↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神官と悪党は三千年後も女神をめぐってバチバチする  作者: るる昆布
邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/33

1話:女神とカナブンと乱入者

 空乃紫愛《そらのしあ》。都内の女子高に通う、どこにでもいるはずの、普通の少女。だが、彼女の魂の奥底には、真の名前(レン)が刻まれている。


 かつて、古代エジプトにおいて慈愛と認識を司った女神──「シア」。

 同じ響きを持つのは、偶然などではない。彼女がその魂の同位体である、何よりの証だった。


 記憶が鮮明に弾けたのは、六歳の夏。

 舞台は、近所の公園だった。


「へへっ……特製ゴールドエディションだぜ!」

「すっげー! メタリック!」

「これならカラスにも負けねーぞ!」


 砂場にうずくまる男子たちの中心には、一本のラッカースプレーが鎮座する。

 そして、彼らに「魔改造」を施されている、小さな命があった。


「こらーーー! かわいそうでしょ!」

「げっ、空乃だ! 逃げろ!」


 前世から続く底なしの慈悲深さゆえか。少女、紫愛は暴徒たちの手から、その小さな命を救い出した。


 そっと両手ですくい上げた「それ」は、無慈悲にも金色のラッカーで塗り固められた、一匹のカナブン。


「これはっ――スカラベ……!?」


 知恵の神トートですら予測不能な角度から、脳裏に灼熱の大地が広がっていく。


 光り輝く崇拝の中心地。黄金のスカラベを手に、自分へと額《ぬか》ずく時のファラオ。


 前世の記憶を取り戻した、記念すべき瞬間である。


──シュバリッ。


 そんな眩い回想を切り裂くように、眼前のスカラベは羽根を広げた。

 あろうことか、かつての女神の鼻先へ向かって、猛然と突進を開始したのである。


「きゃあああ!?」


 鈍い羽音を響かせる黄金のスカラベ、いや、ゴールドエディション・カナブン。


「なにやってんだ、アイツ……」


 必死に逃げ惑う彼女を横目に、男子たちはBB弾拾いに戻っていく。


 女神の帰還は誰にも祝福されることなく、砂場の片隅で、ただひっそりと果たされたのだった。



◆



 かつての女神、シアが愛したエジプトの空。そこでは今、三千年に一度の星の配置が完成しようとしていた。


 しかし、ここは日本。紫愛はいつも通りに授業を終えると、都心の空を四角く切り取る、巨大なオフィスビルへ足を踏み入れる。


 慣れた手つきでIDカードをゲートにかざし、専用のシャトルエレベーターへ。

 デジタル表示が40を超えたあたりで、胃の奥が浮くような感覚と共に扉が開く。


 先に広がるのは、遠十《とおと》ホールディングス(HD)グループの「守護神」、遠十リーガル&リスクマネジメントの社長室フロアだ。

 左右には黒い彫像のごとき警備員たちが直立し、その聖域を守っている。


 会釈を返し、紫愛は奥へと歩みを進めた。

 足音が吸い込まれるほど厚い絨毯は、どこか砂漠の砂を彷彿させる。


「お疲れ様です、紫愛です」


 控えめに扉をノックすると、中から「入っておいで」と、聞き馴染んだ柔らかな声が届く。

 紫愛は背筋を伸ばし、一片の乱れもない、秩序だった部屋へと足を踏み入れた。


「学校お疲れさま、紫愛ちゃん」


 穏やかな笑みを見せたのは、社長の従弟にして、副社長の遠十シュウ。

 ビスポークスーツのインナーから、ライムグリーンのニットが覗いている。その着こなしは、彼のまとう穏やかな空気によく馴染んでいた。


「社長、副社長。ただいま戻りました」


 紫愛が歩み寄ると、この部屋の主、遠十風真(ふうま)が書類から顔を上げる。


「……遅かったな」


 知性の塊のようなその瞳は、紫愛を捉えた瞬間、過剰な保護者のそれへと色を変えた。


「何か、あったのか? 変な男に声をかけられたり、付け回されたりは……しなかっただろうな?」


 先ほどまでの、冷徹な仕事モードは一体どこへ。

 眼鏡を外して苛立ちを逃がすような風真の仕草に、シュウは呆れたように手元のタブレットを抱え直した。


「社長。今日は委員会で少し遅くなると、報告していたでしょう」


 紫愛も慣れたもので、「大丈夫ですよ」と軽く受け流す。


 風真はまだ何か言いたげだったが、シュウは私情から仕事へと空気を分かつように、タブレットを開いた。


「それじゃあ、紫愛ちゃん。この契約書の合読みをお願いできるかな」

「はい。……第十四条、損害賠償の項目からですね」


 画面を叩く音と、微かなページを捲る音。

 風真もまた、外していた眼鏡をかけ直し、知性的で冷徹な社長の顔に戻る。


 静謐で、一片の乱れもない秩序。

──しかし、彼の心の内の、不吉な霧は晴れない。


「……シュウ、警備の警戒レベルを上げろ」


 低く命じる風真に、シュウは怪訝そうに顔を上げた。


「……心配ですか? あいつは今頃は空の上ですよ」


 念のためフライト情報に指を滑らせ、ふとその動きが止まる。

 数時間前、見届けたはずの『出発済み』ステータスは消え、代わりに表示されているのは、『欠航──引き返し』の赤い文字。


 目を丸くしたのと、外から警備員の切羽詰まった怒号が響いたのは、ほぼ同時だった。


「おい、待て!  ここは許可なき者は──」


 制止の声をかき消すように、蝶番が鋭い悲鳴を上げ、凄まじい衝撃と共に扉が蹴り破られた。

 突然の轟音に、弾かれたように紫愛が立ち上がる。

 

 振り返った視線の先、映ったのは、褐色の肌と無造作に整えられた銀の髪。その男の瞳は、部屋の奥に座る風真を、射殺さんばかりの憎悪で捉えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。