第56話 脱出当日
カジノフロアの一室。
破れたソファに寝転がりながら、俺は拾ったスマートフォンを操作していた。
たまに缶コーラを口に運ぶ。
その繰り返しをしていると、視界の端に誰かが映り込んだ。
見れば腰に手を当てたミアナだった。
リラックスしすぎている俺の姿を見て、若干ながら呆れているようだ。
「何を見ているんだ?」
「ニュースだよ。他の迷宮に動きがあったそうでね」
身体を起こした俺は、液晶画面をミアナに見せる。
ちょうどニュース番組を切り抜いた動画が再生されていた。
それは豪華客船の迷宮をクローズアップした映像だ。
一連の変革により、船全体が異世界の巨大生物となったタイプで、乗客を乗せたまま海を彷徨っていたのである。
そんな迷宮だが数時間前に変化が起きたらしい。
「魚を捕食して巨大化した挙句、陸上を進み始めたらしい。巻き込まれた街はパニックさ」
元のサイズの十倍以上となった豪華客船が、コンクリートを粉砕しながら進む。
前部が怪物の口のように開いて、人々を呑み込まれていた。
進路上のビル群が軽々と薙ぎ倒されている。
軍隊が出動しているはずだが、とても敵わないのではないか。
核で近隣ごと吹き飛ばすしかない気がする。
「アースタワーはまだマシだな。自動的に密入国する心配がない」
「今後の変貌の次第によってはあり得ることだ」
「そいつは最高だな、まったく」
嘆息した俺はスマートフォンの電源を切る。
現在のアースタワーは内部構造が変動しつつあった。
それらが顕著になっていくと、やがてビル全体が歪んでいくのではないだろうか。
どこまで最悪の事態に転がっていくのは不明だが、ここに居座るのは賢い選択ではない。
素晴らしき将来について考えていると、部屋の扉が開いた。
現れたのはリーダー格の男――元警官のジョシュアだ。
「トニー、ここにいたのか」
「やあ、ジョシュア。調子はどうだい」
俺は手を振りながら応じる。
真剣な顔のジョシュアは腕時計を指した。
「二時間後に脱出を決行する。用意をしておいてくれ」
「了解。俺達は最後尾の防衛でいいんだな?」
「それで頼む」
ジョシュアは部屋を立ち去る。
その後ろ姿を見送った俺は苦笑いと共に呟いた。
「やる気満々だったな」
「何十人もの命を背負っているのだ。それも当然だろう」
「もっと気楽に考えるべきだと思うがね」
あれだけ真面目だと疲れるだろう。
いや、ジョシュアの性格だからこそリーダーが務まるに違いない。
俺とミアナは荷物をまとめて移動し、同じフロアの医務室へと赴いた。
そこではイーサンが負傷者の手当てを行っていた。
俺は入口から声をかける。
「二時間後に脱出だとさ」
「分かった。僕も準備をしよう」
イーサンは頷くと、こちらに歩み寄ってきた。
彼は俺の右腕を観察する。
「義体の動きはどうかな」
「問題ないな。おかげさまで絶好調だ」
各所の義体には、少しずつアップグレードを施している。
物資の中に違法改造された戦闘用義体があり、それらを活用してパワーアップしたのだ。
堅実に性能を向上させており、この分ならモンスターとも憂いなく戦えそうだった。




