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2-4王都便一日目


 日が昇ると同時に起きて荷物の最終チェックをする。


 エレーナの大きな鞄を魔術コンテナに入れようとすると、部屋のドアがノックされた。

 何故かベルタだけでなく他のメイド二人も一緒に部屋に入り、しっかりした生地の枕のようなクッション二つをオレに手渡す。


「長旅でお尻が痛くなっては大変です。手作りなので不格好ですが、どうぞ、こちらをお使いください。無事なお帰りを祈っております」

 ベルタとメイド二人は丁寧にお辞儀をする。


「ありがとう。大切に使います」

 オレは三人と握手をして感謝の気持ちを伝える。


 まだ五時半過ぎなのにカミル神父までもダイニングで待っていた。

 全員でパン、スクランブルエッグ、温かい牛乳の朝食を取りながら雑談する。


 六時の控えめな鐘が聞こえると同時にカミル神父の家を出た。

 ユリウスの乗った馬車が玄関前に停まると、レンゾからいくつも丸く出っ張った布袋を手渡されてオレとエレーナは馬車に乗り込んだ。


「レイン様、エレーナ様、いってらっしゃいませ!」

 ベルタの声は良く響き走り始めた馬車の中でも聞こえた。



 ユリウスはほぼ手ぶらなオレとエレーナを見て一瞬驚いた。


「全部魔術コンテナに入れたのか?」

「はい」


「迷信かも知れないが、魔術コンテナには数の制限があるかも知れないという昔に読んだ本を思い出した。昨日あの後に商業ギルド倉庫へ行って、首長竜の入った木箱は四つ一組にしてロープで縛ってもらった。全部で八十九箱だったから二十二組と一箱だ」

「お気遣いありがとうございます。師匠も同じ事を言っていましたが、大丈夫だと思います」


「それと、ちょっと困った事に昨日の夕方発覚したのだが、日曜日の明け方に農場で馬が一頭盗まれた。そして、その日の朝に盗まれた馬とよく似た馬がタウル村の第一防壁を越えたそうだ。その馬に乗っていた奴は冒険者と商業の両ギルドに属していて、盗賊の疑いのある奴だった。内偵がバレて逃げたのならいいが、王都に本部のある犯罪集団と繋がりのある奴らしい。その犯罪集団は教会本部と結託していて国王から渡されたリストにも載っている。もし、王都便が襲撃されるとしたら二日目の野営地で三日目の未明か、王都第二防壁の手前十五キロほどの丘の手前だと思う。気のせいかも知れないが、既にクレメンテ大隊長と王都便の責任者には話してある」


 ユリウスは少し悔しそうに顔を歪めた。


「盗賊相手なら遠慮は無用で倒しても構いませんよね?」

「もちろんだが、数人は生け捕りにしてもらわないと困る」


 オレとエレーナはお互い顔を見合わせてから頷いた。



 商業ギルドに到着してすぐに倉庫へ向かうと、コンラッドとルドルフが大剣を持ったまま出迎える。


「無事に守り切ったぞ。昨日の襲撃者はなしだ」

 コンラッドは珍しくニヤッと笑い、ルドルフは口元を緩めただけだった。


「ありがとうございました。積み込みを始めます」

 エレーナはコンラッドと話していたので、オレは一人で倉庫の中に入る。


 商人たちは倉庫でオレを待っていた。

 挨拶をしてから次々に【魔術コンテナ】に木箱を放り込む。

 二分も掛からずに全て収納すると、商人たち口を開けたまま驚いている。


 倉庫を出ようとすると、オレは誰かに声を掛けられて振り向く。


「――すまんが、一日だけ王都でワシと同行してもらえんか? 魔術コンテナが非常に大変なのは知っているが、協力してもらえんか?」

 硬そうな木の魔術杖を持った六十代の商人が立っていた。


「理由を聞かせてもらえますか?」

 エレーナはオレの後ろから六十代の商人に話し掛ける。

 

