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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第五話 貴女と私 / 7




「人間は強くなったわね」
 それはウチに向けられた言葉では無かった。しかし話しかけている対象は間違いなくウチだった。まるで我が子の成長を喜ぶかの様に言う。
「雨を求めて雨乞いをしていた彼等は、今では雨を嫌悪すべき物として認識している」

 ウチの前には伏原姉弟が神妙な気を纏って鎮座していた。やはり人とはかけ離れた存在、ほんの少しの間会話した程度だと気付かなかったその気は、暫らくした今では随分と存在を主張していた。殺気などという尖った物ではなく、神秘性を帯びた輝きの如き気だった。今まで会った人物の誰もが持ち合わせていないそんな霊気を二人ともが走らせている。

「強いのね、人間は。だから私達が生まれた」

 ウチの隣には瞼を硬く閉ざしてコーヒーをちびちびと口に運ぶ枳さんが座っている。彼女の髪はウチの手元まで伸びているが、その関心はウチ等の会話には及んでいない様だった。

「でも結局武器を使うことよりも自身に備わった力を使う様に作られた私達は人間に伸し掛かる事は出来なかった」
 強いのねぇ、伏原相はため息交じりにそう言った。





 檻の様な別館に招かれたウチ等は応接室が無いため彼等の生活感漂う一室に案内された。そこは姉である相さんの部屋らしく、畳が敷かれそして壁一面に文庫やら新書やらが敷き詰められていた。小説の文庫なら何と無く伏原相という人物が読んでいてもおかしくは無いと感じられるが、新書の方はビジネスマナーやら自己啓発をテーマにしている物やら彼女の一生において何ら関係の無いであろう物が多く占めていた。
 部屋に連れられてすぐの頃、ウチがその本の壁に見入っていると相さんはひょこりとその間に顔を入れ満面の笑顔を咲かせたのだった。
「私は人間が大好きなの」
 彼女が言うには人間の考え方や風習その他諸々が彼女にとって興味を覚える物らしく、その為に新書の方は内容が雑多らしい。文庫も暇潰しのついでに人間の思想を読み取るためとの事だ。
「私は人間が好き。これは純血の魔の中では圧倒的少数派なの」
 それは知っている。純血の魔が人間を嫌っているからこそ未だに純血が存在しているのだ。尤も、その少数派がいるおかげで自分に魔の血が流れていると知らずに生きている混血種が世界中にごまんといるわけなのだが。
「そしてその少数派の中に一色朱水と言う深き魔が存在する。貴方の主人である枳がここに留まっている理由も私達が一色朱水と繋がっているから、同じ少数派として交流があるためなのよ」
 一色朱水、聞いた事がある名だ。確か人間に混ざって生活をしているという風変わりな領主のはずだ。まあ、純血種の領主の中で彼女の様に若い者はあまりいないため彼女の行動が異常と言えるかは比較対象不足なのかもしれない。しかし頭の固い他の領主はそうは思っていないと聞く。
「主であるあの方と縁深き私達ならきっとあの方の情報を得られるから、そう思ってここにいるのよね」
 相さんは枳さんの顔を覗いて尋ねるが、枳さんは目を逸らす事は無くともその口を開ける事は無かった。

 それにしても驚きだ。よもや依頼主があの鬼神の僕だったとは。しかし少しおかしな話になる。何故なら鬼神は今や……

「貴方は一色朱水を知ってるのかしら?」
 ウチが相さんの問いに答えようとするとそれを遮るように枳さんの口から小さい声があがった。
「あの方の事はどうでもいいではありませんか」
 枳さんは何とも嫌そうに言う。どうやらそこら辺は触れて欲しくは無い部分らしい。
「主とて素性を明かさねば従者の信頼は得られない、そういう者なのよ枳」
「…………」
 枳さんはウチを睨むとどかりとソファーへと荒々しく座って内の心を表わす。恐らく話題を変えろという命令だろう。
 しかしそれはウチ以外にも伝わった様で先程からずっと静かに事の成り行きを見守っていた温さんが口を開いた。
「御嬢様、今日お二人を招いたのは不快に思わせるためではないでしょう」
「あらそうだったわね」
 相さんは枳さんの反対側のソファーへとゆっくりと身を沈め、ウチに手招きをした。
「今日は貴方の事をもっと知りたいから招いたのだったわね。貴方の過去、見て来た物、世界の有様、それらを私達に聞かせてちょうだい」

