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2-6奇跡の魔術


 時間の猶予はなく、後十分ほどで日の入りになる。


 命がけだというのに五人のバカがオレに付き合ってくれた。

 御者は殉教者になる覚悟があるらしいが、エレーナ、ユリウス、ジュディ、ミルヴァはどうしてオレに付き合うかな……。


 盗賊たちの五十メートル手前で馬車を止め、オレが盗賊たちと話をする。

 オレが魔術を放つか、交渉決裂の際は全員で攻撃する。

 但し、殺傷能力の高い魔術は使わない。

 理想は全員生け捕りだが、ユリウスだけは敵の退路を断つために殺傷能力の高い魔術を使う。


「では、行きましょう」


 馬車の御者席の隣に座ったオレに御者は真剣な表情で頷いた。



 ゆっくりと野営地を出た馬車は街道を王都方面に向かう。


 馬車の中には王国軍から借りた大盾をエレーナ、ユリウス、ジュディ、ミルヴァの四人が持っている。

 一応、馬車には【硬化】の魔術を掛けたが、馬が暴れてしまう時もあるので安心はできない。


「――本当に逃げそうな奴だけでいいの?」

「うん、防御魔術を掛けて突っ込むけど、仲間から攻撃されるのは嫌だから」


 ミルヴァは納得したのか、それ以上話し掛けて来ない。


「――大丈夫よ……レインに当てなければ……」

「聞こえてるよ。もう、自由にやっていいよ」

「――はーい!」


 エレーナめ、盗賊を倒す気満々じゃねえか。


 盗賊たちは街道を塞ぐように馬車を止めている。

 人数は二十人強か、まあ、大丈夫だろう。



 馬車を降りたオレは半径三メートルの半円状の【障壁】を張りながら盗賊たちに近付く。


「盗賊の皆さんこんにちは! 司教の二人は見逃してもらえませんかね?」

「誰が盗賊だ! 俺たちは教会本部の執行官だ!」


 盗賊たちはそれぞれの武器を手に取り、誰かの合図を待っているようだ。

 

