20話 お茶会②
蓄えられた白髭を優雅に撫でながら、スヴェルミ卿は語る。
「……私は、この国の在り方に疑問を抱いておる。ニンゲンだけが覇権を握り、それ以外の種族は虐げられる……同じように知性を持ち合わせている彼らを、“自分達と違う”、それだけの理由で排除する……そしてそれを、外へ外へと広げようとしておる。それは今に、中立国ケリクツトを飲み込み、多種族連合国を飲み込み、この大陸全土を火の海に変えるだろう……」
子ども達はクッキーやケーキを口いっぱいに詰め込みながら、その話を聞いていた。恐らく何を言っているのか、ほとんど理解をしていないのだろうが……何か、笑い事で無い事だけは伝わったらしい。ウルヒムは決まりが悪そうに、握っていたデニッシュを皿に戻して手を膝の上に置いた。
「……カッサはおかしい。この世界を征服するまで、戦い続けるつもりなのか」
ドンの呟きに、その場にいた全員が俯いた。
私にはまだ分からない……だが、昨日の戦闘で感じた、肌がヒリヒリと焼けていくような感覚。誰かがどこかで死んでいる、実感。目の前で息絶える兵士、そして彼に息絶えてくれと願ったのは、紛れもなく自分なのだ。
そんな苦しみが、この国では何百年も続いている。表面上は戦争は終わっていても、カッサ王国は“ニンゲンでない種族が自由に生活をしている”と言う理由だけで戦いの手を止めようとしないのだ。
何故だろう。
「呪いですわ」
「!」
その時、スヴェルミ卿の背後の扉から、桃色のドレスに身を包んだ可憐な少女が姿を現した。美しいブロンドの髪と透き通った海を思わせる青い瞳、何よりも彼女の纏った空気が、この場にいる誰よりも高貴な存在である事を知らしめている。
「エミーリ王女ぉ……?」
ロンドが、信じられないとでも言う様に、口を押えてそう呟いた。
すると、その少女は両手でドレスの裾を摘まむと軽くスカートを持ち上げ、腰を曲げて頭を下げる。
「いかにも、カッサ王国第一王女、エミーリ・ル・カミングですわ」
一体何の話をしているのか初めは理解出来ずにいたのだが、マリオとロンドがガタンガタンと大きな音を立てて椅子から転げ落ちて慌てて礼をしている姿を見て、私もそれに倣う。……この少女は今、何と言った? カッサ王国第一王女……王女?
「……えぇっ、王女様!?」
「おい、うるせぇぞ」
「ドン、だ、だって……え? 知ってた?」
「いや? ……だが、伯爵からの贈り物の中に入ってだろ、メッセージカード。情報を渡されるだけかと思いきや、本人の登場だったか」
前回の訪問の際に貰ったブローチ。それが入っていた箱の中に「エミーリ・ル・カミング」と書かれた紙が入ってはいたが……だからって、ここで会うとは予想していなかった。しかし、何故ここに。と言うか、何故私達の目の前に。
「事情があり、今はこのお屋敷に匿って頂いていますの……先日皆さんがお見えの時に、少し見つかってしまいましたが」
王女は、ぺろりと小さく舌を出した。それはまだ年端もいかない少女の仕草そのものだが、纏っている気品とのギャップで私の頭は混乱を極めた。
「ママー。おうじょさまって、おひめさまってこと?」
エルが私のブラウスを引いて見上げてくる。お菓子を目撃した時よりも、一層瞳がキラキラと輝いている様な気がした。
「そ、そうだね」
「わー!」
「おひめさま! すごーい!!」
エルとオルレリは手を取り合ってきゃいきゃいと体を揺らしながらはしゃいでいる。“お姫様”の響きに女子が弱いのは、年齢種族関係無いらしい。
マリオは目を白黒させながらエミーリ王女とスヴェルミ卿に問う。
「しかし、その……エミーリ王女がどうしてここに……僕達に何か御用でいらっしゃいますか?」
「そうだね、君達には私から……そして殿下から依頼をしたいと思っているのだ。さあ、殿下はこちらの椅子に」
「ええ、ありがとうスヴェルミ。皆さんもお掛けになって」
エミーリ王女は椅子に座ると、優雅にティーカップを持ち上げてお茶を飲み始めた。私とロンド、マリオはなるべく音を立てないように椅子に座り直す。「何してんのよ、いい大人が」とイオーラから小言を言われたが、急に目の前に王女が出てきたら誰でも驚くと思う。仕方がない事だろう。
「それで、依頼とは?」
「うむ……『不滅の灯』の君達には隠す必要はないだろう……さぁ、来なさい」
スヴェルミ卿は壁際で待機しているメイド達を近くに呼ぶ。前に出て来た事で気が付いたが、彼女達は全員帽子やマスクで顔の一部を隠している。その中には先日アルクが「エルフだ」と指摘していた女性もいた。スヴェルミ卿が「外しなさい」と指示すると、全員が私達の前に素顔を晒す。
「!」
アルクやイオーラが前のめりになって彼女達の素顔を見つめた。ちゃんと数えてみれば七人……七人のメイドは、エルフが二人、獣人が四人、そして最後の一人は顔の半分が鱗の様なものに覆われている。後程アルクに聞いたところ「竜人族の末裔かもっす」との答えが返ってきた。
「この子達だけでは無い。この屋敷にはまだ地下があって、大きな工房もあるのだが……そこには何十人もの他種族達が働いている。……勿論、彼らは奴隷ではない。私に雇われ、陶器やガラス細工を作り、商人が他の街で売る。売った金は彼らの給料として支払う……ただ、自由に外に出る事は出来ないから、使う機会は少ないだろうがね」
