成功への足掛かり
シャルロッテとメリルからの叱責は長々と続いたが、要点を絞れば「魔法技師としての身体を大事にしなさい」というものだった。
粗末に扱っているつもりもなければ、問題解決のためには必要な行動だと思った……と瑛士は述べたのだが、取り付く島は当然なかった。
前世で意味のない叱責に一日中頭を下げつづけた記憶に比べれば、ずいぶんありがたいお説教だ。しかし瑛士には自虐をしているつもりはなかったが、自分の身を危険に晒した解決法だという自覚は当然あった。
「魔法技師に代わりはいないのですから」
彼女たちが繰り返し使った言葉は事実であるが、真実ではないと瑛士は思っていた。
代わりは居る。シャルロッテ自身がそうだ。
魔法技師として今分かっている知識はほとんど伝えきっていた。特にシャルロッテの理解度は今も群を抜いている。彼女ならば過去の技術の解析も出来るだろう。
瑛士だけにしかできないことは、前世の知識を組み合わせて新しい魔導具を作ることだ。だがそれは魔法技師というよりは異世界人としての技能や知識で、ヤーシャの国が必要とする魔法技師としての範疇外だった。
もちろん異世界人の知識を応用した魔導具は欲しいところかも知れないが、時間さえあればヤーシャの国が抱えていた魔導具に関するデメリットは完全に解決するというのが瑛士の見込みだった。
そう考えると彼女たちを騙している気分になる瑛士だったが、彼女たちの優しい言葉は十分に染み入っていた。
だからこそ。彼女たちの説教が終わると、瑛士はすぐさま実験にかかった。
この仕事が終わればどれだけの利益を得られるだろう。それはきっと、彼女たちに与えてもらった優しさへの恩返しになるはずだった。
だが、悲劇は実験を初めて三日後に起こった。
* * * * *
実験を始めてから、シャルロッテは頻繁に研究室を訪れていた。
貴重な人員である魔法技師が無茶をしないように見張るという目的も、進捗を把握するという目的もあった。
今日も彼女はメリルを連れて、研究室へと向かっていた。
この角を曲がって扉を開けるときに何を言おうか。
また無茶はしていないだろうか。
そんな思いを馳せていたシャルロッテを現実に引き戻したのは、突如通路に響いた爆音だった。
天井も床も、山内の通路全体が揺れる。
メリルが頭上を守ってくれていたが、嫌な予感がシャルロッテを走らせた。
角を曲がった彼女が見つけたのはきらきら光る白い煙と、倒れている学徒達だった。
「息を止めて部屋から出てください!!」
次に聞こえてきたのは、初めて聞いた瑛士の叫び声。
緊迫したその声に突き動かされて、彼女は白い煙の中に手を伸ばそうとした。
それを止めたのは、いつの間にかやって来ていたダンターだ。
「……この煙には金属の味がする。人間が吸っていいものではない。ここで待っていなさい」
即断したダンターは連れて来ていたドゥオルグと一緒になって、研究室から瑛士達を運びだしていった。
通路の壁にもたれかけられた学徒達は一様に激しく咳き込んでいる。
当然シャルロッテはその場を離れるべきだったのだろうが、瑛士が運びだされてくると、彼女はメリルの手を振り払って、その横に座り込んだ。
ひどい有様だった。
着ていた服のいたるところが赤く染まっている。何かの破片が服を切り裂き、体中に突き刺さっていた。
「大丈夫ですか、瑛士さん!?」
「すいません、姫。せっかくの学徒達にも怪我をさせてしまいました」
「あなただってその一人でしょう!」
「責任が、ありますから」
まだまだ瑛士を責めたいシャルロッテだったが、その余裕が彼にないことは明白だった。
流れている血の量は少ないが、怪我は全身に及んでいる。
はやく彼を救護室に運ばせようとしたのだが、二人の間へ割って入る用にしてダンターがやってきた。
「意識はあるな?説明できるか?」
「ダンター様!?こんな時に……」
「いいんです、シャルロッテ姫」
ダンターには、ダンターの責任があるのだ。それはシャルロッテと同じものではない。
説明義務は自分に有り、悠長に寝ているほど時間もない。
「そもそも、今日は何の実験だったんだ?」
「……金属と金属を引き合わせる、魔法です」
水の中から不純物を取り出すという目標のために、ここ数日でいくつかの実験を瑛士は繰り返していた。
検知器による検査。失敗。
真水が水だけを引き合うか実験。失敗。
水がだめなら金属が引き合うか実験し、最も悲惨な失敗を招いた。
「魔導プログラムを刻んだところ、魔法は発動したのですが砕けて飛散してしまいました」
「金属が魔法に耐えられなかったのか?」
「恐らく違います。その場合魔導プログラムの紋様は反応せずに砕けますから」
シャルロッテから宝石を貰う前の実験で、魔法が発動しない時に宝石がどのように砕けるのか瑛士は観察したことがある。
