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高貴な私が通るわよ!〜自己中令嬢は聖女扱いなのに無自覚です〜  作者: 舞波風季


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第20話 被災

「もしかしたら……火元は売店?」


 焦げ臭い匂いを嗅いでいた藍子が、ハッと気づいたように言った。


「すぐに行かなきゃ! 茉莉!」

「はい!」


 藍子と茉莉は素早く出口に向かった。


「状況が分かるまでは動いちゃだめよ!」


 後方から女性教師が注意する声が聞こえた。


 だが藍子は、


「おばちゃんが、おばちゃんが……!」


 と言いながら廊下に飛び出した。


 藍子が売店に着くと、入り口から煙が出ているのが見えた。


 おばちゃんは入り口に立って、動揺しつつも、中に入ろうとしている。


「おばちゃん!」


 藍子は駆け寄っておばちゃんの肩を掴んだ。


「あ、お嬢さん……」

「中に入っちゃだめよ、おばちゃん!」

「でも、パンが……皆が好きな焼きそばパンやコロッケパンが……!」


 なおも中に入ろうとするおばちゃんを、藍子と茉莉は両腕を掴んで引き戻した。


「煙を吸ったら大変ですわ! 早く外に出ますわよ!」


 追いついてきた澪子の大声に、藍子と茉莉はおばちゃんを引き摺るようにして、校舎の外に出た。


 校庭側から見ると、煙が出ているのは売店だけだった。


「火を消さなきゃ! 窓から水をかけるわよ!」

「はい!」


 藍子はそう言って井戸に向かって走り出した。

 茉莉は道子や霧絵にも声をかけて後を追った。


 その頃には多くの生徒が校庭に出てきていた。


 藍子が水桶に水を入れて戻ってきたところに、紫陽院礼花が駆けつけてきた。


「桶を順送りにしましょう!」

「はい、礼花様!」


 こうして、売店の窓から井戸まで生徒達が列をなし、次々と売店の中に水をかけていった。


 生徒達の奮闘のおかげで、しばらくして売店の火は収まった。


 昼の茶を淹れるために湯を沸かしていた竈(かまど)から出火したようだ。


「これでひと安心ね」


 額の汗を拭いながら藍子が言った。


「藍子様、あれを……」


 茉莉が表情をこわばらせながら、遠くの空を指さした。


 そこにはいくつもの煙が立ち昇っていた。


「下町の方ですわね」


 汗を手ぬぐいで拭きながら澪子が言った。


 煙が立ち昇る様子を睨むように見ていた藍子が、ハッと息を呑んだ。


「子供園が!!」


 そう叫ぶと、藍子は正門に向かって走り出した。


「藍子様!」


 茉莉が藍子を止めようと手を伸ばした。


 だが、その時には既に霧絵が茉莉の横を駆け抜けていた。


 霧絵は学校一の走力で藍子に追いつき、彼女の腕を掴んだ。


「何するの! 私は子供達を助けなきゃならないの! それが高貴な私の義務なのよっ!」


 藍子は、彼女らしからぬ凄まじい形相で霧絵を睨みつけた。


「向こうの状況も分からずに駆けつけるのは危険よ。まかり間違えば命の危険もあり得るわ」


 霧絵は藍子の剣幕にも怯まず、冷静な表情で言った。


「そのとおりよ、星河さん」


 礼花も来て藍子を諭した。


「子供園は星河家が作ったのです! 私は行かなきゃならないんです! それが高貴な私の義務なんです、礼花様!」


 そう言って藍子は、霧絵の手を振りほどいて走り出した。


「藍子さん!」


 後ろから礼花の呼ぶ声が聞こえるが、藍子は止まらなかった。


 藍子のすぐ後について茉莉が走ってきた。


「お供します、藍子様!」

「うん!」


 子供園までは歩いて30分程の距離だ。


 帝都女学校付近は、庭が広い比較的大きな屋敷が多い。


 道に出てきている人もおり、藍子と茉莉が駆け抜けていくのを驚いたように見ている。


「見えてきたわ!」

「煙は出ていないですね!」


