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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第五話 貴女と私 / (終)「半身」(終)


 赤い女は顎下から襲いかかる一撃を擦れ擦れで避ける
 そして即座に腹部に襲いかかる二の撃を左手で受け止めた

(冗談だろ……あの化け物の一撃を人間が止められるのかよ)
 一はその現実に目を疑った
 先程、不良共を流れる様に一撃で仕留めてきた怪物の手を止めさせたのだから仕方ないのかもしれない

 その赤い炎の光は希望の光となった

 肘による三の撃が突き刺さろうとするのを後ろに跳ね避ける

 離れた赤い女はポケットから何かを取りだした

(電……池?)

 それはどう見ても単三電池であった
 ミレイミルもそれが電池だと分かると馬鹿にするように笑う
 そして再び泳ぐ様に懐へ潜り込むと今度は足に拳を振り下した
「っち」
 人間である加々美は腰より下の攻撃に対する防衛手段を持たない
 ならば当然その一撃を止める術は無く、甘んじて受けるしかないはずであった

 しかしその雷速の拳が左足に届くと思った時には、既に加々美の体ごと標的はその場から消えていた

(何だ? 何が起きた?)

 ミレイミルも不可解な現象に体を止める

(今、直前まで確かに女は、いた)

 二人が見失った赤い女を探していると一の後ろから足音が響く

「何所見てるんだい? ウチはここだよ」
 振り向くと確かにそこに赤い女は立っていた
 しかし大きな違いがあった

(左腕が……無い)

 電池を宙に浮かして弄ぶ赤い女には先程まで存在していた左腕が欠損していた
 そこだけ細かに揺れる服に厚みが無く、黒い手袋も消えていた

「そう、やっぱりね」
 ミレイミルはそれを見て何かを納得したのか、小さく呟いた
「左手が特殊だったのね。道理で左手だけで私の手を止める訳だ」
 首だけ振り向いていたミレイミルは構えの為に体も赤い女に向ける
「面白い奴ね。あまり他人に興味を覚えないんだけど貴方の名前は知りたいわ。教えてくれる?」
 それは相手を戦士と認めた故の行動であった

 赤い女はそれに素直に応じる
「星井加々美」
 女は短く、本当に名前だけを答えた
 それだけで十分と、加々美は考えたからだ
 倒す相手に向ける最小限の礼儀であった

「そう、覚えておくわ」
 ミレイミルは言葉の最後に地を蹴り、跳ぶ
 一回の跳躍だけで大きかった間隔を、一を越えて縮める
「簡単な話」
 今度は腰を落とさずに真正面から跳びかかる
「体の二か所以上を狙えば消えるって事よね」
 右手を胸に、左手を右足に叩きつける
 人間なら腰を使わないその体術は威力を落とす事になるが、ミレイミルには関係の無い事であった
 平手だけで人間の首を刈り落とす事が出来る彼女には



 左手が何故か消えている加々美に対してその二撃は致命的であった

 あったはずだった

 また同じ事が起きた

 届くはずであった二つの拳はまたも風を作るだけであった

 今度は消えた訳では無かった

 加々美が後ろに滑ったのだった

 滑ったと表すしか出来ない現象であった
 後ろに跳んだのではない
 体は一切動かなかった
 直立の姿勢のままであった
 それなのに加々美は後ろに動いたのだった

 まるで何かに引かれたように

 衣服すら揺れずに

 加々美は避けた

「ほんと、面白い奴」
 ミレイミルは微かに悔しさを含んだ、されど言葉通りに面白そうに言う

「そいつはどうも」
 今度は加々美から攻める

 二歩分程にしか離れていなかった間隔を潰す

 一本の腕しか無い加々美に何が出来るのか

 ミレイミルは疑問を抱くが、加々美が距離を縮める為に要する短すぎる時間では答えを導く事叶わず、その必殺の強力で迎え撃つ

 互いの拳が互いの体にぶつかり合う寸前、加々美が跳んだ

 気味の悪い事に、絶対に寸前の体勢では出来ないであろう回転跳びをしてミレイミルの頭上を越えたのだ

「気持ち悪い動きするのね!」
 背後にいる加々美に蹴りを喰らわせようと振り返ったミレイミルは、突き出されていた加々美の手を目の前にして一瞬怯む
「気持ち悪くてすまんね」
 加々美はウインクした後その手中に握り込んでいた何かをミレイミルの眼前に放り投げた
(さっきの電池か?)
 ミレイミルだけでなく、固唾を飲んで見守っていた一もその意外な代物に唖然とする

 だが次の瞬間、一はその行為の意図が理解出来た

 後ろに跳びのいた加々美がパチンと指を鳴らすと、大きな音が鳴って電池が爆発したのだった

 それは電池の爆発としては異常であった
 中に火薬か何かを詰めているのか
 しかし火薬特有の臭いも煙も発生しなかった

 爆発は大きく、ミレイミルの胸から上は削られた様に吹き飛んでいた

(あ……あ……)

 一はそのグロテスクな惨状に顎を震わせる
 先程まで見ていた狂行は遠くで起きている事で、何所か映像でも見ている感覚にあった
 しかし今は吹き飛んだミレイミルの肉片を被り、死に直に触れてしまったのだった