魔法は確かに発動していたのに。全身に怪我をすればまとうに思考が出来るはずもない。瑛士は「なぜ」と繰り返し、いつまでも同じことをうわ言のように繰り返していた。
彼の欲しい答えに気づいたのは、この場で唯一冷静な思考を保っていたダンターだった。
「この魔法は、物体を引き合わせるのだな?」
「そうです」
「引き寄せるのではないのだな?」
「その通りですが」
「であれば引き合ったのだろう。多分この山全体とな」
唖然としたシャルロッテとメリルだったが、瑛士はなるほどと苦笑した。
「今度は成功しすぎたんですね」
「良い傾向だ」
「えぇ、まったくです」
同じ失敗続きだったところに、新しい失敗が積み重なる。
技術者としては喜ばしい限りだ。
これでまた一つ、無数の手段の一つにバツをつけられた。
そうやってすべての失敗を塗りつぶしていけば、いずれ正解にたどり着ける。
「仕切り直しだ、瑛士殿」
「お待ち下さい、ダンター様!」
「良かろう。待ってやらんこともない」
「えっ?」
「だが、どれくらい待てばよい。冷静になれ、シャルロッテ姫。ダの国の損失は続いておる。待つのは構わんが赤字をどこまで我慢すればよい。完治は待っておれんぞ」
シャルロッテはその言葉で頭から冷水をかけられた気分だった。
この場にヤーシャの国の大使として来ているはずなのに、それを忘れて瑛士の心配だけをしていた自分に気付く。
冷静にはなったが、考えなければならないことが姫には多すぎた。
ヤーシャの国として補填するのか。それとも改善活動を切り上げさせたほうが良いのか。その場合のダの国との国交はどうなるのか。魔導具の素材が悪いままに輸入額を釣り上げられでもしたら、補填したほうが安く済むのか。
そしてぐるぐると目まぐるしく考えを広げていく間にも、視界には浅い呼吸を繰り返す瑛士が映っている。
瑛士を失ってはならない。魔法技師としての技術だけが理由ではない。瑛士はそれだけを理由に、無茶をしていいと思っていたが、王と姫は違った。ヤーシャの国が召喚した者という存在が必要なのだ。
そして何より、シャルロッテには瑛士という存在自体が慮る理由だった。
「ダンター様、まだ策は尽きていません」
彼をどうやって守ろうか考えていたシャルロッテは、それ以上瑛士に喋って欲しくなかった。
だがそんなシャルロッテを手で制して、瑛士はダンターをハッキリ見上げた。
「金属塊が水を引く力より、山に引かれる力のほうが強かったのであれば、方針は問題ありません。あとは強度の問題です」
「なるほど。では強度をコントロールする術は有るのか?」
それが分からぬ瑛士ではない、とダンターは信頼していた。
瑛士ならば気づいているはずだ。その上で発言するだけの解決策があるのだと。
だから、最後の疑問形で問いかけたのは解決策の有無ではなく、その内容だ。
「今は有りません。ですから踊る人形の魔導プログラムを解読します。二日だけ下さい」
「……二日だな。とりあえず頑張ってみてくれ、エンジ殿」
ダンターは瑛士に大きく頷くと、ドゥオルグを連れて部屋の片付けへと戻っていった。
その背中を睨むシャルロッテの視線が険しいことに気付いた瑛士は、傷痕に手をかぶせるシャルロッテの手を握った。
「!?」
「姫様。ダンター様は優しいですよ」
「怪我人を無理やり働かせているのに、その当人の瑛士さんがそんなことを」
「……逆に私は驚いていますよ。私の住んでいた国では人の命は何よりも重いという建前がありましたが、こちらの世界にはそんな常識もありません。
建前があっても蔑ろにされていたというのに、建前すらないこちらの世界でそこまで命を重要視されるとは思ってもみませんでした」
瑛士は本当に驚いていたが、彼が驚いていたのは口にした部分ではない。
今口にしたことは、戒めにすぎない。シャルロッテが冷静に考えるべきことを、やんわりと指摘しただけだ。
もちろんこちらの世界でも命は尊いものだ。だが為政者にとってはさにあらず。だからこそ彼女が憤ってくれたということの意味が、前世よりよほど重いのだと瑛士は気付くことが出来た。
だけど今は本当に時間がない。
立場ではなく命を心配されているという事実は、日本人にとってはこれ以上無いくらいに温かいものだった。
そこを十分に配慮した、それでもやはり瑛士という人間は、無理をしてでも何かを返したいと考えていた。
「ですが本当に作業を続けられるのですか。今までの授業で魔導具の解読など教えて頂けませんでしたよ。本当にそんなことが可能なのですか?」
「可能ですが、そのために一つだけ禁忌を破ることを許してください」
「……内容によりますけれど」
「プログラムを書き出すことを許可してほしいのです」