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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第三章・死屍と人形

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第4話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第三章・「死屍と人形」――『生体練成』の陰謀によって生まれた少女の悲劇
 今やフェルナーデ国王セリオス三世の居城となっている「白薔薇の園」。レルシェルはセリオスに面会に訪れていた。
 すでに夕刻を迎えていた。突然の来訪であったが、彼女は親補職であり上級貴族である。そして何より聖杯の騎士だった。彼女は遮られることなく、セリオスと会うことができた。
 そこには王妃ディアーヌがおり、レルシェルはまず彼女に目が合って、跪いて敬意を表した。
「レルシェルさん、お久しぶりですね。こんな時間に陛下に御用とは火急の用件かしら?」
 ディアーヌは微笑んで言った。美しい王妃である。同時に彼女は才媛だった。
 彼女はセリオスの三番目の妃だったが、セリオスが政務から興味を失い、王がすべき政務処理を彼女が一手に引き受けて、万事処理を滞らせたことはない。
 レルシェルはその美しさと才能に畏敬の念すら覚える。
 だがディアーヌのほうはレルシェルを良く思っていなかった。
 ディアーヌとて、レルシェルがどう嫌いなのか言葉で説明するのは難しい。彼女もレルシェルの功績と才能を知っている。美しく真っ直ぐな少女に好感を覚えてもいいはずだとも思う。実のところ、彼女がレルシェルを嫌っている理由は、王の私邸である「白薔薇の園」に若く美しい娘が出入りしているのが気に食わないのだ。一言で言えば、嫉妬であるのだが、才媛ゆえなのか、単なる感情のみで自分を納得させることができなかったのである。
「いえ、火急の用……というものではないのですが」
 レルシェルは困って応対した。
 ファカスの一件を報告に着た彼女だが、あえて急ぎの用かと問われればそうではなかった。
「よせよせ、あまり彼女を苛めるな」
 セリオスは奥から現れて苦笑いをした。
「レルシェル、その話はディアーヌに聞かれてまずい話か? まあどの道、私に話をすれば、あとでディアーヌに聞かせるから同じことだがな」
 歴史上、色を好んだ支配者は数多く居る。セリオスは立派な王ではなかったが、私生活においてはそれほど堕落した人間ではなかった。そして彼はディアーヌを妻として、人としてその才能と人格に信頼を置いていた。
 彼は、レルシェルをテーブルに進め、彼自ら葡萄酒をグラスに注いだ。
「いえ、勤務中ですので」
 レルシェルは酒を断ると、セリオスは肩をすくめて残念そうな顔をした。
 レルシェルは改まると、北壁のスラムであった事件からデュリクスの告白までの経緯をセリオスに話した。
 彼女は理路整然にはっきりと事柄を伝えた。セリオスはそれを聞きながら、テーブルを指で叩き、落ち着きがなさそうにレルシェルから視線をそらした。
「ファカスは王室の直轄地です。陛下がご存じないことではないと思いますが」
 レルシェルの言葉は清廉潔白で容赦がない。ファカスの惨状の責任は王にあるとはっきりと告げていた。
「ファカスのことはテオドールに任せていたのだが……」
 セリオスは歯切れ悪く言って、ディアーヌの顔を見た。ディアーヌも返答に困って、眉をひそめた。
 レルシェルは言及の視線を弱めなかった。
 セリオスはひとつため息をついた。
「ファカスのことは、予も認めていることだ」
 レルシェルはセリオスの言葉に衝撃を受けた。
「現状もご存知なのですか?」
 レルシェルの声が震えた。セリオスは彼女にとって、良き王でなくてはならなかった。
