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15話 答え

 ツフト共和国に戻り、二年の月日が過ぎた。


 成長の早いゴブリン達はすっかり大きくなり、とうとうキルンも彼らで言うところの成人を迎えようとしていた。離れる事になった仲間達だったが、アルクは長い休みの度に顔を見せてくれるし、イオーラとクロも事あるごとに訪ねて来る。ロンドは故郷に戻ったまま穏やかに生活しているがマメに連絡は取っている。ソマラン王国の電話技術が、今や大陸中に広まりつつあるのでとても便利だ。


 ウルヒムは、キルンが成人したら屋敷を出て、自分の父が頭領をやっていたゴブリンの集落を訪ねるらしい。三つ子はツフト国内でそれぞれ仕事を見つけて働いている。

 ドンは……未だにカッサ王国でエミーリ女王の手伝いを継続中だ。ちょこちょこと会ってはいるが、これからどうしていくのかは未定である。すっかりお姉さんになったエルに「リーダーとはまだ続いてるの?」と心配されてしまった。一応恋人関係は継続している……つもりだ。




 今日も朝から晩まで働いた私は、ベッドに顔からダイブした。シスター・ペルフェの人使いの荒さは、ここ最近磨きがかかってきている気がする。しかし従業員への気配りは忘れないし、福利厚生は悪くないときたものだから文句も言えやしない。

 疲労から重くなる瞼に逆らえず、私は睡魔に頭と体を預ける。



 ――その深い眠りの中、ひたすら真っ暗な空間に私はやってきた。

 足の裏が地面に付いているのかさえ分からない。ふわふわと落ち着きない暗闇だが、ここに呼ばれたのは三度目とあって私は落ち着きを払いながら宙へと目を向ける。

 そこには、光る羽を背中に生やした、美しく愛らしい小さな少女の姿。


「……メルキュール」

「もう、驚かないのね」

「そりゃね。……それで、何の用?」

「貴女が世話をしていた一番小さい子がそろそろ手が離れるでしょ? ……これで、一番最初の契約は終わり。それを伝えに来たの」


 ああ、と私は頷いた。そもそも私は、あの子達の面倒を見る為にこの世界に呼ばれたのだった。キルンが成人する時点で、私の本来の仕事は終了。メルキュールはそれを教えにきたらしい。

 つまり、本来であれば今日でこの世界での滞在は終わる筈だったのだ。


「私、永住権を貰ったの。……知らない?」

「知ってるわよ。ただ……手続き上、貴女に会える最後の機会だからね。折角だから顔くらい見ていこうかなって」

「そう……そう言えば私、メルキュールに聞きたい事があったんだ」

「なぁに?」


 私が薄く光る彼女の体を手の平の上に乗せてそう言うと、彼女は可愛らしく首を傾げながらこちらを見上げてきた。初めて出会った時と、全く変わらぬ姿のまま。





「貴女が、黒幕よね?」

「……」





 私の言葉に、メルキュールは私の手の上で羽を揺らしながらこちらを意味ありげに見ているだけだ。『続きを話せ』とでも言いたいのだろうか。


「……この世界を守るためのシステムは、ほぼ“やらせ”。ドンが貴女に頼んで召喚する筈だった鷹村刀次は、“勇者”としてこの世界に訪れる事になる……いつ選ばれたのかは知らないけど、それは決定事項だった……そして、召喚を担当するのは貴女……だから、“勇者”を『不滅の灯』側に呼ばない様に小細工出来るとすれば、神以外には貴女しか考えられない」

「なら、『神の仕業ではない』と言う根拠は?」

「神の力が信仰心と同等なら、人の暮らしが脅かされる事は避けたいでしょ。自分の首を絞めるような事をするとは思えない」

「ふーん……」


 きらきらと輝くブロンドの髪を細すぎる指に絡ませながら、メルキュールは唇を突き出している。今度は彼女から喋らせようと思い私が黙っていると、彼女は可憐なウインクを一つ寄越して笑った。


「正解よ。……って言っても、“黒幕”だなんて仰々しいものじゃないわ。私程度の力で、神たちにどれだけ対抗できるか見てみたかっただけなのよ」

「……」


 悪びれずに口にしたそのセリフに、私は閉口する。

 『不滅の灯』とゴブリン達の密会を王国軍にリークして失敗する様に仕向けたのは、間違いなく目の前の小さな妖精だろう。下手すれば任務に失敗したと言うアルクの両親の死にも関わっているかもしれない。――彼女は『不滅の灯』の勢いを削ぎ、ドンが“勇者”以外を召喚したがるように誘導した。メルキュールはドンの心を折るつもりだったのだ……“戦力”を求める気が起きない様に。実際には彼は心を折られる事は無く、それでもメルキュールの思惑通りに“戦力以外”を求める事となった。


