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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

何と成り、何を為し

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第20話 変わる二人

 水路は本当に3日で完成した。自然、テストも三日三晩かけて行われた。
 そして実際に工房の水を水路に流し込み始めて、ダンターが大魔法と名づけた魔法が静かに、しかし確かに動き始めた。
 回路を水が満たすたび、瑛士はそれらの行き先を目で追った。
 角を曲がり、また違う水路に分かたれ、分岐していた枝が最後には2つの出口に分かれていく。
 不純物を取り除いた水と、汚染水。
 一時間、二時間と固唾を飲んで見守り、その最後の出口から粘度の高い汚染水が落下して初めて、ダンターは喝采を上げた。

「成功だ!」

 洞窟の至る所から歓声が返ってくる。
 石から生まれ、石に還るドゥオルグにとって、この山の土石を守ることは母と墓両方を守ったことに等しい。

 耳に痛いほどの歓声を聞きながら、瑛士は気を吐くのではなく、むしろホッと息を吐いていた。
 これでまた、一つの仕事を成し遂げた。

(クビは遠のいたかなぁ)

 この世界とどこまで付き合っていけるのか。
 一年先の計画も立たない日々は不安だったが、確かな功績が僅かなりとも彼にとっての安定剤だ。

 壁にもたれかかった瑛士は、ぼんやりとした顔で歓声に湧く一団を眺め続けている。
 そしてまた、そんな彼を横から覗き込むシャルロッテも、彼に問いかけること無くそれを見守った。

 ダンター以外は職人気質で気難しい者の多いドゥオルグが諸手を挙げて喜ぶこの光景。
 兄が見たらさぞ満足するだろう。ヤーシャの国の魔法技師が、また一つ偉業を成し遂げたのだ。静かに、しかし確実にこの名声を世に広げようとするだろう。

(でも、瑛士さんは……)

 この光景を。そしてヤーシャの国の動きを、彼がどう受取っているのか。
 それを慮っていたシャルロッテだったが、ダンターの呼びかけで思考は現実に戻された。

「エンジ殿。この施設を絶やさぬために、魔法についてもっと教えてもらえないだろうか」

 当然の申し出だ。本来ならば、シャルロッテが先にこの発言をさせないために、釘を刺しておくべきだった。
 だが、ダンターの口から先に申し出を出されてしまった。

(……いけない)

 どう突っぱねるか、それとも受け入れる代わりにどんな対価を求めれば良いのか。
 案はまとまらずとも、声は出して止めなければ。そう思っているのに、彼女の喉からは声が出なかった。
 ヤーシャの王女として、政に携わる者としてのスイッチが入っていない。油断していたのだ。
 だが、後ろに控える侍女を振り返ることはできない。
 メリルならば、何か良案を思いついているかもしれないが、国の代表としてきている姫を差し置いて発言をすることは絶対に無いだろう。
 答えられたのは、瑛士だけだった。

「良いですよ。魔法の教授、しっかりとお教えしましょう」

 いけません、という否定は更に口に出せなくなった。
 ヤーシャの国の魔法技師。彼はヤーシャの王と対等なのだから。彼を否定できるのは兄だけだ。

 ここからどうやってリカバリーすればよいのか。
 シャルロッテはひたすらに焦り、背筋を伸ばして固まっていたのだが、その背中にすっと差し込まれる手があった。
 メリルの手には熱も冷たさもなく、平然と、いつも通り。
 姫の背に手を回した彼女の体と視線は瑛士へと向いていた。

「大丈夫ですよ、姫様」
「本当に?」

 瑛士の返答の意味が伝わって、ドゥオルグの歓声はひときわ大きくなった。
 彼は期待に答えようとするだろう。仕事を全力でこなすだろう。
 彼がどれほど不器用で、仕事に集中してきたか。それをシャルロッテはずっと監視していたのだ。知らぬはずがない。
 大丈夫であってほしい。
 もはや機転を利かせる冷静さはなかった。
 握手のために手を伸ばすダンターと、それに答えようとして手を上げる瑛士。
 あぁ、もう……。
 諦めかけたシャルロッテの背を、メリルがギュッッと摘んだ。
 傷みに目を開いた先では、男同士の硬い握手が交わされ……ていなかった。

