第3話
斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!
第三章・「死屍と人形」――『生体練成』の陰謀によって生まれた少女の悲劇
レルシェルは北壁騎士団の詰め所でセリカからの使いを受けた。
使いは「重要な客人を招いて、リュセフィーヌ家の本邸でお帰りをお待ちしている」とだけ告げた。
非常にあやふやな内容であったが、長い主従の関係にあるレルシェルにはセリカの真意を知ることが出来た。セリカはレルシェルが関わっている事件を知っている。使者に具体的な情報を持たせなかったのは、非常に重要な他に知られたくない情報、もしくは証人を得たと言うことだ。セリカの機知と慎重な性格を知るレルシェルはすぐにセリカの意図を感じた。
レルシェルは同行を望んだマリアと共にリュセフィーヌの屋敷に馬車で急行した。
リュセフィーヌの屋敷で二人を出迎えたのは、セリカとデュリクスだった。レルシェルとデュリクスは初対面である。
セリカは主人を先に紹介し、ついでデュリクスをレルシェルとマリアに紹介した。
デュリクスが魔術師協会の幹部でありセリカの兄弟子だと知り、レルシェルは少々驚いた表情を見せた。
「突然で大変恐縮です。その魔術師協会に属する私がこの場にいることが不可解でしょうが……」
デュリクスは注意深く言った。
彼はテオドールやワイマールの行いに反発していたが、あくまで彼ら側の人間である。レルシェルがその事情を把握しているはずもないし、セリカの兄弟子と言うだけで簡単に信頼してもらえるとは思っていなかった。
レルシェルは初対面の相手に対し、勤務中でもあったので引き締まった表情で軍人の敬礼を行った。デュリクスは当然軍人ではないので戸惑った。
「いや、デュリクス師の訪問、歓迎する」
レルシェルは表情を和らげて、微笑んで握手を求めた。デュリクスは戸惑った表情のまま、レルシェルの差し伸べた手に答える。
「まあ色々思うところはあると思うが……私は腹の探りあいや駆け引きは苦手だ。ぐずぐずしていると、次の被害者がでるかもしれない。師は事件の解決に協力しに来てくれたのだろう?」
レルシェルは真っ直ぐで透明な瞳をデュリクスへ向けた。
彼はその視線を受けて、噂されるレルシェルの求心力の正体を見たような気がした。無邪気で無警戒の子供のものとは違う。だが、自分の信念や信じるものに対して真っ直ぐなその心は、対面する人にとってこれ以上なく心地よいものだった。
デュリクスはなるほどと思い、緊張を和らげた。
レルシェルは彼の心理の変化を読み取ると、ソファに彼を薦めた。
一同が座るとレルシェルは再び緊張感のある顔で言った。
「市民に多数の死者が出ている。無論、これ以上の犠牲者を出すわけにも行かないし、私の友人の大切な人が、この事件に巻き込まれていると言う可能性が非常に高い」
レルシェルはそう言ってマリアを見た。
マリアはレルシェルに頷き、デュリクスを見た。
「この方は?」
「マリア・ベネットと申します。錬金術師として陛下に仕えています」
若く見える彼女が錬金術師として王に仕えていることにまず驚いたが、彼女の姓に彼は敏感に反応した。
「彼女はアラン・ベネットの娘だ」
レルシェルの補足にデュリクスは驚いて目の前のマリアの顔を見た。アラン・ベネットは高名であることは確かだが、この一連の事件に彼の名は必要だったからである。
「なんと、そうですか。いや、しかしそれならば話は早い」
デュリクスは戸惑ったが、決意した表情で言った。
「どういうことだ?」
レルシェルが怪訝そうな顔で尋ねた。
「この事件はアラン・ベネットの研究から生まれたと言っても良いからです。もちろん今回の件は彼の研究や彼自身に責任はありません。責任は魔術師協会と実行者の私の上司であるシュテファン・ワイマールにあるのですから」
