外伝③ 小さな探検(4章22話と23話の間)
※サクラのいない、子ども達の日常回です。
時系列は、4章22話と23話の間です。
「地下の書庫が見たい」
と、長い黒髪の弟が急に言い出した。
「急に何よ」
「イオーラ姉上、我は屋敷の書斎の本は大方読み尽くしてしまったのだ。そろそろ地下に繰り出すべきだとは思わんか」
クロの提案に私は心底面倒臭いと思ってしまった。何故ならば、ミィノが言うところには地下室は足の踏み場も無い程物が散乱しており、埃も酷く、とてもじゃないが気軽に入るべきでは無い所だそうだからだ。
しかも、リーダーであるドンからも『地下室には絶対入るな』と念を押されている。
「だめよ。リーダーに叱られるもの」
「なんだ。姉上は気にならないのか? 一緒に行こう? なぁ、なぁ」
「い……」
特に気になりもしないし、「いやよ」と言おうとして、私は静かに口を閉じる。
クロの背後を良く見れば、すでに懐柔されたと思わしき、アルクとエル、オルレリ、カント、……あとはよく分かっていないキルンが私の方をじっと見ていたからだ。
腹立たしい。何がって、クロにしてもサクラにしてもリーダーにしても、『何をすれば私が動くか』を心得ている風にしているところだ! アルクや弟妹達を先に味方に付ければ、私が自然と付いてくると確信しているのだ。実に面白くない。
今日こそはその手に乗るものですか、と私は堂々とその要求を突っぱねる事にした。
――――が、結局地下室の目の前に来てしまっている。
「ちょっとだけだからね! 見てみて、『うわっ、やばそう!』ってなったら絶対止めるからね!!」
「分かった分かった」
アルクの雑な宥め方にまた一段と頭に血が上ったが、とりあえず飲み込んでおくことにした。ちなみにサクラは新しい孤児院の開所まであと数日と言う事で忙しくしており、リーダーは最近日帰りで隣国へ行って戻ってと慌ただしくしていて、二人は今日も朝から出かけた。
私は、ミィノから借りて来た鍵を使って、地下への扉を開く。
かなり暗いが、奥はほんの少しだけ明かりが見える。天窓でもあるのだろうか。そのまま扉を全開にすると、途端に仄かなカビ臭さが広がってくる。
「うぐっ……」
案の定、鼻の利くアルクは鼻を抑えて顔を背けた。彼にこのまま突入させるのは厳しいだろう。
「アンタ達はちょっと待ってなさいな。私は換気が出来るか見て来るから……アルクはもっと後ろに下がってたら?」
「うん……イオーラ、ありがと」
伸ばしっぱなしの髪が急に鬱陶しく思えて、私は後ろで一つに纏め上げた。右手で布を口に当てて、左手でランタンを持ち、地下室へと足を踏み入れる。
柱が何本か立っている、壁ぶち抜きの広い空間だった。そこには所せましと棚が並べられ、本や雑貨が収納されている。
確かに物は散乱しているが、ミィノに言われていた程汚れてはいない気がした。もしかしたら彼女が何度か換気や片付けをしておいてくれたのかもしれない。
とは言っても、棚にはホコリが薄く積もっているし、劣化したテーブルなども置きっぱなしだ。クロはともかくとして、小さな子ども達が入って良い環境には思えない。
「……今日はこれくらいにして、三つ子の寝てる間にクロと出直すかしらねぇ」
多分、それがいいだろう。私は独り言を言いながら後ろを振り返る。しかし目の前には、地下室への入口付近で待っていた筈のクロと三つ子が口を手で塞ぎながら立っていた。
「なにしてんの!?」
「あっ、見つかっちゃった」
「見つかっちゃった、じゃない! アルクはどこよ!?」
カントが両手を上げながら嬉しそうに飛び跳ねている。
アルクは入口の所で、こちらに手を伸ばしているキルンを抱きかかえた状態で鼻を抑えて涙目になっていた。『ごめん、何とかして』と訴えているつもりだろうか。
「汚いから戻りなさい!」
「やーだー、探検するぅ~」
「探検って……ただの地下室じゃないのよ……」
「イオ姉お願い~もうちょっとだけ~」
私の腰にしがみつきながら懇願するオルレリに勝てるはずが無い。どうせ無理に外に出したところで、号泣するだけに決まっているのだ。なら、多少なり片付けはされている様だし、手早く回って戻った方が後々の為だろう。
「ちょっとだけだからね。言う事聞かなかったら置いてくからね!」
「……イオ姉、こわい……」
「……冗談よ」
『置いていく』という言葉はエルを本当に怖がらせてしまったらしく、怯えた瞳で私を見上げてきた。下手な事は言わないでおこう。
サクラだったらもっといい雰囲気で地下を楽しめたのだろうかと私は頭を悩ませる。いや、彼女ならまず自分で下見くらいはしておくだろう。そして掃除をし、危険な物を片づけた上で三つ子を連れて来るに違いない。まず初動から間違ってしまったか……。
「とにかく、何があるか分からないから手を繋いで行きましょう」
「うん」
置いていく云々の話は全く気にしていないと思わしきオルレリとカントは素直に私の手を握った。クロはまだ少し怯えているエルと手を繋いでくれている。二人が歩みを止めない様に気を付けなければ。
「端っこまで行ったら帰ってくるわよ。それで今日はお終い」
「姉上、我の本は」
「……とりあえず今は我慢して」
「うえぇ……」
なんだその不満爆発と言わんばかりの声は。サクラの前でそんな態度を取った事は無いだろうに。私は舐められているのだろうか?