 瑛士の手は、親指と人差指で丸を作っている。
 (ぜに)の形だ。

「しかし、魔導具ではなく、魔法です。この商品は高いですよ?」

 ダンターとドゥオルグ達はきょとんと静まり返り、そして笑い声の渦はさらに倍の大きさになって返ってきた。

「たしかに、浅はかだった!その極上品、しっかりと買い上げてやろう!」

 金は物に付随する。
 しかし、形にならない技術にも対価を。
 畑は違えど、同じ技術者。更に言えば、鍛冶技術での加工品だけで国を保たせているダンターならばその先の意味も分かる。
 彼は太く分厚い手で瑛士の手を強く握りしめ、大きく手を三回振り、瑛士の肩の関節をぶっこわしてようやく解放した。

「いつつつ、こんなんで良かったかな、シャルロッテ姫?」
「これが私へのごほ……報酬ですか?」
「いや、えーっと……俺としてはそのつもりだったんだけど……"ロッテ"が他に欲しいものがあれば、なんでも……」
「あ……ぅ……」
「あ、あれ?ハズした?メリルさんがこれで良いって」
「メ……!!」

 メリル!!と叫んだシャルロッテの声はダの国中に響くほどの勢いだった。
 二人のやりとりを目の前で見せつけられたダンターだったが、ガハハハ、と笑う彼の機嫌は落ち着くどころかどんどんと上昇していく。
 しまいには「仕事は明日からだ!」と宴の準備を始める始末で、本当に瑛士とシャルロッテは宴に付き合わされた。

 翌日どころか仕事の開始は3日も遅れることになるのだが、それはまた別のお話。
 大陸東で徐々に広がっていたダの国の品質問題は、魔法技師によって静かに収められ、魔法による新たな技術史が、誰に認識されることもなく始まったのだった。



 ◇
  ◆


 そしてあっという間に10日が過ぎた。
 ヤーシャの王の執務室にいるのはヤーシャ王その人と、侍女長メリルである。

 ダの国で何が起こっているのか、メリルは毎日伝令を飛ばして経過を伝えていた。
 しかし、やはり事の中枢に関わっていた者の説明では情報量が違う。
 大々的に今回の騒動の情報を広めるわけにはいかないという理由も相まって、一段落した今、メリル自身が報告のために帰国しているのであった。

 伝えられていたダの国の状況は思ったよりも悪かった。
 この大陸にはドゥオルグの力を借りず、奴隷を使って資源を掘り出している人間国家も存在する。
 鉱山では激務以外にも毒気の存在によって、短命で人生を終えるものが多いという情報もある。
 それらの問題は解決したことはなく、常により多くの人足を投入することで誤魔化されてきた。

「それを知っていた上で対処するとは、やはりエンジは一人の技師としておくにはもったいないな」
「しかし、技師をやらせながら政治を行うのは負荷が掛かり過ぎかと」
「……お前には報告を任せたが、意見を出せとは命じておらん」
「失礼致しました」

 メリルの言うことには理がある。ないがしろにするつもりはないが、今の彼女は侍女長にすぎない。
 たとえヤーシャ王の身辺を担当したことがあろうと。
 たとえ彼女が彼の親友の妻であったことがあろうと。
 たとえメリルが名門の出身で政治の才能があろうと。
 今の彼女はそれを言うべきではないし、言わせてはならないというのがヤーシャ王の思いだった。

 冷静で声音を変えることもなく頭を下げた彼女が、体を起こす。
 そこにあった表情に戸惑いや憤りや不満はない。
 彼女は自分が言うべきではないと弁えているし、その上であえて口に出しているのだろう。

