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3-5異変


 応接室のソファーでミルヴァに膝枕をしてもらい、オレは至福の時を楽しんでいる。


 ミルヴァは若干困惑しているようだがオレは気にしない。

 本来ならミルヴァには短めのスカートに履き替えてもらいベッドで膝枕をしてもらいのだが、基本真面目なミルヴァに嫌われてしまうのではないかという恐怖もあり、オレは現状で満足している。


「そんなに膝枕って気持ちいいの?」

「はい、ミルヴァ様の膝枕は最高です」

「そうなの! ちょっと私も膝枕してもらいたい」

 ミルヴァはちょっと声を弾ませている。


 オレの太腿で頭を動かしながらベストポジションを探すミルヴァは可愛過ぎる。

 髪を撫で始めると、ミルヴァは頬を染めながら瞳を閉じた。

 キスをしたい衝動をグッと堪えてオレはミルヴァに奉仕する。


「恥ずかしいけど、何だか凄く嬉しい」

「否定的な事を言われたら凹んだと思う」

「ねえ、私に魔術を教えてくれないかな……」

 ミルヴァは目を開けて自嘲気味に笑う。


「オレはちゃんとした詠唱できないから、エレーナに教えてもらった方がいいと思う」

「できるようになるかな?」

「よく五人に一人しか魔術はできないと言うみたいだけど、あれは嘘だからね。信じちゃダメだよ。今夜から試してみよう」


「今夜?」

「うん。ベッドの中でね」

 ミルヴァは少し怒ったのか、オレの手を抓った。


「真面目な話をしているのに……」

「冗談で言っている訳じゃないよ。じゃあ、今から試す? なるべく肌と肌が触れあっていないと効果がないかも知れないけど」


「本当なの?」

「もちろん。今夜は何度も気を失うかも知れないけど、頑張ろうね」

「……お手柔らかにお願いします」

 オレは再び髪を撫で始めると、ミルヴァは嬉しそうに微笑んだ。


「――遅くなって……」

 ノックもせずに入って来たエレーナとルチアはミルヴァがオレに甘えていると思ったらしく、しばらく声が出せなかった。


 ルチアは歩き疲れたのか、オレの膝枕で眠ってしまう。

 エレーナは残念そうな表情だったが、急にソファーの後ろに回り込みオレの耳元で、私には明日の夜に膝枕してね、と囁いた。



 髪の毛を切ったルチアは何度も鏡に映る自分の姿を眺めている。


 ファビオラはルチアの希望通りに髪を切れたか心配だったらしく、鏡を見つめるルチアを少し不安そうに見ていた。

「ルチアちゃん、どう?」

「ファビオラさん、ありがとう」

 ルチアは椅子から降りてファビオラに抱き付いた。


 午前の買い物中にエレーナはルチアに魔術を教えると約束したという。

 ミルヴァも一緒にエレーナから教わるらしく、エレーナは少し誇らしげに胸を張る。

 ただ、ルチアは読み書きができない事を思い出したエレーナは頭を抱えてしまった。


 何か対応策を考えようと思ったがあまりいい案は出ない。


 近所を散歩しようというミルヴァの提案に乗り、ベルノルトから紹介された空き地を見に行く事にする。



 通りをヴィーラント家方面に歩いていると、庭の広いお隣さんを始めとして数件の空き家や空き地がある事に気付いた。


 ベルノルトから紹介された空き地はユリウスの家から六軒先にあり、広さは通りに面した縦横三十メートルほどの正方形だった。

 少し狭いので、ここはちょっとパスだな。


「別に大通りでなくても問題ないよね? 一本裏の通りでも十分だと思うけど」

「そうだね。じゃあ、一本城壁側の通りに行ってみよう」

 エレーナの提案で裏通りに向かう。


 裏通りを歩いているとすぐにユリウスの屋敷の塀に突き当たる。

 ユリウスの屋敷が大き過ぎて二本の裏通りが屋敷の塀に突き当たっていた。


 こちら側はあまりいい物件がなさそうに思える。

 空き地は何軒かあったが、それだけではベルノルトから紹介された空き地と大差ない。


 ユリウスの屋敷を挟んで反対側の地区には条件に合う土地があった。

 大通りから一本裏通りのその土地は、横幅六十メートル縦幅三十メートルほどの長方形になっており、教会から直線距離で二百メートルほど、孤児院からだと確実に二百メートルを切る。


