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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

プルーフ・オブ・ゼム・ライフ

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第21話 動乱

 ダの国に開かれた観光事業は大盛況だった。
 温泉という目新しいものに飛びついた貴族たちは、こぞって旅行にでかけた。特に貴族のご婦人方はこれに熱心で、温泉に浸かって帰ってきたシャルロッテ姫はたしかに美しくなっているものだから、我先にと出かけていったのである。
 実際は温泉以外にも、彼女の心境の変化などいろいろな出来事はあったのだが……。

 ともあれ、温泉の心地は極上であった。
 しかしそれゆえに、帰り道の道なき荒野を馬車で進むのは苦行だった。

「それならば、ダの国との間の交易路をこちらで整備しよう」
「おぉ!それならば温泉事業の利益はそちらに多く分けよう」
「なるほど。それならば、こちら側で宿をそちらに作ろうか」

 こんな風にトントン拍子でヤーシャの国とダの国の交易は急ピッチで進んでいった。
 そこに利益が出ると見れば、出資したり事業に乗り出してくる貴族というのは後を断たない。漫然と暮らしているだけでは富を吸い尽くすのみ。それを理解している利口な貴族は自分から名乗りをあげていった。
 貴族からの資金で整備は進み、関税を免除する法を整備して、食料品から工芸品まで、流通を強化する。
 慌ただしくも目に見えて成果の出る政に王族の兄妹は全力を注ぎこみ、一ヶ月が経過する頃には立派な経済網が出来上がっていた。

◆◇◆

「すごいなぁ、二人共」

 やけにのんびりと呟いたのは、自室でまったりと午後の紅茶を満喫している瑛士である。
 部屋にはメリルともう一人の侍女がつき、午前の講義が終わった後は何もすることなく、女性のいれる美味しいお茶を優雅に楽しんでいる。
 傍目から見ればそのような光景であった。
 つまり、実態としてはそうではない。

 汚染物質で怪我をして、毒が体に埋まっているというのに無理を通した瑛士は、完全謹慎を言いつけられていたのである。
 絶対に仕事をするな。体を休めろ。
 温泉から上がって瑛士の体に無数の傷が出来ていることに気づいたヤーシャ王は、瑛士ではなくメリルに上記の命令を申し付けた。
 準備万端といった体で「御意」と申し付かったメリルは、徹底してそれを守らせた。
 次代の魔法技師を育成するという仕事以外はいっさいの厄介事を排除し、隠れてこそこそと魔法の研究で夜明かしをする瑛士を(強制的に)休ませるため、常に部屋には監視をおいたのである。

 その成果は着実に出ていた。
 疲労と毒でやつれていた体には肉と血色の良い肌が戻り、何か仕事は……と落ち着かなかった瑛士も、最近は余計なことを考えない生活というものに慣れて心からリラックスしているようだった。
 その間、ヤーシャ王とシャルロッテが多忙を極めている点については気になっていたので何度もメリルから詳細を聞いていたのだが、最近ようやく法整備も済んだということであった。
 それを聞いた上での反応だったのだが、メリルから返ってきたのは呆れを全く隠さないため息だった。

「エンジ様……僭越ながら申し上げますが、今回の根底にあるのは、貴方様の貢献ですよ?他人事の様に仰らず、ご自分の功績を真摯に受け止めて下さい」
「まったく僭越じゃないんだけど……。でも、あれはいずれ掘り進んでいれば見つかったもので、私が作ったわけじゃないですよ」
「それを貴方が、ヤーシャの国の魔法技師が見つけたというのが大きいのです」
「そんなもんですか?」
「その様な物なのです」

 最近はぼんやりとした発言でも、こういった具合でメリルから手厳しく指導が入ることが多かった。
 ヤーシャの国。魔法技師として。
 自分で気付くように仕向けてくれる彼女の優しさに甘えているわけだが、部屋にこもっているばかりではそれを発揮する機会もない。夜会のお誘いは頻繁に受けているのだが、元々がコミュニケーションレスなエンジニアである。
 果たして自分がいつの間にそんなに変わっていたものかと思案にふけり、窓の外を飛ぶ鳥を眺めて会話が終わる。
 だが、今日はそのまま時間が流れたりはしなかった。

「ん、空に……?」
「どうかされましたか?」

 見上げていた先に、大きな黒の点が見えたのだ。
 ファンタジー的な生物が飛んでいるのかと目を凝らして確認しようとした瑛士だったが、その必要はなかった。
 その黒い点から近づいてきていたのだ。
 一緒に覗き込もうとしたメリルを手で抑えて、急いで窓を開放した。
 ぎりぎり間に合った形で窓から飛び込んできたのは、巨大な鷲。

