19話 お茶会
朝日を浴びてガタゴトと揺れる馬車。
馬車の中には、私とクロ、そしてゴブリンの子ども達が乗っており、馬はマリオとニーナが交代で操ってくれている。
襲撃に備えて、ドンが馬車は隠していてくれたため、戦闘後は難無く移動する事が出来ている。
「もうすぐ着くからね」
「ほんとー?」
「もうつかれたー」
マリオがこちらを振り返って笑うと、オルレリとカントが馬車から身を乗り出して先の景色を見ようとしたので、私は「危ないよ」と言って彼らを荷台へと戻した。
二人は不満げに唇を尖らせる。その様子が可愛らしくて、私は思わず微笑みが零れた。
深夜の戦闘から丸一日が経った。
北の森の中で、アルクとイオーラをクロの助けを借りて召喚し、何とか窮地を脱した私達。イオーラの口にした「タイミングが良いんだか悪いんだか」の意味とは、私が魔法を使わずとも、彼らがもうすぐそこまで来てくれてたと言う事だった。
森に現れた十三人目の兵士――何故それをクロが感知していなかったかと言うと、その兵士が一時的に“戦闘不能”の状態にあったからだ。北の森で戦闘を行ったニーナ、マッテオ、テヒングの三人は、北の森の兵士が西入り口の兵士と合流をした際は不利と見て木陰に隠れていたらしいのだが、テヒングは、十三人の兵士達が教会へ特攻を仕掛けたタイミングで、背後から“幻覚魔法”をかけたらしい。
“幻覚”の魔法を受けた兵士は、森から出る直前にパニックに襲われ、戦線を離脱。正気に戻った後、私の足跡を見つけて追って来た……と、言うわけだ。
私の離脱後に、北の森の三人は入れ替わるように教会のメンバーと合流。そこでテヒングが魔法をかけた兵士の行方が分からなくなっている事に気づき、地下から上がってきたアルクとイオーラを始め、何人かの仲間が私達を助ける為に探してくれていたらしい。
「流石にダメかと思ったよ~」
「あのさ……魔力が切れる事くらい自分で気づけないわけ? 大体クロの話を簡単に鵜呑みにしてチビ達ばっかり呼んでたけど、途中で護衛のためにアルクか私を呼んでくれればいいのになんでそうしなかったわけ? 別にウルヒムくらいだったら残った一人が守りながら脱出出来るんですけど? ていうかまず自分で自分の身を守れるように投げ物だとか魔法具だとかの準備はしてこなかったの? そもそも直前にリーダーにその指輪貰って無かったらアンタ最初の一発で死んでるんだからね? あとさ」
「イオーラもう止めろよ、サクラさん目が死んでるよ」
私が能天気にヘラヘラと笑っているのがさぞかし気に食わなかったのだろう、イオーラの愚痴は移動中も事あるごとに飛んできた。そして今日はとうとう「俺達あっちの馬車に乗ろう」とアルクに回収されたのだった。
寂しい様な、正直ホッとした様な。
肩の傷はまだ少し痛むものの、子ども達の元気な姿を見ていれば癒されてくるような気がするから不思議だ。
「カユは……大丈夫かな」
「……そうね」
馬車を操るマリオがボソリを呟き、隣に座るニーナが顔を俯かせた。
人数が多いため、三つの馬車に分かれて私達は進んでいる。
剣士だが弓も使え、先の戦闘で活躍してくれていたカユは、私が離脱した後に教会での戦闘で大きな傷を負った。リュナウドが回復魔法をかけて一命は取り留めたものの、今もその傷は完全に塞がってはいない。
一刻も早く、スヴェルミ領の医者に診せてゆっくりと休ませたいのだが……難無く領内の街に入れるだろうか。それが問題だ。
「リーダーが話しをつけてきてくれるといいんだけどねぇ……」
「マリオさんも付いて行った方がよかったんじゃないの?」
「いや、馬の数に余裕が無いし、一人で行って貰った方が早いからね。伯爵との話も、風向きが悪くなった時にリーダーだけなら楽に出て来られるだろうし……ん? 噂をすれば……あれ、リーダーじゃないかな」
「えっ、あ、本当だ」
マリオと私が話していると、正面から馬に跨ったドンが向かってくる。
ニーナが「随分早いわね」と声を掛けた。
「ああ。……チビ達は他荷物の陰に隠れておけ。もし狭かったら他の馬車に移動しろよ……多分難無く入れるが」
「はーい」
「荷物検査とかあるんじゃないの?」
私がそう訊ねると、ドンは肩を竦めて笑った。
「伯爵サマにどの程度情報が渡ってるのかは不明だが、こっちにニンゲン以外の種族がいるのはお見通しだ。その上で領内に入れてるんだ、直属の部下が荷物検査を担当するに決まってる。ゴブリンでも人狼でも見て見ぬふりを貫くだろう」
「何を話してきたの?」
「大した事は話していないが、あちらさんは俺達が訪ねてくる事がお見通しだったみたいだぞ。もしかすると、前回の来訪の後につけられていたのかもな」
あのタヌキ親父、と最後にドンは付け加えて、あと二つの馬車にも同じように報告しに行った。
マリオとニーナも、話が掴めないと言った雰囲気で首を傾げている。
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そして、ドンの言う通り、大した検査もされずにスヴェルミ卿がいる街に入る事が出来た。
