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高貴な私が通るわよ!〜自己中令嬢は聖女扱いなのに無自覚です〜  作者: 舞波風季


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22/22

第22話 高貴な私が通るわよ!

 震災から1ヶ月が過ぎ、2ヶ月になろうとしていた。


 その頃には、帝都女学校での炊き出しも週に1回程度になっていた。


 そんなある日の放課後のこと。


「少しは落ち着いてきたのかな」

「そうですわね」


 藍子と澪子は、校庭に集まった10人ほどの人を見ている。


「珍しく元気がないですわね、藍子さん」

「あなたこそ、澪子さん」


 そう言ってしばらく二人は無言でいた。


「お父様達は何を話しているのかしら」

「そうですわね……およその想像はつきますけれど」


 そう言って二人は校舎の2階の窓を見上げた。校長室の窓だ。


 今、星河家と上弦家の当主が校長と話をしているところだ。


「星河家はね、今度の災害の支援に私財のほとんどをつぎ込んだんだって」

「上弦家もそうですわ」

「家をなくした人のために簡易住宅も建てたのよね」

「ですわね。政府がもっと早く動いて予算を付けてくれていれば……」


 悔しそうに唇を噛む澪子。


「お父様に聞いたらね、予算を組むには議会の承認がいるんだって」

「それにしても時間がかかりすぎですわ。そもそも、こういう時のために国がお金を貯めておけば」

「そうよね」


 茉莉と道子は黙って藍子と澪子の話を聞いている。


 そんな話をしているうちに、藍子の父星河太一郎と、澪子の父上弦一之助(かずのすけ)が校舎から出てきた。


「「お父様!」」


 藍子と澪子が父親に駆け寄った。


「どういうお話だったの、お父様?」

「うむ……座って話そうか、藍子」


 そう言う太一郎の表情は暗い。


「澪子もきなさい」

「はい、お父様」


 一之助も同様だった。


「あの、私達はお暇(いとま)を……」

「ええ……」


 茉莉と道子がその場を去ろうとしたところ、


「茉莉も一緒でいいでしょ、お父様?」

「道子さんも一緒でなきゃ嫌ですわ!」


 藍子と澪子の言葉に太一郎と一之助は顔を見合わせて、小さく頷きあった。


「勿論だ。茉莉ちゃんも一緒に聞いてくれ」

「うむ、道子さんにも聞いてもらいたい」


 太一郎と一之助の言葉に、藍子達は手を取り合って喜んだ。


 そして、6人は、帝都女学校内の庭園の四阿(あずまや)に。


「校長先生には星河家と上弦家の状況を話してきた」

「被災者の救済活動で、どちらも破産状態だということをな」


 太一郎と一之助が低く落ち着いた声で言った。


「私の……私が困っている人達を助けたいってお願いしたからですか、お父様……?」

「できることは何でもしてくださるよう、私がお願いしたからですの、お父様?」


 目を潤ませる藍子と澪子。


「そんなことはないぞ!」

「そうだとも!」


 太一郎と一之助は快活に答えた。


「藍子に言われずともやっていたさ」

「うむ、名家のものとして当然のことをしたまでだ」

「「お父様……!」」


 藍子と澪子が父親に感謝の目を向ける。


「それとな、学校には残れることになりそうだ」

「奨学金を出してくれるよう、校長が政府に掛け合ってくれるそうだ」

「「わぁ……!」」


 藍子と澪子が手を取り合って、控えめな歓喜の声を上げると、茉莉と道子も駆け寄ってきて手を握りあった。


「だがな……」


 太一郎の顔が曇る。


「何かあるのですか、お父様?」

「うむ……これからは長屋住まいになってしまうのだ」

「それくらいへっちゃらです!」

「澪子も大丈夫か?」

「もちろんですわ!」

「私も同じ長屋に住むことになるみたいです」

「私もです」


 茉莉と道子は既に親から聞いているようだ。


「それとな、藍子には申し訳ないのだが……」

「はい?」

「学校を卒業してもだな、その……嫁入り先を見つけてやれそうにないのだ」

「澪子もそうなりそうなのだよ、本当にすまないが……」


 太一郎と一之助は心から申し訳なさそうな表情をしている。


 藍子と澪子は顔を見合わせている。


 二人とも不安な気持ちが顔に表れている。


「だが、母さんとも相談して、できるだけのことはするつもりだ!」

「うむ、娘の嫁ぎ先を決めるのは父親の務めだからな!」