「ワシは王都でかなりの量の鉄と小麦を買い込もうと思っている。この辺で鉄はあまり掘れんからどうしても鉄が不足する。若い冒険者にクロスボウの矢は値段が高過ぎる。もう、五年前になるが家出した孫は矢をケチって魔獣に殺されてしまった。もう少し安ければ、と今でも考えてしまう。それと、小麦は食べるためでなく小麦を育てる種として買う。知り合いの農家の畑に蒔いてもらって来年には白くて柔らかい白パンが食べられる。ワシの妻は歯が悪くて黒パンは焼きたてでないと食べられんようになってしまった。ワシらが何往復する分をあんたなら一度で運べる。何とか頼めんか?」


「矢は高いし、黒パンは固くなると……レイン、引き受けましょう」

「一つ条件があります。小麦の種を多めに買ってもらえませんか?」


 金もうけだけでない六十代の商人の私的な理由に、オレはエレーナと同様に依頼を受けると決めた。


「それは問題ないが、何故に?」

「教会の孤児院の農園で小麦を育てたいのです」

「そうか、コニーは元気にしとるかな? 一回りも歳は違うが、子供の頃に家が隣同士じゃ。ジャンと言えば分かる」

「シスターコニーとお知り合いなら喜んで手伝わせていただきます」


 ジャンと名乗った六十代の商人は力強くオレの手を握った。



 護衛任務を受けた冒険者たちはほぼ同じ武器を持っている。


 冒険者ギルドから貸与されたクロスボウと槍以外に各々私物の武器を装備してユリウスの前に整列する。

 冒険者各自にギルドから貸与されたクロスボウの矢を集めて、オレは矢の一本一本に【硬化】の魔術を掛けた。

 これで気兼ねなく硬い獲物にも矢を放てるだろう。


「集めた全ての矢一本一本にレインが硬化魔術を掛けてくれた。王都便が盗賊や魔獣に襲われる事は少なくなったがゼロではない。特に盗賊には容赦しないで欲しい。以降は王都便の責任者の指示に従う事。解散」


