21話 お茶会後
その日は、私と孤児院の子ども達は伯爵の屋敷に宿泊する事になった。街の中に子ども達を連れ出せないからだ……が、もしかすると人質として滞在させられているのかもしれないと言う思考に至り、つい胃薬が欲しくなる。
勿論私達だけで滞在するわけにはいかない為、ドンとロンドも一緒に泊まってくれる事になった。マリオは王女や伯爵に聞いた話を一度宿にいる他のメンバーのところへ伝えに行き、また屋敷へ戻って来た。夕方には再度宿へと向かいそっちで寝るらしい。
午前中に行われたお茶会の後、昼食を屋敷でご馳走になった。子ども達は村では出た事のない豪華な食事に終始テンションが上がりっぱなしで、後から吐くのではと心配する程の量を胃に詰め込んでいた。
「ママ……おトイレ……」
「んもう、こっちこっち」
案の定ウルヒムはお腹を壊してしまったらしく、薄緑の肌を青ざめさせてトイレへと向かって行った。私はクロとキルンを抱えながら、彼がトイレから出てくるのを待つ。
「ママ―……いるー……?」
「いるよー。大丈夫? 痛くない?」
「ちょっと痛い……けど、平気ー……」
「本当?」
「うん……だってオレ、お兄ちゃんだもん……」
「偉いよ。ママここにいるから、辛くなったらちゃんと言ってね」
「うん……」
声を震わせながら一人でトイレに籠り続けるウルヒムにエールを送りつつ、私はトイレの前で赤ん坊を抱えたまましゃがみ込んで、先ほどのお茶会での会話を思い出していた。
いや、会話と言うよりは王女によるワンマンショーか。ドンですらあの雰囲気に飲み込まれた様な気がする。今、彼は何をしているのだろうか。
「サクラコ」
「……クロ。どしたの」
もはやあまり驚かない。突然に、魔王であるクロの声が響いてくる。
「王女からの申し出……ドンは受けると思うか」
「さぁ……私には分からないよ」
「分からない? そんな事でどうする。これはサクラコにとっては命運を分けるほどの選択だが?」
「そう、かな」
「はぁ……もしもドンが探りを入れて来たら伝えておくが良い。お前は、我と先に契約を結んだのだ、と。いいな」
「……わかったよ」
私が答えると、魔王の方のクロの声は聞こえなくなる。赤ん坊のクロはたまにしか声を出さないが、このか細い声があんなに低くなるのかぁと複雑な思いを抱く。
「ママー、一人でなにしゃべってんのー?」
「んー……なんでもなーい。それよりも終わったー?」
「うん」
ウルヒムがトイレから出てくる。私は手洗い場で彼に手を洗う様に声をかけ、元来た道を戻っていく。
私はその時ふと、彼の左手に傷の様なものがあるのを発見した。
「あれ、どうしたのコレ」
「うーん? ああ、マッテオさんの剣の特訓で怪我したんだ」
「あらまぁ……マッテオさんは厳しい?」
「うん! でも優しい時もあるよ。たくさん褒めてくれるし。あ、クロ抱っこするよ」
「ありがとう、落とさないようにね」
「落とさないよぉ~」
ウルヒムはクロをあやしながら抱きかかえて歩いてくれる。
マッテオはきっと良い先生なのだろう。彼に師事するようになってからウルヒムは一層逞しくなり、しっかりと話すようになった。ゴブリンの成長は本当に早い、がそれにはやはり必要な出会いや経験が伴っていてこそなのだろう。
「あ、サクラさん。ウルヒムはお腹大丈夫?」
「うん、もう平気!」
「よかった……リーダーが中で一度全員に話があるって」
今日宿泊する部屋に帰る途中、廊下でマリオが待っていた。ウルヒムが駆け足で近寄って行き腹の調子が戻った事を伝えると、髪のない頭を撫でて貰って嬉しそうに笑う。
マリオはつい最近までゴブリンが怖い怖いと怯えていた事が嘘の様だ。
扉を開けて、部屋の中の仲間達と合流する。
「おう、来たな。チビ達はそっちで遊んでろ」
「……今後の方針について?」
「そうだな。まぁ……担当直入に言うが、王女の依頼はとりあえずケリクツトまでの護衛のみ先に受けようと思う。反乱軍がどうたらって話は、道中に決める。現状、あの話を鵜呑みにするのも怖いしな。本気なのかどうなのか……」