 太一郎と一之助は、娘を元気づけようと必死な様子だ。


「私はお嫁入りのことなんて、まだ考えてもいません、お父様」

「私もですわ、お父様」


 と、逆に父親を元気づけようと笑顔で返す藍子と澪子。


「そうか……でもな、政府が我々の爵位を買い上げてくれるそうなのだ!」

「うむ、土地と建物を抵当にいれて借りた借金も、政府が肩代わりしてくれる!」

「だから、多少の金は手元に残るのだよ!」

「多少の嫁入り道具くらいは用立てできるからな!」


 娘が可愛くて仕方ない父親の顔で、二人は熱弁する。


「大丈夫です、お父様!」

「でも、ありがとうございます!」


 努めて明るさを見せて答える藍子と澪子。その目には、父親の心配を少しでも和らげたいという気持ちが表れていた。



 ◇  ◇  ◇



「焼きそばパンはなくなってしまったのね……」

「コロッケパンもですわ……」


 藍子と澪子が寂しそうに言った。


 震災の混乱も落ち着き始めた、秋晴れの日の昼休みのことである。


「まだ、物資が十分に行き渡っていないそうです」

「私もそう聞きました」


 そう言う茉莉と道子も淋しそうだ。


 藍子と茉莉、澪子と道子の4人は中庭で弁当を広げている。


 4人とも握り飯のみだ。


「梅干しおむすびだけというのも淋しいわね」

「白いご飯が食べられるだけでも、ありがたいですわ」


 4人とも今や身分は平民である。


「そうね、でも……」


 珍しく言い淀む藍子。


「最近考えるの。もう、私は高貴ではないのかしらって……」


 食べかけの握り飯を手にうつむく藍子。心なしか涙声になっている。


「藍子様……」


 茉莉が藍子に寄り添う。藍子を呼ぶ声も涙声だ。


「何を弱気なことをおっしゃってるの、藍子さん!」


 いきなり澪子が立ち上がって、激した様子で言った。


「あなたの考える高貴さとはその程度のものなのかしら!?」

「澪子さん……」

「高貴さとは心の在りようなのではなくて!? 平民になっても上弦家は名家です! そして私は誰が何と言おうと名家の娘ですわよ!!」


 真正面から藍子を見つめる澪子の目にも涙が浮かんでいる。


「そうですよね、澪子様! 澪子様は今でも名家のお嬢様です!!」


 道子も目を潤ませながら澪子を見つめている。


「そうです、藍子様! 藍子様は今でも高貴なお嬢様です!!」


 茉莉もいつになく熱い調子で藍子を励ました。


「そ、そうね……そうよね!」


 沈んでいた藍子の顔にほのかに明るさが浮かんできた。


「たとえ華族でなくなっても、高貴な心は持ち続けられるはずよね! ありがとう澪子さん!」


 そう言って藍子は澪子に抱きついた。


「ち、ちょっと藍子さん、抱きつくなんてお行儀が悪いですわよ!」


 突然のことにドギマギする澪子。


「違うわ、澪子さん! 感謝の気持を表すのは高貴なことなの! そうしなければ高貴な私の心が許さないのよ!」

「よかった……いつもの藍子様に戻ってくれましたね」


 こうして、沈みかけていた4人の心は、再び明るく浮かび上がった。



 ◇  ◇  ◇



 そして月日が経ち、藍子達が三年生に進級した春のこと、恒例の授業参観の時期がきた。


「今年は参観に来る方も少ないかもね」

「そうですわね。華族も士族もかなり減ってしまいましたから」


 授業参観。それは、華族、士族の夫人が息子の嫁を探しに来る場でもある。


「でも、せっかくだからお化粧はしてくるわ」

「そうですわね、何があるかわかりませんものね」


 この、藍子と澪子が何気なく交わした言葉が現実味を帯びることとなった。


 午前の授業参観も終わり、藍子達が中庭で昼食をとっているところに、1人の婦人がやってきた。


「ごきげんよう、お嬢様方」


 落ち着いた物腰と穏やかな笑顔。高之瀬弘子だった。


「「高之瀬さん!」」


 藍子と澪子はもの凄い勢いで立ち上がった。


「き、今日は、その、やはりお、お嫁さんを……!」

「そ、そうですわよね、じ、授業参観、ですものね……!」


 藍子も澪子も、例のごとくあちこちをいじり回して、挙動不審なことこの上ない。


「先の震災の時、帝都女学校の生徒さんが素晴らしい行動を取られたそうで。一度見てきてはと息子に勧められまして」


 高之瀬弘子は藍子達4人に、代わる代わる吟味するように、と藍子たちには感じられた、視線を向けた。


「む、息子さんて、あの、り、涼二さんのことですか?」