 護衛十六人は各自二十本ずつクロスボウの矢を持って担当の馬車に走る。

 オレとエレーナは四番目の幌馬車の御者に挨拶してから乗り込む。


 予定より早く先頭の王国軍の幌馬車が動き出して王都便は出発した。


 王都便のキャラバンは城門を潜りタウル村へ向かう。

 ベルタたちの作ってくれたクッションは快適でお尻は痛くならない。


 基本的に護衛任務のないオレとエレーナは第一防壁を潜った辺りから暇を持て余していた。

 あと一時間ほどで最初の休憩になる事は分かっていたが、暇なので自分たちの幅八十センチ長さ二メートルほどのスペースを快適な場所にしようと話し合う。



 最初の休憩は低い柵に覆われた比較的平らな場所だった。


 キャラバンから離れ簡易トイレで用を足してから、幌馬車の自分たちのスペースに敷布団を敷く。

 そして、五番目の幌馬車から見えないようにサービスでもらったシーツを幌馬車の両端の柱に縛り目隠しにする。

 前方は荷物が山積みなので御者からは見えないし、後方は馬車の床から高さ七十センチほどに張られたシーツで見えない。


 オレとエレーナは快適空間を手に入れた。


 キャラバンが出発してからオレとエレーナは武器だけ外して布団の上に横になる。

 腕枕をすると窮屈感はない。


「何だか私たちだけサボっているみたい」

「もしかして、背徳感のある行為に目覚めちゃった?」

「そんな事言わないでよ。まるで私が変態みたいじゃない……」


 エレーナは顔を隠すようにしながら、オレのへそから下に少しずつずらしていた左手を引っ込めた。


 馬車は段差をモロに拾うので横になっても眠れない。

 眠い訳ではないが何となく盗賊の話を聞いたので、夜に備えて体を休めておこうと思う。

 それにしてもエレーナはこんなにも揺れる馬車で眠れるとは……大物だ。



 昼の休憩地は午前中に休憩した場所と同じように低い柵に覆われていた。


 ここは王都便復路の二泊目の野営地になる時もあるようだ。

 二百メートル四方に何もないこの休憩地には、大きな見張り台が二ヶ所と屋根のある調理場まである。

 オレとエレーナは地面に敷いたシートに座り、昨日買った黒パンのサンドイッチと今朝コックからもらった青リンゴを食べる。


 温めた山羊の乳を飲んでいると、五番目の幌馬車に乗っていた女性冒険者のペアが真剣な表情で小走りに柵に向かう。

 二人は柵に身体を預けるようにしてクロスボウを構えてすぐほぼ同時に引き金を引いた。

 スリングでクロスボウを肩に掛け、二人は素早く短剣を抜いて柵を飛び越える。


「――ビッグボアの大物を仕留めた! 誰か運ぶのを手伝って!」


 柵の外側の窪地の奥から大きく振られる小さい手だけが見える。

 オレは山羊の乳を飲み干して立ち上がり窪地に向かって走り出した。


 何このイノシシ、デカいにも程があるだろ。


「さっきビッグボアと言ってましたが、こんなに大きくなるのですか?」


「そんな事も知らないの……あ、ごめん。そういえば、エノスに魔獣はいないのよね。こんなに大きいビッグボアは私も初めてだけど、イノシシの魔獣版なの。でも、ビッグボアは肉食じゃないのに人を見ると襲って殺すの。それで満足するみたい。二百年以上前に一匹の巨大なビッグボアに王都近くの開拓村が襲われて、三十人以上殺された事だってあるの」


 スレンダーで可愛らしい女性冒険者は急に焦げ茶色の髪を手櫛で整えながら、伏し目がちに淡々とした口調で教えてくれた。


「それにしても二人ともいい腕だ、脳天を一発ずつですね。でも、よく気付きましたね?」

 オレは脳天に刺さった二本の矢を全力で抜き、矢の曲りを確認してからスレンダーな女性冒険者に手渡す。


「……ありがとう。私は人族と獣人族のクォーターだし、彼女も獣人族の血が混じっているの。私はミルヴァで彼女はヤーナ」

「オレ……」

「――私はエレーナ、彼は私の婚約者のレインです。よろしくお願いします」


 エレーナは後ろからオレの声を遮ってミルヴァに答えた。


「おお! これは凄い! これだけあれば道中の食事に肉を追加できます。売っていただけますね? 大金貨八枚でどうですか?」


「ビッグボアは私たちを狙っていた。身体の傷を見れば何人も人を殺しているのは明白。柵を破られていたら絶対に死人が出ていた。この大きさなら街で売れば最低でも大金貨十枚は超えるハズ」


 ヤーナという女性冒険者は王都便の責任者にムッとしながら抗議している。


「レインさん、王都の商業ギルドまでの運搬を頼めますか?」

 ミルヴァは恥ずかしそうにオレに軽くウィンクする。


「分かりました! 大金貨十二枚、それ以上は無理です。ダメなら王都で売ってください」

「仕方ない、大金貨十二枚で売ります。お金の受け渡しはリンデールに戻ってからにしてください」


 王都便の責任者は頷き、その場で受け取りと支払い約束を明記した証文を書き始める。


 ビッグボアの血抜きをしている間に夫婦のペアが魔ウサギを二匹仕留めたようだ。


 王都便の責任者はミルヴァとヤーナの二人と話し合って証文は破棄される。

 ビッグボアは血抜きをした状態のまま王都でオークションに掛けられ、落札金額の八割をミルヴァとヤーナが受け取る事になった。


「王都便護衛の場合は基本的に六割と決まっているのですが、あの大きさとレインがいる事で八割になったのでしょう」


 エレーナはオレの腕を強く引き、礼を言うミルヴァとヤーナから引き剥がすようにシートを敷いた場所に戻る。



 午後の休憩地では何事もなく休憩し、王都便のキャラバンは本日の野営地へと向かう。

 リンデール街道と呼ばれるこの道は道幅が広く馬車同士の擦れ違いは楽チン。

 街道は北の森を避けてどんどん南に向かっている。


 リンデールへの移住者だろうか、三台の幌馬車と擦れ違う。

 王国軍の騎兵がその幌馬車に並走しながら、お互いに街道の情報交換をしている。


「新婚旅行って、こんな感じなのかな……」

「ん、結婚した人は旅をするの?」

「あ、ごめん、声に出てた。大昔の生活が書かれた本に新婚カップルは旅をしたらしくて、それを新婚旅行というって書いてあったの」

「魔獣や獣が多くて大変だったろうね」


「普通そう思うよね。大昔は魔獣なんていなかったらしいよ。カラン様が隣のカラン神国で初めて教会を作った頃に、大陸の中央にある山脈から魔獣が現れたという記述が残っているの」

