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外伝② 酔いどれ(3章3話と4話の間)

 3章3話「ドンの決断」と、3章4話「朝食」の間の話です。






 葡萄酒、ビール、水。液体ばかりを口にしているが、この環境で水を挟んでいるだけ褒めて欲しいくらいだ。気づけばその部屋にいる者は全員漏れなく泥酔しており、今この船で転覆事故や襲撃などがあったらどうするんだろうと一抹の不安に襲われた。


 それでも『不滅の灯』メンバーにしてみれば、リーダーであるドンをはじめ昔馴染みの仲間達との別れを前にして、今日くらいは飲もう! と言う気持ちになるのは分からなくもない。


「ほぉら〜、サクラちゃんも飲んで飲んで」

「リンダさん飲み過ぎですよ……」

「いいじゃないのもうすぐお別れなんだからさぁ~。あっ、私さぁサクラちゃんに聞いてみたい事があったんだよねぇ」

「え?」


 上半身の服を一枚脱ぎ捨てたリンダが、四つん這いの姿勢で私に迫って来る。駄目だこの人、そうとう酔っぱらっている。

 そして彼女の"聞いてみたい事"という発言に、ニーナやランも目を輝かせて私達の方へと体を向けて来た。


「ん〜、私も聞きたいわ」

「ニーナさんまで……な、何なんですか……」

「ふふふふふ。……あのね、リンダが聞きたいって言ってるのはね、サクラちゃんはリーダーとドコまでいってるのかなぁ〜って事よ」

「ん!?」


 酔いで瞳と唇を潤ませた美人が予想斜め上の事を口にしたので、私は驚いて甲高い声を出してしまった。

 私を取り囲む女性陣はそれを聞いて腹がよじれる程笑っている。


「やだぁ〜かわい〜」

「やめて下さいリンダさん。可愛くないです、そんな年でもありません」

「あらん、私から見れば十分可愛い年だけど? ロンドちゃんと同じ年よねぇ」


 私はやけになって手元にあった葡萄酒をくぴくぴと胃に流し込みながら、この話題をどうにか変えられないだろうかと思案した。そして間髪入れずに、「無理だな」と諦める事になる。このノリは私の力だけでは覆せそうに無い。

 こちらも服が盛大にはだけさせているニーナが、私の腕に自身の腕を絡ませて体を軽く揺すってくる。急激に酔いが回って気持ち悪くなりそうなのでやめて頂きたい。


「ね~教えて〜」

「もう! 何にも無いんですって……って言うか、ある訳ないじゃないですか」

「ある訳ない……って事もないでしょー! 二人を見てたら分かるものぉ!」

「ちょ、ちょっとニーナさん一回お水挟みましょ……」

「とぼけちゃってぇ! 女を舐めるなー!!」


 船室の外にまで響くほどの大声で叫んだ後、栗色の髪の美人は床に突っ伏してそのまま撃沈した。人が変わったかの様な酔いっぷりに、マリオが見たら泣くんじゃないだろうかと思ってしまった。


「あららぁ、ニーナったらぁ。でもそう、誰だって見れば分かるわ〜いじらしいったら」


 ニーナに比べてリンダはまだまだ離脱してはくれなさそうだ。

 私は、硬いチーズを少量ずつ口に入れながら嘆息した。


「……絶対に、そんなんじゃないです」


 私とドンの間に、何かある訳が無い。ある筈がない。確かに彼とは少しずつ距離が縮まっているとは思うが、それは男女のものでは無く、仲間としてのものだ。


「でも、少なくともサクラちゃんはリーダーの事が好きでしょう?」

「……」


 リンダの言葉に、私は先ほどから口をつけていた葡萄酒を無言で飲み干した。

 一体誰が……誰があの男が好きだって? そんな事1ミリ足りとも考えた事がない。


「やだぁ、不満そうねぇ」

「……正真正銘、皆さんの勘違いですもん」

「不貞腐れないの。まぁそれに悪いのは、甲斐性無しのリーダーなのよ」

「そうね」

「ランさんまで……」


 ふと気づくと、カユは勿論眠っているのだが、ロンドはうつらうつらとビールを握りながら船を漕いでいる。ひっくり返すといけないのでそのビールをそっと取り上げた。


「大体何でそんな考えに至ったんですか……」


 私の質問に、二人の女性は顔を見合わせてくすりと笑った。


「二人でいる時の雰囲気かな? 最初から皆言ってたよ、リーダーに春が来たってね〜。ね、ラン?」

「そ。柄にもなく傍に置いてるのがちょっと面白かったわよねぇ、分かりやすくて」

「……あの人全然……分かりやすく、無いです」


 もし仮に、ドンを分かりやすいと思えるのなら、それは彼女達が彼とそれだけ長い時月を過ごしたからと言えるし、それを自覚すると胸に重しでも入ったかの様な感覚を覚えた。

 するとリンダは私の頭をよしよしと言いながら撫でる。


「違うわよ? 分かりやすいって言うのは、リーダーの性格じゃなくて貴方達二人でいる時の雰囲気の話ね。私達に接する時と全然違うから、お気に入りなんだろうなって、誰が見ても明らかだったの」