 そして、本来はカッサ王国で発見される筈だったクロを私の元に預けて、『不滅の灯』を魔王側……つまりは世界の仮想敵に据え置く。しかし実質的な世界の敵はカッサ王国。これでシステムは混乱し、世界の自浄はうまく作動しなくなる。


「でも、実際大成功ね。これでこの世界も貴女のいた世界の様に、神の手が介入し辛くなる。もっと面白い世界になるわ」

「……さぁね」


 聞きたい事は山ほどあるが、私は言及しない事にした。何故なら聞いても胸が悪くなるだけだと分かっていたからだ。


「……ま、私は見る事が出来ないけど」

「え?」


 メルキュールは私の手から離れ、くるくるとその場を踊る様に飛んだ。


「今回の事、とっくに上司にバレてたみたいなの。……上司には迷惑掛からない様にしたつもりなんだけど……」

「そ、それで……?」

「ん? 貴女の契約期間終了のお知らせが終わったら、私は消滅させられる事になってる。今日は、最期のお仕事だったって訳」

「な……!」


 絶望的な言葉を口にしている筈なのに、彼女は楽しそうに飛び回っている。勿論この妖精のしでかした事の大きさを考えれば、彼女の上司――つまり、転移・転生を司ると言う神――がそれ相応の罰を与えなければならないと言うのは理解出来る。

 しかし――。


「やめて、そんな顔」


 メルキュールは眉を寄せながら、私の鼻先に詰め寄った。ふわりと当たった髪がくすぐったい。


「もう決まってる事だし、私はこれはこれで面白いって思ってる。だから、興が醒める様な事言わないで」

「……」

「楽しかったわ。本当に」


 価値観の違いもあって掛ける言葉に悩む私の鼻先に、メルキュールは軽く口づけた。

 そして、暗闇に一筋の光が差す。もう、この空間……そして、妖精ともお別れらしい。



「……さようなら、メルキュール」

「うふ、ありがとう」



 やがて訪れるあまりの眩しさに、私は目を固く閉ざした。

 次いで吐きそうな程の浮遊感に襲われて、『何度やっても慣れるものではない』と心の中で悪態を吐いた。





***





 目が覚めると、すでに朝日は昇っていた。

 敵の様で友人の様な存在が、今頃はその命を散らせているのだろうかと思うと、涙を流さずにはいられなかった。


 その時、私がツフト共和国の屋敷で使っている部屋の窓から叩く様な音が聞こえる。ここは二階だ、外から石でも投げている悪戯好きな子どもがいるのだろうかと思いながら窓に近づくと、そこには一日も忘れた事のない顔があった。


「ドン!? 何してんの!?」

「玄関が開いてねーんだよ。チビ達……もうチビじゃねぇか……他の奴ら起こすのも悪いかと思ってな」


 窓を開けて彼を出迎えながら、『私を起こすのはいいのか』と文句を言いそうになるが堪える。ここ二カ月ほど会えていなかったのだから、下手に喧嘩なんてしたく無い。

 電話のおかげで通信機よりも楽に連絡が取れる様になり、近況は知っているつもりだったのだが、今朝訪れるとは聞いていなかった。

 ソマラン王国での手伝いの後も前触れなくツフト共和国に来ていたし、ドンは案外サプライズが好きなのかもしれない。


「なんで突然来たの? 仕事は? しばらく空けられないんじゃなかったっけ?」

「……逃げ出してきた」

「へ?」

「あんの腹黒女王……俺の仕事の切れ間がなかなか来ないから不思議に思ってたら、わざと厄介な案件を作ってたらしくてな……? あと……」

「あと?」


 どす黒いオーラを放ちながら話していたドンだったが、突然私の顔をじっと見て、そこから先は言い辛そうに口元を落ち着きなく触り始めた。


「……女王の、伴侶候補にって……大臣共が、な? 勝手に……」

「あー、あはは。なるほど」


 エミーリは未だにドンの事を手放すのが惜しかったらしい。彼女の事だから、恋愛感情からではなく国政に必要だと判断し、外堀から埋めてしまおうとでも思ったのだろう。

 バツが悪そうな彼の顔を見上げながら、私は笑う。


「それが嫌で逃げ出してきた訳だ?」

「そりゃそうだ。誰があんなガキと…………ん、いや……そうじゃなくてな、俺は……」

「何よ」


 ドンは「あー……」と溜息なのか呻き声なのか分からない長い声を出すと、頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。


