14話 その後
一度場を落ち着けてから、エミーリ王女は城の前に集まっている国民の様子がよく見えるバルコニーへ出て行った。堂々と歩みを進める彼女の姿に、民衆はどちらの勢力が勝利したのかを悟る事となった。
連れ出されたカッサ国王ヴェダルオ一世は、エミーリに負けず劣らず威厳を絶やさぬままで、血族特融の強さを思わせた。そして、反乱軍の将軍を務めるニーナは平らな石材の上に国王の首を抑えつける。
絞首台も、断頭台も使わず、死刑執行人や部下の手で終わらせる事もせず。
エミーリ王女は己の剣を己の父の首に宛がい、狙いを外さぬように丁寧な動きで振りかぶった。
彼女はその時、何かを父に語り掛けたのだろうか? 微かに口元が動いた気がする。
直後舞う血飛沫――それは、全てが終わり、全てが始まると告げていた。
この国は、今この瞬間から変わるのだ。
バルコニーの裏でその様子を見ていた私は、隣に立つ金髪の男の手をそっと握った。彼の悲願が達成された事を喜ぶと共に、エミーリ王女が父を手にかけた姿を見て複雑な想いを抱く。それは、彼も同じ――いや、もっと強く感じている筈だ。
民衆の歓喜の声に、長い長い11月1日の終わりを噛みしめた。
***
「は?」
「……だから、王女に頼まれたんだよ……」
戦いが終結してから一ヶ月が経ったある日の事。未だ王城に世話になっていた私達は、そろそろ住居を安定させようと全員で話し合いの場を設けていた。
その家族会議の序盤に、苦虫を嚙み潰したような表情のドンが発言をしたのだ。
「カッサの立て直しの手伝いって……それ、大臣かなんかの職に就けって事じゃ……」
「それは流石に断った……ソマランでの仕事みたいなもんだ。口出しするだけ。金は出るけど」
「や、約束が違うじゃん! 残りの人生ぜ……」
「ここでその話すんな!」
子ども達の前で決戦の日の朝の会話を再現しようとしたら、無理矢理に口を手で封じられた。約束を反故にされそうな事と、もっと早く言い出せただろうと言う主張で、沸々と怒りの感情が湧き上がってくる。
「なんで受ける前に相談しないの!?」
「仕方ねぇだろ、どちみち稼ぎが無いと食ってけねぇんだから」
「今日はそれも含めて話し合おうって言ってたんじゃなかったっけ? 私の勘違いだったかなぁ!?」
「腹立つ言い方しか出来ねぇのかお前はいつもいつも!」
「す、す、すとーーーーーーっぷ!!」
毛皮を揺らしながら、我が家の長男が私とドンの間に割って入る。彼の泣きそうな表情に、ぜぇぜぇと怒りで息を切らせながらも私達はとりあえず言葉を応酬を切った。
「やめましょ! ね!」
「ほっときなさいよアルク。私、この二人のコレ、見飽きたわ」
「イオーラはもう……。ほら、リーダーとサクラさんは一回落ち着いて座って下さいっす」
「……うん」
私は唇をとがらせつつ、元居た席に腰を下ろした。隣に座っていたウルヒムが「ママ……いつも喧嘩してんの?」と呆れたように呟いたので少し恥ずかしい。
アルクはごほんと一つ咳払いをしてから、恐る恐ると言った雰囲気で口を開き直した。
「俺も……伝えないといけない事がありまして」
「何?」
「……王国兵の一般公募に申し込もうと思ってるんすよ。今月末が締め切りらしくて」
「えっ……そうなの?」
「はい。その、人手も足りないみたいっすし、悪くないかなって」
照れ臭そうに笑うアルクに、私は拍手を送る。
「凄い! ニンゲン以外の種族で王国兵になるのは初めてとかなんじゃない?」
「そうみたいっすね。ま、まぁ……通れば」
「いけるいける!」
アルクは「いやいや」と首を横に振っているが、彼は腕っぷしが強く、真っ直ぐな性格の持ち主だ。先の戦いでの功績もある。贔屓目抜きでも間違いなく通るだろう。
すると、その隣に座っていた銀髪の少女――イオーラが気だるげに手を挙げた。
「私からも報告ー。……私ちょっと旅に出まーす、以上」
「は? なんだよそれ、聞いてねぇよ」
イオーラの言葉に、ドンが思い切り噛み付いた。私もドンに賛同したいところだったが、先程言い争った手前乗り辛い。もしかすると、いつもだったら口出しをするイオーラが私達の喧嘩の仲裁も罵倒も何もしなかったのは、この話題に反対されにくくするためだったのだろうか?