「知っている。こうなることを知っていたわけではないが、現在のファカスのことは聞いている」
 セリオスはレルシェルを直視できずに、暗い声で言った。その声色は懺悔の色を強く含んでいた。セリオスは良心を持ち合わせていたからだ。
 彼女はにぎりしめた拳を碇に振るわせた。レルシェルはセリオスの心を計るにはまだ幼かった。
「子供が、不幸な孤児が酷い目にあっているというのに、陛下はそれを止めなかったと仰るのですか」
 レルシェルの声が怒りに満ちていた。その怒りは純粋で、人として正しい。その純粋さと正しさが、セリオスには癪に障った。彼がかつて持っていて、失ったものだったからだ。セリオスは煩わしそうに髪をかきあげた。
「そうだ。この研究が成果を出せば諸外国にも、魔物にも強力な戦力となる。たしかに研究には子供が必要になる。しかし孤児ならば、悲しむものが少なかろう?」
 セリオスは苦しい弁解を続けたが、その弁解はレルシェルの怒りを鎮火するものには程遠かった。
「それが王たる者の判断か」
 レルシェルの語気が荒ぶれる。
「王たるものは千を守るために一を犠牲にせねばならぬことがある」
 レルシェルは歯を食いしばった。怒りの迸る表情でセリオスに肉薄し、力いっぱい握り締めた右拳でセリオスを殴りつけた。
「一を守れずに千を守れるか! それも未来を支えるべき子供を犠牲にして、老人が生き残ってどうする!」
 細身に見えるが、騎士団の荒くれ者と剣で互角以上に渡り合う彼女の膂力である。セリオスは殴り倒されて、緋色のソファを薙ぎ倒した。
「レルシェル! 陛下になんと言うことを!」
 ディアーヌは慌ててセリオスを抱きかかえ、鋭い目つきと声でレルシェルを牽制した。
 怒りに理性を失っていたレルシェルがその声に我に返る。
 倒れたセリオスの姿と自身の拳の感触で、彼女は自分の行動を知った。
「王を殴るとは! いかにリュセフィーヌ候の娘といえ、許されることではないぞ!」
 ディアーヌは最愛の人を傷つけられて逆上した。
 だが、その彼女をセリオスの左手がさえぎった。セリオスはディアーヌの腕の中で、ゆっくりと上体を起こすと、殴られた左ほほを押さえた。いまはじんと熱いだけだが、いずれ痛むだろうと彼は思った。
「いい、ディアーヌ。レルシェルが正しい」
 ディアーヌは驚いてセリオスの顔を見た。セリオスは痛みに顔をゆがめながらも微笑んでいた。
「予は一を犠牲にし、千を守ろうと考えたが、たしかに子供を殺して成り立つ未来など、何になろうか……」
 彼は立ち上がろうとしてよろけた。慌ててディアーヌが支える。
「だがな、フェルナーデ一千万の国民のことを思うとどうだ? 予は王族などという家柄に生まれたというだけで、王となった。予はおまえやディアーヌのような才能を持たぬ。それなのにだ」
 セリオスは自虐的に言った。彼もまたレルシェルのように若き日に、清廉で潔白で正義に満ちた為政者を目指した。だが、彼はかなわなかった。
「レルシェル、予と代わるか? おまえなら予に代わって、この斜陽の王国を導いて行けるか? 一を犠牲にせず、一千万の民に笑顔を与えられるか?」
 セリオスは疲れた表情に笑みを浮かべ、レルシェルを見つめた。
「陛下!」
 ディアーヌが動揺して叫んだ。冗談の声色ではなかったし、冗談にしては度が過ぎていた。
 レルシェルは愕然としてセリオスの視線を受け止めた。王の悲哀を彼女は初めて感じた。
 レルシェルはセリオスの前にひざを着いて頭を垂れた。彼女はセリオスを批判したが、その立場に立とうなど、髪の先ほども考えていなかった。
 重い沈黙が部屋を漂った。
「戯れだ……気にするな、レルシェル」
 その空気を破って軽く笑ったのはセリオスだった。レルシェルははっとなってセリオスを見上げた。哀の漂う、寂しげな笑顔がそこにあった。