「……悪かった、今回の事は俺が全面的に悪かった……! 目的が達成されて、やる事が急に無くなったから……とりあえずなんでもいいから働かないとって焦って……」


 二年越しの謝罪だ。私は手を腰に当てて立っていたが、ぽりぽりと頬を掻いてから彼と同じ様にその場にしゃがみ込む。翠の瞳と視線を合わせ、朝の爽やかな空気が流れる部屋の中で大人二人が小さくなっている姿は滑稽だなと思った。


「私も、ごめん……ツフトに戻る事、あんまり相談とかしなかったし」

「あんまりって言うか……これっぽっちも聞いてなかったけどな」

「そうだっけ?」

「……そうだよ。まぁ、チビ達にはカッサは住み辛かったよな……悪い事をした」


 確かに、子ども達は皆で過ごせる日を楽しみにしていたのだ。勿論、王都にいた数カ月は一緒にいたけれど。

 ただ、カッサ王国にはドンが必要で、自分達はまだこの国では生活出来ないと言う事を、あの子達も理解はしていた様だった。どうにもならない事は、ある。


「今から取り返したら? ウルヒムが出て行く前に」

「……許してくれると思うか?」

「それは誠意次第でしょ」

「お前は?」

「んー? ……どうしよっかなぁ」


 その姿勢のまま、音を立てて軽いキスを交わす。二年間、会いに行ったり来たりもしていたし、電話で話もしていた。それでも、『いつになったらカッサでの仕事が終わるのか』という話題は喧嘩の元で、気が付けば互いに話題に上げる事すらしなくなってしまっていたのだ。

 その二年分のもやもやが、こんな馬鹿みたいな謝罪とキスで帳消しになるのかと聞かれれば――――正直、なってしまうのだから、私も大概に馬鹿である。


「……皆すっかり大きくなっちゃって。私の仕事、無くなっちゃったよ」

「ツフトでの仕事は?」

「元々、今月いっぱいで終わらせるつもりだったの。……キルンが成人したら、カッサに戻ろうと思ってたから」

「……そうか」


 ドンは私の顔を眺めながら後頭部を弱々しく掻いていたが、やがて意を決したらしく私の手を引きつつ立ち上がった。


「遅くなったけど、約束を果たさせて欲しい。……今度こそ、俺の人生はサクラにやる……と言うか、こんな無職の根無し草だが……貰ってくれるか?」

「なんか締まらないね? 貰うけど」

「お前の言い方だってよ…………くっそ」


 そのまま、荒々しい仕草で彼に抱きしめられる。悪態を吐きつつも私を引き寄せたその一瞬、彼は褐色の肌を耳まで赤く染めていた。


「……結婚してくれ」


 今にも溶けて無くなってしまいそうな微かな声で、ドンは言った。私はそう来ると分かっていたにも関わらず、ふわふわと飛んでいきそうな程の幸福感に包まれる。

 待ち望んだこの言葉に対する返事なんてとっくに決まっていて、迷いなんて無い。


 私は彼の背中に両手を回して強く抱きしめ返すと、


「はいっ」


 力み過ぎて裏返ってしまった声で応えたのだった。







 

 ――完――


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 二次創作以外で長編小説を書くのは初めての事で、その二次創作も十年ほど手付かずでしたが、こうやってオリジナルの小説を完結させられた事はとってもとっても嬉しいです。

 三月に書き始め、あっという間に半年が過ぎました。その半年の中で、よくも60万字も書いたなぁと自分で自分を褒めたくなる気持ちです。


 桜子はこの後、商いを始めたドンと共に各地を転々とします。そして子どもを授かった後、カッサ王国のノゥエル領でようやく腰を据え、子育てをしつつ庶民が通う学校を建設する……そんな未来になります。

 

 やりたい事、書きたい事が多すぎて、自分の力量では全てを文章にする事が難しかったのが現状です。元々は、「ゴブリンのトイレトレーニングとか面白そう」とかそんな適当なきっかけで書き始めたのに(しかもトイトレしてない)、差別問題や革命戦争の割合が大きくなって、当初はコメディのつもりだったのに蓋を開ければオリジナル戦記になっていました。


 最終話に書ききれなかった設定や入れられなかったキャラのその後を少し書いていこうと思います。

 いつ更新するかは未定ですが、その時はまた覗いてみて下さいね!



 ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました!


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