「あ……あ…………あ……」

 ただの高校生である宇津井一は一晩で幾つもの死に触れた
 それは彼の精神に大きな痕を残すであろう

「落ちつけ少年!」

 広い部屋に響き渡る加々美の怒号に似た叫びは直前の爆風同様に窓を震わせた
 その声に一は正常意識を取り戻す

「少年、君は強運の持ち主だな。まあそれが良い運なのか悪い運なのかはまだ分からないけどね」

 加々美は一つしかない腕を一に差し伸べた

「捨てる神あれば拾う神あり、だな。ウチとの出会いが君にとってどちらなのかは後で自分で考えておくれ」

 一は震える手をその手に繋ぐ

 それを確認すると加々美はニカリと笑みを浮かべる

「さあ、連れて行ってあげよう。君はもう今まで過ごしてきた世界にはいられないんだよ」

 加々美の言葉に一は暫しの硬直の後、弱弱しくも頷いた

「今の音では周りの住人に聞こえただろうから早く出ないと警察と鉢合わせだゾ」

 強い力で引っ張り上げられた一は腰が抜けているのかまたヘタリと崩れ落ちてしまう

「まーしょうがないわな。普通の人間には今みたいなのは衝撃だろうな」
 加々美はしゃがむと一の肩を担ぐ
「ありがとう……ございます」
「いいってもんさ。同じ毛色の(よしみ)って奴だ」
「同じ毛色ですか?」
 一は彼女の髪の毛に視点をずらす
 それを見て加々美は大笑いする
「違う違う、そっちの意味じゃないゾ」
 その大笑いが本当に楽しそうだった所為か、一の心も大分落ち着き釣られ笑みすら浮かぶ程になっていた

 だが立ち上がった二人は目の前の光景に愕然とする

 豊島瑞穂が立っている、それは別におかしな事では無い
 だがその奥に頭を失ったはずのミレイミル・クラスエンが何処も欠損していない体で立っていたのだ

「不死者……か」
 一は真横の加々美の口から零れた言葉にショックを受ける
(フシシャって不死者だよな? それって……死なないって……事だよな……)


 死な、ない
 それは永遠に追いまわされる恐怖



 見てしまったからこんな状況になった
 出会ってしまったから全てが壊れた



 恐怖の再来に一は全身の力を失った
 加々美がその重さに耐えきれず持っていた肩を離してしまったため、一は床に崩れ落ちた

「しつこいのはお互い様みたいだな」
「そうね」
 ミレイミルは何事も無かったかのようにさわやかに応える

 ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつミレイミルは二人への距離を縮める
 その顔は不気味な笑みの相を形作っていた

 加々美は内心で焦る
 それは手元にもう電池が無いからであった
 自分一人でここから脱出する事は間違いなく容易な事であった
 しかし足元に崩れ落ちている少年を失いたくないという思いが彼女にはあった

 肉片の海に浮かぶゴミに電池が無いかを軽く伏せた目で素早く探す

 そして彼女は二つの物事に気がついた

 一つは先程の爆発で吹き飛んだはずのミレイミルの肉片が消えている事
 一つは足元に崩れ落ちている少年のズボンに突き刺さっている懐中電灯

「少年、君は本当に運が強いんだな」
 そう言って加々美は自分の体でミレイミルから隠す様にその懐中電灯をしなやかな動作で抜き取り、その体の傾きをスピードに変えて前に向かって走り出した
「もうちょっとだけ黙ってておくれよ」
 ミレイミルはその手に持つ物が一瞬何か分からなかったがそれが懐中電灯だと分かると瞬時に理解した

 懐中電灯ならば電池が入っているはずだと

 喰らった爆発の威力を考えるに防ぐ事は叶わぬと悟ったミレイミルは、ならば先に術者を殺せば良いとその殺戮の拳を正面へと叩きつけた

 だがやはり加々美に当たる事は無かった

 加々美はその拳が届く位置直前に予備動作無しで突き出された左手の右側へと曲がったのだった
 それはまたもや物理現象を無視した軌道であった
 ミレイミルの側面外側に立った加々美は、今度は相手の脇腹に押し蹴りと共に懐中電灯を叩き込んだ
 その強力な蹴りはミレイミルの体を吹き飛ばす

「んじゃいずれな!」
 加々美が指を鳴らす
 ミレイミルの体は壁の一部と共に爆発の破壊現象で吹き飛んだ

 相手の復活時間の速さを考えると長居は出来ぬと、加々美は急いで一の下へ駆け寄ると肩を担ぎ立ち上がらせた
「さっきので分かっただろ。あれは再生が早いんだ、ウチ等もとっとと退くぞ」
 相手の同意の有無など気にしていられない加々美は一を一瞥もせずに走った
 加々美の肩に身を委ねる一はそこで初めて本当に生を喜ぶ
(とりあえず……生きて出られるんだ)
 そしてその虚ろな目は一人の少女を捕らえる
「豊島……彼女も助けてあげてくれ」
 自分でも図々しいのは分かっていた
 肩を貸してくれている加々美が自分一人の為にどれだけ負担を被っているかも分かっていた

