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小さな謎  作者: 藤咲一
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『其れ』とは

「わかったんですか? で、『我』とは?」

 襲われるんじゃないかと思うくらいに詰め寄る昇を制しながら、僕は『我』について説明を始める。

「さて、『我』について話す前に、この謎を解くために気が付かなければならない事がある。それは、この和紙の折り目だ」

 僕の言葉に、昇は和紙を手に取ると食い入るように和紙を見つめる。そして、僕の期待とは裏腹に首を傾げながら「これが何か?」と眉をひそめた。あれ? 気が付かない。ならば、小学校の記憶を蘇らせてもらいましょう。

「昔、似たような折り目を見た事がないかい? 折り紙王子」

 小学校の時、手先が器用だった昇は折り紙が群を抜いて上手かった。だから、付いたあだ名が『折り紙王子』。さあ、折り紙王子ならわかるだろう? その折り目の意味が……

「よくそんな昔のあだ名を覚えてるな、俊彦。って、そういう事か!」

 理解してもらえたようだ。昇は、あの頃と変わらない器用さで和紙をパタパタと折り畳んでいく。徐々に立体となって姿を変える和紙。

 完成まで約一分。僕の頭の中で想像した通りの作品が、昇の手の中で復活した。その姿は正に『大空の覇者』――イーグル。

「と、いうことだよ昇君」

「わかった。『大空の覇者』はたかだったんだ」

 昇の言葉は足に来た。ここでボケられると、どうしようもない。

「違う、違う。鷹じゃなくて、イーグル。つまりはわしだよ」

「どこが違うんだ? 見た目一緒だろ」

 確かに、折り紙で物の大きさを表すのは難しい。明確な区別がないからな、鷹と鷲は……

「ふっ、俺の勝ち」

 言葉に詰まった僕を嘲笑うかの様な昇の表情。こいつ確信犯だったのか。だけど、こっちには文章という強力な力があるんだ。出来上がったそれがイーグルだという証拠が。

「しかしだね昇君。文章には『大空の覇者』と説明があったんだ。だから、外見が一緒でも、これは鳥の王者イーグルなんだよ」

 昇の絶句が目に見えた。ふっ、僕の勝ちだ。

「で、このイーグルさんが『我』なんですか、先生?」

 不満が混じっているけど、昇の口調が助手モードに切り替わった。

「その通り。昇君が持っているイーグルが、『我』だよ。証明は回りくどかったけど、つまり、昇君が持ってきた和紙が、『我』なんだ。今考えたら、何の捻りもないそのまんまの答えなんだけど……この和紙は、宝へと導く宝の地図みたいな物だよね。だから『導く者』。これなら全ての辻褄つじつまが合うと思わない?」

「素晴らしい。さすが、浅沼先生」

 感嘆の声を上げる昇。でもまだ、『我』がこの和紙だってわかっただけだ。金色こんじきの宝に辿り着くには『其れ』と『然るべき場所』を解明しなければならない。だからまず、聞かせてもらうよ、昇君。

「昇君。それでは、次の言葉を検討する前に教えて欲しいんだけど、その和紙はどこで手に入れたんだい? 場所によっては、これ以上進む事ができなくなるから」

「これはですね、家の蔵の中でたまたま見つけたんです」

 家の蔵? そう言えば、小学生の頃から一緒にいるけど、一度も昇の家には行った事がない。蔵があるんだ……もしかして昔は地主か商人だったのか相川家は? それならば、金色の宝は先祖が隠した財宝の可能性がある。初めはくだらないものかと思っていたが、意外と真実味のある宝の地図じゃないのか、この和紙は……? 燃えてきた。見つけてやろうじゃないか、相川家の財宝を……

「蔵からか……なら、まだ先に進めそうだ。それじゃあ行こう、次の『其れ』とやらを探しに」

 もう受験勉強なんてどうでも良い。こんな楽しいのは久しぶりだ。僕はせっせと机に広げていた勉強道具を鞄に詰め込むと、立ち上がった。

「どこに?」

 不思議そうに昇が僕を見る。気の抜ける言葉に僕は溜め息をついた。

「どこって、決まってるだろ。昇の家にだよ」

「え、今から?」

「今から? って当然だろう。宝があるかどうかはわからないけど『其れ』があるのは間違いないはずだよ。だって、『我』が蔵の中にあったんだ。『我の隣に其れはある』。『其れ』は和紙があった近くにあるんだよ」

「でも、『其れ』って何なの?」

「さあ、何だろうね? それは道々考えよう」

 僕の言葉に昇は、ニヤニヤと立ち上がる。どうしたんだ? 変な表情浮かべて?

