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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第二話 似て非なるモノ / 5




「いらっしゃいませ」
 今日は久しぶりに隣町の大きな本屋に来た。朱水との一件以来この店には来られなかったけど、学校の試験も終わり状況もだいぶ落ち着いてきたから久しぶりに足を運んだのだった。ここは大きなフロアを二つ使っての本屋なので田舎に不釣り合いな大きさだ。今日も沢山の人が少し気の早い冷房が利いている本屋に入り浸っていた。たとえ田舎でも本だけは通信販売の力を借りなくていいと言われるほどの品ぞろえである。
 それにしても久しぶりの本屋はやっぱり発見が多いね。

 あ、これの続き出ていたんだ
 へえ、この本面白そうだな
 ん、この表紙絵、かわいいなぁ

 そんなことを考えながら店内をふらりとしていると、
「うわっ」
 目の前にある光景があまりに意外だったからお店の中だということを忘れて声を上げてしまった。私の声で幾人かのお客さんはこっちをチラリと覗いた。
 思わず手に取っていた本を落としてしまい、その音でその人は私に気づく。
「ああ、あんたか」
 目の前にいるのは確か矢岩玄って男の人だ。昨日と違って眼鏡をかけているけど、間違いなく昨日の男の人だった。黒い髪をぽりぽりと掻きながら面倒そうに言った。
「自分で落とした物も拾えないのか」
 そう言いながら私の足元に落ちている本を拾ってくれた。
「あ、ありがと……ございます」
「ああ」
 ぶっきらぼうに拾った本を手渡してきた。
「あの、矢岩……さん?」
「ん?」
これまた面倒くさそうに矢岩さんは応答する。
「昨日とは随分雰囲気が違いますね」
「あのさ、あんた俺より年下だけど別に敬語使わんでいいから。大して変わらんし」
「そ、そう……なら矢岩君」
「だから何?」
 矢岩君は呆れたような顔をする。
(うう、やっぱ昨日と同じかも〜)
 私が何とか話を続けようと考えていると彼はボソリと呟いた。
「うわ……子供」
「え?」
「ガキだな、あんた」
 その視線の先にあるのは私の持っている少女漫画と少女趣味な小説だ。高校生だってこれくらい読んでもいいと思うんだけどおかしいのかな?
「……べ、別に良いでしょ」
 ばつが悪く慌てて後ろにそれらを隠すが矢岩君の表情は相変わらず厭味色だった。
「あんたは見た目通りだな」
 冷ややかに笑う。そういう矢岩君も見た目通りに厭味ったらしいよね、と言ってみたいが相手が怖い人だってことは重々承知しているのでとてもじゃないがそんな台詞吐けなかった。臆病な訳じゃない、君子危うきにってやつさね。
「私、そんなに子供に見える?」
 身長はクラスの人達と比べると高いほうだし、毎日見る顔も子供っぽくはないと思う。まあ、朱水には負けるけどさ。あらゆる物が私より優れている朱水に唯一勝っていると思うのは髪の長さくらいだ。その髪だって後ろで少し束ねているだけだけど、子供っぽくはないと思う。
「いや、見た目というよりは雰囲気だな」
 私の手にある本をまた奪い取った。まだそれを使って私に厭味言うのか。
「似ているんだよ、俺の知り合いに。趣味がまったく同じだしな」
 少女漫画の表紙を私の目の前に突き出す。ついでに同じ漫画を手に取ろうとしている小学生と思しき女の子を目線で指してきた。私が小学生と同じだと言いたいのだろう、実にむかつきやがります。それに最近の小学生はおませさんなんだゾ!
「あ、ちなみにそいつは十三歳だから」
 ………………どうして私はこんなに苛められているんだろう。誰か教えて。
 その本を奪い返すと、突然無愛想な顔をした矢岩君の後ろから可愛い声がした。
「ちゃーす。先輩、ここにいたんですね」
 静かな店内に大きな声が響き渡った。私が言うのもなんだけど、場所を考えたほうが良いと思う。店員さんと他の客がこっちを睨んでいる。いや、その睨みの一部は間違いなく彼女の大声以前から向けられていただろうけどさ。
 その声を聞いた途端、矢岩君の顔が歪んだ。苦虫でも噛んだ様にびっくりするくらいの豹変っぷりだった。
「何すか? 何すか? 密会ですか? 鏡先輩に言っちゃいますよ〜」
 楽しそうな声の主は小さな女の子だった。アイシスと背丈は同じくらいだけど、雰囲気が正反対だ。アイシスは氷で出来た花みたいな印象だが、目の前の女の子は爛漫としている真黄色な花みたいな印象だ。ついでに蝶とか蜂とかが辺りに飛びまわっている感じだね。
「これから鬼神さんの家に行くのに余裕っすね」
 親指だけを突き立てたグーを披露する。なんかまた面倒な状況になってきたようだ。
「少しは声量を小さくしろ。まあ何だ、こいつが今言っていた奴だよ」
 女の子を指差しながら言う。矢岩君の顔は変に歪んだままだ。
「うわ〜、その女の人とはあんなに楽しそうに話していたのに自分にはその態度っすか? これは益々鏡先輩に報告しなきゃですね」
 きゃっきゃ、そんな明るさをばら撒きながら彼女は吼える、吼える。間違いなく彼女は他人の目は気にしないタイプの人種だ。
「うるせー、うるせー。もう行くぞ」
 矢岩君は逃げるように早歩きで店の外へ向かってしまった。
 そして何やら残された女の子がこっちを爛々とした目で覗いてくる。これは助かったんでなく厄介事をパスされただけみたいだ。
「えっと、何かな?」
 その強烈な視線に私は無視できなくなりとりあえず尋ねた。
「こんちゃーす。自分初めてあんな楽しそうな矢岩先輩を見ましたよ。お姉さん、やるねぇ」
 私の目の前に再び親指を立てた拳が突き出される。相変わらずの大声付きでね。
「はぁ。あのさ、矢岩君を追わなくて良いのかな?」
何とかこの状況を打破するべく逃げた餌の方を今一度彼女の鼻先に押しつける。
「うへっ、そうでした。じゃあね〜、お姉さん」
 良かった、狙い通り女の子は大声で叫びながら店の出入り口に走る。いい加減その目立つ声で人様の注目を集めるような行為はやめて欲しいかなぁ。
「はあ、何なんだか」
 店員さんからの視線がどんどん冷たくなってきたのでさっさとレジに並んでお店を出た。店員さんは何も言わなかったけど対応が無言だったから間違いなく怒ってたね。きっと合わしていなかった目を合わせた瞬間彼の口からは注意の言葉が飛び出しただろう。
 何だかどっと疲れが溜まった気がする。本当はこのまま帰りたい気分になってしまったが今日は朱水に呼ばれているからとぼとぼと歩を進める。まあ朱水の顔を拝む頃くらいにはさっきの事も喉元過ぎているだろうから気にしない気にしない。

