1-1プロローグ
かつて「カランの悪魔」と呼ばれたS級冒険者と禁忌に触れた長寿人族のS級魔術士の弟子レインが、魔獣や悪人と戦い困っている人を助けながら、師匠の遺志を継ぎ仲間と共に異世界を少しずつ変えて行く……物語の予定です。
空は晴れているのに、雨がポツリポツリと降り始める。
この程度の天気雨では涙を誤魔化すには力不足のようだ。
もう泣かないと誓ったあの日から、もう十年以上経っている。
傍には誰もいないし、今だけは泣いてもいいだろう。
最後の別れをしている婆ちゃんの前で泣くのは、やはり気が引ける。
オレは爺ちゃんとの約束通り、爺ちゃんの好きだった海の見える丘に魔術で墓穴を掘り終えた。
なるべく顔を上げて家に帰ろう。
勢いよく玄関のドアを開けて廊下を歩く。
家の外まで微かに漏れていた婆ちゃんの嗚咽は、いつの間にか止まっていた。
オレは躊躇いながら爺ちゃんの部屋のドアをノックする。
「――レイン、準備はいいのかい?」
「うん」
「――爺さんと最後のお別れをするかい?」
「もう済ませたよ。お墓は掘った」
「――ありがとね。覚悟はできたね?」
「うん。でも……婆ちゃんは一人で大丈夫なの?」
「――レイン! いいかい、爺さんみたいに私の事を心配して島に戻って来るんじゃないよ! 先ずはリンデールから地道に困っている人を助ける。いずれ妻を娶って子を生す。そして、お前の志を継がせる。もうすぐアーロンの船が来るから……遅れんじゃないよ!」
「はい!」
オレはドアの前でしばらく頭を下げてからダイニングに行き、テーブルの上に置かれた黒く真新しいバトルローブを羽織る。
爺ちゃんから譲り受けて婆ちゃんが改良したワンショルダータイプの魔術鞄を肩に掛けた。
「婆ちゃん、今までお世話になりました。お元気で!」
「――見送らないからね! 女には気を付けるんだよ!」
玄関を開けると同時に婆ちゃんの大声が聞こえたが、オレはそっと玄関のドアを閉めて返事をせずに走り出した。
島の船着き場でヒゲ爺さんを待ちながら、オレは三人で暮らした島での十一年半の出来事を思い出した。
六歳より以前の記憶はなくしてしまったが、オレはこの島での記憶は絶対に忘れない。
最初は何がどうなっているのか分からず、いつも泣いてばかりいたな。
目覚めたら見知らぬ老夫婦を思われる人はいるし、自分が誰なのか、意思の疎通さえできない。
当時、名前すらなかったオレは爺ちゃんと婆ちゃんの話す大陸語と呼ばれる言葉を必死に覚えた。
覚えるしかなかったと言った方が正しい。
不自由なく話せるようになるまで一年以上は掛かったと思う。
七歳になった頃、爺ちゃんからは学問とあらゆる武器を使った戦い方や格闘技、婆ちゃんからは魔術と薬術を教わる。
爺ちゃんはスパルタだったけど、婆ちゃんはいつも丁寧に教えてくれた。
婆ちゃんが冗談で言った魔術を、オレがたまたま成功させてしまった事が原因で名前が決まったと聞いている。
あの頃のオレは爺ちゃんが大嫌いで、逃げ出す度に爺ちゃんに捕まったな。
爺ちゃん、ごめん。
今だから言えるけど……オレは八歳になるまで、いつか爺ちゃんを殺そうと思っていたんだ。
誰だって毎週骨折の痛みを味わえば、殺意が芽生えるのは当然だよね。
七歳の時に初めて爺ちゃんや婆ちゃん以外の人と会い、八歳の時から毎年数日間だけエノス島に爺ちゃんと旅行した。
十七歳になる少し前から格闘技では爺ちゃんと互角以上になったけど、素直には喜べない。
武器だけの戦いではやっと勝率六割になり、魔術を絡めた戦いなら絶対に負けない……まあ、オレも爺ちゃんも本気で戦えなくなっただけ、なのだけれど。
婆ちゃんから教えてもらった魔術と薬術は全て覚えた。
薬術とは言っても、オレは三種類のポーションと呼ばれる治療薬と三種類の丸い飲み薬しか作れない。
薬術を完全に覚えたご褒美は、ずっと憧れ続けた大陸への旅行。
リンデールという港町はオレの知っている木造の建物とは違い、石やレンガで造られたような大きな建物が建ち並ぶ城壁で守られた城塞都市だ。
森で魔獣と戦い、教会で病人を助け、娼館で大人の快楽を知り、やっと一人前の大人になれたと実感した三日間だった。
以前から兆候はあったが、爺ちゃんは三ヶ月ほど前から体調を崩してしまう。
オレはその時になって初めて爺ちゃんの真意を知った。
爺ちゃんは自分の命を削ってオレを鍛えてくれた事も。
先週から寝たきりになった爺ちゃんは、今朝オレと婆ちゃんに看取られながら息を引き取った。