「ファカスのことはお前に任せる。お前の言うことは正しい。正しさだけでこの世界が回っていないことはお前にもわかるだろうが、その正しさもまた世界に必要だ。尻拭いをさせてすまないが、予を、そして予の民を助けてくれるか」
 その声はいつものセリオスの声だった。
 レルシェルは少し安心し、いつもの彼女の声で承諾の旨を答えた。
 彼女は彼女らしく、心地よいはっきりとした動作でセリオスの私室を退出した。
 その後姿を見つめて、ディアーヌは不満げな表情を浮かべた。
「良いのですか? あのような無礼を許して」
「ああ、確かに殴られるなんて何年ぶりだろうな」
 セリオスは笑いながら、痛みが強くなった左ほほを撫でた。
「しかしな、ディアーヌ。予は殴れるようなことをしていたのだ。殴られるべき人間が殴られないというのは、これ以上ない堕落を生む。王という立場は、限りなく堕落しやすい存在なんだろう。特に予のような才能のない王にはな」
「そんな……」
 ディアーヌは心配そうな表情でセリオスを見つめた。
 世襲制の王国フェルナーデでは、先代の王が定めた者が次代の王となる。それは大抵先代の王の長子かそれに準ずる者だ。無論、高度な教育を受けて育つが、常に才能と人格がある者が継ぐとは限らない。
 セリオスも英気溢れる若き王であったが、政治的な人間関係に悩み、その立場を放棄してしまった。後世の歴史家は彼を良き王だと記述することは決してないだろう。
 ディアーヌはセリオスを見つめて思った。もし王が才能や人格のみで決定するとするならば、それは初代の王以外にはありえないだろうと思う。彼らは常に国を建て、その頂点となった。それは誰にも文句をつけられない。そのあとに続く歴代の王はその残滓によって王になっているだけだ。それにすら気づかない王も多いだろう。それに気づいているだけ、セリオスは賢き王だと彼女は思う。
 王に才能がなくても良い、それを支える者が周りに居れば良いのだ。ディアーヌはそう思い、愛しき王のために身命を捧ぐことを再び誓った。


 レルシェルがルテティアの北壁騎士団の詰め所に戻ったときには、すでに日は沈んで夜の帳が下りていた。
 北壁騎士団は、昨夜のスラムでの一件の調査と犯人探しで不眠不休の状態だったが、レルシェルが戻ったときには人の気配は少なく、静まり返っていた。
 レルシェルが不思議そうに団長の執務室に入ると、アンティウスとギャランの二人が待っていた。
「戻られましたか」
 アンティウスが律儀に駆け寄り、労をねぎらった。
「他の団員はどうした? ずいぶんと静かなようだが」
「はい。あなたのお屋敷から使いが来まして、犯人の目星がつき、レルシェル様はその報告に陛下の元へ向かわれたと報告を受けました。それに、シェフィールド子爵がリュセフィーヌ様のお屋敷に現れた、とのことでしたので、捜査を打ち切り団員を帰宅させました」
 アンティウスの報告は常に明瞭で心地が良い。レルシェルはその報告に驚いた。
「独断で皆を帰したのは申し訳ありません。昨夜から皆不眠不休でしたので……」
「いや、アンティウス。本来なら私が指示を出すべきところであった。礼を言う。それよりもシェフィールド子爵が見つかったのか?」
 レルシェルが驚いた顔をしたのは、子爵の発見の報のためだ。
「はい。使いの話が本当ならばなのですが」
 アンティウスは慎重に言った。
「いや、家にはマリアがいるはずだ。彼女が間違いようがない。いや、それならばひとつ仕事が減ったな」
 レルシェルは表情を変えて微笑んだ。
 だがその明るい顔は長く続かず、彼女の眉間には悩み事が浮かんでいた。
「どうした? 何かあるって顔に書いてあるぜ?」
 ギャランが察して言った。
「うむ……」
 レルシェルは右手をあごに当てて考えた。ファカスの件は公にできることではない。国家の威信と信頼に関わる問題だ。だが、この二人なら話しても良いだろうと彼女は思い、この事件の経緯とファカスとの関係を話した。