 だけど二十分程歩いて私は確信した。今日の私には運が無いということを。
「ちゃーす。また会いましたね」
「……………………ちゃーす」
 さっき分かれたはずの二人と信号待ち中にばったり出会ってしまった。応える気力が無かったが彼女の熱い視線はそうすることを許してはくれなかった。やる気のない挨拶を返した。
 女の子は何故か私の腕に抱きついてくるし。この子くらいの小さい子にそういう事をされた事が無い私は少し照れくさかった。
「えへ〜。鏡先輩とは系統が違うけどやっぱお姉さんも美人さんっすね」
 そう言いながら私の腕に抱きつく力を強める。その可愛いお口からは八重歯が覗いていた。
「えへ〜」
 上目遣いで覗いてくるこの少女を見ていると誰かを思い出す。……ああ、朱水だ。確証は無いけど朱水と同じ匂いがするよ。
 私達が視線をぶつけ合っているのに呆れたか、矢岩君は赤信号の中を歩き出した。
「先行くわ」
 ようやく青信号になった時にはもう矢岩君の姿は遠くの方にあった。私の腕にしがみついたままの少女は相変わらずの上目遣いである。だからどうして胸を押し付けてくるのさ。私はそういう趣味じゃないんさね。たまたま好きになった人が女の子だっただけで、女の子が好きってわけじゃないんよ。
 そんなことを頭の中で叫んでいた私に少女は進むように促す。進みたいなら私から離れれば良いのに。
「良いじゃないですか。さあ、行きましょうよ」
 私は少女に引っ張られる格好で横断歩道を渡る。正直自分が見っともない。
「お姉さんは何て名前なんですか?」
 横断歩道を渡り切ると同時に私の腰に抱きつきながらそんなことを聞いてくる。可愛いのは認めるけど私は女だ。そんなことをされても微塵も嬉しくない。た、多分ね。
「君は? 人の名前を尋ねる前にまずは自分の名前でしょ?」
 すると少女は何故か手を挙げながら自分の名を名乗りだす。
「自分、菅江由音(すがえゆね)、言います。お姉さんになら由音ちん等と呼んで欲しいっす。後、玄先輩とは何の仲でもないので安心して欲しいっす」
 いや、矢岩君との間柄なんて聞いてないから。
「あれ、なら由音……ちゃんも矢岩君と…………あー、えっとー、その……同業なの?」
 イメージとして削強班だなんて一般人に言ったらまずそうなので同業という言葉に誤魔化す。由音ちゃんが削強班だとは限らないからね。
「あれれ? どうしてお姉さんが先輩の所属を知ってるんすか? まさかお姉さんが一色さん? イメージと違うな〜」
 由音ちゃんはじろじろと見つめながら私の周りをぐるぐる回りだした。
「私は一色朱水じゃないよ。尼土有って言うの」
 由音ちゃんは顎に手をやったまま考え込む。
「あれ〜、おっかしいな〜。お姉さんが鬼神さんの名前を知っているくらいならお姉さんの名前も報告されていて然るべく、なんだけどな〜」
 由音ちゃんはそんな独り言を呟く。だけれどその声は周りの人みんなが聞き取れるくらい大きかった。この言い方なら由音ちゃんは削強班であっているみたいだね。
 それよりも気にかかることがある。
「ねえ、由音ちゃん。『鬼神』って何? もしかして朱水のことなのかな?」
 私のその言葉を聞くとますます由音ちゃんの頭の中はこんがらがってしまったらしい。う〜う〜唸り始めてしまった。
「はえ〜? 一色さんのこと知っているのに鬼神を知らないんすか? はえ〜?」
 そんなこと言われても知らないものは知らない。きっと私達を特殊な眼鏡で見たら周りにクエスチョンマークが沢山浮かんでいるだろう。
「ねえ、もしかして由音ちゃんと矢岩君は朱水の家に向かうところだったのかな?」
 先程の二人の会話から察するにそういう事だったのだろう。由音ちゃんは思考が付いてこられていないのか、ただ頭をがくがくと上下に振る。片方しかないサイドアップが大きく揺れた。今のは可愛かったなぁ。
「だったらとりあえず朱水の家に行こうよ。矢岩君も困っていると思うし」
 由音ちゃんはまた頭を上下に振り、私の後に少し離れて付いてきた。時々、う〜う〜と私の背後から聞こえるけど無視を決め込んだ。私にだってわからないんだから助けようがないんもんね。


「遅い」
 朱水の家の門まで来ると案の定、遠目からでも「自分、怒っています」みたいな雰囲気の矢岩君がいた。ただでさえ鋭い目つきなのにさらに眉が吊り上がることで鬼の形相となっていた。
「何していたんだ? 菅江、あいつが時間に厳しいこと知っているだろ」
 由音ちゃんは腕時計を確認し、口をパクパクさせた。何やら大変なことになっているらしい。
「高海はもうとっくに着いているぞ」
 そう言いながら矢岩君は門を勝手に開けて入っていってしまった。
 門と玄関とを繋ぐ道では椚ちゃんが花に水遣りをしていた。あちゃぁ、矢岩君、怒られそう。
 矢岩君に気付いた椚ちゃんは手にしていた如雨露を地面に置き、足を軽く開いた。臨戦態勢とでも言うのだろうか、緊張が走る。
 まずい、争い事になりそうだ。
「く、椚ちゃん、その人はね……」
「存じています」
 そう言うと、そのままの格好で矢岩君が横を通るのを黙って見届けた。
 矢岩君は気にした様子も無く、そのまま玄関に入ってしまった。それを見て、由音ちゃんも慌てて追いかけていった。
 二人が屋敷内に入ってしまった後も椚ちゃんは身構えたままであった。
「あの〜、椚ちゃん?」
 私の声が聞こえると急に椚ちゃんの構えが緩んだ。その顔は安堵に和らぐ。
「大丈夫?」
 その質問に頷きで返し、再び如雨露を手に取り、水遣りを再開し始めた。
「男の人……」
「はい?」
 花を見ながら椚ちゃんは小さく呟いた。
「私、男の人が苦手で……」
 それはさっきの行動の言い訳なのだろう、顔を赤く染めながら呟いた。
「でも、あの女の子は可愛かったですねぇ」
 頬に手を当てながらため息交じりにさらに呟いた。たまに左右の小さくこさえた三つあみを弄ぶ。
 …………顔が赤いのはそっちの理由ですか?
「は、はあ。それじゃ私も朱水に用があるから……」
 その様子を何故かじっと見ていた私は今日ここに来た理由を思い出し慌てて椚ちゃんにお別れを言った。
「お嬢様は応接間にいらっしゃいます」
 ありがとうとだけ言って私も屋敷に入った。あの感じじゃ言っても無駄だったろう、さっきから如雨露から水が出てないって。

