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保育士の異世界事情は反乱の灯と共に  作者: レン.S
第4章 やるべき事
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23話 これから


 新設孤児院の開所の日がやってきた。

 キャパシティ百人のその施設に、ほぼ定員数の子ども達が住む事になった。しかし一斉に生活を開始した訳では無い。混乱を避けるため、子ども達は一週間ほど前から徐々に人数を増やしつつここで生活を始めていた。勢ぞろいするのは今日が初めてだが。

 大半が元浮浪児と言う事もあって、マナーがどうだなどと言っている場合では無く、清潔感や適切な食事量から教えないといけないところが大変ではある。教えてくれる人が今までいなかったのだから当然だ。


 そして六人のシスター達とマルウィンは泊まり込み、私や調理員さん含め五人はここに通う事になっている。カンマニに睨まれつつも無事に週に一度の休みも獲得したし、講習のカリキュラムも出来上がって後は承認を待つのみだ。割と順調な滑り出しだ。



「はぁ……無事に今日を迎えられてよかったですね……安心しました」


 朝からバタバタと動きっぱなしだったマルウィンが、汗で額を濡らしながらそう言った。とは言えまだ一日目、しかも昼を過ぎたばかり。感慨に耽るには早すぎる。

 しかし気持ちは分からなくもない。準備がどれだけ大変だったかは互いによく知っている。


「本当に……でも、これからだよ」

「そうですねっ。私も張り切って頑張ります!」

「……貴女やシスター達は泊まり込みだけど、勤務時間はちゃんと守るようにね」


 気合十分なマルウィンに私は一応の釘を刺しておく。ぎくりと音が聞こえそうな程に体を硬直させ、彼女は私の顔色を窺いながら笑っている。

 最初は気を使い合う関係だったが、この一ヶ月で良い間柄になれたと思う。


「また遊びに行ってもいいですか?」

「勿論。『マルお姉ちゃんは?』って、オルレリがしょっちゅう聞いてくるんだよ。休みの日にでも来て」

「ありがとうございます!」

「……さて、ホラ仕事に戻った戻った。後で見回りに行くからね」

「は、はいっ」



 私はマルウィンを送り出す。昼からのこの時間は、小さな子ども達がお昼寝を始めるので、多少なり時間が取れる。その間に私も自分の仕事を終わらせてしまわねば。

 そんな事を考えながら事務室へと足を踏み入れると、暗い室内の隅で小さく動く影があった。


「……よかったら他の子と遊んでおいで。クロと同じくらいの子達は起きてるよ」

「いや、いい」


 十歳程の姿をした少年は、本を片手にしたまま来客用のソファに体を預けている。クロは、屋敷にある本では満足出来なかったらしく、孤児院の書庫を目当てに私と一緒に出勤していた。夕方にはアルクが迎えに来てくれて、先に帰る予定だ。 


 ちなみにこの孤児院の書庫は、元の屋敷の所有者が本好きだった事もあって、とにかく冊数が多い。冊数だけでなく放置されてからの年月日も長いので、埃っぽい上に内容が古くて子ども達には面白みがないのが難点だ。そもそも読めない子も多いので、文字を教えるところから始める必要があるのだが。


 本を読みふけるクロはそのままに、私は自分の事務机へと向かう。職員達に提出して貰った今後の計画案のチェックからしてしまおうと、仕分けされた紙束を出して目を通し出す。その時、


「あった!」


 と、叫びながらクロがソファから飛び降りた。

 私は何事かと立ち上がり様子を窺おうとすると、彼は自分からこちらへ本を片手に駆けてきた。


「びっくりした……何があったの?」

「勇者と魔王の記述だ。……前回の勇者と魔王は紀元前250年……今より400年前の出来事か。この時の勇者はニンゲン、魔王はエルフの姿だった様だな」

「……ん? 待って。クロはその事を覚えていないの? 魔王って封印されては復活を繰り返してるんだよね。殺されて新しく生まれてくるわけじゃなく」

「さぁ?」

「さぁ!?」


 さらりと黒髪をかき上げながらクロは首を傾げた。薄暗い事務室の中、その姿は随分と怪しく見える。

 私もクロが開いていた本を横から覗き込む。勇者と魔王についての文献と言うわけでは無く、一部分に記載があった程度らしい。


「この本しか見つからなかったの? あんなに探していたのに……」

「あるにはあったが、どれもこれも信憑性が薄くてな。勇者を題材にした小説なら見つかるのだが……」

「そう……それは、なんだか不思議だね」


 そしてそれは、クロも同じだ。彼は『勇者を倒したい』と口にしながらも、良くも悪くも日々平和そうに過ごしている。相変わらず、クロと“魔王の素体”を名乗る彼と結びつかない。少なくともあっちの魔王は、前回の勇者や魔王についての知識は持っているような雰囲気だったが。これまでの魔王の事は今後思い出すのだろうか、それとも知らないまま完全な姿に成長してしまうのだろうか。


