第六話 少女達 / 4
実験回2。今度は逆です。
4
『はいはーい』
「…………」
『はい?』
「…………」
『ごめんそっちの声が聞こえないわ』
「…………私」
『ありゃ、通じてたのか』
「……うん」
『どうしたんだよ若菜。ふられたでもしたの?』
「…………」
『ん?』
「…………そうなのかも」
『……そっか。それであたしに電話かけてきたって事か』
「ごめん」
『良いって良いって。あたしも前に若菜にお世話になったしね』
「そうだったね。懐かしいな」
『あの時はほんと助かったよ』
「瑠衣凄かったもんね」
『あはは、あの頃は若かったからねぇ』
「やだなぁ、今だって若いんだよ」
『ふふっふー、少しは元気になったかね』
「あ……うん」
『で、癒されたいのか。あたしの癒しボイスで』
「はは……うんそんな所かな」
『オッケー、癒してしんぜよう』
「うん……」
『で、誰に告ったの?』
「…………」
『前から訊いてもはぐらかしていた相手か』
「うん」
『告った後も名前出せないのかー』
「ごめん」
『ちぇー。まあいいや。何か話してみて、気が紛れるかもよ』
「うん……」
『…………』
「…………」
『……若菜』
「……私ってさ」
『うん』
「……魅力ないのかな」
『おやおや、随分ネガティブだね』
「ちょっとね……」
『あたしから見た若菜は十分魅力的だよ。まず何より可愛いだろ』
「……ありがと」
『そしてこうやってふられたからと言って泣きついて来る所もすげー可愛い』
「うう、それはもっと恥ずかしい」
『はは。まあ魅力的だって事は自信あるよ』
「……ありがと」
『詳しく言えないなら薄らとした答えでも良いからさ』
「うん」
『どんな相手だったか教えてよ』
「どんな……か」
『そうそう。なんか言い方からして直接告ったわけではなさそうだし』
「あまり傷もえぐらない……って事ね」
『やっぱり興味はあるからねー』
「……もう」
『んでどういう奴さ?』
「一言でいえば高嶺の花、かな」
『へぇ、かっこいいんだ』
「……うん、凄くかっこいい」
『どんな感じ? ねえどんな感じよ?』
「そうだな……完璧に『上品』って言葉が似合う人かな」
『へー珍しいタイプだね。そんな奴学校にいたっけ? 若菜ってバイトしてないし』
「いるよ」
『ふーん。あたしなんかより視界が広いんだね』
「ううん、誰だって見つけられるよ」
『ん?』
「凄く目立つ人なんだ」
『へぇ』
「すっごくかっこよくて皆の憧れで……」
『ほうほう』
「それで……皆が狙ってて……」
『若菜?』
「……私」
『ん? どったの?』
「私……最低だ」
『なんでさ』
「私……自分が嫌いだ」
『……まあ落ちつきなさいな』
「…………」
『まあいい、一旦話を変えようか。告ってはないんだね?』
「うん」
『相手に彼女がいたという事実が発覚したとか?』
「……そんな感じかも」
『あー、そりゃショックだわ』
「うん」
『でもさ……こういう事言うのもなんだけどチャンスが無いわけじゃないと思う』
「…………」
『だからさ、チャンスを窺っていればいいと思うよ』
「……うん」
『彼女は知り合い?』
「ううん。でも同じ学校」
『へぇ。誰?』
「……私も良く知らない人」
『まーたはぐらかしてるだけじゃなくて?』
「違うよー。ほんとによく知らないんだよ」
『敵は可愛い?』
「うん、凄く」
『むむー』
「お似合いだなって思っちゃった」
『あーでもさ、中身で勝てばいいんだよ』
「…………」
『人間中身の方が最終的には大事なんだから』
「…………」
『……若菜?』
「…………」
『泣くなって』
「……駄目だ」
『急にどうしたの?』
「……私ほんと最低だ」
『何故に?』
「……中身なんて見てなかった」
『…………』
「私、あの人の中身なんて見た事無かった」
『…………』
「気にした事も無かった。今思えばあの人の性格について深く考えた事も無かった」
「不安なの」
「こんな感情で人を好きになって良かったのかなんて」
「でも私には近づく事が出来ないから」
「目でしかあの人を捉えられないから」
「会話なんて交わせないから」
「仕方なかったんだ」
「それでも憧れてしまって、それでも好きになってしまって」
「好きだなんて言葉すらおかしいのかもしれない」
「今日になるまで自分の感情に気付けなかったのに」
「それなのにあの人のあんな顔見ちゃったら……」
「私、居ても立ってもいられなくて……」
「逃げて……」
「泣いて……」
「そして気付いたの」
「私、あの人の事好きだったんだって」
「そんな在り来たりの展開」
『……気付けた事だけでも良かったじゃん』
「はぐらかしていたんじゃなくて単純に憧れの人としていたからなの」
『そっか』
「自分に自信が持てないから、あの人を私なんかが好きになっちゃいけないんだって」
『自分を押えこんでたって訳か』
「届かない手なら伸ばすだけ惨めだから……辛いから」
『…………』
「憧れているだけにしよう……」
『…………』
「皆きっと同じなんだから、って」
『……若菜』
「気付かない様に気付かない様に過ごしてたのかもしれない」
『……若菜』
「……何?」
『一つ聞かせて欲しいんだけど』
「うん」
『それって……男か?』
