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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第六話 少女達 / 中話(1)

Fortune


「すんばらしいお土産だわ!」
 壁を覆う本達が女性の大声で揺れた。その声の主である伏原相は鼻息荒く星井加々美の後ろに立つ少年を見焦がす。少年はその強烈な視線に耐えきれず情けなく加々美の後ろに隠れようとする素振りを見せた。

 和の匂に満ちた伏原相の私室に五人は立っていた。

 畳の上には読み終えた本の残骸がずぼらに放置してあり、今回の対面が突然である事を物語っている。万年敷布団の横には本の小山が出来ていて、その麓には色々な出版社の名前が書かれた栞がこれまた小山を作っている。部屋の掃除は二日に一回、弟である伏原温が行っているが、彼が彼女の本に触れる事は無い。故にこの様な有様となっているのだった。相は複数の本を区切りで切って代わる代わるに読むという趣向を持っていて、その際には彼女なりの順番に従って本を手に取る。その順番を狂わすのは何人たりとも許されないのだった。それ故に埃一つ無い周囲と、見た目残念な文字と紙の山が共存している。これが片付けられるのは客が来る時くらいである。

 この部屋の主は客人の帰還の報告を聞くと彼女を私室に招いたのだった。事前に一色朱水に許可を取っていたので対面は直ぐに可能であった。
 だが相の部屋の醜態が晒される原因は加々美の帰還にあったのではなく、そのお土産にあった。彼女は内線でお土産の存在を知らされると歓喜のあまり部屋を飛び出して本館との唯一の繋がりである通路の前に立ち、客人達の到着を首を長くして待った。それに温も従った為に、客人を招き入れる部屋の整頓を失念してしまったのだった。
 最後の扉が開くのを目撃した相は踊る様に廊下を戻り、客人達を奥へと呼んだ。客人達はいきなりの登場に面食らいながらも、温の丁寧な先導に従って奥に消えた相を追ったのだった。

 和室であるのにソファーが鎮座している部屋に招かれたのは三人であった。一色朱水の下を離れてここに住み着いた枳、その枳に雇われている星井加々美、そしてその加々美が拾ってきた少年、宇津井一であった。
「まずは加々美さん、相手の顔に泥を塗りたくってくれてありがとう」
 相は加々美の手を取り感謝の意を述べる。加々美は微かに警戒する様な顔を作ったが直ぐに返しの笑顔となった。静納へ干渉された経験が加々美に相への警戒心を築いてしまっていた。
「内線で簡単に聞いたけれど今一度詳しくお話を聞かせてね」
「御嬢様、積もる話を立ち話でというのは如何なものかと」
「あらそうね。じゃあ三人とも座って座って」
 彼女の号令に従って客人三人はL字型ソファーの長い辺に腰を下ろす。そのソファーには枕と毛布が置かれている。恐らく睡眠用だろう。床の布団の方にもしっかりと使用されている形跡が見られるので、どちらも使っている様だ。
 もう一方の短い辺に伏原姉弟は座った。短い辺の端から温、相、ここで直角に曲がって枳、加々美、一の座位置である。


 加々美は相の催促を再び受けると口を開いて夜の出来事を報告した。そして一がここにいる経緯までもしっかりと説明し、相が一番気になっている点を満たしてあげた。


「という感じでこの子がここにいます」
 言葉の最後に加々美は一の後頭部を掴むと挨拶させるように押した。おどおどと目を動かし続けていた一は抵抗する力も無く、加々美の手に屈服して頭を下げた。
「犬神迷いね、後で調べておくわ。それにしてもほんと最高よ。だって一般人よ一般人っ!」
 相は一番遠い一をむさぼりの目で射抜く。
 彼女にとって一般人と関われるというのは夢にも思っていない未来であった。一生をこの箱庭で過ごす覚悟をした深き者は、自身に触れるまっさらな人間が存在するとは考えてもいなかった。
一は一度だけ目を合わすと慌てて逸らし、後は自分の足元を注視していた。いきなり見知らぬ世界に投げ出されればこうなってしまうのは仕方のない事だった。人は慣れる生き物だというが慣れる為の心の遊びを今の彼は持ち合わせてはいなかった。と言うのも、これから会う人物達は皆人外だと彼は事前に説明を受けていたからだ。彼はその言葉に足を掴み取られ続けているのだった。もしその情報を与えられずにここに連れて来られたなら彼も少しは明瞭な反応をしていただろう。何故なら周りの人物の中に容姿が人間と離れている者など皆無なのだから。だがそうしてもらえなかった彼は鍋いっぱいの水に塩一つまみ落とした時の味の変化程の反応しか出来ないのだった。