デュリクスは申し訳なさそうに、上司を諌められなかった自分にも責任があると付け足した。
レルシェルは罪の是非はここで問わぬこととした。罪人を捕らえるのは彼女の仕事の一つだし、彼女は総督と同じだけの権限を持つため司法の権利も持つ。だが、今それを問いかけたところで何の益もない。彼女はそう考えた。
「では、師はシュテファン・ワイマールが今回の事件の首謀者だと証言するのだな。しかし、魔術師協会の幹部という立場の者が、何故スラムの酒場などに用がある。そして何故アラン・ベネットの名が出てくる?」
レルシェルはデュリクスが嘘をついてないと判断し、残る疑問を問いかけた。
デュリクスは少しの間沈黙すると、真剣な眼差しをレルシェルたちに向けた。まず彼はマリアに対して、彼女の父に関する不名誉な話をすることに断りを入れた。マリアはそれを承諾した。彼女自身、父の詳細な事柄を良く知っているわけではない。国外追放の罪を着た父の所業を知ることは、複雑な心境ではあった。
「アラン・ベネットの最大の功績は、付与魔法を現代に蘇らせたことです。四〇〇年もの昔に失われたその技術は、歴史上高名な魔術師が復活を試み、なしえなかった偉業でした。それを錬金術師である彼が成功させたのです。リュセフィーヌ様、あなたがお持ちのその剣も、そのひとつではありませんか?」
デュリクスはレルシェルが持つ、セリオスから賜った聖剣のレプリカを指した。
「確かに陛下は、これがアラン・ベネットの作だと仰られていた。なるほど、この剣から魔法の力を感じるのはそのためか」
レルシェルは改めて剣を見つめた。
「リュセフィーヌ様は魔法の心得がおありで?」
「いや、過去に魔法を学んだことはあったが、その才能はなかったようだ。だが、魔法の力や精霊の気配の感じ方は、そのときに学ぶことができた」
レルシェルの答えに、なるほどとデュリクスは頷いた。
「彼が復活させた付与魔法のその方法とは、魔法を錬金術で物質の中に半永久的に閉じ込める……つまり精霊と物質の融合でした。もちろんそれは魔法だけ、錬金術だけではなし得ない物です」
現在も含め、魔術と錬金術は反目しあって伝承されている。それが技術の喪失であり、復活の妨げでになっていた。アラン・ベネットは禁忌化されたその垣根を打ち破り、自身の才能もあってその技術の復興を成し遂げたのである。
「なるほど、それは確か偉大なる功績だな。しかしその功績があまり知られていないのは何故だ? それに、何ゆえに彼は国外追放などに遭った?」
重臣に取り立てられてもおかしくない功績だとレルシェルは思う。
「彼はその研究に国庫の横流し金を使用していました。いや、それはたいした罪ではなかったのですが、もうひとつの研究が明るみに出たとき、先代の王の逆鱗に触れたのですが。それは確かに許されざる研究でした」
マリアは瞳をわずかに揺らしたが、唇を硬く閉じて冷静を装った。
デュリクスはその彼女に一瞥を入れたが、揺るがない彼女の表情を見て言葉を続けた。
「彼の技術は、精霊と物質を融合させる魔法の力と錬金術。しかし錬金術は金属のみを扱うものではない。錬金術師たちは金属や無機物以外にその力を使うことを禁忌としているが、彼はそれを破り、生命にその技術を用いたのです……」
レルシェルは驚愕してデュリクスは見た。しかしマリアの衝撃は彼女の比ではなかった。
「生体練成……」
搾り出すように言ったのはマリアだ。
錬金術の原点は物質の分解の再構成である。扱える物質は実は幅広い。しかし生物に対しての錬金術の失敗は、極端な奇形や怪物を生み出した。なにより神から与えられた生命に対し、人間が手を入れるなど許されざるものだという倫理観から、生物への錬金術は彼らの間で最大の禁忌とされてきたのだ。