▽▽▽▽▽

「お嬢様、尼土様がいらっしゃいました」
「通して頂戴」
 先程から私の前にはずっとにこにこしている女性がいる。高海鏡である。
「意外ね。貴女のこと嫌いじゃないわ」
「貴方は良くそういうことを堂々と言えますね。感心しますよ」
 矢岩玄を門で待っていたというところを、梓が見つけ、私に報告したのだ。そこで私がこの応接間に通したというわけだ。
 二、三十分会話したのだが、なかなかどうして話が弾む。彼女は噂と違って結構にまともだった。まあ上辺だけの人間の皮かもしれないので距離を置くのは当然だが。中に潜む獣が露見した時に対処できる状況になくてはならない。
「私も驚きました。貴方が人間と普通の会話をするなんて考えませんでしたから」
 いえ、もちろん貴方が頭首という立場の魔の中で滅法人間に友好的なのはかねがね承知していましたが、と彼女は言った。それはそうだろう、まさか他の頭首の城に何の事前申請も無く二人で行けるわけがない。嘗められているという言い方は癪だが遥かに他の魔より軽視されているのだろう。いや、無論かつての事を知っているのであれば私が決して嘗めるに適さないと言う事はその心に刻んでいるはずであるが。
「別に、人間が嫌いというわけではないわよ。私は情報漏洩防止のために一般人は相手にしていないだけよ。ついうっかり、ということが無いとは言えないでしょうからね」
 でしょうねと彼女の適当な相槌を眺めていると再び爺が戻ってきた。
「矢岩様も来られていられます」
「彼も通して頂戴」
 しかし私の言葉が終わる前に爺の隣から矢岩玄が応接間に勝手に入り込んできた。
「すまん、遅れた」
 第一声は主である私で無く高海鏡に対してあった。失礼極まりない。
「珍しいわね。貴方らしくない」
「こいつの所為だ」
 そう言って背中にいた女の子を私達の前に突き出した。
「こ、こんにちはです」
 小さい子だったが双犬が連れてきた人間だ、甘く見るつもりは無い。
「由〜音〜。貴方ね〜」
「すみませ〜ん」
「は〜、あんたは本当に時間に厳しくないのね。まあ良いわ」
 高海は再び私の方に振り向き鞄から書類を取り出した。
「こちらは全員揃いましたので、いつでも始められますが」
「有にも勿論同席させるわよ」
「でしょうね」
 彼女は軽く笑うと自分の持っている書類に目を通し始める。ふと横を見ると彼女らの後輩らしい少女がこちらをじっと見つめていた。
「何かしら?」
 少女は私が自分に話しかけてくることに驚いたのか両手をバタバタさせながらしどろもどろに答える。これが本来の私に対する正常な態度であるはずだが双犬の様な輩はそれがなっていないわね。
「い、いえ……噂通りだなって……思っていただけで」
「何かしら? 私が怖いのかしら?」
 少女は首を左右に振った。私の噂ならばろくな物で無いだろう。徒に恐怖心を煽るだけにすぎない。
「なら何かしら?」
「そ、その、綺麗だな……って」
 人間は私をどういう目で見ているのだろうか? 私を捕まえて選りにも選って綺麗ですって? 呆れるわね。しかしこの子を馬鹿にしても無駄なので適当に返しておく。
「そう? 貴女もなかなか可愛い顔しているわよ」
「あの、気にしないで下さい」
 溜息混じりに高海が間に入る。
「この子、綺麗な女性を見ると必ず今のようなことを言っていますから」
「ぶ〜。本当に見蕩(みと)れていたんですってば」
 あら……何故か高海と少女のやり取りを見ているとぞくぞくしてきたわ。私ってばどうかしたのかしら。

 二人のやり取りが繰り広げられているとコンコンとドアがノックされる。
「はい?」
「朱水、ちょっと開けて〜。両手が塞がっているの」
 有の声だ。何かを持ってきたようだ。
「あ、自分がやるっす」
 そう言って少女がドアを開けた。
「あれ、由音ちゃんか。ゴメンね、もうちょっと開けてくれない?」
 有がティーカップの載ったトレイを持って入ってきた。その後ろには椒が不機嫌な顔をしながら大きなティーポットを持っていた。エレベーターが無いので台車が使えない故に彼女達は常に手で物を運ぶしかない。
「遅いと思ったら椒を手伝ってくれていたの?」
「朱水様、私は何度も断ったのに尼土様が無理やり……」
 遅れた原因が自分であると言われたのだと思ったのだろう、椒はやや興奮しながら言った。
「別に遅れたことには何も感じてないわ。それよりその態度では折角手伝ってくれた有に対してあんまりじゃないかしら?」
 椒は渋々といった感じに頷く。
「良いんだって。確かにちょっと強引だったかもって思えるし」
 有も有で自分の所為で椒が(たしな)められるのが不憫に思えたのだろう、間に割って入る。
「……もう良いわ。椒、皆に紅茶を淹れてあげて」
 椒は有が机に置いたティーカップに紅茶を静かに淹れる。しかしその独特の音の中に溜息のような音が混じっていた。
「おおおお〜」
 その音の主は先程の少女であった。少女は今度は椒に見蕩れているようだ。確かに椒は日本人には無い雰囲気があるので興味を大いに惹くのだろう。
「そう言えば貴女の名前をまだ聞いていなかったわね」
 少女はビクッと跳ねこちらに振り向いた。
「あ、そうだったすね。自分、菅江由音、言います」
「朱水にも由音ちんって呼んで欲しいの?」
 有がくすくすと笑いながら意味不明なことを訊いている。
「いえ、滅相も無いです! 正直、一色さんにそう呼ばれたら失神してしまいそうっす」
「だって〜」
 有は相変わらず笑っている。何なのだろうか。
「それより貴女、椒がどうかしたのかしら?」
「いえ、こんな可愛いお手伝いさんがいるなんて思っていなかったので……」
 ははぁん、大体この子の性格がわかってきたわ。
 ベルを鳴らして智爺を呼ぶ。この子なら面白い反応が見られそうね。それに客人を持て成すくらいは例え人間でもやってあげましょうかね。
「何で御座いましょうか」
「皆をここに集めて頂戴」
「畏まりました」

