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ToP!  作者: ハコナシムト
Ep.1 The name of the petals is NIRZ.
31/31

011-01. 咲き初めのペトリコール

 

「おっはよーん!」

「おはようございます、ろざさん」


 BRC、翌日。

 カフェテリアで朝食をとっていた柘榴とニゲラのもとに、ローザがトレイを持ってやってくる。


「あっ、今日はふたりとも和食だ~。焼き鮭定食!」

「ローザは洋食なんだな」

「うん、クロックマダム! いただきまーす!」


 ローザはニゲラの隣に腰掛け、行儀よく手を合わせてからナイフとフォークを手に取った。

 丸みがかったナイフの切っ先が躊躇なく目玉焼きに触れ、半熟の黄身がとろりと溢れ出す。


「それにしても……昨日はすごかったね~! アリーナいっぱいのお客さんと大歓声!」

「はい。ステージの上からだと、あんな風に聞こえるんですね」

「……あれが俺たちだけに向けられてると思うと、感慨深い」


 昨日の光景を思い返し、三者三様に余韻に浸る。

 未だ単独ライブを経験していないNIRZにとって、アリーナクラスの舞台で自分たち向けの歓声を浴びるのは初めての経験だったこともあり……その高揚感は、一晩経った今でも胸を震わせていた。


「メディアもいっぱい入ってたし、きっと今日のテレビではいっぱい特集が……って言ってるそばから、ほら!」


 ミニトマトが刺さったフォークの先を軽く持ち上げて、ローザが向かいの壁を示す。

 そこには壁掛けのテレビモニターが設置されていて、ちょうど朝の情報番組でエンタメニュースコーナーのカットインが流れているところだった。


「BRCくらいのイベントともなれば、結構詳しく流れるよね?」

「まあ、エンタメ系の一大イベントだからな。俺たちの顔も多少は映るだろ」


 いつも通りクールに受け答えするニゲラだが、その視線はモニターに釘付けになっており、気になって仕方がない様子が見て取れる。

 それは柘榴も同様で――茶碗に残る最後の一口分の白米を頬張ってから、体を捻ってモニターに注目した。


『今朝のエンタメニュースはこちらです!』


 アナウンサーの声に合わせ、画面内に合成されたCGのフリップに文字が浮かび上がる。

 そして、複数表示された見出しのうち「BRC スペシャルゲストにNIRZ」の文字がエフェクトを伴って拡大され――NIRZがステージに立つ様子が、地上波で映し出された。


「来た来た来たぁ!」

「ローザ、そんなにフォーク振るとトマトが吹っ飛ぶ」

「ろ、ろざさん落ち着いて……!」


 今にも椅子から立ち上がらん勢いのローザを二人がかりで宥めつつも、ニゲラと柘榴の顔はテレビの方を向いたまま。

 そんな往年のコントを思わせる態勢ではしゃぐ三人に向けられたのは、周囲で食事をとっていた社員たちの微笑ましげな表情と――


「……お前ら。嬉しいのは分かるけど、公共スペースで騒いじゃ駄目だろ」


 ――社内併設カフェのロゴが入った紙コップとビニール袋を携えて登場した衣織の、呆れきったようなお叱りの声だった。


「あっ、衣織くん。おはよう」

「おはよう。朝から元気そうだな」

「え、えへへ……ごめんなさい」


 困ったように微笑みながら、衣織が柘榴の隣に腰掛ける。

 テーブルに置いた白いビニール袋から取り出されたのは、カフェで販売されているピザパンだ。


「まあ、騒ぐ気持ちは分からなくはないけど……。パフォーマンスがニュースで取り上げられるの、デビュー会見の時以来だもんな」

「そうだね……なんか、感慨深いかも」


 ライトを浴びてきらきらと輝いている自分自身の姿に、柘榴は少し背中がむずむずするのを感じて背筋を伸ばした。

 今までもCMのタイアップなどでエンタメニュースに取り上げられたことはあったものの、こうして一般向けにパフォーマンスを披露する姿を放送してもらえるチャンスは貴重だ。