「初めて聞いた。俊彦のダジャレ」

「ダジャレ?」

 心当たりはない。が、思い返せば見えてくる。『それは道々考えよう』。嗚呼、昇は『それ』が『其れ』に掛かってるって言いたいのか? 何だろうな、こういう事って、思いのほか恥ずかしい。爆笑ならまだしも、失笑は……予期しないダジャレは受け取る方の失態だろう? 僕の所為せいにしないで欲しい。

「変な事考えてないで、行くぞ昇」

「はいはい、山田君に座布団持ってかれない内に行きましょうね、先生」

「ダジャレじゃない!」

 図書館内に僕の声が響く。他の来館者の視線が集まるのがわかる。これは、僕の失態だ。

「先生、図書館ではお静かに」

 昇の言い方にも腹が立つ。いつか仕返ししてやるからな。覚えてろよ。



 僕達は昇の家に徒歩で向かう。真っ青な空に、真白な雲。日々勢力を拡大している太陽の光が容赦なく僕の肌を照りつける。暑いのは嫌いじゃない。でも、まだ六月だというのに今年の暑さは異常だ。ヒートアイランド現象とか、地球温暖化が進んでいるのか? とか、嫌でも思い知らされて、少し緑化やエコついて考えさせられる。

 昔は、この町も田んぼがたくさん広がっていたらしい。父さんの話では、ゴールデンウィークになると、家族総出で田植えをしていたそうだ。でも、ここ十数年で都市開発が進み、めっきりその姿を見せないらしい。「ベッドタウンになることで、賑わっていくのは良い事だし、便利になるのも嬉しい。だけど、何だかさびしいな」と、父さんがビール片手に言っていたのをふと思い出した。

 僕からしてみれば人混みが増えるのは反対だけど、別に田んぼなんて、この町に必要ない。便利が一番だ。なのに、なぜ昇はせっかく配備されている文明の利器を使わない? 確か、図書館前からは町を循環する路線バスが出ていたはずだ。ほら、目の前にそのバス停がある。最低でもここまではバスでこれたって事だ。

 途中の自動販売機で買ったペットボトルを振り回す昇の背中を追いながら僕は、照りつける太陽を憎々しく睨みつけた。

 実はかれこれ、二時間近く歩いている。市の中心街からはずれ、周囲は最近分譲が進んでいる新興住宅地にかわっていた。すでに僕の靴の中は、痛みと湿気が充満していて、不満が一歩進むごとに募っていく状態にある。

 全ては、昇がバスを使わない事が原因だ。町を循環するバスは学割も効いて、僕達だったら銀色ワンコインで乗りたい放題なのだ。ちなみに、図書館から僕の家までバスと徒歩で約二十分。同じ小学校に通っていた昇の家だ――多少の違いがあったとしても、一時間くらいで着くと思っていた。それに、例え徒歩でも、とっくに到着していても良い頃だと僕は思う。これは単なる僕の見当違いなのか? それとも昇は……

「まさか、道に迷ってないだろうな?」

 僕の言葉に、昇の肩が小さく浮いた。その反応……もしかして、まさかが、まさかだったのか? 昔からいい加減な奴だとは思っていたけど、住み慣れた家への帰り道で迷うなんて……とんでもない奴だな昇は。怒る気も失せる。もう、ただただ、呆れるばかりだ。

「まさか……みゃよってなんかいませんよ」

 動揺が隠しきれてないぞ昇君。

「じゃあ、後どれくらいで家に着くんだよ?」

「もうすぐですよ先生。あの角を曲がれば見えますから……それより先生、『其れ』について考えてみません?」

 昇は一つ先の交差点を指差すと振り返り、器用に後ろ向きに進みながら苦笑いを浮かべる。バツが悪くなって、僕の矛先をそれに向けさせようって魂胆こんたんが見え見えだよ。悪いけど、僕は忘れないからね。いつか道に迷った事をネタにからかってやるから、首を洗って待っていなさい。