▽▽▽▽▽

「ふうぉぉ〜〜〜。何すか? 何すか? ここは天国ぅ?」
 何を思ったか、朱水が応接間に槐さん達を集めたんだけど……。
「うおおぉぉ」
 由音ちゃんは椒ちゃんを含め、部屋に入ってきた計六人の女の子達を見て奇声を発している。
「紹介するわ。左から槐、槿、梧、椒、椚、梓よ」
 槐さん達は朱水が名前を呼ぶたびにお辞儀をする。どうやら朱水が言っていた事は本当の様で、椒ちゃんは三人に対しては決して不機嫌な顔は作らなかった。
「あらあら、可愛らしい方ですね」
 槿さんが腰を屈めて由音ちゃんの顔を覗き込みながらにこやかに微笑む。うわ〜、お姉さんの微笑みって感じ。
「ふふ、椚もそう思っているようね」
「…………」
 槐さんの言葉に椚ちゃんもコクコクと頷く。
「どうかしら、由音ちゃん? 気に入っていただけたかしら?」
「は、はいぃ!」
 由音ちゃんは感動のあまり涙を流している。
「本当はもう一人、枳というのもいるのですけど……」
 朱水のその声に椒ちゃんがピクリと反応したが、何も言わなかった。
 しかし由音ちゃんの後ろで椅子に座ってずっと見守っていた高海さんと矢岩君が急に立ち上がった。
「七人! まさか彼女達が……」
鬼神城(きじんき)……日本屈指の完成霊術……」
 二人の反応は尋常じゃなかった。怖いくらい目を見開いて朱水の使い魔さん達を睨みつけている。
「そうよ。貴女達の仲間が死ぬほど欲しがっていたものよ。まあ実際に死んでいただきましたけどね」
 朱水は微笑みながら挑発的な目を二人に向ける。
 鬼神城って何だろう。
「ええ! この人達があの鬼神城なんすか?」
 由音ちゃんも大声を出した。四人にとっては常識の様な物なのだろうか。
「噂とは大違いだな。屈強な男供だとか異形の者だと聞いていたが」
「そうね。こんなに綺麗な女の人達とは思っていなかったわよ」
 二人も使い魔さん達に近づきじろじろと観察し始めた。
「あの〜、鬼神城って何? あ、そうそう、鬼神っていうのも何のことか教えて欲しいんだけど」
 何だか私だけ取り残されていて寂しい。それに気づいた朱水はちゃんと説明してくれた。
「鬼神とは人間達が勝手につけた私の異名よ。前にちょっとした事件があってね、その際につけられたのよ」
「事件? 何があったの?」
 それにはまだ緊張の顔をした高海さんが答えてくれた。
「簡素に略すと異国の第二駆除者、つまり日本で言う魔が作った組織と日本の魔達との間に起こった争い事ですよ」
「組織って」
 今度は矢岩君がその質問に答える。これまた怒りにも似た形相だった。
「魔が作ったといっても最後には組織の過半数が魔法使い、つまり人間だった。結局は人間と魔との殺し合いになったってわけだ」
 矢岩君は『殺し合い』って言う時に朱水を睨み付けた。朱水はそれを涼しい顔でやり過ごす。
「殺し合いって言っても実際は人間達による一方的な殺戮だったんすけどね。で、魔の犠牲者が二百人程になった頃、襲われていた地域の魔が、ある一人の女性の魔に助けを求めたんすよ。それが……」
「「「一色朱水」」」
 削強班の三人の声が重なった。誰一人としてその名を軽い口調で言った者はいなかった。
「彼女の姿を見た者で生き延びることが出来た者は、彼女を畏怖の念を込めてデーモン、鬼神と呼んだと言われているっす」
「現代の化け物って事だ」
「あら、言ってくれるじゃない」
 朱水が矢岩君と高海さんに歩み寄る。
「双犬、貴方達二人に言われたくないわね。殺した数なら貴方達の方が圧倒的に多いじゃない」
「冗談じゃない。たった二・三分で魔法使いと魔を七十人余り消し飛ばした奴が化け物じゃなかったら何だって言うんだ」
 朱水と矢岩君が視線をぶつけ合う。部屋の温度が急激に下がったって感じだ。
「あ、じゃあさぁ、鬼神城って言うのは?」
 このままじゃ何か起きてしまいそうなので慌てて話題を変えた。
「鬼神城、鬼神を守りし城壁、魔王の家系に残りし四宝(しほう)が一つです。因みに四宝とは我々が所有する絶対魔法具に匹敵する、否、実際に使われることを想定したらその比ではないとさえも言われている魔具の事です」
「それが使い魔さん達なの?」
 別に六人は私達とは違う様には見えないんだけどなぁ……。
「私共は朱水様を守るためにある存在です。朱水様に(かしず)く存在です。それ以外の何者でもありません」
 槐さんは幸せそうにそう言った。他の五人も皆似たような表情で頷く。
「正確には彼女達の肉体こそが魔具なのです。彼女達は本来肉体を持たない者ですが、鬼神城という魔具に特別な霊術を施すことにより世界に存在し続けることが出来るのです」
「良くそこまで知っているわね」
 朱水が呆れ口調で苦笑する。
「当然だ。四宝の一つが行使されたんだ。無視などできやしない」
 随分大事なんだな〜。
 ……あれ?
「さっき魔王がどうとか言わなかった?」
 魔王の家系だとか……。魔王ってあれだよね? RPGとかでラスボスとかになるあの魔王だよね?
「ああ、言ってなかったわね。一色家は(れっき)とした魔王の家系よ」
 朱水は何でもないことの様に言う。そんなにあっさり言うものなのかな。それに魔王の四宝だなんて……。そんな事より魔王という物が現在でも存在している事に何より驚きだよね。
「そんなに凄いものなの?」
 その私が何気なく言った言葉は一人の怒りを買ってしまった。
 靴音をわざと大きく立てて椒ちゃんが私の目の前に立つ。その赤い目をした少女はあからさまにいらついていた。
「ええ、凄いですとも、尼土様。私共は本来存在することは許されていない存在、在ってはならない存在なのです。死者を生き返らす等の、以前よりあった存在の再生・複製の様な術とは段違いの格なのです。そこら辺の使い魔と一緒にしてもらっては困りますね、尼土様」
 椒ちゃんは私の襟を(とても強い力で)正しながら微笑む。
「椒、止しなさい」
 椒ちゃんは槐さんに大人しく従い、もといた立ち居地に無言で戻ったが、立ったままずっと私を睨んでいる。私、本当に嫌われているのかな。他の人とは明らかに態度が違うんだもん。
 朱水が皆の注意を促すために手を打つ。
「そろそろ本題に戻ろうかしら」