 この広さなら建物を建てても遊び場も確保できそうだ。

 だが、一つ難点がある。

 二軒先はオレが二度ほどお世話になった娼館なのだ。


 今度は大通りを挟んで教会側を散策する。


 ルチアは歩き疲れてしまったのか、少し遅れ気味になっている。

 考えてみれば、オレたちの歩幅について行くには早く歩かねばならないのだ。


「ルチア、疲れたでしょう。おんぶしようか?」

「いいの?」

 オレが頷いて膝を突くと、ルチアは後ろからオレに首に抱き付いた。


 教会周辺の半径三百メートルを全て探してみたが目ぼしい土地は見付からない。

 遊び場を考えなければ候補地はいくつもあるが、遊び場を確保できるのは娼館近くの土地だけだった。


「やっぱり遊び場まで確保しようとすると難しいね。道を塞いだら迷惑になるだろうし、商業ギルドの情報待ちがいいかもね」

「娼館さえなければあの土地は最高だったのにね。他の空き地と隣接する土地に住んでいる人にお願いして他に移ってもらう手もある」

 エレーナとミルヴァにオレも同意見だ。



 恒例の話し合いの話題は、やはりヴィーラント家の事から始まった。


 カミル神父は密談の内容を正確に話し、ユリウスは黙って聞く。

「後は大隊本部の調書次第だな……」

 ユリウスは呟くように話すと、それきり黙ってしまった。


「では、私の報告をさせていただきます。カミル神父に紹介された住まいを見に行って契約しました。明日から入居できるので、こちらでお世話になるのは今晩が最後です。本当にありがとうございました」

 トゥーニス神父は立ち上がり礼を述べた。


 オレは学校の候補地を探すために近所を歩いて散策した事を話す。


 娼館の近くの土地の事はユリウスとカミル神父は知っており、娼館が近いという事でオレには紹介しなかったようだ。

 ベルノルトから紹介された空き地は遊び場が確保できないので厳しいと、ユリウスとカミル神父にも話しておく。


「新しく開拓村を作っている事はみんなも知っていると思うが、完成間近の開拓村近辺で先週の土曜日に二角獣の群れを見た作業員がいたそうだ。二角獣は単体でもB級冒険者のいるパーティーでないと、討伐は無理なのは知っているだろう。今週月曜日にリンデール領府から緊急調査依頼が出て、火曜日に四つのパーティー総勢三十一人が二つのレイドパーティーに別れて出発した。ルム村の先にあるテグリン村をベースキャンプにしているが、完成間近の開拓村付近で魔獣が異常発生しているらしく調査どころではないようだ。王国軍リンデール大隊の施設中隊や作業員たちは完成間近の開拓村に籠城しているが、物資は来週一杯で底を突くらしい。リンデール大隊は別ルートで救援物資を届ける計画をしているが、レインに救援物資の輸送を頼みたい。引き受けてくれないだろうか?」


「はい。救援物資は揃っているのですか? それと、別ルートとは?」

 オレが即答すると、ユリウスは少し驚いたがすぐに苦笑いをした。


「早くても月曜日まで掛かるそうだ。その開拓村は仮称タログ村というのだが、位置は王都便で初日に最初の休憩地から南に六キロ強だ。だが、道はないので徒歩か馬での移動となる。平坦な草原ではないので移動には半日近く掛かると思われる」


「以前、私は近くまで行った事がありますが、馬では厳しい場所ばかりです。それにたった六キロでは、王都便だけでなくリンデール街道も危険になりますね。後で地図を見せてもらえませんか?」

 ミルヴァの指摘に部屋全体が重苦しい空気に包まれた。


「王都便の帰りの二日目に魔ザルの大群を撃退したけど、あの群れだけで百匹以上はいたと思います。冷静に考えてみれば、私はそんな数の群れなんて聞いた事はないのです。確か十年ほど前だったと思うのですが、セディラ近郊の開拓村で魔ザルの大群を撃退した記録を見た記憶があります。その記録によると、六十数匹の魔ザルの大群を二人の魔術士が大規模魔術を連発して撃退したようで、被害がほとんどなかったので知られていないのです」


「確かに言われてみれば、カラン神国でもそれほどの数の魔ザルの大群は聞いた事がない」

 今度はエレーナの指摘をトゥーニス神父も認め、再び部屋全体が更に重苦しい空気に包まれた。


「今回はヤバそうだし、エレーナとミルヴァは防具もないからオレ一人で参加します。障壁を張ったまま移動すれば問題ないでしょう。二角獣の群れでも首長竜よりは強くはないでしょう?」

 ユリウスは笑って頷いたが、オレは両隣の椅子に座るエレーナとミルヴァの強い視線にちょっとビビった。



 五分ほど前からミルヴァの部屋の隅に追い詰められたオレは必死にエレーナとミルヴァに謝っている。


 エレーナは烈火の如く怒った眼差しで、ミルヴァは白魔の如く冷淡な眼差しで睨まれ、オレは蛇に睨まれたカエル状態に陥った。


「……真面目にオレのお願いを聞いてください。オレはエレーナとミルヴァの身に何かあったら、生きる気力を失ってしまうと思う。愛する者を失う悲しみは二人とも知っているハズだ。防具が完成しない現状では連れて行けない。これだけは絶対に譲れない」

 オレは二人の目を交互に見ながら話し、二人の間を擦り抜けて服を脱いだ。


 エレーナとミルヴァが二人で話し合う間にオレはベッドに入った。

 話し合いは終わったらしく二人はベッドの脇に跪く。


「レイン、私たちからもお願いがあります。明日朝一番で私たちと一緒にジロドゥー姉妹の工房に行ってください。それで月曜日までにどうにかならないか相談します。ダメであれば違う防具を購入します。例え国王陛下からいただいた報酬を全部使っても購入します。それだけは納得してください」