 枳がため息混じりに加々美の拾い物を睨む。
「捨て犬じゃあるまいし。一体誰が養うのよ」
「ああそりゃウチがです。助手として磨こうかなって思ってます」
「助手? 貴方自分が普通の人間とどれだけ離れてるか自覚あるの? 貴方なんかについてこれる者なんてそうそういないわよ」
 しかし加々美は一の肩を強く叩くと自信に満ちた笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。例え犬神迷いであっても憑かれ者であることには違いないんですからシャーマンとしての素質はありますって」
 しかし枳は訝しがる姿勢を止めず足を組んで不満を顔にした。
「ねえ、提案なんだけれど」
 二人のやり取りをそっちのけで一の観察を続けていた相は体を乗り出す。温はそんな姉の態度を横に、さして珍しくないと言わんばかりにコーヒーを口にしていた。彼女の好奇心から来る興奮行動は常であったのだ。
「その子、この家で雇えないかしら。一度人間を身近な所に置いてみたかったのよ」
 枳はその提案に渋い顔を作る。諸々の事情を把握している彼女にとってそれは当たり前だった。
「例え雇った所で結局は本館住まいになるはずですよ」
「それでもいいのよ。人間の部下がいる、何て素晴らしい事なの」
 相は手を組み乙女が星々に願うような仕草をした。
「今日だって本当はこの人間がこちらに入る許可は下りていないのですから。お二人が人間と関わる事を良しとしない『人間』は多いのですよ」
「許可が下りていないのではなく、問い合わせてもいないだけでしょ。それに平気よ。普通の人間に狂わされる程、私達は柔じゃないわ」
 枳の言葉は相の得意気な面にぶつかった途端砕け散って行く。それが面白くない枳はますます顔をしかめる。
「枳様、どうか御嬢様の我儘を聞き流してくださいませんか。それに私だってこの出会いに期待しているのです。この方が私達にどのような変化を与えてくださるのかとね」
 少女少年は鉱石の目を優しく曲げてやんわりと微笑む。枳は温のまさかの同調に項垂れた。相が援護してくれた温にウインクを投げると彼は目を閉じた。
 彼にとって姉の為の行動は喜びであり、その結果生ずる姉からの感謝の意は最大の褒美であった。
「……わかりました。どうぞお好きに。あの方にでも仰ればよろしいのでは」
 投げ遣り気味に枳は言い捨てた。相はそんな姿を目の前にしても自重せず自分の意見を述べ始める。
「それに加々美さんのお給料から彼の分を捻出する事だって厳しいのでしょう? いくら命がけの仕事だからと言って部下の給料を払って余りある訳じゃないのだから」
 加々美は苦笑いを浮かべながらも相の言葉を肯定する。確かな給料を頂いてはいるが、それは仕事に対する正当な額であり、更にそこから部下の分の給料を出すというと完全に「割に合わない」と言える。貰える額が二人分になる事は隣の枳の態度からして絶対にあり得ないと考えられた。
 そもそも所詮はならず者が就く職業、金持ちになれるほどの給料ではない。
「その点こちらには本当に余るくらい金が在るのだから。正しい判断だと思うわ。後はあの方が理解を示してくれる事を願うだけね」
 自分が物の様に扱われているのを理解していた一であったが、彼に口を開く勇気は無かった。声を出せば一斉に目が集まる。それだけは避けたかったのだ。一晩で多くの死に触れた少年は最早自分を助けてくれた加々美以外と関わる事を恐れる様になっていた。

 四人の会話を耳から耳に通しながら、彼はずっと家族と友達の影を思い浮かべていた。二度と会えないと覚悟したはずの頭は、最後の甘えとして皆の姿を映し出していたのだった。

 長い青髪の少女が映る。彼はその姿をゆっくりと消していった。

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