「その割には盗賊と変わらない身なりですね。教会関係者として恥ずかしくないですか?」

「――言うではないか、このガキが! 私は教会本部神国派司教のセレスティノだ」


 盗賊たちの間から高そうな神父服を着た豚顔のおじさんが出て来た。


「そうなんだ。あんたは偉いの?」

「決まっているだろ! 私は次期大司教になるのだ。貴様もカラン教の信者なら私に従え!」

「悪いね、オレはドラン教しか信じねえんだよ!」

「あ、悪魔のドランだと!」

「オレの師匠だ!」


『もういい! 殺せ!』


 豚司教が喚いた瞬間、オレは両手に片手剣を抜きながら五センチの【障壁】に張り替え、豚司教を目掛けてダッシュする。


 豚司教の周りにいる盗賊八人の両手両足の骨を砕くと、既に残りは豚司教しかいなかった。

 他の人たちと同様に両手両足の骨を砕くと、豚司教は嫌な臭いを放ちながら意識を失う。


『――レイン! お願い! ミルヴァを助けて!』


 エレーナの悲痛な叫びに、オレは慌てて馬車に戻る。


 ミルヴァはクロスボウの矢に防具もろとも右胸を貫かれていた。

 オレは横たわるミルヴァの胸に片足を乗せて全力で矢を引き抜く。

 矢の先端には小さな溝があり、毒矢の可能性もあった。


 素早く防具を脱がして服の上から全力の【解毒ヒール】を掛ける。

 だが、ミルヴァの身体は痙攣を始め、口から泡を吹いた。


「神経毒だろう……無理だ」


 ユリウスは残念そうに呟いたが、オレには婆ちゃん直伝の特製解毒ポーションがある。

 魔法鞄から解毒ポーションを取り出すと、エレーナは大声で泣き始めた。


 おい、嘘だろ。


 オレは望みを賭けてミルヴァの気道を確保してから心臓マッサージをする。

 人工呼吸してから心音を確認するが、聞こえない。


 再び心臓マッサージをしながら全力の【解毒ヒール】を何度も掛ける。

 オレは最後の望みである解毒ポーションを口に含み、ゆっくりとミルヴァの口に流し込む。


 心臓マッサージを再開しながら、ミルヴァの全身に魔力を流しながら秘術である【魔力再生】の魔術を掛ける。


 人工呼吸を再開しようとすると、ミルヴァの口は閉じてしまい、オレは思い切り突き飛ばされた。


 ミルヴァはオレから逃げるように顔を背けながら血を吐き出す。

 エレーナはしばし呆然としながらも、慌ててミルヴァの背中を擦りながら再び血を吐かせる。


「き……奇跡だ……」


 御者はそう呟くと、祈りを捧げ始めた。



 王国軍兵士の協力で自称執行官の全員を縛り上げる。


 ミルヴァにクロスボウを放った奴は、他の奴らとは離れた場所でエレーナの氷弾を全身に受けて絶命していた。

 オレは残りの自称執行官二十一人および司教の手首と足首を縛り上げたロープに【硬化】の魔術を掛ける。


 食事の後にセディラとヘイブンの司教を立ち会わせての尋問が始まる。

 王国軍の兵士でさえも顔を背けるような、オレの尋問という名の拷問に耐えた奴は一人もいなかった。

 エレーナは一皮剥けた様に凛とした表情でスモールソードを抜いたまま立っている。


 自称執行官の中にはセディラとヘイブンの司教の言っていた通り神国派の神父もいた。

 昨夜の二人は王都便の監視と偵察をするための人員だったと判明する。

 やはり昨夜の一人はリンデールから逃げた冒険者だった。


 神国派の神父は首長竜の奪取も考えていたと自供し、セディラとヘイブンの司教を殺害してから王都手前の丘で偽の検問所を設置するつもりだったという。

 神国派の神父は大司教だけでなく、神国派の二人の司教を支援するための裏部門の実行責任者なので、神国派の悪事を全て知っているようだ。


 最後の尋問は豚司教、もとい、セレスティノ司教はパンツ一枚でブルブル震えていた。


「私にこんな事をして、ただで済むと思うな!」


 オレはズタ袋で豚司教の口を塞いでから右手に持った血だらけの棍棒で再び両足の骨を折る。

 尋問、骨折、尋問、ヒールというループを繰り返された豚司教は神国派の悪事を全て自供した。


 執行官とは大司教の私兵ともいうべき犯罪組織のメンバーだった。

 だが、その犯罪組織も来月に予定されていたクーデターの後に、王国軍を使って皆殺しにする計画だったという。


「王国軍遠征第二師団の師団長、犯罪組織の頭、ハーヴィスト侯爵、フェネオン伯爵、大商人、商業ギルド副議長、カラン神国S級魔術士これら全員は近日中に拘束しなくてはなりません。優先順位は師団長、犯罪組織の頭、カラン神国S級魔術士を明日中に拘束しなくては危険です。教会本部の大司教と司教は国王陛下に相談してから決めよう」


 クレメンテ大隊長の意見に異を唱える者はいなかった。


 王都便の責任者を交えた話し合いで明日の出発は夜明けの三十分後と決まる。



 全ての話し合いが終わったのは九時過ぎだったと思う。

 夜中はジュディの仲間二人が寝ずに待機すると言っているので、オレとエレーナはその申し出に甘えさせてもらう。


 テントの前にはミルヴァが座って待っていた。

 オレはミルヴァに体力回復の薬と血を失った時に飲む薬の二日分をエレーナが作ってくれた布袋に入れて渡す。


「さっきはごめん。私は本当に一度死んだの?」

「うん、身体は一度死んだけど、頭はまだ大丈夫だった。エレーナを庇ってくれてありがとう」

「ジュディさんから聞いたのだけれど……あれって、私を助けるためだったのよね?」


「身体に血を送る心臓が止まったから何度も心臓の真上の胸を押して、肺が止まったから口から息を直接送って自分で息をさせるようにしただけだよ。あ、後は毒消しの薬を口移しで飲ませちゃった」

「そ、そうなんだ……ジュディさんはレインが私に舌を絡ませるような、凄いキスを何度もしたって言うから……」


 ミルヴァは恥ずかしそうに身を捩じらせた。


「オレはね、もし、ミルヴァじゃなく支部長や御者が毒で死にそうになったとしても同じ事をする。だからと言って、男色じゃないからね。困っている人を一人でも多くの人を助けたいだけだから。それと、ヒールを掛け過ぎちゃったから、今日は元気でも明日は辛いと思う。明日の出発前と王都に着いたらオレがヒールを掛ける。いいね」

「……ありがとう」


 オレは小さい水草の籠に青リンゴと黒パンのサンドイッチを二個ずつ入れてミルヴァに渡す。


「一人で食べるのは気が引けるだろうから、ヤーナと一緒に食べて」

「本当にありがとう」

「ミルヴァさん、ちょっとお話しませんか?」

「……はい」


 ミルヴァは戸惑いながらエレーナに返事をして二人で歩き出した。



 エレーナはしばらく経ってテントに戻った。


 桶にお湯を張りタオルで身体を拭いて服を着替える。

 オレとエレーナは再び防具を付けて寝床で横になる。

 エレーナを抱き締めている内に自然と涙が溢れだした。


「どうしたの?」

 エレーナはオレの顔を覗き込んだ。


「……もう少しで死ぬところだったんだぞ……もし、ミルヴァが庇ってくれなかったら……」

「ごめんなさい。ちょっと躊躇してしまったの……私はレインほど強くないから、もう敵には手加減しない。例え人であっても」

「オレも、もう手加減はしないよ」


 オレはエレーナを抱き締めながら戦闘を楽しもうとした自分を戒めた。


「ねえ、ミルヴァをどう思う?」

 エレーナは何故かオレの顔色を窺っている。


「んー、視覚と聴覚はいいし、反応と動きは早い。弓術の腕もいい」


「ミルヴァのペアの女の子はリンデールに戻ったら、家の都合で一時的に冒険者を辞めてしまうそうよ。しかも、ミルヴァはレインが金曜日に助けた女の子のパーティーにいたのよ。その彼女と彼女を運んだ男の子は今月中に結婚して、男の子は実家の家業を手伝うみたい。日曜日に全員で話し合ってパーティーは解散したから、リンデールに戻ったら彼女はフリーになる」


「そうなんだ。ミルヴァならどこのパーティーでも引っ張りだこだと思う」

「もー、私たちのパーティーに誘わない?」

「え! いつパーティーを作ったの……」


 オレがバカな質問をしてしまったのか、エレーナはオレを睨んでいる。


「とりあえず、ミルヴァは私の命の恩人であり、友達でもあるの」

「分かった。明日はまた忙しくなりそうだから眠ろう」


 エレーナは後ろを向いてお尻を押し付けながら微かに動く。

 異様な興奮感を覚えてしまい思わず右手を下に伸ばして感触を楽しむ。


 エレーナもオレと同じらしく、声を押し殺しながら何度も身体を震わせた。



間違い修正しました。

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