 と、余談はこれくらいにして、今回はあえてその提案に乗りましょう。『其れ』について説明をしてあげますよ昇君。

「それでは、昇君。『其れ』についてだが、文章に『其れを然るべき場所へと掲げよ』とある様に、『其れ』は物であって、しかも、『其れ』には『其れ』に対する絶対的な場所があるんだ。そして、『其れ』は移動させたり、持ち上げたりできるくらいの大きさだって事だよ」

「ほ〜。そんな短い文でそこまで……」

「当然の事だよ、昇君」

「『其れ』を連呼するとは」

「ダー、お前も真面目に考えろ! 聞いてたのか? 僕の言葉を?」

「聞いてたよ。だけど結局の所、俺ん家に行かなきゃわかんないんだろ?」

 まったく、身もふたもない事を……

「そりゃあ、そうだけど……昇が言い出したんだろうが。『其れ』について考えようって」  

「はいはい、そうでしたね。先生は何も悪くありませんよ」

 昇の開き直った言い方に腹が立つ。もう決めた。二度と上げ足を取られない様、言葉の端々に気をつけてやる。宣言しよう。絶対に昇には上げ足を取らせない。



 昇の家は、僕の想像以上に大きかった。新興住宅地には不釣り合いな漆喰しっくいの塀。そんな土塀に設けられた立派な門構えを通り抜けると見えてくる木造平屋建ての日本家屋。ある程度風雨に晒されないと出てこない独特の雰囲気が、日本人に懐かしさを与える印象を受ける。現に、こういった家に住んだ事のない僕も、なんだか懐かしい気持ちにさせられた。

 でも、僕が一番驚いたのはそんな昇の家ではなく、砂利が敷き詰められた広い庭でも、その庭に植えられた立派な松の木でも、野ざらしにされている高級車でもなかった。それは……


 庭には二羽、にわとりがいた。


 まさか、鶏がこんな所にいるなんて信じられなかった。しかも放し飼いで。

「に、鶏がいるぞ」

「そりゃあ、いるさ。家は元々農家だったんだ。自慢じゃないけど、この辺り一帯は俺ん家の土地だったんだぜ」

 昇の言葉でこの不可思議な家の理由がわかった。昔ながらの家の造りや、家に蔵があるというのは、昔から先祖代々農業をこの場所で営んできたからだ。野ざらしの高級車も、土地を売ったお金で買ったのだろう。良く見れば、使い込まれた軽トラックも止まっている。

「それじゃあ、裏庭にある問題の蔵にご案内いたしますよ。先生」

 昇はそう言うと、二羽の鶏に「ドナテロ、ラファエロ、また後でな」と声を掛け、裏庭に僕を案内した。どうして、鶏にそんな名前を付けたのか疑問に思ったが、これに関しては深く考えないようにする。どうせ、意味なんてないんだ。僕がする事は昇のネーミングセンスを疑う事だけ。

 そんな事を考えていると、すぐに裏庭が見えてくる。


 裏庭にも二羽鶏がいた。


 もう驚かない。裏庭が表の庭より広くても、火の見櫓みやぐらが立っていても、錦鯉にしきごいが泳ぐ池があっても、僕が想像していた以上に蔵が大きくてもだ。絶対に、絶対に驚いてやらない。

「先生。こちらが『我』を見つけた蔵にございまする」

 説明されなくてもわかる。この家を囲う塀と同じ漆喰で輝くその蔵は、裏庭に一つしかなかった。普段は鍵がかけられて重厚な扉で封印しているのだろうが、その蔵は僕達を待っていた様に、歓迎する様にその口を開けている。

「この中にあったんだよね?」

「その通りです。さすが先生、名推理」

「いや、推理してないし、周知の事実だし」

「はっはっは。それでは中へ参りましょうか」

 昇の乾いた笑いに、せっかく積み上げた緊張感が崩れ落ちた。それでは、見せていただきましょうかね……嗚呼、緊張感ゼロで『其れ』の捜索だ。



 蔵の中は、外の日差しと熱が遮断されていて涼しく感じる。小さな明かり取り窓から零れる太陽光では、この空間を灼熱にする事は出来ないみたいだ。周囲を見渡せば、様々な物が保管されている事に気が付く。昇が言っていた通り、農業をやっていた名残だろう。資料でしか見た事のない農具がよく目に付く。確かあれは千歯扱せんばこきだったかな? あ、あれは唐箕とうみだ。一回ハンドル回してみても良いかな? お、こっちにはうすきねがある。相川家は餅つきとかしたりするんだろうか? む、その隣には石臼。何でもあるんだな〜。穀物だったらどれでも加工できそうだ。