「昨日言った通り影を剪滅(せんめつ)するために 彼女の協力を要請します」
 高海さんは私に対してではなく朱水に対してそう話し始める。彼女にとって私は朱水の部下のような存在でしかないのだろう。
「ええと彼女の名前は……」
「尼土有さんっす」
 由音ちゃんが手を挙げて答える。別に自分の名前を答えているわけじゃないのに。
「あら由音、貴方知り合いだったの?」
「さっき外で会ったとき聞いただけだろ。まあ遅れた理由もそれだろうな」
 矢岩君の言葉に由音ちゃんは「いや〜すまないっす」と笑って誤魔化す。この二人は傍から見ていてなかなか良い関係だと思う。矢岩君の由音ちゃんに対する嫌味は何処と無く親愛の含みを醸し出しているような気がする。私に対するそれとは大違いだった。
「そう。尼土さんの手を借りる事は納得していただきましたが、今日はどのようにして影を拿捕または剪滅するかについて決めたいと思います。玄、アレを」
 矢岩君が鞄から紫色の布に包まれた細長い何かを取り出した。
「本来、貴方達に教えてはならない物なのですが、貴方達の信頼を得るために我々が所有する式典兵器と神器の一部をお見せします」
 布からは剣の様な物が三振り姿を現した。
「そちらから見て右が『停滞』、真ん中が『不屈』の意紋(いもん)が刻まれている式典兵器です」
 右側の剣と真ん中の剣はちょっと見ただけでは同じ物に見えるが、よく見ると細かい傷のようなものがびっしり刻まれていて、微妙に違う模様となっていた。
「そして左が神器『妨氷(ぼうひょう)』です」
「これがそうなの。まさかここまで名高い代物を見せてくれるとは思わなかったわ」
「そんなに凄いものなの?」
 妨氷と呼ばれている剣は刃の部分が波状になっている。
「お前達魔は人間を遥かに超えた回復能力がある。しかしこの神器によって傷つけられた魔は簡単には回復できない」
 矢岩君は妨氷を構え机の表面に小さな傷を作った。
「あれ? 霜みたいのが」
 傷をなぞった様に白い氷が張った。
「傷口に氷が張り、回復を妨げる。だから妨氷。単純な名付けね」
「まあ、名前なんて利便上のものでしかありませんから。これを使えばある程度の者は簡単に剪滅できます」
 へぇ、なんだか凄い物だって事はわかった。
「貴女達の得物はわかったわ。それと私はずっと有の近くにいて良いのかしら? 有は私が守りたいのですが」
「構いません。なら我々三人を中心に貴方達と影が反対の位置にある様な陣にしましょうか。何か異論は?」
「異議無しっす」
「構わない」
「良いわよ」
 私もこくこくと頷いておく。あまり自分のことだと実感できていなかったが皆が同意するから取り敢えず自分も同意の意を示しておく。
「場所はあの子沸神社と言う所で良いな? あそこなら人払いをわざわざする必要がなさそうだからな」
「そうね、あそこで良いと思うわ。で、他に決めることは?」
「そうですね、後は我々側の規則通りにしますからこれと言って決めるべきことはありませんね。由音、便覧を持ってきてる?」
「あ〜、どうでしょうか、ちょっち待っててください」
 由音ちゃんは鞄の中をガサゴソし始めた。見た感じ、彼女は書類などを兎に角ファイルに溜め込むタイプだね。大容量のクリアファイルを複数持つ人はそんなにいないもん。
「おお、有ったっす。どうぞ」
 私と朱水の前にやや厚い冊子が差し出された。朱水が開いたのを横から覗くと細かい文字でびっちり何かが書かれていた。とてもじゃないがまともに読みたいとは思えない代物だね。いくら本が好きでも注意事項とかは読み飛ばしてしまうそれと同じ。
「緊急時、って所だけでも読んで頂けると幸いです」
「わかったわ。これは貸して頂けるのかしら?」
「ええ、大丈夫です」
 高海さんはあっさり頷くが由音ちゃんは急に慌てだした。
「あうぅ、それはちょっちぃ……」
「まさか由音、まだ覚えてないなんて言うんじゃないでしょうね?」
「すっ、すいませ〜ん」
 由音ちゃんは頭をペコペコ下げて謝る。高海さんはそれを『しょうがないわね』という感じに苦笑する。どうやらこの二人の関係も良好なようだ。由音ちゃんは皆に好かれるタイプでもあるみたいだ。
 そんなやり取りを気にせず冊子を読んでいた朱水が冊子を閉じた。
「はい、由音ちゃん、返すわ」
 どうやら読むべきところは読み終わってしまったようだ。相変わらずの才能である。
「有には私が簡略にして教えておくわ。もうこれで終わりかしら?」
「はい、もう事前に決めることは無いでしょう」
 高海さんは他の削強班二人と目を合わすが二人とも首を左右に振った。
「そう……」
 朱水は私を見て何かを考え始めた。
「えっと、何?」
「今のところ貴女は力を伸ばしたとは言えないわね。だから久しぶりに使い魔達と訓練でもしましょうか」
 その言葉を聞いて私の目は真っ先にとある使い魔さんを捕らえた。ううっ、梧さんとやっぱり目が合う。彼女は無言のままお辞儀をした。
「悪いがその訓練というものに俺も加わりたいのだが……」
 矢岩君が鞄に剣をしまいながらそう言った。
「あら、どうして? 穿の狩人と畏怖されているお方が何故そのような事を?」
「鬼神城と手合わせさせて欲しい」
「そう……良いわよ。ただし一人とだけよ、他はさせないわ。で、何人も魔を殺してきた人はどういう娘が好みなのかしら?」
 朱水は馬鹿にしたように嘲るが矢岩君は気にした様子も無く答えた。
「剣技に長けている者を」
 矢岩君が顔を使い魔さんの方に向けると梧さんが一歩前に出た。
「……私がお相手しましょうか。剣には自信がありますし、私も魔狩り者に興味がありますから」
 その髪に隠れた右目は鋭い眼光を放っていた気がする。
「そうですね。私共の中で剣をまともに扱えるのは梧ぐらいですから」
 槐さんも賛成みたいだ。他の使い魔さん達も何も言わないって事は賛成って事だろう。
「わかったわ。中庭に移りましょうか。貴女達も見学するのでしょう?」
「宜しかったら、の場合ですが」
 高海さんは使い魔さん達の顔に目移りさせながら力無く言った。
「構わないわよ」
 朱水はそう言い捨ててさっさと部屋を出て行ってしまった。槐さんもそれに静かに続く。
「では皆様、こちらです」
 ずっと静かに立っていた執事さんが削強班の三人を先導していった。
「えへへ、尼土様は私共と行きましょうか」
 梓ちゃんがニコニコしながら私の手を引っ張る。
「さっさと行きますよ。何をのんびりしているのですか。御主人様を待たせる様な真似は許せません」
 椒ちゃんは(さげす)む様な口調で急かせる。
「そうですねぇ。そろそろ行かなきゃまずいですねぇ」
 槿さんはのんびりとそう言う。
「では私と椚は得物を取ってきます」
 梧さんと椚ちゃんの二人は静かに部屋を出て行った。
「聞こえないのですか尼土様! さっさとしやがれって言っているのです!」
 ………………椒ちゃんって……いや、悪いのは私なんだ。気にしない気にしない。
「ゴメンね。じゃあ行こうか」
「行くです〜」
 廊下に出たら梓ちゃんは「レッツゴ〜」と、私の手を取っていない方の手を挙げる。
「まったく、御主人様はこんな人の何処が良いのでしょうか」
 ぶつぶつと呟きながら先を行く椒ちゃん。
 私の後ろにはニコニコ微笑み続けている槿さん。
前には元気よく手をぐるぐる回して歩く梓ちゃん。
 少なくとも鬼神城と呼ばれている彼女達はそんなに怖がる必要が無いって事、そして私達と全然変わらないって事だけは私にもわかった。


