30話:英雄にブチ壊された誕生日
「……ニュース、観ました? うん、そう……こっちじゃ飽きるくらいに放送されてますよ」
窓の外では、昼過ぎのカイロ特有の喧騒が遠く響いてくる。
シュウはソファに深く身体を預け、手元のスマートフォンをスピーカーモードに切り替えた。
「チャンネルを変えても変えても、あの不遜な面構えが出てくるんです。もう、ゲンナリですよ」
テレビの中の良殻は、世界の主役だと言わんばかりの態度でインタビューをさばいている。
『──では、今回の世紀の発見について、発掘チームの責任者である、教授にもお話を伺いましょう』
司会者の振りに、彼は鷹揚に頷いてみせた。
『教授、出番ですよ』
『ひゃ、ひゃいっ!? ええ、ええ……そうですな、良殻くんの……いえ、彼の言う通りでして……!』
置物のように固まっていた教授が、裏返った声を上げる。
「……教授、日本のニュースでは威厳たっぷりに吹き替えられてましたが、実際はひどいものです」
本来、考古学界において、調査団長は絶対的な君主だ。だというのに、今の彼は隣の男を引き立てるための、ただの背景と化している。
「何か、致命的な弱点を握られているんでしょうね。あっ、」
あの男ならやりかねないと溜息をついた時、テーブルに置いた現地用のスマホが低く震えた。
通知パネルには、管理人が預かった荷物の写真が浮かんでいる。
「――うん、大丈夫です。なんか荷物が届いたみたいで……」
返信しようとした瞬間、玄関のベルが鳴り響いた。どうやらこちらの返事も待たずに上がってきたらしい。
シュウは「ちょっと待ってて」と通話中のスマホをテーブルに置き、呆れ顔で玄関へ向かう。
「旦那様、日本からのお届け物ですよ!」
ドアを開けると案の定、満面の笑みで段ボールを抱えたボワッブの姿があった。
「えっ、日本から!?」
受け取った荷物は、ずっしりと重い。
送り状に目を落とせば、「Tokyo」の文字と、いま待たせている人物の名が印字されていた。
いったん荷物を置くと、慣れた手つきで紙幣を一枚、掌に握らせる。
ボワッブはチップにパッと目を輝かせて、「何かあればいつでも呼んでくださいね!」と陽気に言い残し、弾むような足取りでエレベーターへ消えていった。
元いた部屋に戻ってきたシュウは、抱えた重みをテーブルへと下ろす。
「タイミング良すぎですよ、兄様。まるで見られてるみたいだ」
スピーカー越しに軽口を叩きながらも、いそいそと開梱すれば、箱の隙間からふわりと立ち上がる懐かしい日本の香り。
丁寧にパッキングされた品々を一つずつ取り出していく。
「あ! おかきまで入ってる。ボクが醤油味に飢えてるの、分かってて送りました?」
記内の仕事だろう。段ボールの側面には、パウチ済みのインボイスが数枚、隙なく貼り付けられている。
「記内さん、過労死してませんよね……?」
たかだか食料品一箱でこれだ。 留学時の膨大な書類を前に、あの完璧な執事が珍しくゲッソリしていた姿を思い出し、シュウは苦笑した。
「……そういえば、兄様も夏にはアメリカに行くんですよね? 合否は来月? そんなの、受かっているに決まってますよ」
ハーバードだろうがケンブリッジだろうが、あの従兄が選ばれない側になるなど、微塵も想像ができない。
「だからボク、夏休みの予定もう立てちゃってて。もちろん、サマースクールは今年も参加します。でもそれが終われば、一ヶ月くらい休みもあるし……」
インボイスの端を無意味にいじりながら、そちらの様子を見に行きたいことを告げてみる。
すぐに後悔した。学ばせてもらっている身で、これはただの我儘なのではないか。
しかし、通話口から聞こえてきたのは、吐息のような短い笑い声。航空券は手配しておく、という約束が、胸の緊張をスルリと解いていった。
「……ありがとう、ございます。……はい、わかってます。勉強の邪魔なんてしませんってば」
案の定、一分の隙もなく釘を刺してくる従兄に対し、口を尖らせつつも弾む声を隠しきれない。
「──じゃあ、そろそろ切りますね。……えっ?」
不意打ちのような言葉に、喉の奥がきゅっと熱くなる。
「……自分の誕生日のことなんて、すっかり忘れてました。ありがとうございます。……はい、ではまた」
気の利いた返事もできないまま、通話を終えてしまった。
暗転した画面を見つめ、ひとつ息をついて、段ボールの中身をかき分ける。
小箱が二つ、大切そうに沈んでいた。
そっと手を伸ばした瞬間──肩が跳ねる爆音でシンセサイザーと打楽器がわめき立てる。
『このあと、世紀の発見に隠された衝撃の真実が! 若き天才、英雄・良殻がすべてを語るッ!!』
テレビ画面を埋め尽くす金ピカCGロゴが明滅し、司会者の煽る叫びがエコーを伴って炸裂する。
「……っ、何が英雄だよ」
一瞬で感慨をぶち壊されたシュウは、リモコンをひったくり、叩きつけるようにテレビを黙らせた。
その頃、元・女神(15)は──
「紫愛ちゃん、昨日の『徹底討論・邪馬台国はどこに』観た?」
「観た観た! 畿内説の箸墓古墳も捨てがたいけど、外の世界からの風を受けて大きくなった国なら、もっとこう……潮の香りがする場所にあった気がしてならないんだよね!」
エジプト特集の裏番組に、知的好奇心を全振りしていた。