「これって、サアラのところの……」
「怪我をしているようですが、かなり深いですね。これではもう」

 助からない、というのはメリルに言われるまでもなかった。
 ところどころで羽が抜け落ち、その下の皮膚には深い傷跡がある。
 襲われたのだ。
 だが、エルフの住まうという大森林は、ここから馬車で十数日移動した遠い隣国である。
 そこに住むはずの彼が、何故怪我をしてここにいるのか。

「どうした。何があった?」

 鷲に話しかける様子は見知らぬ者から見たら異常な光景であったが、瑛士はこれがただの鳥ではないことを知っていた。
 そしてその声に反応するように鷲はゆっくりと首を起こし、瑛士としっかり目線を合わせた。

「え、いじ……逃げ……」

 肝心なことただひとつを伝えて、彼はこの世から去った。
 逃げろ、なのか。
 逃げて、なのか。
 いずれにせよ、今目の前で一つの命が失われたことと、関係のある危険が迫っているということだろう。

「メリルさん」
「はい」
「ヤーシャ王に伝えてもらえますか。あの人もこの鷲については知っています」
「御意」
「それと、」
「この鷲の墓、でしょう?」
「……よろしくお願いします」

 しっかりと同室していた侍女の人にも口外しないよういい含めて、メリルさんは部屋を出て行った。
 逃げろと言われても、おめおめと逃げられる立場にないことは、残念ながら最近自覚してしまった。
 瑛士の頭の中に渦巻いていたのは、伝えてくれたのがサアラだったのか、長老だったのかということだけだった。
 最後の言葉が途切れ途切れだったのは、果たして鷲が負傷していたからという理由だけだったのか。
 言葉を伝えさせている本人が無事なのかどうか……。魔法の原理を詳しく聞いていなかったせいで、嫌な予想ばかりが思い浮かぶ。
 久々に、物事の原理を白黒ハッキリつけたいという欲求がうずいてきた。
 いっそのこと、エルフの森に出向いて確かめるのもありだろうか。
 ヤーシャ王に進言しようかと迷っていた瑛士のもとに、タイミングよくメリルが戻ってきた。

「エンジ様。エルフの使者が王と魔法技師に面会したいと来訪されたそうです」
「分かりました。支度します」
「ご自分だけでは出来ないでしょう。私がやりますので、そこに座っていてください」
「……はい」

◆◇◆

 ヤーシャ王と鏡写しになるように作られた赤地に黒の外套を着こむのは数カ月ぶりだった。
 自分で言うと滑稽にしか思えなかったが、魔法技師という重鎮の自覚が出てきた今なら少しは様になるかと思っていたが、着心地というか居心地の悪さは数カ月前と変わらなかった。
 瑛士の自信の無さは顔に出ていたので、謁見の間で横に並んだヤーシャ王は瑛士の肩甲骨を掴むと、ぐいっと力をいれて言った。

「この服が身の丈に見合うことはないぞ、エンジ」
「いや、ヤーシャ王は立派に似合ってるじゃないですか」
「そんなことはない。将来この服を纏う者は、この大陸東岸一帯を支配しているはずだ。今の私はそれに満たん」
「……やっぱり、十分立派ですよ」

 志の大きさも、身の丈の立派さも、内外どちらもこの人には敵わないと瑛士は改めて痛感していた。
 この世界における魔法技師という巨大な柱になんとかしがみついて生き抜こうとしている瑛士にとって、この目線の高さの違いはショックを通り越して感心するほどのものだった。

「私もこの国に生かしてもらっている以上、魔法技師という立場を損なわないよう精一杯貢献していかないといけないですね」
「何を言っている?……あぁ、もしかしたら貴様は勘違いしているかもしれんが」

 実に興味をそそられる言い回しだったが、入り口の扉が強く二回叩かれた。
 当然話は遮られる。
 ヤーシャ王がめずらしく歯切れの悪い表情をしていたが、大使を扉の前で待たせるわけにもいかない。

「いいか、これが終わったら話がある」
「はい、私も楽しみにしてます」

 王の顔はいつもの威風堂々としたものに戻った。
 さて、こちらもそれに見合うよう気合を入れねば。
 顎を引いて扉を見据える。入ってくる彼女が見ても、王と並んで見えるように。
 だが、入ってきたエルフはサアラではなかった。

「お初お目にかかります、ヤーシャ王。この度、先代長老が身罷り、東の森の長老に新たに就任しましたウィルノウの使いで参りました、サラティオと申します」

 男のエルフだった。
 銀や白に近い透けるようなサアラの髪とは違い、明るい金の髪をしている。
 切れ長の目や、精巧に作られた人形のように調った顔には、美しさの見本とでも言うべき笑顔をたたえている。
 恭しすぎる声音と演技がかった所作だったが、このイケメン俳優が演じているのであれば文句はないだろう。
 だが、横に並ぶヤーシャ王は訝しげに眉をひそめていた。