「御嬢様、準備が終わりました」
 梧さんと椚ちゃんが大きな木箱を持って中庭に現れた。椚ちゃんはびっくりするくらい大きな箱を持っていたが微塵も辛そうな顔をしていなかった。
「そう。なら穿の狩人からどうぞ」
「よろしく頼む」
 矢岩君は軽く頭を下げると鞄から剣を二振り取り出した。
「それだけで良いのですか?」
 梧さんは矢岩君の行動に何か疑問があるようだ。
「噂だと貴方は浮遊の魔法を使って剣を背に展開させるという独特の構えだったはずなのですが?」
「今回は人の力だけで何処まで通用するかを知りたいだけだ。人外と手合わせなんてそう簡単に出来ることではないしな」
 そう言って矢岩君は肩幅に足を開き構えた。
「エストックですか。左の剣を前に、右の剣を横に…………解せませんね、その構えは。左の剣はいなすためというのは解せますが、右の剣は私が持つ知識では考え付きません」
 そう言いながらも梧さんは木箱から棒状の物と剣を取り出し、こっちは右手に剣を左手に棒状のものを持った。
「随分と短い矛だな」
 梧さんの棒状のもの、矛って言う武器らしい。
「ええ。右手の剣との相性を考慮して短くしてもらいました」
「なら矛である必要があるのか? そこまで短いと剣とさして変わらないだろうに」
「やればわかります」
「そうか。なら俺の構えもやればわかると言うべきか」
 そして二人は無言で睨み合う。
「二人とも用意はいいわね。それと有、ちゃんと見てなさいよ」
「う、うん。大丈夫」
「そう。なら……始めっ!」
 朱水の掛け声と同時に矢岩君が矢のように梧さんに飛び掛った。
その速さは訓練で育った私の動体視力でも辛うじて大まかな部分を把握できるかなというレベルだった。想像していた人間の速さではなかった。
 しかし梧さんは微動だにしない。
 矢岩君は梧さんの目の前で動きを止めた。
「何故避けようとしない」
 梧さんはもうちょっとで首に届きそうな矢岩君の剣を矛でゆっくりと逸らしながら静かに言う。
「まずは貴方の覚悟を見せてもらうつもりでした」
「覚悟?」
「殺しの覚悟です。まあ、貴方に対しては無駄な試みでしたね。初めから貴方の目は私の首を捉え続けていましたから」
 言い終わると同時に梧さんは朱水に礼をし、飛び下がった。
「参ります」
 今度は梧さんが矛を中腰に構え、矢岩君に飛び掛る。
 矢岩君はその矛の先端を小さい動きで避け、左手の剣を大振りに首目掛けて凪ぐ。
 梧さんはその剣を、眉を(ひそ)めながら剣で受け止めた。
「ッシィ!」
 それを待っていたと言わんばかりの顔で矢岩君が右手の剣を気合と共に動かす。
 その動きを一瞬で理解して梧さんは矢岩君を蹴り飛ばして離れた。
「フェイントですか。……その右手は急所を狙いやすいように、敢えて視界から外れるように横のほうに剣先を向けていたってところですか」
 矢岩君は蹴られたお腹を摩りながら薄っすらと笑う。
「あの距離で視界外からの手に反応できるとはな。さすが鬼神城だ。生身の人間が張り合うには出来が違いすぎるな」
 しかし私の頭の中には目の前の行為に余り関係ないことが急に浮かんだ。
(矢岩君って笑うんだ)
「確かに利き目の問題で左側の反応は遅れますが、私はそもそも人間ではないので」
 梧さんは再び構え直しながらさり気無く身なりを整える。なんか梧さんらしい。
 矢岩君は立ち上がったが、剣を持つ手を下げてしまった。
「もうあんたの力はわかったからお開きにしようか」
「あら、その程度で梧の実力をわかったなんて言って貰いたくないわね」
 朱水は呆れたように嘲りながら梧さんに歩み寄る。
「梧、もう終わりよ」
「……はい」
 なんか梧さんの頬が高潮しているような。
「ほら、御褒美よ」
 …………チョットマテ
「……はい」
 ……………………何で二人は抱き合っているの? ねえ何で?
 私の横で槿さんが呟く。
「あらあら。本当に梧ちゃんは甘えん坊ですね」
「あっ、あの、朱水達何しているんですか?」
 慌てた様な私の質問に槿さんは微笑みながら答えてくれた。
「梧ちゃん、ああ見えて実は朱水様にべったりなんですよ〜。椒ちゃんの次くらいに朱水様が大好きなんですよ〜。あれは梧ちゃん専用の御褒美です」
 微笑ましいですね〜、と槿さんは言うがこっちは何だか居た堪れない気分だ。
「せんぱ〜い、自分も自分も〜」
「あんたは何もしてないでしょうが」
 高海さんが抱きついてきた由音ちゃんの頭をゴツンと殴った。うわぁ、結構いい音鳴ったよ?
「痛ぅ〜、愛って痛いゼィ」
「こっちも微笑ましいですね〜」
 ……なんでこんなに私の周りには女好きが集まっているんだろう。
「それにしても朱水様は変わりましたよね?」
「……え?」
 声を潜めて槿さんが尋ねてきた。
「尼土様との会話を聞いていますと以前の朱水様では考えられないくらい砕けた言葉遣いをなされています。最近になるとさらに砕けた言葉になられていられますね」
 そう言えば最近の朱水は出会ったばかりの朱水と比べたら大分砕けている気がする。確かにそういうのを求めたのは私だけれども、ここまで自然に変わるとは思ってもいなかった。
「尼土様の御蔭ですね」
「椒ちゃん……」
 それは意外すぎる人物からの言葉だった。
「前は時々塞ぎこまれる事があったのですが、最近の御主人様は私共にも良くお話しをなさってくれます。それだけは私も尼土様の御蔭だと認めております」
 椒ちゃんはぶつぶつと呟くように言葉を吐く。
「そ、そう? えへへ、照れますな〜」
「ちょ、調子に乗らないで下さい。御主人様の守護は私共だけで十分なのですからね」
 椒ちゃんはそう言い捨て梓ちゃんの隣に移ってしまった。
「椒ちゃんがああいうことを言うなんて……私、ちょっとびっくりですよ〜」
 槿さんは頬に手を当ててそう呟くと、何かを考えているような暫しの間を開け、急に真顔になった。
「尼土様、椒ちゃんの言葉の通り、朱水様は尼土様の御蔭で明るくなられました。今後とも、朱水様をよろしくお願いいたします」
 そう言って頭を深々と下げる。
 槿さんの真顔にちょっと驚いた私は頭で考える前に何度も頷いてしまった。まあ、朱水との中を裂かれることなんて考えたくないことだから本心と変わらないから良いか。
「次は有ね。相手は……」
 朱水は梧さんの頭を撫でながら使い魔さん達を見比べる。
「そうね、椚、貴女が相手をしてあげて」
 椚ちゃんは静かに頷いた。
「その前に魔狩り者に言うべきことがあります」
「何だ?」
 鞄に剣を仕舞っている矢岩君に頬が赤いままの梧さんが近づく。
「貴方の目は首と手首しか捉えていませんでした。確かにかなり有効な急所でありますが、ああまで行くと逆に見分けやすいというもの。それにそのような戦いでは異形の者には劣勢を強いられますよ。首と手首が必ずしも存在するとは限りませんからね」
 梧さんは矢岩君の服に付いた土を払いながら穏やかにそう告げた。
「……わかっている。俺は特殊だからな。どうにも癖が出ちまう」
 その梧さんの意外すぎる行動に戸惑いながらも矢岩君は頷いた。
「そうですか。忠告は以上です」
 梧さんは一礼して再び朱水の隣に戻ってしまった。
 矢岩君はその背中をずっと見詰めていた。
「有、こちらへ」
 朱水がニコニコと手招きをする。何で笑うんだろう、嫌な予感しかしない。
「有には体験してもらいたいものがあるの。ですから椚が相手なのよ」
「……わかりました」
 朱水の言葉に椚ちゃんは何かを感じ取ったのか、木箱から出した手袋みたいな物を仕舞った。
「尼土様、これは手合わせではないのでご安心下さい。しかしある程度は御覚悟を」
「う、うん。出来れば、出来ればで良いからお手柔らかにね。ね?」
 朱水は私の態度がえらく気に入ったらしく口元を更に歪ませている。
「椚、貴女が指示しなさい。では、始め」
 朱水の掛け声が掛かると椚ちゃんは一礼をし、身構える。
「まずはこの前梧姉様と組んだ時の様に、壁を創って下さい」
 私は椚ちゃんに従い頭の中に壁を描く。私の目の前には壁が在ると。
「うわぁ、何すかアレ?」
「ああ、由音は初めてね。あれが尼土さんの能力よ」
「凄いっすね。霊力であんな物作り出しちゃうなんて」
 由音ちゃんが感心したような声を上げる。やっぱりそんなに凄いものなんだろうか。
「出来ましたね。ではそのままでいて下さい」
 そう言うと椚ちゃんは壁にぺたぺた触り始めた。何をするつもりだろう?
「では御嬢様、試させてもらいます」
「ええ。始めは弱くよ」
 椚ちゃんは頷いたと思った瞬間、壁に拳を叩きつけた。すると壁はいとも簡単に砕け散ってしまった。揺れる左右のおさげだけが一時唯一動く物となっていた。私と削強班三人は絶句してしまったのだ。今の椚ちゃんの動きは裏券を、スナップをきかせてぶつけた程度にしか見えなかった。しかし壁の破片が飛んでいった速度から察するに想像以上の力がかけられたに違いない。破片が地面を抉っていた。
「もっと硬く」
「え?」
「もっと硬く、です。もっと硬い壁を創造なさって下さい」
「こ、こう?」
 頭で想像する。もっと硬い、もっと硬いと。
「見た目は変わらないっすね」
 目の前に見慣れた壁が出来る。でも硬さはさっきのよりもっと硬いはずだ。
「では行きます」
 再度椚ちゃんは拳を壁に叩きつける。
「また砕けたな」
 飛び散った破片を避けながら矢岩君が呟いた。
「有、わかりやすいように厚いコンクリートの壁を創って頂戴な。中には鉄筋が埋まっている物よ」
「え? 出来るかな」
 頭の中でコンクリートの壁を想像する。以前倒れた電柱を見た事があるので、その折れ目から延長させてコンクリートの内部を思い浮かべてみた。目を開くとそれっぽいのがちゃんと立っていた。
「由音ちゃん、その壁がコンクリートで出来ているか確認してくれないかしら?」
「うぃっす」
 由音ちゃんが壁を軽くノックするとコンコンと乾いた音がした。叩いた手がひりひり痛むのだろう、由音ちゃんは手を摩る。
「ああ〜、どうやらそれっぽいっす」
「そう。なら椚、砕いてあげて頂戴」
「はい」
 椚ちゃんは簡単なことのように頷き、構えた。
「では、尼土様、実感なさって下さい」
 拳が壁に振り下ろされる。すると大きな音を立てて壁が崩れ落ちてしまった。
「はゃ〜、スンゴイ怪力っすね」
「さすが鬼神城、モノが人間とはかけ離れているわね」
 砂埃が舞う中、椚ちゃんはお辞儀をした。それがどうにも私には神秘的に見えた。
「だが一つ気になる事がある。何故影はあの壁を壊せなかったんだ?」
「それは……ただ単に力不足だったんじゃない?」
「本当にお前、そう思っているか?」
 高海さんが返答に困っていると朱水が代わって答えた。
「簡単よ。有、今度は『椚には壊せない壁』を創りなさい」
「何それ?」
「そのままの意味よ。硬さではなく、椚にはどうやったって壊せない壁、そう創りなさい」
 椚ちゃんには壊せない壁? 良く分からないが言われた通りに想像をしてみる。
 壊せない……椚ちゃんは絶対この壁は壊せない、この壁は絶対に椚ちゃんには壊せない、そう念じて。
 瞼を開くとそこにはいつもと何ら変わらない外見をした薄い水晶の様な壁が出来ていた。
「……一応、出来たけど?」
 こんなんで椚ちゃんの拳に堪えられるのか自信無いよ。
「そう。なら椚、本気を出しなさい」
「わかりました」
 朱水の言葉は椚ちゃんにとって呪文めいた物なのだろうか、目つきが鋭くなった。
「尼土様、少し離れて下さい」
 椚ちゃんは目を閉じて深呼吸をし始めた。場に緊張が走る。彼女の雰囲気が一気に変わったのだった。
「行きますっ!」
 掛け声と共に入魂の一撃を放つ。その足は地面を深々と抉り、大きな地響きを立てた。しかし薄い壁は何も無かったかのようにずっと立ったままである。
「やはり、ね」
「朱水?」
朱水は何やら理解したかの様に何度も頷いていた。
「貴女の能力、段々わかってきたわ」
 朱水が壁に触れると壁は(たちま)ち消えてしまった。
「まあ、話は屋内でしましょうか。梧、椚、片付けを頼むわよ」
「わかりました」
「はい」
 朱水は二人が箱を持っていく姿を見送ってから皆に言う。
「さあ、応接間に行きましょうか」