「仕方ないでしょっ」
「へーい」
「く……っ」
振り向いてクロに文句でも言おうとすると、彼はにやにやと笑いながら小馬鹿にしたような返事をよこした。
なんて生意気な弟だろうかと思ったが、なんとか堪えた。アルクが付いていない今、私が怒り狂っても誰も止めてくれる人がいない。
すーはーと音を立てて深呼吸をしてから、私は地下室探索を続ける事にした。とは言ってもあるのは本や古い小道具ばかりで、三つ子にとっては大して面白くはないだろうと思ったが、知らない場所を歩いているだけでもわくわくするものらしい。
「イオ姉、あれは何?」
「あれは方位磁石。方角が分かる道具」
「あっちのは?」
「あれは天秤。重さを量る道具」
オルレリとカントが順番に質問を投げかけてくるのに答えていると、あっという間に端まで辿り着いた。高さ20センチメートル程のちょっとしたステージになっているので、元々はここでパーティなどを開くために作った場所だったのだろうか。
「姉上、あれは?」
「えぇっと……」
後ろにいるクロにも質問されたので、どれの事を言っているのかと思い彼の指し示す方向へと視線を動かす。
壁に変わったデザインの時計が掛けられていた。文字盤の下に、正方形のブロックがいくつもはめ込まれており、何を表現しようとしているのかよく分からない模様が描かれている。
「なにこれ?」
「壁から外して見せてくれ」
「ならランタン持ってて。……いや、これ外れないわ。壁に固定されてるみたい」
「本当か? 姉上が不器用だとかじゃなく?」
「失礼ね! じゃぁクロがやってみたらいいじゃないの!!」
「……ほう」
言わなきゃよかった。
そう後悔したのはこの会話のすぐ後。
自分の背丈では時計まで届かないから抱っこしろとせがまれたので断ったら、『自分で外してみろと言ったのは姉上だ』と言い返してきた。
踏み台でも脚立でも探せばいいだろうと提案すれば、『明かりが無ければ探せないし、このランタン一つで全員一緒に探すのか? そんな時間は勿体ない』と返される。
苛々してきて仕方が無いが、三つ子達の視線が痛いのでとにかくとにかく我慢………だ。
ランタンをエルに預け、私はクロを抱きかかえる。
「重たい……」
「ふむ、確かに外せない仕組みになっている様だな」
「で、しょ? ならもう降りて……」
「いや待てよ。時計自体は外せないが、この正方形のブロックは外す事が出来るらしい。……ならばこれを組み替えれば、何か意味のある模様になるのかも……」
それは驚きの発見だ、随分面白い時計があるものだと感心したいのは山々だが、私の手がこれ以上の猶予はないと言っている。
「ちょ、っと、まって……今は無理……踏み台持って来てからに、して……」
「そうだな、すぐには解け無さそうだし。分かった」
クロの了承を得たので、私はすぐさま彼をその場に降ろした。疲れた腕を軽く回しながらぼやく。
「はぁ、疲れた……もう、本当に勝手なんだから」
「……勝手なのはお前もだけどな?」
「!! り、リーダー……いっ、いつの間にっ!?」
聞き慣れた声に振り向くと、私の背後には不機嫌そうな表情でこちらを見ているリーダーの姿があった。
今日は夕方まで戻らない筈なのに、何故ここに。
「今日は砂嵐が酷いから馬車が出せないって言われてな、国境付近まで出たのにとんぼ返りだよ。……で? 勝手に地下室に入るなって言ったよな? チビ達まで連れて何やってんだお前は」
「う……だってクロが……」
「ったく、なんでもかんでも言う事聞くなよ。……とりあえず出てから聞くか。ほら、お前ら戻れ戻れ」
クロが、と伝えた時リーダーはぴくりと表情を動かした様な気がする。しかしすぐに顔を元に戻すと、私達の背中を軽く叩きながら入口の方向へ歩いて行くよう促してきた。扉の所では、多分リーダーに叱られて縮こまってしまったアルクがキルンを抱えたままこちらを見ている。