スヴェルミ卿は肩を竦めながら笑った。隣に座るエミーリ王女は彼を見て小さく微笑んでいる。そして私達に向かって口を開いた。
「わたくしは信頼できる側近から、スヴェルミ領の噂を耳に致しましたの。そして……城を抜け出しました。カッサ国王……父からこの国を奪うために」
「お父上から……?」
マリオは訝しげに聞き返す。王女はこくりと頷いた。
「この国に蔓延している“種族差別”。……わたくしの目的は、カッサ国が歴史の中で奪ってきた領土を自治権を本来の民である方々にお返しし、“ニンゲン至上主義”の体制を終わらせることですわ」
「…………本気か?」
「あら、ドン様はわたくしの話が信じられませんか?」
「種族差別を推しているのは、今も昔も王族。王女殿下の話とは言え、簡単に信じるわけにはいきませんね?」
「……では、これをご覧になって? わたくしの立場を証明してくれると良いのだけれど」
王女が胸元から取り出したのは、光沢のある石に刻印が施されたネックレス。ドンはそれを受け取りまじまじと見てから、苦虫を嚙み潰したように笑った。
「殿下はハネプ教徒だと……それが証明になると?」
「ええ。ドン様は聡い方だとお見受けしておりますわ。……それで、納得して頂けますね?」
「……いいでしょう。とりあえず、今の所は」
ドンは王女にネックレスを返した。私があまりに「?」を浮かばせていたからだろう、マリオとロンドがフォローに入る。
「カッサは元々ぉ、契約の神ハネプ様を祀っていのですがぁ……今の国王の代になってからはぁ、国中の教会を取り壊していてぇ、神父様達も次々と処刑されているんですぅ……」
「ニンゲンが剣か魔法かのどちらかしか使えなくなったのはハネプ様のせいだ、現国王がお触れを出してね。国民は皆、改宗を余儀なくされている……特に王都ではそれが徹底されていて、異教徒は見つかり次第……処刑台だ」
私は驚きで次の言葉が紡げなくなる。それも聞こえていたのだろう、王女は深刻そうな表情で「その通りですわ」と続けた。
「カッサはこれまで、国内の他種族の方を迫害し続ける事で国を大きくして参りました。しかし、中立国ケリクツトや多種族連合国との戦争を望まないニンゲンも多く出てきました……そこで父は国を一つにまとめる為にも、“ニンゲンに枷を課した神”を葬り、もう一度“ニンゲン至上主義”の考えを国民たちに植え付けようとしているのです」
真っ直ぐに前を向いて話す王女に、先ほどから表情が曇っているドンが口を挟む。
「それで、王女様は我々に何を依頼したいと……?」
言葉の端に棘の様な物を感じる。ロンドが流石にドンの態度が気になったのか、「ちょっとリーダーぁ……」と心配そうに声を掛けていた。
しかし当の彼女はにこやかな笑顔を崩さぬままその場に立ち上がり、自分の胸に手を当てて言った。
「……わたくしを、中立国ケリクツトまで送って頂きたいのです」
「何だと?」
ドンも椅子から立ち上がる。その勢いで椅子は真後ろに倒れ、部屋には衝撃音が響き渡る。
その音にも王女は臆する事は無い。――王女は私から見た限り、十三、十四歳辺りの年頃の少女に見えるのだが……生まれ持った資質なのか、成長する過程で身につけたものなのか……。
「ケリクツトの使者様から、わたくし……そしてこのスヴェルミ領の他種族の皆さんを保護したいと申し出がありましたわ」
「! ……殿下はそれを飲まれたと言うのか?」
「ええ、ドン様。そんな事をすれば戦争のお飾りにされる……そうおっしゃりたいのでしょう? そんな事はわたくしだって百も承知ですわ。戦争のお飾り。結構な事じゃありませんの」
「本気で……?」
わなわなとドンが震えている。彼が感情を露わにするのは珍しい事だと思った。この少女が発する言葉には、確かな重みがある。本気で“自分が戦争の道具になればいい”と思っているのだ。私にもそれが伝わってきた。
「そこで、わたくしとスヴェルミからの依頼ですわ。……出して差し上げて?」
「はい、殿下」
スヴェルミ卿は椅子から立ち上がると、私達に重厚そうな箱を差し出してきた。彼がその蓋を開けると、中から出て来たのは一枚の紙。そう、紙だ。だが、私は知っている。その紙ぺら一枚が、この世界ではどんなものよりも価値があるという事を。
ドンはその紙を手に取り目を通す。そして、「ハッ」と笑った。
「……なるほど。それで」
「ええ。それで」
「…………『不滅の灯』はケリクツトまで王女殿下、そしてスヴェルミ領の他種族達を護衛する……そして、護衛が終了した暁に……」
王女は目を三日月形にして笑った。先ほどまでの微笑みとは、質の違う笑顔だ。
その表情を確認しつつ、ドンは続きを読み上げる。
「エミーリ・ル・カミングの名の元に、正式な『カッサ王国反乱軍』を立ち上げ、全指揮権を『不滅の灯』代表に譲る……」
ドンは、笑っていいのか困っていいのか分からないと言わんばかりの表情でその紙から顔を上げる。そして、不意に私と目が合うと、そのまま私の抱きかかえるクロの顔へと視線を下ろし、すぐに逸らした。
そして王女は花のような可憐な笑顔で「ええ、書いてある通りですわ」と口にし、私達は混乱に包まれた室内でしばらく口を閉ざしていた。