 様々な仕事がある中でも、歌って踊り、歓声を浴びる姿は一層臨場感に溢れていて、そこに映るのが「アイドルである」ということを強く実感させられた。


「本当に、アイドルになったんだね……」

「……それ、デビューシングル発売のときも言ってたような気がするな」

「そ、そうだっけ……? えへへ……」


 独り言のようにぽつりと呟けば、ピザパンを齧ろうと口を開けていた衣織に苦笑されてしまう。

 どこか浮ついたような、こそばゆいような感覚を覚えながら、柘榴も衣織に対して苦笑いを返した。


「……というか、柘榴。そろそろ出ないと学校遅刻するぞ」

「えっ……あっ!?」


 衣織に指摘されて時計を見れば、時刻はとうに七時半を過ぎていて。

 普段であれば既に事務所を出ているであろう時間になっていたことに気付き、柘榴は慌てて手を合わせた。


「ご、ごちそうさまでした! 行ってきます!」

「俺もそろそろだ。行ってくる」

「ああ、気を付けてな」

「いってらっしゃい、ふたりとも〜!」


 柘榴とニゲラは椅子から立ち上がり、スクールバッグを肩に掛ける。

 そして、箸が転がり落ちないように気を付けながら食器を返却口へと運ぶと、登校のため事務所をあとにするのだった。




 高校生ふたりが席を立ってから、間もなく。


「ねえ、おりくん」

「ん……?」


 クロックマダムの半分を胃におさめたローザが、先程よりも数段落ち着いた声で衣織に呼びかけた。


「昨日のさ、白長魅月のこと……どう思う?」

「ああ、柘榴が会ったっていう……」


 ピザパンを食べ終え、りんごデニッシュの袋を取り出しながら、衣織は昨日のことを思い返す。


 結局、白長魅月がBRCに登場することはなかった。

 それは少し考えてみれば当然のことで……伊久路オフィスは十年前から今日に至るまで、尾崎グループとの共演をNGとしているはずだ。

 理由は憶測の域を出ないが……かつての所属タレントである九十九蓮との契約トラブルに端を発しているというのが、一般的な見解だ。


「普通に考えて、伊久路の人間があそこに来るっていうのも変な話だよな……。所属タレントの出演はなかったし、そもそもNG出してる側が出向いてくるなんて不自然じゃないか?」

「やっぱりそう思うよね〜」


 衣織の返答に頷きながら、ローザは自身のスマートフォンを手早く操作する。

 そして、お目当てのコンテンツに行き着いたらしいところで手を止めると、その画面を衣織に向けて差し出した。


「これ、今朝方から話題になってるニュースなんだけど」


 衣織はデニッシュを齧りながらそれを受け取り――画面に表示されているネットニュースの見出しの内容に、目を見開く。


「『伊久路オフィスが社名変更、新代表取締役に白長魅月』……!?」


 それは、つい先程掲載された記事のようだった。

 書かれている内容は、「今週中頃、伊久路オフィスが体制変更に関する記者会見を行うこと」、「社名を『株式会社serp'』に変更すること」、「新代表取締役および社長には、所属タレントである白長魅月が就任すること」など。

 所詮は週刊誌の飛ばし記事と流すこともできなくはないが――それにしては情報が詳細で、なかなかに信憑性を持っているように思えた。


「これが本当ならさ、白長魅月がウチの出演するイベントに顔出してたのも、ほんのちょっと納得いかない?」

「……共演解禁するってことか?」


 小さな画面を睨み、衣織は眉間に皺を寄せる。

 その様子のままデニッシュにかぶりつけば、表情と行動のミスマッチがツボに入ったらしいローザが間髪入れずに笑いを噴き出した。


「おりく〜ん、アイドルがそんな顔しちゃ駄目だよ〜!」

「……だって、なんか納得行かないだろ」

「まあ、ウチの社長の人柄を知ってるとね。経緯考えると、信用したくないなぁとは思っちゃうかな」


 ローザは半笑いのままそう返すと、ナイフとフォークを持ち直す。

 そして、冷めて固まり始めたチーズをトーストごと断ち切り、衣織からすれば随分小さな一口をぱくりと頬張って飲み下した。


「まあ……殴りかかってくるか、よりを戻しにくるかの二択だろうね〜」


 そう続けるローザは相変わらず飄々としているものの、考えていることは衣織と相違ないようだった。


「どっちにせよ、ウチとしてはちょっと厳しくなるかも?」


 伊久路オフィスが、業界最大手である尾崎芸能関連の現場を避けてきたこと。

 それは、グループ会社であるテイルプロが、アイドル業界におけるパイの奪い合いで優位に立てていた理由のひとつだ。

 その伊久路オフィスがかつての看板アイドルを頭に据え、こちらと同じフィールドに参入するとなれば――完全対立でない場合にせよ、椅子取り競争が激化するのは想像に難くない。


「……まあ、俺たちは目の前の仕事をするしかないな」

「っふふ! おりくんってば頼もしい~!」


 画面に映し出された文章の最下段――「同社の今後の動向として、かつて栄華を誇ったアイドル事業への注力を予想している関係者は多い」という眉唾ものの一文を眺めながら、衣織はホットコーヒーで口の中の甘みを流し去った。

 

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