「その技術に目をつけたのが、ワイマール師でした。彼は生命魔術の第一人者です。アラン・ベネットはすでに生体練成の罪により国外に追放されていましたが、彼の残した資料を基に付与魔法を人間に施した、強力な精霊力を宿した魔法使いを人工的に作ろうと考えたのです。そして生命力と順応力に長けた子供たち……ファカスの孤児院に集まる子供たちに実験を行い、そしてそれは重ねられました」
レルシェルたちは絶句した。
最有力貴族の一人であるテオドール公が後ろ盾とはいえ、そんなことがまかり通っているとは、反論の言葉すら失ってしまった。
「そして今回、ワイマール師はファカスから一人の子供をルテティアに連れてこさせた。彼女は彼女自身魔法を使いこなせていないが、その体には多数の精霊を宿していて、魔法を使うときの増幅力として期待できるということでしたが……」
「それがこの事件と関係があるのか?」
デュリクスは頷いた。
「彼女はルテティアに向かう途中、何者かにさらわれました。おそらくはシェフィールド子爵によるものでしょう。その後、彼女の居所をつかんだワイマール師たちは彼女を取り戻すためにシェフィールド子爵をあの酒場で襲ったのです。そのとき魔法を使ったのでしょう……彼女の取り巻く精霊たちが、魔法によって刺激され、暴発してあの惨事となったのです」
レルシェルは首を振った。やりきれない表情がのぞく。
「おそらくは、実験体にされている子供たちの中でも、その子は完成度が高いからこそルテティアに連れてこられた。そんな彼女ですら、そんな未完成な状態ということか」
「ええ、おそらく」
「まったく不毛な研究だ。いったい何を生むというのだ」
レルシェルは憤慨してはき捨てた。
しばらく沈黙が続いた後、レルシェルは話を転換した。
「だが、シェフィールド子爵の私物は現場で見つかっていない。おそらく子爵は在野の転送魔法が使える魔法使いに接触していたのだろう。このルテティアでそんな子供を抱えて、隠しきれるとは思えない。逃げる、ないしは逃がす手段を得ようとしていたのだろう。その魔法使いは、ワイマールたちの襲撃から子爵と子供をつれて転送できたのではないか?」
レルシェルは推理を述べた。その論は推測の域を出ないが、おそらく的確であろうと一同はうなづいた。
「しかし、魔術師ギルドの魔法使いですら暴走を避けられなかったのです。転送魔法がつかえる魔法使いとはいえ、その魔法使いも魔法の制御に成功したのでしょうか?」
デュリクスは疑問を挙げた。
「それはわからないが……下手をすれば地の果てまで飛ばされているやも知れない。だが、北壁で転送魔法を使える者といえば、私の記憶には一人しか居ない。彼と直接あったことはないが、彼の評判ならば魔術師ギルドの魔法使いにも引けはとらないはずだ」
レルシェルは少し手がかりが見えたと、マリアに向かって微笑んだ。
彼女の脳裏には一人の男の名前が浮かんでいた。ロックことロックウェル・ランカスターの名である。彼の名は彼女の耳にまで届いていた。その名はルテティア一の転送魔法使いとのことだ。北壁騎士団も彼には手を焼いている。
「セリカ、専門外だとは思うが、近辺を魔法で探索してくれ。魔術師ギルドを頼るわけにも行かない。異常な精霊が集まる箇所があれば、おそらくそれが事件の中心だ」
レルシェルの指示にセリカはすばやく首を縦に振った。彼女は治療が専門の魔法使いだが、一通りの基礎知識はあった。彼女は一礼すると部屋から退出した。一刻も早いほうが良いと思ったからだ。
レルシェルは頷くと、唇に親指を当てて考えた。
「ファカスは私の管轄ではない。だが事情を知り、捨て置くわけにも……」
彼女は低い声でつぶやいた。
「彼女の名はレン・ガーネット。今彼女に与えられている、数少ない人間らしい持ち物だ」
シェフィールドは悲しそうに言った。
レンはぼんやりとした表情で二人の大人を見ていた。その瞳には感情というものが映っていない。シェフィールドの言いたいことはそう言う事だろう。