 そして、全速力で走り息も絶え絶えになりながら、藍子と茉莉は子供園の庭に入った。


 庭には、佐之村(さのむら)善子(よしこ)を中心に子供達が集まっていた。


「藍子さん……!」


 善子が驚いた顔で藍子を見た。


「善子先生、皆、無事ですか!?」

「ええ、大丈夫です、ちょうど外に出ていたので。お昼は外でお弁当を食べることにしてたんです」

「よかった……! 皆さん無事で、本当によかった」


 女学校からずっと鬼気迫る勢いだった藍子の表情が、やっと緩んだ。


「でも、家は傾いて、瓦も落ちてしまって……」


 善子の言うとおり、家は柱が傾き倒れかかっている。地面には落ちた屋根瓦が散乱している。


「なんてことなの……」


 既に楽しい思い出が詰まった場所になっている子供園の惨状を、悲しい目で見る藍子。


「家の中は危なそうですね」


 茉莉が家に近づいて検分している。


「そうしたら……」


 藍子が言いかけたところで、数人の駆け足の音が聞こえてきた。


「はぁはぁ……まったく、あなたはという人は、はぁはぁ……」

「大丈夫ですか、澪子様」


 庭に入ってくるなり両手を膝に当てて肩で息をする澪子に、道子が心配そうに声をかけている。


 二人のすぐ後に霧絵が駆け込んできた。


「火事にはなってないみたいね」


 走ってきた割には、霧絵の息はそれほど上がっていない。


「ええ。でも、この家は今にも崩れそうだから、どうしよかと思ってるの」

「星河家のお屋敷に移ってもらうのはどうでしょう、藍子様?」

「上弦家でも、よろしくてよ」


 やっと息も落ち着いた澪子が言った。


「そうね、それがいいかもしれないわね」


 と話していると「キーー!」という音を立てて、1台の自転車が表門の前に止まった。


「正一(しょういち)お兄様!」


 そう言って藍子は、自転車に乗っている青年のもとに駆け寄った。 


「藍子? なんでここにいるんだ!」


 そう言う正一の顔は険しい。


「勿論、子供園の危機に駆けつけたのです!」

「危ないじゃないか! 下町のほうは火災が広まっているんだぞ。この辺りに延焼するかもしれないんだ」

「子供園を救うという高貴な目的の前には、それくらいの危険なんてものともしません!」


 正一の叱責にも一歩も引かない藍子。


「はぁ……まあ、いい。とりあえずは無事で安心したよ」


 そう言って、正一は藍子の肩にポンと手を乗せた。


「だが、ここが危険だという事実は変わらない。子供達を安全な場所に避難させる必要がある」

「どこに避難させるのですか、お兄様?」

「星河家にと思っている。今誠二が様子を見に行っているところだ」

「誠二お兄様が?」


 誠二は正一の弟、星河家の次男だ。


「だが、ここに来るまでも傾いたり潰れたりしている屋敷もあったからな。星河家といえども安心できない」

「あ、あの、正一様……」


 茉莉がおずおずと言った。


「なんだい、茉莉ちゃん?」


 穏やかに微笑みながら答える正一。


「も、もし、星河様のお屋敷が使えないようなら、その、女学校に避難してもらったら、どうでしょうか……?」


 普段なら淡々とした口調で話す茉莉にしては珍しく、どこかたどたどしい話し方だった。


「そうか、それも……」

「いいわね! さすが茉莉だわ!」

「おい、藍子」


 藍子に言葉を遮られて眉をしかめる正一。


「それには受け入れ態勢を整えなきゃいけないわね! 私と茉莉でいきましょう! それで澪子さんたちは子供を連れてきて!」

「そんな勝手に決めないでくださいます?」

「正一お兄様は、必要な物資の手配をお願い! 自転車だから機動性抜群ですよね!」

「まったく、藍子は相変わらずだな。茉莉ちゃん、藍子を頼むよ」

「はい、正一様!」


 答える茉莉の頬は、ほんのりと赤らんでいる。


「どうしたの、顔が赤いわよ、茉莉?」

「べ、べべ別に、何ともありません、藍子様!」

「ははぁーん、なるほどねぇ」


 茉莉の慌てぶりに、何かを察した藍子。