 エレーナとミルヴァは涙を浮かべてオレの返事を待っているようだ。


「分かった。でも、お金はオレが出す。異論は認めない」

「はい」

「分かりました」

 エレーナとミルヴァは少し笑って返事をした。


「エレーナ、後は任せてください」

「お願いね。その前にちょっとだけ……」

 エレーナはゆっくりとオレに近付いて何度もキスをする。



 約束通りミルヴァに魔力の流れる感覚を身体で覚えてもらう。


 何度も気を失ったミルヴァは涙目になっていたが、続けて欲しいと言われてしまった。

「何となく分かったような気がする。今度は私がやってみるね」

 ミルヴァは身体を絡めるように素肌を密着させて集中している。


 驚いた事にオレの身体にミルヴァからの魔力が入り込んで来る感覚があった。

 正直に言えば不快な感覚だが確かにミルヴァの魔力を感じる。

 その事を伝えると、ミルヴァは嬉しかったらしく何度もディープなキスをした。


「確か三度目だったと思うれど、何となく身体の中で何かが弾けたような気がしたの。上手く表現できないけど、ちょっと強くなったような、そんな感じ」

「そうなんだ。じゃあ、そろそろ寝よう」

「……ダメ」

 ミルヴァは恥ずかしそうに笑いオレの手を導いた。



 九時近くにオレたち四人はジロドゥー姉妹の工房にお邪魔する。


 本当にお邪魔だったらしいが、火曜日の朝一で出発しなければならない事を話した。

 渋々了承してくれたジロドゥー姉妹は獣人族の男性に首長竜の外皮の裁断を最優先で頼んだ。

 ヤーナは真剣に防具の仮止めをしているので話し掛けるのは止めておく。


「このローブの丈を切り詰めて服っぽくしちゃおうか?」

「あ! それなら明日の昼までに完成するよ。ズボンは在庫の物がピッタリだし、これで大丈夫ね」

 ジロドゥー姉妹は二人で話し合い、オレとミルヴァにローブを確認させる。


 ヤーナも加わりジロドゥー姉妹とデザインの変更を話し合う。

 ローブをミルヴァに着せて裁断位置やスリットの位置や個所数を話し合って決めた。

 エレーナの防具は若干改良されており、ミルヴァの製作中の防具と同程度の防御力になると人族の女性が教えてくれる。


 ルチアは一人で壁やハンガーに掛けられたローブを飽きずに眺めている。

「ルチアも大きくなったら買ってあげるね」

「本当? 魔術できなくてもいいの?」

 ルチアはオレの手を握って真剣な表情で見詰める。


「大丈夫。ルチアなら魔術ができるようになる。もし、頑張って魔術ができなくても買ってあげるよ」

 ルチアは涙を浮かべながらオレに抱き付いた。



 カミル神父の家には私服姿のシスターニコラが不安そうな表情でオレたちを待っていた。


「レイン様、突然押し掛けて申し訳ございません。昨日の件で早急にお話しなければならない事があります」

 シスターニコラは真剣な表情をしている。


 エレーナの部屋でシスターニコラから聞いた話をオレはにわかに信じられなかった。

 昨日オレがシスターニコラに魔力を譲渡してから、シスターニコラの魔力が以前よりも強くなってしまったというのだ。


「では、私で実験してください。証明して見せますので昨日より多めにお願いします」

 シスター二コラは上着を脱ぎ、袖のないシャツ姿になってベッドに座る。


 肩に近い腕を掴み合い、オレとシスターニコラは肌を極力密着させた。

 オレは昨日以上に魔力をシスターニコラの全身に流すと、シスターニコラは真っ赤な顔のままブルっと身体を震わせて気を失う。

 オレは誤解を受けないようにシスターニコラに上着を着せてベッドに寝かせた。


 疑いの眼差しを向けたエレーナとミルヴァを連れて再び部屋に戻る。

 目覚めて挙動不審になったシスターニコラを落ち着かせてから、シスターニコラ本人に説明してもらった。


「私はいい実験台になると思います。これで魔術を使えるようになったら……」

「シスターニコラだけではたまたまという事もありますので、私もお願いします」

 ミルヴァは先手を取られたエレーナは少し悔しそうだ。


 何故かルチアまでも実験台になり、ベッドで三人が川の字になって眠っている。

 ついでに、ルチアの背中の傷痕を消すために全力の【ヒール】を掛けておく。

 シスターニコラ曰く、一時的な現象かも知れないので、ミルヴァとルチアの体調には特に注意が必要だという。


 ベッドで眠っていた三人が起きるのを待って五人で話をする。

 エレーナはシスターニコラと同じような事を言い、威力の高い魔術が放てそうな気がすると力説する。

 ミルヴァは今ならマッドグリズリーと一対一で戦っても勝てると危険な事を呟き、ルチアは笑いながら腕をブンブンと振り回した。



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