「言って無いもの」
「……旅って、なんだよ」
「自分の出自を調べたいと思って。多種族連合には、エルフばっかりの国もあるんでしょ? 私ってリーダーに拾われた後は、ずっとカッサと戦うのに付いて回ってたから、そろそろ自分の事に没頭してもいいかなーって」
「んな……だ、駄目だ。長旅になるし、一人じゃ危険だろ」
「一人じゃないわよ?」
そう言いながらイオーラはクロの方を指さした。だから人を指すのは止めなさいと何度言ったら彼女は直してくれるのだろう。
それはさておき、私はクロに問いかけた。
「本当?」
「うむ。姉上一人ではどこぞで野垂れ死ぬとも限らんからな」
「何よ! アンタだってのんびり旅がしたいって言ったじゃないの!」
「……」
アルク、イオーラ、クロの怒涛の親離れ宣言に、私とドンは口を半開きのまま言葉を失った。そして、おずおずと挙げられた白い手に、どきりと心臓が跳ねる。
「……ロンドは、どうしたの」
「いえそのぉ……タイミングが悪くなっちゃってアレなんですけどぉ……私は、故郷に帰ろうかなって思ってましてぇ……その後どうするかはぁ、ゆっくり考えたいなぁと……」
「……そっか。そうだよね」
駄目押しのロンドの宣言に、ぽっかりと胸に穴が空いてしまったような気持ちになる。これは間違いなく寂しさからのものだろう。
私は正面に座っているドンの表情を窺った。彼もまたなんとも言えない、散歩を強制終了させられた大型犬の様な寂し気な目で私を見ていた。視線を合わせた後、私達は同時に深い溜息を吐く。
行き先が決まっているのは、良い事だ。
それでも、泣きたくなるのはなんでだろう。
それからの日々は、あっという間に過ぎて行った。
エミーリ王女……いや、女王はまず、無くなったノゥエル領を復活させニーナを領主に任命した。そしてノゥエル領、スヴェルミ領に、元々カッサ国内に住んでいた他の種族を住まわせる事に決定し、今後その範囲は徐々に拡大していくつもりのようだ。
マリオはニーナと正式に婚姻し、ノゥエル家の男主人としてニーナを支えているらしい。
反乱軍にいた『不滅の灯』のメンバーは、それぞれ出身地に戻ったり、王都で仕事を見つけたり、他国へ出て行ったりとバラバラになった。カッサ王国を出て行く際には皆、ドンと別れを惜しんでいたものの晴れ晴れとした顔をしていた。
マザー・ネフカロンは、どうにか戦いが終結するまで命を長らえていてくれたが、本格的な寒さが到来した事で肺の具合が急激に悪化。帰らぬ人となった。死に目に会えて、戦いに勝ったと報告出来た事が何よりも嬉しいと、デニスが泣き腫らした目でそう笑っていた。
そして、私達家族も離れる時が来た。
まずは、ロンドが故郷に帰っていった。
そしてその一カ月後に、イオーラとクロが旅立った。途中まではグリンヴォの戦士達と共に行くと言う事で、安全な旅になるか波乱万丈な旅になるかは分からない、とイオーラはぼやいていた。
さらに一カ月後、アルクは王国兵の試験を受けて無事に一発合格。……まぁ、人手不足だったので合格率は言及してはいけない。
……そのまたさらに一カ月後、私はウルヒム、エル、オルレリ、カント、キルンを連れてツフト共和国へ引っ越す事にした。
ソマラン王国を始め世話になった人達にお礼を言って回ってから、投げっぱなしにしてきたツフトでの仕事をきちんと形にしたいからと言う思いからだった。それに加え、ゴブリン達が暮らすには、カッサ王国はまだまだ変化が足りない。子ども達にとっては、多種族連合やケリクツトの方が過ごしやすいだろう。
ドンは反対しなかった。自分が約束を破った手前、出来なかったのだろうと思う。
最終回と言いましたが、もう一話だけ続きます!




