵シャルロット=フォームスンです」

 立ち上がり、優雅に一礼する。エリスンが隣に並んだ。

「助手の、エリスン=ジョッシュです。ええと……主婦で四十四歳のロルアン=ピージェントさん、でよろしいですね?」

「よろしいわ。どうぞよろしく。では早速ですけど、依頼のお話を始めても?」

 ロルアンはメガネに手をあててズレを直す。きびきびとした動きに圧倒されながらも、エリスンはソファへ促した。

「これ、よろしければ」

 紅茶と、カボチャを煮たものを差し出す。

「カボチャ・オ・ニタモーノね。いただいても?」

「ぜひどうぞ、たくさんありますわ」

 もりもり食べ始めるロルアンに、目を光らせ、エリスンはお代わりをじゃんじゃん用意する。消費していただけるのならばありがたい。

「で、依頼とは?」

 シャルロットはデスクのイスへ移動すると、ふんぞり返って問いを投げた。

 カボチャに夢中だったロルアンは、失礼と一言はさみ、シャルロットを見る。

 もったいぶるような──あるいはいい淀むような、沈黙。

 やがて、重々しく口を開いた。

「──ミスターカボーチャを、ご存じでしょうか?」

 シリアスな空気で、いった。

 シャルロットは黙る。ちらりと、エリスンを見る。

 エリスンは、きっぱりと首を左右に振った。

「興味はあるが、存じてはいないな」

 正直にいった。多少うずうずしている。なにそれ会ってみたい。

「最近、この町に出没するカボチャです。わたくしは目撃したことがありませんが、突然現れ、カボチャというカボチャをさらっていくのだと聞きます。皆のアイドル、皆のカボチャを拐かすなんて、忌々しい……!」

 ロルアンは白いハンカチを取り出すと、ぎりぎりと噛んだ。よほど憤っていうのだろう。

「最近、この町に……」

 シャルロットは、想像した。

「この町に、出没する……」

 エリスンも、想像した。

「「……カボチャ?」」

 ハモった。

 現れたカボチャがいたいけなカボチャたちをさらっていく姿が、二人の脳内に描かれる。

 ちょっとよくわからない。

 しかし、探偵サイドの困惑をよそに、ロルアンは鼻息荒く身を乗り出す。

「忌々しいとは、思いませんかっ」

 一点に絞られた気持ち。なるほど確かに忌々しいと、二人はとりあえず納得した。

「わたくしは、カボチャを愛しています。ライクではなく、そう……ラブなんです。愛するあまり、カボチャに嫁いだほどです。そのカボチャを誘拐するなんて、許せません」

 メガネの向こうに、涙がにじむ。

 いろいろいいたいことはあったが、あえて一点だけ、シャルロットつっこんだ。

「味か、見た目か……どちらに、愛を?」

「見た目です。あなたは、おいしいという気持ちを、ラブにできるのですか?」

 あの形への思いも、これといってラブにできない。

 のだが、胸を張っていいきられてしまえば、返す言葉もない。

「お願いします。ミスターカボーチャを、わたくしの前に突き出してください。わたくしが自分で、鉄拳制裁を加えたいんです。どうか、わたくしの力になってください!」

「まかせたまえ」

「わかりましたわ」

 涙ながらの訴えに、シャルロットとエリスンは、深くうなずいた。






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