 それでも豊島瑞穂を助けたかった
 彼女がいるだけでクラス全体は明るくなるから
 彼女はクラスの宝だったから
 彼女はクラスに必要だったから
 何より彼も彼女の笑顔が大好きだったから

 しかし加々美の口から出た言葉は冷酷な物であった
「お前さんは分からないだろうけど彼女はもう死んでいるんだ」
「…………」

 『彼女を助ける事は時間的に出来ない』等の答えなら覚悟していた
 その時は自分じゃなく彼女を助けてもらう覚悟すら出来ていた
 心の奥底では本当は助かりたいという気持ちが蠢いているが、それでもそんな言葉を吐くだけの覚悟はあった

 しかし加々美の言葉は違った

「そうなんですか……」

 聞こえてきたのは彼女の死亡宣言

「そうですか……」

 悲しいという感情と共に嬉しいという感情が湧く

 彼女が死んだという事実が悲しいのだった

 だから自分が助かるという事が嬉しいのだった

 一はそんな感情を抱く自分を殺したかった





 デパートの屋上からスロープを駆け下り商店街に逃げ込む。
「恐らくあいつはあの屋上からウチ等を発見しようとしているはずだ。だから屋根伝いに逃げるぞ」
 一の前を走る加々美はモールの屋根を指さす。
「よし、あそこで一時休止だ」
 モールの十字路に向かって二人は全力疾走する。


「所で少年、どうしてあの場所にいた?」
 携帯電話でタクシーを呼んだ加々美は、タクシーが着くまで足を休めようとどっかりと座り込んだ。
「それはですね……」

 一は加々美に豊島瑞穂の失踪を含めて全て話した。

「少なくとも分かるのは家を消した張本人があいつでは無い事だな」
「そうなんですか?」
「ああ、あいつは大した魔法を使えないみたいだからな」
「魔法……ですか」
 一の驚きの声に加々美の方も驚きの声を上げる。
「察しが悪いな少年よ。よもやさっきまで目の前にしてた物が普通の現象だと思っていた訳ではないだろうに」
 その言葉に一はコクコクと頷く。
「ま、それも追い追い教えるさ」
 加々美はポケットから飴玉を取り出すとそれを一に投げて寄越した。その小袋にはステープラーの針が刺さっていた。
「お昼にチラシと一緒にもらった奴さ。折角だからと5つ程貰っておいた」
 気持ちのいい笑顔を加々美は浮かべる。
 それは一の心を口の中の甘い飴以上に温めた。
「そうそう、さっき訊きそびれたんだけどさ、もしかして警察とか呼んでた?」
 その質問に携帯電話を家に忘れてきた事を伝える。
「おお、君は本当に運が強い。流石だな」
「呼んではいけなかったんですか?」
「そりゃそうさ。呼んでしまったら来た警官全員が殺されただろ?」
「はい……」
 まだ一つ目の飴が残っている口に二つ目の飴を放り込みながら加々美は言う。
「んで、連絡が途絶えた警官達を心配に思ってまた警官が来るわな」
 一はその起こり得た未来に顔を青ざめた。
「ああいう存在相手に一般人が対抗できる訳ないんだよ。それに下にパトカーで待機している警官もいるだろうから、その場合ウチは入れなかっただろうね」
 彼女が来ないという事はつまり一の死を意味する。
「良かった……」
「うん。良かった」
 安堵のため息を漏らす一に二つ目の飴玉が投げられた。
「そろそろタクシーが着くはずだから移動するゾ」
「はい」
 一は入れたばかりの飴玉を噛み砕く。


「助けてくださってありがとうございます」
 タクシーが到着するはずである場所が覗ける物陰に潜む一は隣の加々美に囁く。
「まあね。さっきも言ったけど同じ毛色だからな」
「あの、それってどういう意味なんですか?」
 先程は髪の色かと思ったが彼女の髪を見た事を笑われた。
「君が面白い物に憑かれてるって事さ」
 一は以前おかしな二人組に言われた事を思い出す。
「それって『犬憑き』って奴ですか?」
「お、分かってんじゃん。何? 占い師にでも言われたかい?」
「いえ……何と言うか知人というか他人というか……」
「ふーん」
 二人の顔を振り切る様に頭を振り一は話を戻す。
「その犬憑きって何なんですか?」
「聞いたことあるかもしれないけど犬神って奴さ。でもね、その憑き方は間違いなく血追いじゃないね」
 その時指定した場所にタクシーが到着したため二人は移動を開始する。
「どういう事ですか?」
 加々美は足を止め一の方へ振り返った。その口の両端は上がっていた。

「お前さんは『犬神迷い』って言って、犬神が勝手に憑いてしまった大変珍しい存在なんだ」

 こちらに気付いたタクシーの後部座席のドアが開く。

「そしてウチは狐憑き。憑かれ者同士、仲良くしようぜ」

 人気の無いモールの屋根の下、加々美は惚れ惚れする程明るい笑顔を浮かべたのだった。



                                 (第五話 完)


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