 一つ確認を取りたかった事もあって、私はクロの紅い瞳を見つめて言った。


「……改めて聞くけど、クロの目的って何?」


 私の問いに、声変わりもしていない中世的な佇まいの少年は、「フッ」と含んだ様な笑いを零して私を見上げた。


「……“勇者を倒す”、“勇者のいる陣営と戦う”……それだけよ。そしてそれに必要な事をする、利用できるものは利用する」

「……」


 ネフカロン地区で実体化した彼に聞いた事と同じ様な事を言っている。彼の場合は『殺す』と言い切っていた気がするが。

 クロは「しかし……」と、私のブラウスの袖を弱々しく引っ張りながら言葉を続けた。



「願わくば……戦争の後、生きて戻って……兄上や姉上……もちろんウルヒム兄上も一緒に、茶会でも開きたいものだ……」



 段々と小さくなっていく声音に、赴く戦いや変わっていく日常への恐怖のようなものを感じて、私はクロを抱きしめた。すっぽりと収まってしまう小さな体。それももうあと数日の筈だ。泉の力で魔力の需要が減った分クロの成長スピードは上がっているから、この十歳程の姿もそろそろ見納めになる。

 赤ん坊の姿をしている時は、どこへ行くにも何をするにもずっと傍にいたのに、最近では一人で行動する事が増えてしまって少し寂しい。


「そうだね、全部終わったらウルヒムも呼ぼう。クロの好きなお菓子をたくさん用意して」

「……うむ」


 魔王としてのクロの影に、私達と同じ環境で生きている事で生まれた感情がはっきりと見える。今後姿が変わってしまっても、心はそのままでいて欲しい。運命にも似たものを背負っている彼にとっては、そんな希望は逆に重荷になってしまうのかもしれない。





***





 孤児院の子ども達の夕食準備まで終わらせて私は本日の仕事を終えた。早番、中番、遅番、夜勤の形態を明確にしてはいるものの、開所初日ともあって早番では帰れなかった。

 あと、シスター達がすぐに勤務時間をオーバーして働き続けようとするのは改善していかなければならないだろう。彼女達は職場と家が同じなので何とも思っていないのかもしれないが、私の様な通いの職員は非常に帰り辛い。


「ただいまー」


 すっかり日が落ちてから、私は屋敷へと帰りついた。


「おかえりなさーい!」


 就寝準備を整えたエル、オルレリ、カント、そして先に帰っていたクロの四人が出迎えてくれた。私達の帰宅に飛び回って喜ぶ三つ子を見ていると疲れが消え去るような気がする。残念ながらキルンはもう寝てしまったらしい。


「お疲れ様っす」

「おかえり」


 続いてアルクとイオーラが顔を出した。二人には毎日小さな子ども達の世話を任せてしまって心苦しい。せめてと思い、私は手に持っていた袋のうち一つを三つ子達に見えないようアルクに手渡す。

 

「なんすか、これ?」

「お土産。二人で食べてね」

「わ、嬉しいっす! ありがとうございます!」


 帰り道に人気の菓子屋があると聞いていたので、閉店ギリギリのところで買って来たのだ。孤児院の管理者と言うだけあってそれなりの給料も頂いているので、子ども達に何か買ってきてあげられるのは楽しい。


「……お菓子?」

「え、好きじゃなかった?」


 イオーラが湿った目線をアルクの手にある袋に向けている。確か甘いものは好きだったと思ったのだが、気に入らなかったか。そんな心配をしていると、アルクがにやっと笑っているのが目に入る。


「イオーラ、体重が……」

「アルク!!」

「痛っ」


 デリカシーの無い事を口走りそうになったのだろうアルクの足を、イオーラが思い切り踏みつける。スリッパだったので大して痛くは無いかもしれないが、ブーツだったらと思うと少し恐ろしい威力とスピードだった。


「余計な事言わないでよっ!」

「わかったよ……」

「無理して食べなくてもいいよ、イオーラ」

「食べるわよっ!!」

「そ、そう?」


 横から入った私に威勢よく反応し、イオーラはアルクに渡した袋を掻っ攫って行ってしまった。どこで食べるつもりなのだろう。

 アルクが「俺のは!?」と言いながら彼女を追いかけていく。


「ママー、あのふくろなぁに?」

「ん? お土産だよ。皆にもあるから、明日のおやつにしようね」

「わーい!」


 アルクとイオーラが激しく取り合いを始めたのでエルに見つかってしまったが、『明日』で納得してくれたらしい。今からお菓子を食べさせるわけにはいかないので、泣かれたりしなくてよかった。