 過去、その言葉を聞いた途端鳥肌が立つ。ウチはどうやらまだあいつを忘れずにいられているらしい。

「では何からお話しましょうか」
 ウチは脳裏に浮かぶあいつの笑顔を再び奥底に大切にしまってから自分の過去から他人に言える部分を抽出して三人に語ったのだった。





「やはり人間と言うのは面白いものね」
 それは恐らく人間を愛玩動物の様に捉えた言葉だった。
 かつて見て来た決して表沙汰になろうはずの無い世界を教えると、相さんは熱心に聞き入り、うんうんと何度も相槌を打っていた。余程人間が好きらしい。
 一方その他二人の反応は冷ややかで片や瞼を堅く閉じてコーヒーを一定間隔で口に運び、片や外の景色をぼうと眺めていた。相さんと違って温さんはどうやらそこまで人間に興味は無いそうで、ウチの話より何ら変わらぬ外の景色の方に興味を惹かれるらしい。
「それに貴方の経歴は本当に面白いわ。事実は小説よりも奇なりとはまさしくこれね」
 確かにウチの様な人生を送る人間はそういないだろう。彼女が読んでいる小説に出てくる人物達と近い物があるのかもしれない。狙い狙われ、常に命を落とす危険がある獣道だった。獣道で出会うは獣、互いの喉笛に如何に相手より速く噛みつくか、それだけを考える毎日だった。
「満足満足。枳、貴方良い者を見つけたわね」
「お言葉ですが私が見つけた訳ではございません」
「あらそうだったの。まあ良いわ」
 相さんは手付かずだったコーヒーを一気飲みすると深い息をついて落ち着きを取り戻そうとした。
「ふふふ、楽しい時間をありがとう。お礼に私達の事を答えられる範囲でなら何でも教えてあげるわ」
「はあ……何でもですか」
「あら御不満? 私達の様な存在はあまりいないと思うのだけれども貴方には魅力的でないのね」
「いえ、いきなり求められてもどう質問したらいいのか」
 正直な話彼女達と深く関わろうとは思っていなかった。こういう大木と深く蔦を絡めてしまうと後々自由が奪われ身動きが取れなくなってしまうからだ。終いには蔦を千切られそこで果ててしまうかもしれない。
「むぅ、何でもいいのよ」
 彼女が思っていたものと違ってウチがそこまで乗り気でないからか、いじけた様に唸る。決して子供とは言えない年齢であるはずだがその行為は彼女を彼女たらしめていると感じた。
「お話のお礼という形でとりあえず御嬢様がお話したいだけ我々の事を教えればよいのでは? そこから何か疑問に思う事があれば答えていく形はどうでしょう」
 温さんは興味が無さそうな素振りを見せていたにもかかわらず全て耳に収めていたのか、的確な提案をする。相さんもそれに同意し、自らの生い立ちから言葉にして綴り始めた。

伏原家は魔王の血を引く純血の領主の家系であった。かつて予言を行える力を持つ者が血脈の一人として誕生した。予言とは一定の世界が見えている未来視とは違ってその捉えた未来のブレが大きい能力である。未来を直視するわけではなく未来を靄の中から触り見る力だったため一人でも押し潰される事は無かったが、やはり負荷は大きかったようで短命であった。その最期の時、彼は幾十年の後未来視と過去視を持った双子が誕生する事を予言した。これに喰らいついたのは魔よりも人間の方で例外中の例外としてその双子の危険因子認定の条件的棄権を決議した。その条件に則って伏原家は檻となるこの屋敷を本館の真横に建設する事となる。双方にとって有益だと確信を持っていたからだった。
 そうして生まれながらにして危険因子の認定判を薄紙一枚挟んで捺されている双子は現在もこうして健在なのだ。

「とまあそんな感じね」
 相さんは二人の現状の理由を簡潔に語ってくれた。全てを語り終えると一息つこうと目の前にあるどら焼きを頬張り始める。だがその目はしっかりとウチを捕らえていて質問は今か今かと爛々と輝かしていた。
「ではその……未来を見る過去を見るとはどういった感じでなのでしょうか」
 その質問に待ってましたと言わんばかりの勢いで相さんは体を机に乗り出し、声を張って答える。
「私の場合は文字として見えるのよ」
「文字、ですか?」
 ウチはその意外性故に空中に指で平仮名の「あ」を描いてしまった。脳内で文字が見えるとはそれまた何とも奇妙な能力な事で。
「そうよ、文字として見えるの。瞼を閉じると暗闇の中に赤く光る文字が浮かび上がる時があってね、それを並べ替えたり繋げたりする事で未来が分かるのよ」
 その後彼女はやや詳しい説明を教授してくれた。普通の人間や魔は文字を脳内で思い描く時は必ず意味を思い浮かべてから図式変換するらしい。だからこその「文字」なのだ。意味の無い場合それは文字とは言えずただの記号でしかないからだ。ある意味を持ってこそ文字と言う道具が存在できる。だから本来は意味が先にあるのだ。しかし彼女の場合意味を頭で響かせる前に脳裏に文字が浮かぶという。