「お〜い。浅沼せんせ〜。そこじゃないですから『我』があった場所は」

 しまった。本来の目的を忘れ、つい見入ってしまった。もしかして僕は、自覚していないだけで農具マニアなのか? 昇の呼び掛けがなかったら、ずっとこのまま見ていたかも知れない。これは、探偵として失格だ。とりあえず、今は『其れ』を探す事に集中して、後日改めてじっくり見せてもらおう。

「ごめん。つい……で、『我』があった場所は?」

 僕はそう言いながら昇の側へと駆け寄った。すると昇は一つの棚を「ここですよ」と指差す。

 その棚は、木製の太い丈夫な脚と分厚い天板を持つニスで輝いた重厚な棚。幅約六十センチ、奥行き約三十センチ、高さ約一.五メートル大のもので、高さの中間くらいの位置に二段目の板が設置されている。正面から見ると『日』という漢字に見える簡素な棚だ。

 その棚には数本の鳶口とびくちが立てかけられていて、天板の上には大きさや形の異なる様々なのこぎりやハンマーが、すすけた木箱で分類されている。そして、上の段にはかなり大きな木槌きづち鉄鎚かなづちが無造作に置かれていた。

 昇が指差しいていたのは、その棚の下の段。目線を移せば、紫色の座布団の隣――そこに、古くて小さい蓋付きの木箱が置かれているだけ……それにしても、この棚に収まっている物たちの配列には違和感がある。どう見ても不自然だ。

「ここに?」

「はい先生。その、木箱の中に入ってました」

 大輔の言葉に、木箱を手にとって中を確認してみようと掴んだ。が、予想外の抵抗を受け、小さな錯覚に襲われる。あれ? この箱、固定されてる。どうやら『我』の推理は間違っていなかったようだ。

 と、それより今は目の前の木箱だ。とりあえず、木箱の蓋だけを取り外して中を確認してみたけど……やっぱりからっぽだった。

「和紙だけが入ってたの?」

「そうです」

 端的に返って来た背中越しの回答に、首を傾け蓋を閉める。するとその時、座布団に不自然な窪みが認められた。何だろう? その窪みは幅約二センチくらいの線が直径約二十五センチの円を描いている。四角形の中に円が書いてある感じだ。一瞬、数学の図形問題が思い浮かぶ。

 そんな窪みを持った座布団を直接触って確かめてみる。特別な事はほどこされていなかった。という事は、長時間この形に抑えつけられていた事で、癖付いてしまったと考えるのが妥当だろう。きっと、この座布団の上にはこういった形に抑えつける何かが乗っていたんだ。それが、和紙に書かれた『其れ』なんだろう。なんとなく『其れ』の形が見えてきた。

「昇君。この和紙を見つけた時に、この座布団の上に何か置いてあったかい?」

「いいえ、何も」

「じゃあ、この上に何が乗っていたか見た事はあるかい?」

「覚えてないですね」

 これは、難解だ。一体何が、この座布団の上に置かれていたんだろう? 『其れ』は一体どこにあるんだ?


 とりあえず僕達は蔵の中をくまなく探した。残念ながら、いまだに座布団の窪みに一致するような物を発見するに至っていない。無論、それが何を意味しているのかもわかっていないのだから、本当に手当たり次第だ。しかし、そのお陰で蔵の法則が見えて来る。

 この蔵の中に収められている物は用途によって分類され、それぞれ片付けられていた。くわかまは農耕具。エンジンカッターやチェーンソーは作業道具。スパナやレンチは工具。と言った具合だ。僕は確認していないが、昇の話では蔵の奥に漬物樽つけものだるもいくつか並んでいるらしい。

 つまり、座布団の上には、あの棚に置かれていた物と同じ用途の何かが置かれていた事になる。ここまでわかれば、闇雲に『其れ』を探すのは、終了だ。

 レッツ、シンキングタイム。


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『犯罪が出てこないミステリー企画』 には、他にも面白い作品がたくさんありますよ。よろしければ覗いてみてください。

『ここに君たちが集まるワケ』 Harry英仁先生著
『冬の密室とサンタクロースの鍵』 名野創平先生著  etc...
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