「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『……分かったよ。そっかあの人か』
「……私の事、気持ち悪いと思う?」
『女が女を好きになっちゃいけないなんて思わないよ。別にいいんじゃない』
「そう……そう……」
『それにあたしだって若菜の事好きだよ。ちゅーしたい』
「……馬鹿」
『なんだよー』
「ううん、ありがとう……嬉しい」
『そっかそっか。そりゃ良かった』
「やっぱ瑠衣に電話して正解だったよ」
『ならお礼はちゅーで手を打ってあげよう』
「何それー」
『ところで、そうなると気になる点が一つ増えるんだけど』
「何が?」
『その人の恋人の存在』
「あ……うん」
『可愛いって言ってたよな?』
「……女子だよ」
『…………そっかぁ。ならさ、チャンス大じゃん』
「どうして?」
『あの人が女もイケるって事は若菜になびく可能性もあるって事っしょ!』
「まあ考え様によってはそうだけど」
『頑張れ!』
「うう、でもライバルが強過ぎだよ」
『その彼女……でいいのかな? その彼女は何年生なの?』
「…………それが不思議な話なんだけど」
『勿体ぶって何さ』
「いや、自分でも不思議だからあまり言いたくないなぁって」
『不思議?』
「うん。それがさ……彼女同じクラスらしいんだよね。これも今日知ったの」
『……はぁ?』
「だよね、普通そう言う反応だよね。でも私だって訳が分からないんだもん」
『もう5月だぞ。それに一年生じゃあるまいし、新しい顔なんて無いだろ』
「うん……その筈なんだけど今日初めてあの子を知ったの」
『酷い話だなぁ』
「そんな言い方しないでよ。私だって好きで知らなかった訳じゃないんだから」
『まあそりゃそうか。で、なんて子さ?』
「確か尼土って子」
『ふーん、知らない子だなぁ』
「でも4組だよ? 瑠衣もよく来てるでしょ」
『うむむ。その子影薄いんじゃない?』
「そうなのかな~。でも見たら忘れられないくらい可愛い子だよ。尼土有さん」
『そう言ってる若菜自身が覚えてなかったくせにー』
「それはそうだけど」
『大人しそうな子なの?』
「多分そうなんだと思う」
『ならクラスの陰に隠れていたのかな』
「かもね。ほら今日の帰りに私達の目の前で本を落としてた子いたでしょ? あの子だよ」
『そんな事あったっけ? 覚えてないや』
「あの後でもう一度下駄箱で会ったの。クレープ屋へ行く前に私、下駄箱で気分が悪くなってたでしょ。その時にあの人の名前を知ったの」
『そっか。そういや今日食べた新作、結構美味しかったね』
「え? あ、うん。また食べに行こうね」
『今度は若菜達が食べていたのを注文してみたいな』
「じゃあ今度は私がハニーミントを食べてみるね」
『あれね、最初の一口目は奇妙な味だと思っちゃうけど、真ん中辺りまで食べ進めていくと病みつきになって来たわ』
「凄く美味しそうに食べてたもんね。私達は見た目で判断しちゃって他の新メニューを選んじゃったけど」
『まあ緑色の蜂蜜見せられたら誰だって引くよな』
「瑠衣は変わっている物大好きだもんね」
『人を物好きみたく言うなってー』
「えー物好きでしょ」
『っと、ごめん。話を逸らし過ぎた』
「良いよ別に。私もっと瑠衣と喋っていたい」
『嬉しい事言ってくれるじゃん』
「ふふ」
『それで、どうやってその子が彼女だって知ったの?』
「……えっとそれなんだけど」
『ん?』
「正確には付きあっているかは分からないの」
『そうなの?』
「うん。多分二人は知り合いですらないと思う」
『……どういう事?』
「なんて言ったらいいのか分からないんだけど……雰囲気というか」
『なんかややこしいな』
「ごめん」
『まあ上手く言えるようになった時にでもまた電話しておくれ。若菜からの電話なら大歓迎だから』
「うん、ありがと」
『あ、ママに呼ばれたわ。多分夕飯だな』
「長電話してごめんね」
『気にすんなって』
「……私、もうちょっと尼土さんについて調べてみるね。真似てどうにかなる物じゃないとは思うけどもう少しだけ頑張ってみたい。瑠衣のおかげで勇気が湧いて来たよ」
『おお、恋する乙女は小さな化け物だねー』
「酷い言われようだ」
『ところでさ』
「うん?」
『その、誰だっけ?』
「誰って?」
『今言ってた名前の人。あまなんとかって』
「尼土さんだよ」
『おおそれそれ。それって誰?』
「やだな、何ふざけてるのさ~」
『おいおい笑われたって知らないもんは知らないぞ』
「……え」
『いや、私その人の事知ってるのか?』
「え……っと……さっき瑠衣は知らない人だって言ってたけど」
『ああそうだよな。やっぱそうだよな』
「瑠衣……?」
『んで、その尼土って人がどうしたのさ?』
「…………え?」
『え、って言われてもいきなり知らない人の名前出されてもこっちは困るんだけどね』
「何言ってるの? さっきからずっと話していたじゃない」
『そっちこそ何言ってるのさ……っとまずい、ママが怒鳴り出した。悪いけどもう切るね』
「あ……うん行ってらっしゃい」
『じゃあねー。また明日な』
「ばいばい」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」