荷台のチェックをされている間、子ども達には顔を出さないように口を酸っぱくして伝えてはいたが、ちょっとした物音などは外にも伝わってしまった気がする。キルンに至ってはまだ静かに、と言った所で分からないので、「ぷぎゅー」と声を上げていた。それでもわざわざ中を見る事はされなかった。
「宿の手配は先に済ませたから、まずはそこに行け。医者も近くにいるらしいし、カユを先に診てもらって他の奴らもそこでしばらく休んでろ。特にリュナウドな。……俺に付いてくるのは、マリオとロンド。後は、他の種族の奴らは宿には入れないから一緒に伯爵の屋敷に向かう。サクラはチビの引率だ、いいな」
ドンの指示に従って、マリオ、ロンド、私、そして孤児院のメンバーは伯爵の屋敷に向かう事になった。子ども達は貴族の屋敷に行くのは初めてなので、目をキラキラと輝かせている。
「馬車から降りれるかは分かんないんだよ」
私はそう釘を刺したのだが、三つ子は全く聞く耳を持っていない。ウルヒムですら「美味しい物食べられる?」とそわそわして落ち着かない様子だ。
「もう」
そして、伯爵の屋敷に到着する。執事と思わしき人が馬車に近づいて来て、質の良い布で作られたローブを何枚か手渡して来た。
「お連れ様にそちらを身につけて頂けますでしょうか」
お連れ様、とは……と、私はその言葉の意味を測りかねたが、ドンが「孤児院のやつ全員に着せて、馬車から降ろす」と指示を出してきたのでそれに従った。
やはり、スヴェルミ卿は……全て知っているのだ。
「こちらです」
私達の準備が出来次第、執事が部屋を案内してくれる。前回通された応接間とは違う場所に連れて行かれるらしい。
階段を降りて行ったので、恐らく地下室に案内されるのだろう。
「ドン……」
私は前を歩く彼の服を摘まんだ。――私も一緒に行っていいのだろうか、何かあった時に脱出させる為にも外で待機していた方が……そう思ったのだが、彼は「大丈夫だ」と言う様に小さく頷くのみだった。
「ごちそうのへやかなぁ」
「おなかすいたねぇ」
「ママつかれた、だっこ」
エル、オルレリが嬉しそうに手を繋いで話し、カントは私に両腕を差し出してくる。手を上げると、いくらサイズが大きいローブでも、袖口から緑色の手がしっかりと見えてしまう。
「ママ、クロを抱っこしてるからなぁ。もうちょっと頑張れる?」
「えぇ~」
「カント、俺が抱っこしてあげるよ」
「えっほんと? アル兄ありがとう」
カントは太陽の様な笑顔でアルクに飛びついた。疲れているようには全く見えない。
「おい、静かにしろ」
地下に降り、廊下を進んだ先にあった装飾の施された立派な扉の前に案内される。執事がノックをし、「お連れしました」と中にいるであろう伯爵に声をかけた。
「お入りなさい」
先日聞いたものと同じ声がして、その後執事によって扉が開かれる。
「皆さん、長旅ご苦労様。ドン君には二度手間で済まないねぇ」
「いえ、あいつらを街中に連れ出すわけにいかないんで、助かりました」
中にいたのはもちろんスヴェルミ卿。ドンと二、三話した後は、嬉しそうに目を細めて子ども達を見ている。
「あの……」
「ああ、すまないね。……皆さん、ここでならローブを脱いで貰って構わないよ。私は、君達がニンゲンではない事を知っているから」
びくりとローブを着ている子ども達が体を硬直させている雰囲気が伝わってくる。先駆けを切ったのは、先日もこの屋敷に来た、アルクだった。
「……どうもっす」
「やぁ、君はこの間も来てくれていたよね」
「! 気づいてたんすか」
「……こちらには、君と同じように鼻のきく子がいるんだよ。……さ、他の子達も暑いローブは脱いで、椅子にお座りなさい。お茶とお菓子を出そう」
“お茶とお菓子”……その単語を聞いて、ウルヒムと三つ子は私の方をガバッと見上げた。灰色の瞳が爛々と輝いている。……とにもかくにも、初めに私の許可を取ろうとしているのをしっかり褒めるべきだろう。
私はまたドンをチラリと見やる。彼もテーブルの方へと歩みを進めているところで、私の視線に気が付くと「座れってよ」と意地悪そうに言った。
「……ローブを脱いで、私に“どうぞ”が出来た人から座ろうね」
「! はぁ~い!」
子ども達は我先にとローブを脱ぎ捨て――床に落としたローブに投げる私の視線を見て拾い上げ――順番に私に手渡してから椅子に座った。何故かイオーラまで私にローブを渡してくる。
装飾も入っている立派なローブを返した方がいいのかと思っていると、スヴェルミ卿から「プレゼントの一つだと思ってくれ。これからも使う機会はあるだろう」と温かい言葉を掛けられた。私は「ありがとうございます!」と頭を下げる。
「さぁ……お茶は行き渡ったかな? 」
スヴェルミ卿はテーブルにつく私達を見回し、満足そうに微笑んだ。
「『不滅の灯』の皆さん、改めて……ようこそ、私の屋敷へ」
お茶会の始まりだ。