 ヤーシャ王の責任ではなく、あくまで自分の責任の中で動こうとする。
 賢しい考えだ。気遣ってもらっている、というそれ自体がヤーシャ王の感情を逆なでする。
 それがわかっていても、彼女は自分のすべき事は通そうとするだろう。己の保身よりも、ヤーシャの国のために。

(キッチリとした女だ)

 昔から変わらないその生真面目さに辟易とすることもあれば、感謝することもある。
 なにより、変わらないモノがそばにあるという事にヤーシャ王は安堵を感じていた。
 彼はこれから、直ぐそばのものから、遠い彼方までを変えていかねばならないのだから。
 その時まで、彼女は変わらず在ってくれるだろうか。

 報告書を眺めながら視界の半分に彼女をいれつつそんなことを考えていたのだが、ヤーシャ王はふと彼女の髪に目を取られた。

「ん?メリル、お前……なにか綺麗になったか?」

 不躾にすぎる言葉だったが、メリルがぴくりと反応した。
 もっと正確に彼女の心情を反映した表現をすれば、いつも通りに笑顔を浮かべながらも、何かをこらえるように口の端を軽く引きつらせていた。

「さぁ、どうでしょう。しかしシャルロッテ様は変わって帰ってくると思いますよ?」
「いいや、お前も変わっているぞ。前より肌が若返っている。間違いなく美しくなっているだろう」
「そんなところを見る余裕があるのなら、報告書に目を通して下さいませ」
「言われんでも見ているさ。このダの国からの報酬にある……"オンセン"?というのはなんだ。新しい武器か?」

 怪しい発音だったので、メリルがそれを訂正した。

「ただしくは温泉、と呼ぶそうです」

 ついでに字も教えた。
 この国の文字ではなく、瑛士が看板に書いていた文字だ。

「意味は、温かい、泉?……おい、もしかして湯が湧いているのか?」
「えぇ。持ち帰ってくることは出来ませんが、大地から湯が無限に湧いているのです。エンジ様の世界ではいくつもの種類の温泉があるそうで、詳しい効果は分かりませんが、健康や美容にも効果があるそうですよ」
「……だからまた向こうに戻るのか?そうなんだな?」
「さぁ」
「美容に効果があるというのも確かなようだ」
「さぁ。どうでしょう」

 打てども響かず、押しても暖簾のように躱される。
 だが効果のほどは今まさに目にしている。
 ヤーシャ王は現地へ直行することにした。

「こちらから路を引いてやっても良いかもしれんな。税も取れるかもしれん。なるほど。おい、俺も"視察"にゆくぞ」
「そう言うと思いまして、準備はさせておりますので、早く書類を片付けて下さいませ」

 強かな侍女に今回は素直に感謝して、ヤーシャ王は執務机に戻り、あっという間に仕事の山を片付けて、机の表面が見えた瞬間に城を飛び出した。
 特上の馬をあてがった馬車は荒れ地をあっという間に走破し、瑛士達がかけた時間の半分で、彼はダの国にたどり着いた。


◆◆◆


 現地についてみれば、瑛士はまさにその温泉とやらで療養中らしい。
 ダンターも一緒だということで、ダの国到着からほぼ最速で温泉にたどり着いたのは必然だった。

 メリルが書いたものと同じ文字で、温泉とかけられた立て札を抜けると、そこは熱気と異臭の渦巻く屋外だった。
 石で組まれた湯船の中に張り巡らされているものが全て湯なのだろう。
 なんという贅沢な、と思いつつ、それが湯船の脇にこしらえられた口から延々と補給されているところを見ると、水と同じように気軽に汲んで使えるようだった。
 こちらを出迎えた顔の中に知った顔をみつけて、ヤーシャ王は前も隠さず堂々と温泉の中に入っていった。

「うおぉ……おぉ……これは……」
「ガハハハ!どうだヤーシャ王、エンジが見つけたこりゃあエラいもんだろう!」
「……確かに大変なものだ。どうやって見つけた?」

 テンションの高いダンターにヤーシャ王も若干引きづられつつ、二人して瑛士に向き直った。
 湯船の中にいるのはこの三人だけだ。
 瑛士は湯船の脇に用意していた木箱を開けると、中から一つの魔導具を取り出した。