「ほう。そのスウィルノウとやら、本当に長老に選ばれたのか?」

 ヤーシャ王の声音は一分も取り繕われていない、攻撃的なものだった。
 国主が変わった報告にきた使者にこの態度だ。
 大使としても予想外だろうと瑛士は思ったのだが、サラティオという男は動じる素振り一つ見せず、うろたえているのはヤーシャの国の官僚ばかりだった。

「……それはどういった意味でしょうか?」
「エルフの長老は、森に散らばる5つの大樹の(おさ)達が集って選出するそうだな。そして森全体の長となったものは、その名を捨てるのが習わしのはずだ」

 なるほど、と瑛士は納得していた。
 サアラの祖母である長老は、なぜ「長老とだけ呼んで欲しい」と言っていたのか。
 そう呼ばざるを得なかったということだろう。

 もっとも、長老と直接会話したことがある人間は、この間の中には瑛士とヤーシャ王しかいなかった。
 二人でサラティオを疑う視線を送っていると、彼は笑顔を邪悪な笑みに変えて笑った。

「そう、まさにそれを貴方が知っているということがいけないのですよ、ヤーシャ王」
「なんだと?」
「我々エルフの秘術である魔法を猿真似するだけならともかく、知ったかぶりでエルフを語るその口が悪いのだよ」

 挑発というラインを大きく超えた応酬に、周囲の兵が動き出そうとする。
 それを止めたのはヤーシャ王だ。右腕を横に振って兵士の動きを止めると、ヤーシャ王は椅子から立ち上がってサラティオを見下ろした。

「先代長老とは違う関わりをお望みのようだが、それと名を捨てないことになんの関係がある?」
「スウィルノウ様は、人間臭さの混ざった、穢れた風習は捨てるとお決めになった!」

 サラティオは立ち上がり、胸元に手を伸ばした。
 ヤーシャ王は横に伸ばしていた手をエルフの男に向けるが、武器を構える時間の分だけ間に合わなかった。
 胸元から取り出したのは、緑色の3つの(つぶて)
 しまった、と瑛士は歯噛みした。
 だが、それでも途中でやめることはせず、迅速かつ的確に紅の指輪をサラティオに向け、魔法解除の魔法を発動させた。

「オブジェクト破壊処理、起動……魔力オブジェクト初期化」

 指輪が赤く光る。
 確かに、相手の魔法は破壊された。
 だが、輝きを失った礫は一つだけだった。
 瑛士の魔法は、複数の魔法を対象にとれるようには出来ていなかった。

「オブジェクト破壊処理、起動……魔力オブジェクト初期化!」
「ドリィ・ヘルド・ニゥダム!!」

 ふたつ目の魔法は同時。
 発射しそこねた礫が床に転がる。失敗したのは、王へと弾道を伸ばそうとしていた凶弾だった。
 最後の一つが向かった先は、全員の予想通りだった。

「チィっ!!」

 ヤーシャ王の剣閃が凶弾に向かうが、捉えきることは出来なかった。
 僅かに軌道を逸らされたものの、弾丸は瑛士の鎖骨の下へ、深々と突き刺さっていた。

「ぐ、うぅぅ……」

 瑛士は痛みのあまり倒れ込みそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。
 事故ではあったが、至近距離で爆発した金属片が大量に撃ち込まれた経験が生きた。
 一度覚えのある痛みなら、我慢できる。
 瑛士が踏みとどまったのを見たのか見ていないのか、ヤーシャ王はその場で剣を高く掲げた状態で止まっていた。

「くくくっ、殺せはしないでしょう、ヤーシャ王?」

 失敗しても、人質の価値があるものを無闇に殺すのは悪手だ。
 人間自体が下劣ないきものだとサラティオは考えていたが、その中でもわざわざ滅ぼしてやるだけの価値がヤーシャの国王にはあると。
 高をくくっていたのだ。

「森に引きこもって偉そうにしているエルフに教えてやろう。宣戦布告というのは、相手の首で示してやるのだとな!!」

 サラティオが舌を動かすより早くヤーシャ王の剣が光輝き、一閃する。
 数メートルの距離もものともせず、サラティオの首が飛んだ。

「エンジを治療しろ。軍部の代表者も招集だ。奴らが仕掛けてくる前に準備を終わらせるぞ……急がんか!!」

 突拍子のない男だとは思っていたが、ヤーシャ王が激怒している様子を瑛士が見るのは初めてだった。
 これほどまでに苛烈なものだったとは。
 やはり、自分とは違う。

 事態とは見当はずれな納得感を感じながら、瑛士は今度こそ力尽き、気を失った。
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