 皆を先導する朱水の口からは時々笑うような声が聞こえた。

▽▽▽▽▽

「『絶対条件』……ですか」
「ええ、そうよ」
 高海は興味深そうに私の言葉を繰り返した。
「有の能力は彼女が頭で考えた物その物を世界に生み出すというものだと思うの。その際、有は『こう在るべき』という条件で頭に描くことによって創った物にその条件を適応させておくことが出来るの。先程の様に『椚はどうやっても壊せない』等ね」
 応接間には既に梧も椚もいる。
「それって凄いっすよね? 何でも出来ちゃうって事っすね」
「だから影はあの壁に遮られたという事か」
 菅江も矢岩も感心の意を(あらわ)にした。
「そう言うことになるわね。ふふ、鬼神という(あざな)は有に譲った方が良いのかしら」
「や、や、そんなこと言われても困るし」
 私の言葉に有は顔を真っ赤にして反応する。
「そうですか……なら私達はより本腰を入れなくてはならないですね」
「え、どういうことっすか?」
 高海は菅江の頭を無理矢理有の方に向けた。
「彼女は本当に危険因子に指定される可能性が高いって事よ。その分私達は上に何とか彼女を擁護しなければならないのよ」
「ええ、そんな約束しちゃったんですか?」
「そうよ。だから貴方も上への報告では尼土さんに関しては出来るだけ彼女の能力から逸らして報告しなさい」
「ひえぇ、無理っすよ。自分、アノ人相手に堂々としていられる自信無いっすもん」
 菅江は自分の頭を押さえ付けている高海の手ごと頭を左右に振って弱々しく言った。
「なら私に関することを過剰に報告すれば良いじゃない。私なら今更な事ですし」
 削強班における私の噂なんて一々聞くまでもなくどういうものなのか予想できる。その過剰な噂に沿ったことを言えば有のことは何とか誤魔化せるはずである。
「良いのですか? その……私達に伝わっている噂、半端じゃないですよ?」
 高海は申し訳なさそうにそう言った。
「あら〜、どういう噂なのかしら?」
「いえ、その……」
 高海は私の笑顔を見て少し引きつった苦笑いをするだけである。
「ねえ、由音ちゃん、どういう噂なのかしら? お姉さんに教えてくれないかしら?」
 菅江の手を強く優しく握りながら私はにこやかな作り笑顔でそう問うた。
「ひいぃぃ、勘弁してくださいよ」
 菅江は私の手を振り解こうとしながら泣きそうな声で逃げようとする。
「朱水、そろそろやめてあげたら?」
 有は菅江の方を見てそう言った。
「あら有、貴女は私の味方じゃないのかしら?」
 有の目がずっと菅江に向いているので私は意地悪なことをつい吐いてしまう。
「いや、そりゃ味方だけどさ」
「……冗談よ。さあ、もう今日はお開きにしましょう。で、実行日はいつなのかしら?」
 私の問いにずっと黙っていた矢岩が口を開く。
「こちら側としては明日、明後日辺りが望ましいんだが。式典兵器は別に良いんだが、神器は長くは外に出せないからな、出来るだけ早く済ませたい」
「そう、なら明後日にしましょう。明日は有の特訓をしておきたいわ。良いかしら?」
 私の言葉に削強班の三人は一様にうなずいた。
「わかったわ。爺、三人を玄関まで」