「ふむ。秤……ではなく、中央に黄色い石を吊るしているのか。これは宝石か?」
「いいえ、硫黄と呼ばれる物質です」
「触っても平気か?」
「大丈夫ですけど、指は濡れて無いほうが良いです。あと、力を込めると割れやすいので」

 ヤーシャ王は布で指を拭うと、吊るされた黄色の結晶を指で摘んだ。

「触っただけでは分からんが、これがどう温泉とやらと関係するんだ?」
「温泉の湯の中に、硫黄も含まれているんですよ」
「水に……この石が?」

 鉱毒問題を解決した瑛士は事後経過を観察するためと、爆発事故の負傷を回復するためにダの国に滞在している最中に、山脈が火山性の山だと知った。
 そこから先は考えるよりも行動するほうが早かった。
 そして科学を使わないという理念は、この時瑛士の頭から完全に消し飛んでいた。

 ドゥオルグが産出してきた鉱石の中から黄色の鉱石をかき集めると、諸々の化学反応を実験して硫黄を割り出した。
 後は同質引力とでも呼ぶべき魔法で硫黄の溶けた水源を地下に見つけ、ドゥオルグ協力のもとでどんどんどんと掘り進んで貰った。
 大陸初の温泉が当然のように発見されたのだった。

 科学の発展を妨げるための魔法だ。
 その目的は破ってしまったが、今回の判別方法は誰にも教授していないのだから、セーフだろう。セーフだ。過程はともかく結果(アウトプット)が規定を守っているのならなんだってオッケーである。

「なるほど……。では今後はその硫黄とやらとこの魔法を使えば、どこでもこの温泉を掘り当てられるのだな?」
「温泉はどこにでもあるものじゃないですけど、掘り当てる場所は見つけられると思います」
「ヤーシャの首都には掘れんか」
「平野のド真ん中ですから、確率は低いかと」

 大陸と惑星全体のプレートの動きなどが分かれば、火山地帯と温泉の湧きやすいエリアというのは絞り込めるが、そこまでの知識はどこにも存在しないし、瑛士も調べることはできない。

「そうか。それでは、ここを観光地として流通を通したいのだが、どうだろうか、ダンター殿?」
「そう来るだろうと思って、シャルロッテ姫が話はまとめておったぞ。なぁ、シャルロッテひめー?」

 ダンターは壁の向こうに大声で呼びかけた。
 木で作られた壁の向こう側からばしゃばしゃと水音が聞こえた。

「この壁の向こうも温泉なのか?」
「よく分からんが、女性用の湯というものを分けるようにという指示をエンジから受け取ってな」
「ドゥオルグに女性は居ませんが、人間が利用するなら必要でしょう。それに、ロッテも女性専用の風呂が欲しいと」

 既にシャルロッテが、観光に使うための条件は整えていたということだ。
 だが、それとこれとは別の問題が露呈した。

「ロッテ、だとぉ……?」
「ぁ……いえ!これはですね!?メリルさんも絡んでてですね!?」
「ガハハハ!男ならしゃっきりせんといかんぞ!」
「ちょ、ちょっとお兄様!?」
「姫様。はしたないので黙ってエンジ様の言い訳を聞きましょう」
「言い訳ってあなたね……」

 男湯も女湯もしっちゃかめっちゃかな騒ぎになったが、それを不快に思う者もいなければ、止める者もまたいなかった。
 さんざん声をはりあげてのぼせるまでやりあった結果、兄公認で瑛士が彼女の名を呼ぶことを許された日であり、この日を記念日と思う者は確かに居た。もちろん、誰に知られることもなく、知られてはいけない彼の話ではあったが。
 しかし歴史にこの日は刻まれずとも、穏やかに。たしかにこの日は過ぎていった。
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