「まあ、それはそれとして、行くわよ、茉莉!」

「はい、藍子様! て、それはそれとしてってなんですか?」

「さぁねぇ、何かしら」


 ニヤニヤが止まらない藍子に、


「私も行くわ」


 と、霧絵が申し出た。


 そして、藍子と茉莉に霧絵が加わって、3人は女学校へと走り出した。



 女学校に着くと、藍子は早速礼花と話をした。


「分かったわ、すぐ校長先生に話すわ。それで何が必要かを話し合いましょう」

「はい、礼花様!」


 校長の許可はすぐに下りたが、


「どんな人が来るか分かりませんからね、十分に気をつけるのですよ」


 と、注意を受けた。


「それじゃ、炊き出しの準備をするわよ!」

「ところで、炊き出しってどうやるのかしら?」


 威勢よく言った藍子に、澪子が尤(もっと)もな質問をする。


「それは、それは……どうやるのかしら……?」


 途端に尻すぼみになる藍子。


「売店のおばちゃんに教えてもらいましょう、藍子様」

「そうだわ、おばちゃんよ! さすがね、茉莉!」

「聞いてきます!」


 茉莉が走り出すと、


「もし材料が揃うなら、お饅頭が作れるかもしれないわ」


 村木菊江が腕を組みながら言った。


「そうですわね! 調理実習室に蒸籠(せいろ)があるはずですわ」

「そうなると、材料もたくさん必要ね……」


 澪子の言葉に頷きながらも、礼花が考え込んでいると、校門の方角から鋭い金属音のような音が聞こえてきた。


 皆が視線を向けると、校門から1台の自転車が入ってきた。


「あれは……お父様!?」

「藍子ぉおおーーーー!」


 星河太一郎が、大声で叫びながら立ちこぎで自転車をすっ飛ばしてくる。


 そして、太一郎は凄まじいブレーキ音を響かせて、藍子たちの前に急停止した。


「お父様、なんでこんな所に!?」

「なんでとは、はぁはぁ、つれないではないか、はぁはぁ、藍子が心配で、ゲホゲホ……」


 髪を振り乱して息も絶え絶えに訴える太一郎。


「お父様、食材を集めてください!」

「食材? いきなりだな。そうか、昼がまだなのだな」

「違います!」

「え?」

「ここで炊き出しをするのです!」

「炊き出し?」

「そうです! この地震で被害に遭った人の力になるのです! それこそが高貴な私に課せられた使命なのです!」


 拳を握りしめて宣言する藍子。


「何ともだいそれたことを考えたな、藍子」


 やる気満々の藍子を見て、不安そうな太一郎。すると、


「生徒会が中心になって、ここを避難所として運営するのです。校長先生の許可もいただいてます」


 と、礼花が援護射撃をしてくれた。


「あなたは、紫陽院礼花様! そうですか、分かりました、食材のことは我が星河家にお任せください!」

「星河様、上弦家にもこのことを伝えていただけますでしょうか? 上弦家もできうる限りの事をやらせていただきますわ!」


 藍子のやる気が乗り移った太一郎に、澪子が真剣な眼差しで願い出た。


「あなたは上弦家の。分かりました、伝えましょう」

「ところで、我が家はどうなってますの、お父様?」

「我が家も母屋から火が出て若い衆が火消しに頑張ってくれている」

「家にも火が?」

「そうだ。離れなどは傾いてしまったしな」

「そんな……」


 太一郎の話に顔が曇る藍子。


「だが、心配するな。運よく火はボヤ程度だったし、洋館はほぼ無事だ。藍子はここでの活動に力を注ぎなさい」

「はい、お父様!」


 そして太一郎は、藍子からの要請に応えるべく、自転車に乗って全力こぎで走り去った。


「よし、やるわよ! まずはご飯を炊くとこからかしら?」

「お漬物もほしいですわね!」


 藍子に負けず澪子もやる気満々だ。


「そうね! よぉおーーし、これからが高貴な私の本領発揮のしどころよ!」


 藍子は、被災直後とは思えない明るさで宣言するのだった。



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