「ええ、今日はたまたまあの子は非番なので、観に来てはどうかと話したんですけどね」


 そう言って高之瀬弘子は後ろの校門の方を見た。


「もしかして、涼二さんが、来ているのですか!?」

「ち、ちょっと、さっきからお名前で呼んで失礼ですわよ、藍子さん!」

「門のところまでは送ってくれたのですけれど、ご友人と茶店(さてん)で待ち合わせているからと……」


 困ったように微笑む弘子。


「息子の結婚のことは本人に任せてあるのですけど……あの子が気にしているのがお嬢様方のような娘さんで安心はしていますの」

「お任せください、高之瀬様!」

「お任せくださいって、抜け駆けはずるいですわよ、藍子さん!」

「あらあら」


 鼻息の荒い藍子と澪子を見て微笑む弘子だが、


「ですけどね、高之瀬家も先の震災で色々と入り用だったもので、士族の身分を買い上げていただきましたの」


 と困り顔で言った。


「ご心配ありません! わが星河家も身分爵位を買い上げてもらって、今では平民の身ですから!」

「上弦家も今や平民ですわ! 全く問題ありませんわ!」

「あら、そうでしたのね」


 藍子と澪子の言葉に驚いてみせる弘子。


「高之瀬様は知っていたように見えるわ」

「そうね、二人とも手玉に取られているわね」


 道子と茉莉がささやき合っている。


 その後、しばらく雑談をして弘子は帰っていった。


「藍子様、ここは頑張りどころですね!」

「澪子様、作戦を練っていきましょう!」


 茉莉と道子が鼻息も荒く藍子と澪子を後押しする。


「そうね! 私の高貴さの見せどころね!」

「私だって負けませんわ!」


 改めて気合を入れなおす藍子と澪子だった。



 ◇  ◇  ◇



 三年生も半ばを過ぎると、結婚が決まって退学していく生徒が多くなる。


 震災の影響で平民になった者が多いとはいえ、元は華族、士族の令嬢だ。


 育ちがいいということで、裕福な商家や中級官吏などからの縁談も多い。


「あなたには縁談があったんじゃない、澪子さん?」

「ないですわ。あなたこそあるのではなくて、藍子さん?」

「私だってないわ」

「でも、道子さんにはありましたのよ。ねえ、道子さん?」

「はい……」


 顔を赤らめてうつむく道子。


「素晴らしいじゃない! お相手はどんな方?」

「下級官吏の方です……」

「お人柄は?」

「まだ、一度しか会っていないので、詳しくは……」


 ますます顔を赤らめる道子。


「その様子だと、お人柄もいい方みたいですね」


 茉莉が冷静に分析した。


「そういうあなたはどうなんですの、茉莉さん?」

「私は……」


 澪子に訊かれると、茉莉は頬を赤らめて口ごもった。


「茉莉には、もう少し時間が必要なの、ね、茉莉?」

「ら、藍子様……!」

「正一お兄様が帝大を卒業して高等文官試験に……モゴモゴ」

「恥ずかしいです、藍子様!」


 顔を真っ赤にして藍子の口を手でふさぐ茉莉。


「あら、そういうことですのね、羨ましいですわ」


 そう言う割には落ち着いている澪子。


「落ち着いてるのね、澪子さん」

「そう言うあなたこそ、藍子さん」


 二人はしばらくお互いの考えを読み取ろうとするかのように見合っていた。


「私ね、女学校を卒業してお嫁入りする、という他にも道があるんじゃないかって思うの」


 しばらくして藍子が静かに言った。 


「他の道とは、どういうことですの?」

「女学校の先よ」

「女学校の先?」

「そう、女子高等師範学校から帝国大学へ進むのよ」

「そ、そんなこと無理ですわ! 高等師範学校にはいけても、帝国大学は女子の入学を認めていませんわ!」

「知ってるわ。でも挑戦してみたいの、高貴な私がどこまで進めるか!」


 そう言って拳を握りしめる藍子。


「そうすれば、私だって……」

「私だって?」

「ううん、何でもないわ」


 そう言うと藍子は、皆から視線をそらして遠い空を見るのだった。



 ◇  ◇  ◇



 そして迎えた卒業式。


「色々とあったけど、楽しかったわね、茉莉!」

「はい、藍子様!」

「あなたはもうすぐお嫁入りですわね、道子さん」

「はい、澪子様」


 無事に式も終わり、藍子を中心に仲間が中庭に集まった。


「皆、進路も決まったみたいでよかったわ!」


 そう言って藍子は笑顔で皆の顔を見た。


 仲間達の進路は以下のとおりだ。


 南久世花子 専科正教員試験受験(裁縫)


