012-02. 落ちた花、絡む蔓
『――次は、花永海大社、花永海大社です――お出口は左側です――』
車内に設置されたスピーカーが、降車の支度をするよう柘榴を急かす。
二月――世間の高校生が受験本番期に突入し、大学生たちが春休みを謳歌し始めようとする頃。
柘榴の通う香凛大学附属高校の沿線にあたるこの電車も、普段の賑わいは鳴りを潜め……夕方の帰宅ラッシュとは思えないような、がらんどうな様相を見せていた。
ゆっくり停まった車両から降り、学校の最寄り駅よりも幾分かこぢんまりした駅へと降り立つ。
改札を出てコンコースを抜ければ、駅名にもなっている神社の姿が見えてきた。
花永海大社――全国的にも名が知られている、赤い社と緑の社叢のコントラストが美しい神社だ。
祀られている神様のことは覚えていないが……そのご利益は無病息災から学業成就、果ては恋愛成就まで多岐に渡り、なんとも景気のいい神様らしいと聞いている。
その影響もあってか、駅から神社へと続く参道から少し離れると、たちまち国内有数の大企業が本社を構える高層ビル群が姿を現し――その中のひとつに、我らが尾崎芸能本社も名を連ねているというわけだ。
老舗の飲食店が立ち並ぶ参道を抜け、鳥居前の大きな信号が変わるのを待つ。
直近でここを参拝したのは一ヶ月前――NIRZのメンバーで連れ立って初詣をした時だ。
近隣企業の重鎮や自社の上役たちが境内で挨拶を交わす様子を尻目に、背筋を伸ばして柏手を打ったのは記憶に新しい。
その時は確か、新年の挨拶と共に無病息災のお願いをしたのだが――しっかりと守ってもらえているのか、風邪の気配すら感じることなく過ごすことができている。
大きな丁字路から車が捌け、信号が青へと変わる。
尾崎芸能本社は神社の前を右へ進んでいった場所にあるため、まずは横断歩道を渡――
「――ぁ、」
――ろうとして、眼前の大鳥居を潜ってきた人影に小さな声を漏らした。
細めの銀縁眼鏡をかけ、黒のチェスターコートにグレーのマフラーを合わせた上品な風貌。
左手に持っていた中折れ帽は、恐らく境内を出た後に被るつもりだったのだろうが……今は顔の横で、こちらに向かってひらひらと振られている。
いつものようなスーツこそ着ていないが、そこにいるのは紛れもなく――白長魅月、その人だった。
「……いやはや、本当に面食らったような顔をするのだもの。あの場で吹き出さないように必死だったよ」
――目の前で、あの白長魅月が抹茶ラテを啜っている。
一体全体どうしてこうなったのか、柘榴自身もほんの数瞬前の記憶が曖昧なのだが……ああしてガッツリ目が合ってしまった手前、無視するわけにもいかないと会釈を返したのが運の尽き。
あれよあれよと丸め込まれ、参道のカフェに連れ込まれて同席させられているのが現状である。
「私が尾崎の本拠地近くに赴いていることが意外だったのか……それとも、神社に来ていることのほうかな? ひょっとして私、あまり信心深く見えない?」
「そ、そんなことは……」
「っふふふ! 君、やはり素直だね。両方です、と顔に出ているよ」
鈴を転がすように笑う白長は、以前対面したときとは少し異なる印象を柘榴に抱かせる。
スーツも纏っていなければ付き人も居ない、完全オフの白長魅月は――その瞳の半分が隠れるほどに目を細めて笑い、語り口も普段より軽快だ。
それでも、目の前の彼が自分達――テイルプロに害を為そうとしているという事実は微塵も揺らがないのだが。
「私はね、目的を達成するためなら何だってするのさ」
「…………」
「自分がやれることは全て試すし、自分の力が及ばないことなら神にだって縋る。スマートじゃないとは自分でも思うのだけれどね」
そう述べて肩を揺らす白長に、柘榴は内心面食らってしまう。
彼の言葉が、白長魅月のパブリックイメージとは大きく異なるものに感じたからだ。
白長魅月――それは、芸能界に突如降臨した奇跡と呼ばれている。
彼が表舞台に初めて姿を現したのは、Fsデビュー会見のその瞬間。
日差しを浴びて真っ白に輝くクルーズ船のデッキに立つその少年の姿に、その場に居合わせた全ての人間がどよめき、目を奪われた。
当時十四歳の白長魅月について何かを知る者は、会見を主催した伊久路オフィス関係者を除いてその場に存在しなかった。
それもそのはず――白長魅月が芸能界に足を踏み入れたのは、会見が執り行われるたった一週間前のことだったのだから。
アイドルとしての前歴はおろか、別分野でのメディア露出も、伊久路オフィスに所属したという情報すらも公になっていなかった深窓の令息。
世界を塗り替えんとする伊久路の虎の子、現世に舞い降りたばかりの黒羽の天使。
呼び方は人によって様々だが――その全てにおいて、彼の印象が「選ばれし者」「泥臭さとは無縁」であることは一貫していた。
「これも意外?」
「はい……えっと……」
「っふふ。でも、腑に落ちた顔もしている」
「………………」
全てを見透かす白長に、柘榴はバツが悪くなって目を背ける。
確かに白長の発言は意外であり――しかし、ここ最近のテイルプロで巻き起こっている阿鼻叫喚の様相を見れば納得する他なく。
そして……そう思い至ったことすら、きっと目の前の「神様」には看破されているのだろう。
serp'の暗躍により、かつて百人以上在籍していた研修生たちの約半数が移籍、あるいは芸能界引退を決意するに至った。
もちろん、serp'が張り巡らせた数々の策略に絡め取られたものがほとんどではあるが――客観的には「あの白長魅月が本気で芸能界を獲りに来た」ことで、若手たちが心変わりしたように見えているらしい。
その証拠に、一部のメディアはテイルプロとserp'――かつては背中を預け合って伝説に至った尾崎と白長を旗頭とし、対立構図を煽るような報道を続けている。
「……あの、」
「なんだい?」
「何をお願いしたんですか……?」
「おや、私のプライベートに興味を持ってくれるのかい?」
「……あっ、あ! す、すみません! 土足で踏み入るような真似を……!」
柘榴は恐る恐るそう尋ねるが……それが場合によっては不躾な質問に当たると気付き、慌てて撤回を試みる。
「いや、構わないよ。むしろ、君には知っていてもらいたい話かもしれないからね」
「…………えっ?」
「……私はね、鈴鹿くん」
白長の手が、テーブルの上でおもむろに組まれる。
そして、そのあとに続けられた言葉は――嘘偽りのない、どこまでも純粋なもののように思えてならなかった。
「遍く才能たちが、正しく輝き続けることができる――そんな、美しい世界を作りたいのさ」