ホコリを被りながらわざわざそこまで歩いて行ったのに、なんで私が怒られなくちゃいけないのよと文句の一つや二つ言いたくもなったが、リーダーに言い負かされるだけなので止めておく。……ここ最近で、私だってかなり大人になったと思う。
ふと、クロとリーダーが先ほどの時計の場所から動いていないのが気になって、私は彼らの方を振り返った。
「困るな、俺のいない時に兄弟達を巻き込むのは」
「ふ。我は、ただ本が読みたかっただけだが?」
「……そうか」
クロの声音からは何も汲み取る事が出来ない。私は結んでいた髪を解きながら、暗い地下室から出た。窓から入る自然光に一瞬目がくらむ。
「眩しっ……」
「ごめん、イオーラ……」
目を凝らす。自分は地下室に入れず、私はリーダーに叱られる結果になってしまった事を申し訳なく思っているのであろうアルクが、耳と尻尾まで垂らしながら私を見ていた。
その姿に、モヤモヤしていたものが多少払拭された様な気がする。
「気にしてないわよ」
「怒ってない……?」
「怒ってない。クロがあんまり生意気だから、そっちには腹が立ったけど」
「クロが? へぇ……」
アルクが感心した様に笑うので、私は「何がおかしいの?」と彼に問う。
「俺にもあんまり我儘言わないよ、クロは」
「……じゃぁ、私ってやっぱり舐められてるのね……」
「違うって。イオーラがそうやって自然体で返してくれるから、クロもイオーラには甘えやすいんじゃないかな。なんだかんだ、赤ん坊の姿の時だってたくさんお世話してあげてたでしょ? イオーラは」
「……そうかしら」
私は、声が大きいし、口うるさいし、サクラみたいに褒めたり甘やかしたり出来ないから、あの子達にはあんまり好かれていないと思っているのだけど。
それをアルクに言うのは弱い所を見せている様な気がして、私は口を閉ざしてしまった。いらないプライドが邪魔をする。
「あー、くそ。なんかお前ら臭くなっちまったんじゃねぇか?」
そしてリーダーとクロも地下室から出て来た。
確かに地下室はカビ臭かったので、服や髪に移っているかもしれない。
「やだー、もう」
私がわしゃわしゃと髪をいじって匂いを確認したりしていると、リーダーが『閃いた』と言わんばかりに三つ子達の方を見た。
「今から川に遊びに連れてってやるよ。どうせ予定も変わっちまったからな」
「川ー!?」
「行きたーい!」
「僕もー!」
リーダーの提案に、エル、オルレリ、カントが嬉しそうに応えた。続けて、「川は危ないからちゃんと言う事聞けよ」と注意をすると、こくこくと激しく首を動かしている。
なんとなくバツの悪い私とアルクはどうしようかと目配せし合う。一緒に行きたいのは山々だが、叱られたばかりでそんな気分にはなれそうになかった。
「リーダー……俺達は……」
アルクがおずおずと聞くと、リーダーはあっけらかんと答える。
「いや、お前らが来ないと困るんだよ。俺一人で四人も五人も川に連れていくなんて怖ぇからな」
「は、はい……!」
ぱっと表情を明るくさせたアルクを見て、私もほっとした。どうやら一緒に行っていいらしい。
すると、隣に近づいてきたクロがごにょごにょと口を動かした。
「姉上……すまなかった。叱られてしまって」
「私がちゃんと断らなかったのが悪いのよ。……次からは許可取るからね」
「次も付き合ってくれるのか?」
「……! ふ、フンッ。ま、気が向いたらね。変な時計も気になるしねっ」
「はは、期待しておる」
彼がにこやかに笑う姿はあまりに可憐で、少年とも少女とも見分けが付かない。そして、先ほどまでクロに対してあんなに腹が立っていたのが嘘の様に落ち着いてしまった。
「ほら、やっぱり。クロはイオーラが大好きなんだよな」
「……」
「……ひぇっ、い、いひゃいよ、ひほーは……」
代わりに、したり顔で私を眺めているアルクに苛々の矛先が向かって行く。
なんとなく無性にそうしたくなったので、私は彼の頬を左右にぎゅーっと引っ張ったのだった。