「お裁縫の先生になって、機会があればお店も出せればと思っています」


 桂木春子 本科正教員試験受験


「小学校の先生をやりながら、高等女学校教員検定試験を受けて、上の学校の先生を目指したいわ」


 吉名彗子 本科正教員試験受験


「小学校の先生をやりながら、書道の先生の専科試験を目指します」


 尾之崎葉子 新聞社の試用社員


「新聞記者を目指しながら、文芸作品も書いてみたいわ」


 波戸裡霧絵 専科正教員試験受験(体操)


「体操の先生になるの。大きな競技会で活躍できる生徒を育てたいな」


 松井田澄子 演劇学校入学


「俳優になって演劇の舞台に立ちたいわ」


 古村秋子 出版社の試用社員


「絵の能力を生かせる仕事がしたいわ。漫画にも興味があるの」


 村木菊江 村木菓子店の家業手伝い


「震災で大変だったけど、お店を立て直して繁盛させたいわ。それから……」


 中坂好江 専科正教員試験受験(唱歌)


「歌の先生になるの。子供達に歌う楽しさを伝えたいな」


 藍原千夜子 化粧品会社 試用社員


「お化粧のお仕事がしたいわ。たくさん勉強して新しいお化粧品も作ってみたいわ」



「それで、あなたはどうするの、澪子さん?」

「勿論、女子高等師範学校を受けて、その後帝国大学を目指しますわ!」


 明らかに藍子に挑戦する気満々の澪子。


「ふーーん、そうなの」

「それはどういう意味ですの、藍子さん?」


 不機嫌そうな澪子。


「宣戦布告と受け取るわよ、ってこと」

「そういうことなら……そうですわね、そう受け取ってもらって構いませんことよ」


 澪子が不敵な笑みを見せると、負けじと藍子も挑戦的な笑みで返した。


「私はその先のことだって考えているのよ、澪子さん!」

「その先? それはやはり、その、け、結婚のこと、ですの?」


 途端に歯切れが悪くなる澪子。


「それもあるわ。でもね、今度の震災で私思ったの。政府のお仕事にもっと関わりたいって」

「政府のお仕事……!」


 これは澪子も思いもしなかったようだ。


「そうよ! 子供園もたくさん作りたいし、災害で困っている人を助けたいの!」

「そ、それなら私も目指しますわ、中級官吏を!」


 こうして、将来の進路で張り合う藍子と澪子を中心にして、皆で帰路についた。


 そして、帝都女学校の卒業式の日が暮れていくのだった。



 ―――――――



『星河藍子の日記』


 私は今日、帝都女学校を卒業した。


 長いようで、あっという間の3年間だった。


 楽しいことばかりだった、と書き記したい気持ちでいっぱいだ。


 だが、震災という、決して楽しくない、それどころか多くの人にとってみれば、とても不幸な出来事があった。


 けれども、この不幸な震災にあって、私は大切な経験ができた。


 それは、友人と力を合わせて、困っている人の手助けができたということだ。


 帝都女学校に通う中で、多くの素晴らしい友人に出会えたのは、私の人生の宝となるであろう。


 誰よりも、茉莉は幼い頃からずっとそばにいてくれた大親友だ。


 澪子さんも、最初は変わった人だと思っていたが、いつの間にか親友と呼べる仲になれた。


 他にも、人柄も才能も素晴らしい仲間に囲まれて過ごせた3年間だった。


 この先私は、女子高等師範学校を受験し、帝国大学まで進み、ゆくゆくは中級官吏を目指すつもりだ。


 政府の仕事について、弱い立場の人や災害で困っている人を助ける仕組みを作る仕事をしたい。


 高貴な私が通る道が幸せで溢れる、そんな人生を歩みたい。


 それが、高貴な私に課せられた使命なのだから。



 追記 : 


 偉そうなことを書いてしまった。


 けれど、私自身の幸せも、少しは求めてみたい気持ちもある。


 私が好意を寄せるあの方と。


 帝都の治安を守ってらっしゃる、あの高貴な男性と――――




 ――――終わり――――



 

※ お読みいただき、ありがとうございました!


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