 二人はレルシェルの話を聞いて、絶句した。
「なんという……許せません」
 真面目で正義感の強いアンティウスがつぶやいた。レルシェルは彼に同意し頷いた。
「うむ。それで私は陛下に訴えて、ファカスの介入の許可を得た」
「ファカスへあんたが手を出すってか」
 ギャランはたくましい腕を組み、厳しい表情を作って言った。
「そうだ。頬って置くわけにもいくまい」
 レルシェルは当然だと言う声色と表情で答えた。
「わかっているのか。ファカスの件はテオドール公の息がかかってる。リュセフィーヌ候とテオドール公の政治的な立場を考えろよ。事実上リュセフィーヌの当主代行のお前が出張っていくことになると、今後テオドール公とお友達関係になるのは難しいだろうな」
 レルシェルは唇を閉めて沈黙した。
 アンティウスが心配そうな表情で、ギャランは問い詰めるような視線でレルシェルを見つめた。
「それでもだ。私はこの事実を知って見過ごすわけには行かぬ。無実の子供たちが苦しんでいるのに、私が政治的な立場によって見殺しするだと? それは私ではない。私が許すはずがない」
 彼女は決意の篭った目でギャランを見つめた。その目には大男のギャランすら圧倒するような不可視の力が篭っていた。
 ギャランは腕組をやめると、彼らしく豪快に笑った。
「わかったわかった、そんな目で見るな。いや、安心したぜ。お前さんはそれでこそお前さんだ。そうでなきゃ、期待はずれってもんだ」
 レルシェルはギャランの声に不満そうな顔を浮かべたが、すぐに彼女らしく気持ちを入れ替えた。
「そこでだ、すぐにでもファカスに向かいたい。ファカスにどれだけの子供がいるかわからないが、人手が必要だろう。何名か信用できる者を選びたいが……」
「ならば俺の隊でいいだろう? 傭兵上がりの俺達は信用できるぜ?」
「傭兵がか?」
 レルシェルは驚いた顔でギャランを見た。傭兵は金で雇われた兵隊だ。金次第で鞍替えをする雇われの兵士として、信用は薄いと彼女は思っていた。
 ギャランは不満そうに片目を瞑り、悪態をついて答えた。
「傭兵って人種はな、一番大切なのは自分の命だ。命がなけりゃ、報酬がいくらあったって意味はないからな。次に大事なのは信用さ。騎士なんかと違って、信用を失えば次雇ってもらえる所がなくなるからな。だがら、傭兵は信用できる。ただし、親元が勝っているうちはな。親元に支払能力がなくなれば、仕事の意味はねえ」
 元傭兵のギャランらしい意見だった。だが、実情を知る者である彼の言い分は説得力があった。
「いまんところ、俺達はあんたを信用しているし、期待にかなう上司だ。あんたの信用を失うようなことを、俺と俺の部下はしないと誓うぜ」
 ギャランはにやりと笑みを浮かべ、レルシェルを試すような視線で彼女の答えを待った。
 レルシェルはしばらく考えたが、長い時間を要せず答えを出した。
「わかった。私が勝ち続けていくのならば、卿らは裏切らないということだな。ならばギャラン、卿の部隊を使う。明朝より支度にかかれ。指示は私が出すが……実際に卿の部下への指揮は卿が採れ。卿の部下だ、そのほうが良いだろう」
「賢明だ。昼前には準備はできる。馬の足なら夕刻にはファカスへつけるはずだ」
 ギャランは頷き、レルシェルの指示を了解した。
 実際のところレルシェルは実戦での指揮に不安があった。仮に戦闘になったときに、彼女は実戦の指揮を経験したことがない。経験豊富なギャランに任せるのは良い判断だった。
「アンティウス。留守を任せる。子爵も見つかったし、捜査は終わったも同然だが、市民には不安が残っている。警備を強化して市民を落ち着かせるように」
 端的な指示は、アンティウスの能力を信じているからだ。彼女はこの若い騎士ならそつなくこなしてくれるだろうと信頼していた。
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