ドンはテーブルの上であぐらをかきながら顎をぽりぽりと触っている。子ども達の前であまりにも行儀が悪いので、私は椅子に座るように注意をした。彼は「へいへい」とぼやきながらテーブルから降りる。
「クロから伝言。先に契約したのはこっちだってさ」
「――そうか。……分かってるよ」
魔王からの言付けをドンに伝えると、彼は赤ん坊のクロの顔を見て苦笑した。
その横で、ロンドがおずおずと右手を挙げる。
「もしも王女様が言っている事が本当でぇ、計画に“乗れそう”ってなった時はぁ、どっちの契約を優先するんですかぁ?」
ロンドの言う事はつまり、『カッサ王国と戦争』をするにあたり『魔王を筆頭に魔王軍を率いて仕掛ける』か『エミーリ王女を筆頭に反乱軍の指揮をとって仕掛ける』かどちらを選ぶかと言う事だ。
「僕の意見だけど……もしも魔王軍として戦争に勝利したとしても、民衆は付いてこないんじゃないかな? 侵略者としての扱いを受ける事になると思う」
マリオが椅子に座りながらそう口にした。――確かに、それはそうだろう。一体どこの国民が、魔王やそれに従う者たちをいつまでも国内に留めておきたいと思うのか。
「つまり、マリオさんはエミーリ王女と契約を結んだ方がいいと」
「そうだね。前に立つのが正統な王位継承者なら、カッサ国内の民衆だって味方につける。王国軍の中から鞍替えしようと思う者も出るだろう。カッサと戦争をするのなら、僕はエミーリ王女に付くべきだと主張するよ……そしてこれは、宿に滞在しているニーナや他の仲間達との総意でもある」
「なるほどな……あいつらも王女側か」
マリオの言葉にドンは小さく頷いた。そして「しかし……」と続ける。
迷いの原因は分かり切っているのだ。
「魔王との契約を破棄しないといけなくなる?」
「そうだサクラ。お前も見ていたが、俺と魔王はガッツリ契約を結んじまってる。それを破棄するのはかなりリスクがある……まぁ出来なくは無いが……フッ。後が怖い」
私はクロの顔を覗き込む。ぼーっと天井を見ている様で、私と目線が合う事も無い。しかし恐らく、彼の中の魔王はこの話を聞いている事だろう。
「ケリクツトまでは船で移動だそうだ」
「船ぇ……ですかぁ……」
「ああ。スヴェルミ卿が言ってただろ。伯爵が面倒を見てる他種族の奴らもケリクツトに連れて行って欲しいって。結構人数がいるみたいだし、国境付近は王国軍の関所を越えていかないといけないからな。海から回った方が早いらしいぞ」
「私ぃ、船苦手なんですよねぇ……」
ロンドが青い顔をしながら明後日の方向を見ている。船酔いが激しいタイプなのだろう……。
船旅の期間は約二週間あるらしい。それを聞いてロンドは益々ゲッソリと肩を落とした。
「船旅二週間の間に王女の真意をもう一度確かめる。それから『不滅の灯』がどっちの立場に付くのかを決めても遅くないだろう」
「まぁ、スヴェルミ卿の依頼は聞いてあげたいしね。いいんじゃないかな」
ドンの提案にマリオも賛同の様だ。
なんでも、スヴェルミ領で他種族を優遇していると言う噂が王都まで伝わってしまっているらしい。近々調査が入るだろうとの事で、伯爵は彼らを逃がせる人員を探していたそうだ。
「ケリクツトには受け入れの準備があるらしい……まぁ、カッサの姫君の身柄を預かれるんだからそれくらいはな」
「交渉のカードとしてぇ、あまりに大きいですからねぇ……」
ロンドのため息交じりの言葉が部屋の中に余韻を残す。ゴブリンの子ども達は部屋の隅でやけに大人しく遊んでいる……と思ったら、大人の話が難しすぎたのだろうか、いつの間にか眠っていた。彼らの傍で一緒に遊んでくれていたアルクとイオーラは、こちらを眺めながら肩をすくませた。
「よし、じゃぁ決定だ。夕食会の席で今の内容を伯爵に伝える。最短でケリクツトい向かうぞ、いいな」
異論は無い。私達はそれぞれに返事をした。