「おかえりなさぁい、サクラさぁん」


 ぱたぱたと音を立てて、奥からロンドがやってくる。アルクとイオーラはどこへ行ったのかと尋ねられたので、「多分、部屋?」と答えると、彼女は肩を竦めてしまった。


「ちびちゃん達の寝かしつけしてくれるって言ってたのにぃ」

「じゃぁ私が代わりに……」

「サクラさんは夕飯もまだでしょぉ? 私が入りますからぁ、ゆっくり休んでてくださぁい。じゃぁ皆、おやすみなさいしてねぇ」


 三つ子は口々に「まだ遊ぶ」「ママといる」と文句を言っていたが、カントの大あくびをきっかけに眠くなってきたらしい。意外と素直にロンドの後ろをついて行った。


「おやすみなさい、明日は朝ゆっくりの日だから遊ぼうね」

「うんー、ママおやすみー」


 オルレリが目を擦りながら手を振って、子ども部屋へと向かって行く。頭でもぶつけないかとハラハラしてしまった。

 クロは「まだ眠くないのだが」と文句を言っていたが、その目は私の手の中にあるお菓子の袋に向けられている。


「早寝早起きの子にだけあげます」

「……寝る」

「おやすみ」


 不満気にクロも子ども部屋へと向かっていった。脱走してイオーラ達の所でお菓子を貰いに行かないように、ロンドには気を付けて頂きたい。


 賑やかだった玄関が、一気に人気が無くなってしまい少し寂しさを覚えていると、


「お疲れ」


 と低い声が私を出迎えた。いつからそこにいたのだろう。それにしても帰宅しただけで仲間達全員に出て来て貰えるとは思わなかった。

 

「ただいま、ドン。みんな部屋に行っちゃったよ」

「ん? アルク達もか?」

「うん」


 ドンは私の答えに、「ふーん」と意味ありげに笑って私に顔を近づけた。彼の服から、日の香りがする。今日は一日快晴だったので、きっと大量に洗濯をしたに違いない。

 途端に、一日働きづめだった自分の匂いが気になってきて、私は彼を手で押し返した。


「……ネフカロンの人達は通るかもしれないから」

「別に通ったからってどうと言う事も無いだろうが。隠す事でもねぇし」

「そうだけど……でも子ども達には言ってな……ん」


 言いかけた私を、彼はキスで黙らせてくる。先日、互いに想いを伝えあってから、子ども達のいない隙を見計らってはこうやってスキンシップを取ってくるようになった。

 正直かなり嬉しいのだが、同時に恥ずかしさがこみ上げてきてくらくらする。


「……もう」

「誰も通らなかったからいいだろ? それと、あいつらに言って無いのは……まぁ、アルクがな……」

「アルクが何?」


 私の質問に対し、ドンは顎に手を当てると「……多感な年頃だから」と、呟く様に言った。なるほど、アルクやイオーラは思春期真っただ中だ。身近でこういう関係があると知れば気になってしまうかもしれない。下手をすれば嫌悪感も持つ可能性もあるだろう。


「ま、そのうち言わなきゃなんねぇだろうけどな」

「うん」

「とりあえず飯食えよ、運んでくるから」

「い、いいよ。自分でするから」


 調理場に私の食事を取りに行こうとしてくれるドンの腕に、思わず私は腕を絡めた。卸したばかりの夏服を身につけているため、素肌が触れ合う感覚に思わず小さな悲鳴を上げてしまう。


「バレるとすればサクラのせいだと思うぞ、俺は」

「ううぅ……」


 耳まで熱くなってくるのを実感しながら、私はドンと連れ立って調理場に向かう事にした。


 慣れない仕事に右往左往しながらも、もはや家族の様な仲間達と温かい生活を送っていて、想い人とも近くに居られる――――幸せだった。


 しかし、もうすぐまた離れなくてはならなくなるのだ。子ども達もその不安を薄々感じ取っているのだろう、一段と聞き分けが良くなってしまった気がする。時間を見つけて、もっと甘やかしてあげなくては……私は、そんな思いを抱いていた。



「……にしても、今日は暑かったな。もう夏か」

「そうだね……」




 時間の経過が今はただ怖い。

 しかしそれでも、掴むべき未来は困難の先にあるのだ。しっかり、前を向いていたい。




 




 四章はこれで終了です。

 五章までの間しばらくは、外伝を更新します。

 本編の更新は少し遅くなるかもしれませんが、お待ち頂ければ幸いです。


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