「有、さっき言った通り明日も鍛錬するから必ず来なさいね」
「うん」
 有は何故か嬉しそうににこやかに答えた。
「有、何か嬉しいことでもあったの?」
 だが有は「何でもないよ」と言って帰って行った。何だったのかしら。

▽▽▽▽▽

「えへへ」
「何ですか気持ち悪い」
 つい思わず口に出てしまった喜びに(朱水の命令で)玄関まで見送りに来てくれた椒ちゃんが本当に気持ち悪いものを見るような目でこちらを見る。
「うん、明日もここに来られるんだって思うとね、つい嬉しくなって」
「はいはい、そうですか。まあ、私共は何時だって御主人様の傍にいられるから羨ましく何てありませんけどね」
 相変わらず椒ちゃんは自身のその左右がツンツンに跳ねている髪型の様な言葉を浴びせてくる。
「うう、それはそうだけど。何かずるいよー」
 私の言葉に気分を良くしたのか椒ちゃんは梓ちゃんみたいな笑顔を私に向けてくれた。
 椒ちゃんが歩く廊下は何だかとても良い匂いがする。
「椒ちゃんも笑顔可愛いんだね」
「……………………笑えばと言う事ですか?」
「え?」
 あれ? 何か今の発言不味かったのかな? 椒ちゃんの表情は百八十度反転し引きつった。
「そうですかそうですか、普段の私なんてべっつに可愛くなんてありませんよね」
「え……あ、嘘、嘘、椒ちゃんは凄く可愛いよ。ホントに可愛いと思うよ」
 あーそういう意味か。今の言葉を『笑ってないと可愛くない』って意味で捉えるなんて椒ちゃんはちょっと捻くれ過ぎではないかな? まあそんな事口に出せないんだけどね。
「あーはいはい、上辺だけの言葉有り難うございます」
「違うって。ただ……」
「ただ、何ですか?」
 良い機会だから前から気になっていた事を聞いてみた。
「椒ちゃん、私に対してだけ厳しいんだもん。だから椒ちゃんの笑顔なんて見たこと無かったから」
 私の話の途中で先を歩いていた椒ちゃんは歩を止めた。私もそれに従うしかない。
「怖いんですよ。私共の、私の知っている御主人様が変わってしまうんじゃないか、私共から離れていってしまうんじゃないか」
 椒ちゃんは腕を(こまぬ)き私に目線を向けないようにしながら言葉を吐く様に紡ぐ。その背中はいつも以上に小さく見えた。抱きしめてあげたい、そんな感情が芽吹く。
「尼土様は御主人様の全てを持って行ってしまいます。私にはそれが苦しいのです」
「椒ちゃん……」
「私は! 私は本気で御主人様を愛しています! 以前の御主人様は私共とお話ししてくださいます時は私共個々の話をして下さったのに、今では『有が有が有が』の連続です。もちろん私共の事も気にかけて下さいますがそれだけでは私は物足りないのです」
「その…………ご免なさい」
「はあ? 何謝っているのですか? 尼土様が謝っても仕様が無いじゃありませんか。もうそのことは諦めていますから。その代わり……」
 椒ちゃんは可憐な笑顔を作りながら私に歩み寄る。やっぱり椒ちゃんからは良い匂いがふわりと漂ってきた。
「このストレスは尼土様で晴らさせてもらうことに決めましたの」
 私の胸元で綺麗な笑顔を見せつける椒ちゃんは本当に美しいっていう言葉が似合う。それに……
「椒ちゃん、椒ちゃんって凄く良い匂いがするよね? 香水か何かかな? 凄くクラクラするんだけど」
 そう、頭の中が(とろ)ける様な凄く……良い…… 匂い……。
「ふふ、この程度でそうなっていては私には敵いませんよ。私が本気を出したら全てが(ただ)れ、崩れてしまうのですから。精々私を怒らせないように気を付けて下さいね。私、怒ると怖いですよ」
 椒ちゃんは私の顔を自分の顔に近づけて私に囁く。鼻先が触れあう程の近距離でその綺麗な顔を視界一杯に捉えると、どっかに勝手に飛んで行ってしまうかと思うくらい心臓が跳ね始めた。胸が痛いよ。
「ふふ、尼土様も綺麗ですよ。その綺麗な顔が爛れない様、私を怒らせない様にお気を付け下さいな」
「あ、あの……」
 匂いと、目の前の人形の様な椒ちゃんの顔によってもう私はまともな反応が出来ない様になっていた。
 そんな状況の私を梓ちゃんが助けてくれた。
「あ〜。椒姉様何やっているんですか。尼土様を苛めちゃかわいそうです〜」
「あら、私は尼土様に一寸した希望を言わせてもらっただけよ」
「も〜、椒姉様は本当に尼土様が好きなんだから〜」
「え……」
 梓ちゃんのその思いがけない言葉に私は急に目が覚めた。椒ちゃんの方も急に取り乱した。
「な、何言ってるの梓は。どうして私が尼土様のことが好きなんて血迷った結論がでるのよ」
 たじろぐ椒ちゃんに梓ちゃんはさらに追攻撃を仕掛ける。
「またまた〜。椒姉様、御主人様と同じくらい尼土様のことばかり喋っているのに」
 そ、そうなんだ。何それ嬉しい。
「ば、馬鹿言わないでよ。私がこんなものが好きな分けがないでしょ」
「こんなものって……」
 その扱いは酷いよ。
「私もう戻らせていただきます。後は梓が担当しますから。では……」
 そう吐き捨てると椒ちゃんはスカートが(ひるがえ)るのを気にせずに走って行ってしまった。
「もう、椒姉様は勝手ですねぇ。ほら、尼土様行きましょう」
 梓ちゃんは両手で私の手を引っ張る。
「あのさ、椒ちゃんって本当に私の事、その……嫌ってないの?」
 いきなり「好きなの?」とは余りに恥ずかしくて訊けないので少し言葉を選んだ。梓ちゃんは鼻唄をやめて振り返る。
「勿論ですよ。椒姉様、尼土様の事を喋っている間、とても楽しそうにしているんです。ですからゼッッッッタイ尼土様のことが好きです!」
 梓ちゃんは右手をブンブン回しながらそう廊下に叫ぶ。
「そっかぁ」
 なんだかとっても胸の辺りが温かい。そうか、私は椒ちゃんに嫌われてなかったんだ。
「梓、しーだよ、しー」
 梓ちゃんの叫び声に引き寄せられた椚ちゃんが口に人差し指を立てながら現れた。
「えへへ、ごめんなさい」
 椚ちゃんは梓ちゃんの頭を軽く撫でて行ってしまった。
「椚姉様も尼土様のこと好きですよ。ううん、私達はみんな尼土様のこと大好きです」
「そ、そうなんだ。んふふ、嬉しいね」
 しかし、急に梓ちゃんは暗い顔をする。
「あ、でも、枳姉様はわかりませんよね。まだ尼土様は会っておられませんもの」
「ねえ、枳さんってどうしたの? 何かあったみたいだけど」
 だが私の質問は答えられることはなかった。梓ちゃんは微笑むだけで、鼻唄を歌うこともなくただ私の手を引っ張るだけであった。もう一方の手は振り回される事も無くただ静かに体の動きに合わせて揺れていた。
鬼神城の名前は紛らわしいですね。すみません。
+注意+
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