「でも実はこれ少し違った条件だと誰にでも起こる事なの。例えば一枚の紙に『犬』と書かれているとする。人はそれを見る、つまり脳内へ図式として取り入れる。そしてその後にその記号が持つ意味を過去の知識から検索するのよ」
 確かにそうだった。その流れでいくと先にあるのは文字だ。では一体彼女の何所が特別なのだろうか。
「じゃあ貴方、今頭の中で『犬』という漢字を思い浮かべて」
 言われた通りに瞼を閉じて犬の文字を頭の中で描く。こういうのは過去に見た映像の継ぎ接ぎでできると聞く。ウチの頭の中でできた文字は白地に黒字で犬と書かれていた。
「できました」
「じゃあ訊くけれど、今貴方の中で意味が先に出た? それとも文字が先に出た?」
 ……そういうことか。確かに先に文字が出るのはおかしいのだ。イヌという動物を知っているからこそそれが『犬』という漢字で表わす事が可能な事を思い出すのだ。決して漢字が先に浮かぶ訳ではない。
「どうやら分かった様ね。だけれども私の頭では時々文字が先に浮かぶの。その文字の意味を思い出し、文として成り立つようにしたのが私の未来視なのよ」
 外部に始めからある、つまり紙などに書かれている文字を理解する行為と同じ事が彼女の脳内で起きているのだと言う。
「一度私の能力を解明したいと言う事で数日ずっと機械の中で過ごさせられた事があったわ。実は瞼の裏に何らかの現象で文字が浮かび上がっていて、それが見えているのではないかという意見があったためなの。そして出た結果は白、私の瞼は他人と全く同じでそんな風にはできていなかったのよ」
 もし瞼の裏に浮かび上がるのだとしたらそこからは普通の人間と同じだったという訳か。

 枳さんは先程のウチの過去話中には全く示していなかった興味を今では明らかに抱いていた。手にコーヒーカップは在らず、諸手を組んで膝上に置きじっと相さんに目を注いでいた。如何にウチの価値が彼女の中で小さいかが分かる違いだね。
 一方の温さんは相変わらずでお外の方ばかり見ていた。
「ほら温、貴方も喋りなさいよ」
 そこで本日では初めてまともに温さんの目を見る事になる。相変わらず完璧な女装だった。口を開かねば男と分かるまい。
「と言うと過去視について語るべきですか?」
 ウチに尋ねられてもと思ったが相さんが目で訴えかけてくるのでしっかりと頷いた。その容姿に似合わぬ男の子の声で彼は自身の能力について語り始めた。
「私は御嬢様と違い音が頭を巡ります。その人物の発した声、また聞いてきた声や音が私の耳にも届くのです」
 これまた面白い力だ。この姉弟が異常なのは分かっていたがその力の出方さえも特殊だったとは。

 過去に聞いてきた音や声の全てを聞ける訳ではないと言う。聞けるのは本人に今でも根強く残っている物、つまり本人がその音を聞いて識別できる物だけらしい。例えばある人物の声を聞いてそれが誰の声なのかが当てられるなら、十中八九温さんはその声の記憶を盗み取る事が出来るのだと言う。

 記憶を盗む、か。まるであいつみたいじゃないか。

「ですので対象者の過去全てを覗けるという訳ではないのです」
「ま、それでも大変希少な能力には変わりないけれどね」
 なるべく小さく見せようと温さんが自身の能力にぼろ布を被せようとしているのを相さんが不愉快に思ったのか、何度か口を挟み弟の力を称賛していた。
「ま、これで私達の未来視過去視がどういう物なのか分かってくれたかしら?」
「はい、大変勉強になりました」
 ウチがそう答えると御満悦に鼻を鳴らした。話好きらしい相さんは閉じ込められている鬱憤を晴らすようにその後も次々と自身の事について語りだした。それは本にしてまとめられる程多く、ウチ等はその言葉の雨粒を傘を広げる事無く浴び続けるしかなかった。

「っとまあそんな感じかしら」
 たっぷり二時間舌を動かし続けた相さんは顎が痛いのか耳の下をぐりぐりと押し続けていた。舌も疲れただろうに。
「んで、質問は在る?」
 その言葉にまだ喋り足りないのかと他の二人はほとほと呆れかえったが口にする事は無くただ押し黙って目を合わせないようにした。必然的にウチとしか目が合わなくなった相さんは期待がかった目でウチの言葉を待っていた。
「えっと……」
 もはや質問を思いつくには多すぎる情報を得てしまったため何について尋ねればいいかという目星さえも見失っていた。魚群の中の一匹を目で追う如く難しい作業だと思う。
「そうですね……じゃあ今から一番新しい未来を見てもらう事ってできますか?」
 それは苦し紛れの冗談だった。未来を見る事は意識的にできる事では無いとさっきまで何回も言っていた本人に対して未来視を要求したのだ。でも相手もウチがそれを理解している上での言葉だと知っているだろうから平気だろう。
「そうねぇ……」
 相さんは顎に手を当て考え込むように瞼を下ろす。ウチの冗談に乗ってくれたようだ。
「うん、見えたわ」
 ウチ以外の二人も相さんの言葉に閉じていた目を見開く。まさか、冗談でしょう、そう音の無い声が二人から漏れ聞こえた。
「聞きたい? ねえ聞きたい?」
 相さんは楽しそうに言う。勿体ぶっているのはその言葉が戯言の未来だからなのか、それとも自分の力を誇示するための舞台の飾り付けなのか。
ウチはこくりと一回頷いた。彼女はウチの承諾を見て咳払いをして口を開く。

「今夜、侵入者が来るわ。それもとびっきり危険な人物が」

 相さんは何とも愉快そうに言うのだった。
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