「え、と」

「まぁ要するに……見てるこっちがじれったいから、とっととくっつきなさいって事」

 

 リンダの言葉を飲み込んでいる最中、また一杯ビールを空けた様子のランがそう付け加えてくる。この人そんな事言う様な人だったっけと考えつつ、その言葉に顔全体が熱くなってしまった私は立ち上がって、


「ん、も、もぉ~~! 私たちは、そんなんじゃないですから! 私っ、クロを迎えにいかなきゃなので、失礼します!」


 と、ニーナに負けず劣らずの大声を出して扉に向かった。背後から笑い声と「ごめんごめん」と言う羽の様に軽い謝罪が聞こえたが、クロの迎えと言うのは本当なので一礼してその場を去る事にした。

 子ども部屋に寄ってクロを受け取る際、アルクから顔が赤い事を指摘されたが飲酒のせいだと言い張った。間違ってはいない。



 自分の船室に辿り着くと、クロと並んでベッドで体を休める。酒がまだ残っているが、二日酔いにならない事を祈るばかりだ。


 目を閉じるとすぐに睡魔がやってきた。しかし、飲酒のせいだろうかその眠りは非常に浅く、短時間ごとに寝たり起きたりを繰り返した。吐き気が無いのが救いである。





 ぎし。





 船室に似合いの簡素なベッドが急に深く沈み込んだのを感じて、私は今一度目を覚ます。寝ぼけ眼で周囲を確認する。


「ん? クロ……?」


 赤ん坊は私の隣ですやすやと眠りこけていて、沈みこんだのは反対側だ。どうやら暗闇の中で、誰かがこのベッドに侵入してきたらしい。酔いが醒めぬまま寝付いた為、鍵を閉め忘れてしまったのだろうか。私は飛び起きると、その誰かを突き飛ばして思い切り右の頬を引っ叩いた。乾いた音と、「ぐっ」と言う呻き声が船室に響く。

 窓から差し込む月明かりで浮かび上がった相手の顔をよく見ると、見知った人物だと分かる。


「ってぇ……」

「ど、ドン!? なんで……」

「ん……」

「わっ、酒臭っ! 飲み過ぎでしょ……んもー」


 ドンはこのベッドの主である私の事などお構いなしに、そのまま横になってしまった。

 どうやら送別会と称したただの酒盛りで散々飲んだらしい。酔っていて自分の船室と間違えて入ってきてしまったのだろう。

 泥酔している彼を無理に起こして船室に連れて行くのは骨が折れそうなので、代わりに空いているであろう彼の船室を私とクロが使った方が早いだろうかと考えていると、私の腰に逞しい腕が伸びてくる。


「ちょっと。何すんの」

「――ここにいろ」

「へっ」

「一緒に、寝たらいいだろ……?」

「な、に、言ってんの……もう、酔っ払いは当てになんない……って、わっ」


 そこまま腕も掴まれて私はバランスを崩す。クロを踏み潰さない様に注意を払った結果、ドンの上に寝そべる形になってしまった。精悍な顔が間近に迫り、心臓が早鐘を打つ。


「ドン……あ、の」

「サクラ……――――」

「ん? なに?」

「……」


 何かをぼそぼそ呟いたかと思えば、ドンは私にしがみついたまま寝息を立て始めた。

 私は、細い金髪を指先で少し遊ばせつつ深く息を吐いた。


「子どもじゃないんだから……」


 やはり勝手に船室を使わせて貰うのも気が咎めたので、二人掛けのソファが備え付けられているロンドの部屋にでもお邪魔しようかと思い、私は彼の腕を解いてベッドから降りる事にした。すっかり熟睡し始めたらしく、腕は簡単に解けて起きる様子も見られない。

 


「おやすみ……」



 私はクロを連れて廊下へ出た。


 ドンに掴まれた箇所は未だにその感覚を覚えているらしく、どことなく変な感じがする。頬が熱いのは、きっと酒のせいだろう。女性陣に揶揄われたのも、ドンが船室を間違ったのも、全部全部酒のせい。――――絶対に、そうなのだ。




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