ロックは似たような瞳をスラムで何度も見たことがあった。スラムでは数多くの不幸な孤児たちが居る。辛いこと、悲しいことが限界を超えると、感情を失ったような表情になる。彼らは、悲しいことが多すぎて、悲しいという感情をうまく表現できなくなってしまうのだ。
それにレンの表情は酷似していた。
シェフィールドはレンが生体練成という魔法と錬金術を使った生体実験の被験者にされていたことをロックに話していた。実験動物としての日々は酷くつらいものだった。彼女は一定の成果を出していたが、何人もの子供が、実験の失敗により死んだり、将来性がないと見なされた者は、廃棄物のように殺された。
ファカスは実験動物という人形と死屍に覆われた、狂気の町と化していると言う。
その非道にロックは瞳に怒りの炎を灯した。
「で、あんたはその子をどうしたいんだ? その子に同情はする。だが、同情だけで彼女は救えない」
ロックは感情を殺して言った。
「もっともだ。それに彼女だけを救ったとしても、仕方がないことだ」
ファカスには彼女と同様の境遇に曝されている孤児が多数居る。彼女一人を救ったとしても、彼女と同じ不幸な子供は再生産を繰り返されるだろう。
「私はファカスの現状を王国に訴えるために彼女を奪った。彼女は生き証人だ。彼女を見て何もしないわけにはいくまい」
シェフィールドの言葉にロックは難しい顔をした。
「シェフィールドさん、あんたがどれくらいの権力を持っているかは知らないが、ファカスは王室の直轄領だ。こいつは王国本体か、もしくはかなり中枢の組織がやっていることに間違いはないぜ?」
ロックは忌々しそうに言った。ロックは職業柄、情報通だ。シェフィールドはロックの予想が真実である可能性を考え、頭を抱えた。
苦悩する老人を見て、ロックはシェフィールドが善良な人間だと感心してため息をついた。だが、善良なだけで人は救えない。
「その子を逃がしたって、この王国内に居る限り、追手はつけられるだろうな。それだけの金をかける価値が、この子にはある。それにその気になれば、この子の場所は探索系の魔法ですぐにわかるだろう。現に騎士団や傭兵の輩が近づいてきたぜ」
ロックは慎重な声色で言った。彼は土の精霊を操るのに長ける。彼は土の精霊の魔法を使って、あたりの気配を探っていたのだ。
「ずいぶん数を動かしてるな……すっかり囲まれた」
「どうすればいいと思う?」
シェフィールドは疲れたように言った。
「そうだな……あまり気が進まないが、リュセフィーヌ家を頼るというのはどうだろう? リュセフィーヌ家がこの件に一枚噛んでいたら終わりだが、あの北壁騎士団長は俺には裏表のない馬鹿に見えるがな。あの清廉潔白さなら、ファカスの件にはかかわっていないと思うが」
「なるほど、あのリュセフィーヌ候の息女なら信用が置けるだろう。だが気が進まない、とは?」
「そりゃそうさ。彼女は北壁の治安と警備の責任者。俺はお尋ね者みたいなもんだからな」
ロックは苦笑いを浮かべて言った。シェフィールドは一瞬唖然とした顔をしたが、軽く噴出して言った。
「そうじゃったな。おぬしの好漢ぶりに忘れていた」
ロックは肩をすくめると、レンを見つめた。
「では行こうか。ここからリュセフィーヌの屋敷は遠いが、こいつの力があればわけはなさそうだ」
ロックはにやりと笑って、少女に近寄った。
ロックは探索の魔法を使いながら、レンの力の使い方を探っていた。レンは大量の精霊を放出したり呼び集めたりしている。その力のせいで、彼女の周りでうかつに魔法を使おうとすると暴走してしまうのだ。
だが、ロックは一度の跳躍魔法と探索魔法その力の使い方を感覚的にわかり始めていた。彼が天才と呼ばれる所以である。
「レンとか言ったよな。頼むぜ、その力を借りたいんだ」
ロックはレンのぼさぼさの髪を撫で、不敵に微笑んだ。
ロックの手の暖かさにレンはわずかに表情を変え、彼の目を見つめた。