「まさか、どっかのバカ魔術士が召喚したのかな?」


「私もそう思う! 大陸のどこかに古代人族という異なる言葉を話す人たちがいて、召喚魔術を使うと言われている。古代人族は頭が良くて髪が黒いという言い伝えもあるの。本当かどうか分からないけど。それとね、黙っていたけど……レインを初めて見た時に、何となく古代人族の末裔かなって思っちゃった。黒髪の人は少ないけどリンデールには何人かいるのに、変だよね」


「……古代人族か、会ってみたいな」

「私、強くなるから……置いて行かないでね」


 周りから見えない事をいい事に、エレーナは悪そうな笑みを浮かべてエロい事を始めた。



「――レイン様! 今夜の野営地が見えました!」

「呼び捨てにしてください!」

「――ダメですよ! 家の女房はレイン様の事をカラン様の生まれ変わりだと信じています。呼び捨てにしていたと知れたら……刺されます!」


 午後の休憩地まで無口だった御者のおじさんは、声を張り上げて叫ぶように答えた。


 金曜日の無料治療が原因で教会に足を運んだ事のない人までもオレの名前を知っている。

 何日も経っていないのにオレの噂が広まっている事に驚いた。

 もっと慎重に行動しないとリンデールでの自由がなくなってしまう。


 そうだ……もっとカミル神父や教会を前面に出して行動しよう。



 今夜の野営地は縦横百メートルほどの平地に三方を太い柵で覆われている。


 残る一方は海になっているが、半島自体が海面より十メートルほど高いため崖になっている。

 海側は低い柵があり、柵の周りにはいくつも石が積み上げられていた。


「お墓よ」

「……そうなんだ」

「それより、どの辺にテント張る?」

 エレーナはオレの心理を読んだのか、すぐに話題を変えた。


「街道側にしよう」

「はい!」


 真ん中辺りにテントを張る人は多いが、街道側にテントを張ったのは護衛の冒険者たちだけだった。


 見張り台近くを避けてテントを張り二人だけの快適空間を作る。


 オレは寝床を作り明るい魔核ランタンを置いて外に出ると、二つの見張台では冒険者が大きな魔核照明を設置していた。

 爺ちゃんからもらった薄く錆びない鉄の板で三方を覆い、エレーナは魔術で火を起こして調理を始める。

 バッファロー肉のサイコロステーキ、ポトフ、黒パンを食べて、お茶を飲む。


 少し休んでから、オレは片手剣を抜き師匠に教わった形を練習する。

 エレーナはスモールソードを抜き突き主体の形の練習をしていたが、しばらくオレの形を見ていた。

 魔術コンテナからもう一本の片手剣と槍を出して左手に片手剣を持つ。


「二刀流なの?」

「相手が多い時は二本の方が楽だって聞いたけど……違うの?」

「……どうぞ、続けてください」


 エレーナは納得いかないのか、表情を曇らせる。


 片手剣を両方鞘に納めて槍を持つと、いつの間にか十人ほどのギャラリーがいる事に気付く。


「――槍はどういう形があるの? 本気の形を見せてよ」

「もう少し離れてもらわないと風圧で危ないよ」


 女性冒険者の声にオレは忠告をしたが、大人しく従ったのはエレーナだけだった。

 エレーナはオレの魔力斬撃を見た事があるせいか、慌てて五メートル以上離れる。

 偉いぞエレーナ、と思ったが……悪そうな顔をして『全力でやれ』と何度も合図する。


 オレは仕方なくギャラリーの足元五十センチ手前を狙い、身体を回転させながら本気で通常の斬撃を放つ。


「わ! 危ない!」

「……風圧で地面が抉られた……」


 十人ほどのギャラリーはサッとエレーナの近くまで離れる。


 一通りの形が終わると、ユリウスやクレメンテ大隊長も見ている。


「落ち着いてからでいい、王国軍のテントまで来て欲しい」

「お湯で身体を拭いてから行きます」


 ユリウスとクレメンテ大隊長は満足そうに頷いてから戻って行った。



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