『――おーい! レイン!』
いつの間にかヒゲ爺さんの小さな帆船が船着き場に近付いていた。
「お前だけか……ドランの調子はどうだ?」
「……今朝、息を引き取りました」
「アダリナは大丈夫か?」
「オレには分からない……」
「……そうか」
ヒゲ爺さんはそうに呟くと、太い右手で軽々とオレを帆船に引き上げる。
帆船はヒゲ爺さんの魔術で発生させた風を受け、凪いだ海をかなりのスピードで進んで行く。
エノス島には一時間ほどで到着し、船着き場にはヒゲ爺さんの孫娘のリアが待っていた。
「お兄ちゃん!」
「リア、久しぶり」
一歳年上のリアは何故か会う度にオレをそう呼ぶ。
長寿人族の定めか、幼女にしか見えないリアは嬉しそうに何度も頷く。
オレとヒゲ爺さんは帆船を船着き場にロープで固定する。
船着き場にはもう一隻の大きな帆船が係留されている。
大きな帆船は去年リンデールに行った時に乗った帆船だ。
オレはリアに手を引かれながら高台にあるヒゲ爺さんの屋敷に向う。
港の近くの高台に九世帯だけの集落がある。
エノス島は婆ちゃんの島の二十倍近い面積があると聞いたが、オレはこの集落しか知らないし、知らされていない。
三年前に一度だけ集落の外に住む人の気配を感じた。
初めて立ち入り禁止の柵を越えて、エノス島の山に木を八十本ほど間伐して【魔術コンテナ】に放り込んでいる時だ。
爺ちゃんの「気にするな」の一言で確認はできなかったが、感じた気配は少なくとも十人以上だったと思う。
九世帯とは言っても、長寿人族の世帯は最低でも三家族以上が同じ敷地内で暮らしている。
九世帯の内訳は長寿人族と人族の混血が四世帯、オレと同じ人族が三世帯、残りは人族と小人族の混血が二世帯となっている。
昨年爺ちゃんから聞いた話だと、大陸の大まかな種族の割合は人族が五割、小人族と獣人族がそれぞれ一割半、魔人族が一割強、残りが長寿人族等の少数種族だそうだ。
ヒゲ爺さんの大きな屋敷には集落の人たちが百名ほど集まっていた。
どうやら、爺ちゃんとオレの歓迎会を開くつもりだったようだ。
爺ちゃんが今朝亡くなったと話すと、泣き崩れてしまう人が何人もいてオレは対応に困ってしまう。
聞けば、エノス島の三世帯は爺ちゃんの勧めで大陸から移住したらしく、爺ちゃんは命の恩人だそうだ。
何度もエノス島は訪れていたが、こうしてヒゲ爺さんの家族以外の人と話すのは初めてな気がする。
いつも怖い爺ちゃんが隣にいてヒゲ爺さんの家族以外の人たちとの接触を禁じられていたしな。
オレは【魔術コンテナ】から木箱に入った三十キロほどのバッファローの肉を二つ、魔術鞄からは小瓶に入ったポーションと木の小箱に入った薬を取り出し、みんなで分けてもらうためにヒゲ爺さんに渡す。
何故か夕方からヒゲ爺さんの家の庭でバーベキュー大会になってしまう。
バーベキュー大会でたくさんの人から聞いた爺ちゃんの武勇伝は凄かった。
王国第三の都市ヘイブンの剣術大会で犯罪組織に属する有名なS級剣術士をボコボコにして優勝した話。
リンデールで貴族の性奴隷するために拉致された人族と小人族の女性たちを助けるため、たった一人で人身売買組織を潰して貴族を追い詰めた話。
王国第二の都市セディラで神父と共に、貧しい子供たちを唆して犯罪に走らせる複数の犯罪集団を根絶やしにした話。
カラン神国近くで隊商護衛の依頼を受けた際、たった一人で二十人以上の盗賊団を返り討ちにした話。
現国王が王太子時代にお忍びで旅行中、暗殺されそうになった時にたまたま助けて王都まで送り届け、後に王太子専属の護衛に召し抱えられそうになって夜逃げした話。
他にもいろいろあったが、オレの知らない爺ちゃんのもう一つの顔だった。
昨年リンデールの教会関係者は爺ちゃんを『ドラン様』と呼んでいたが、オレにとっての爺ちゃんは学問と戦闘の鬼でしかない。
これほど尊敬される人だったのなら、今後人前では爺ちゃんの事を『師匠』と呼ぼう、とオレは心の中で誓った。
ヒゲ爺さんの家で二泊してから大陸の港町リンデールに向かう準備に入る。
エノス島の特産品であり高級果実酒であるエノスワイン、山から採掘できるという金塊の入った樽、山羊のチーズ、目の細かい織物の生地、野菜や果物の木箱など、オレを含めた八人で大きい帆船に積み込む。
積み込みを終えたヒゲ爺さんの大きい帆船は十時過ぎに出港する。
今日はヒゲ爺さんだけでなく、筋骨隆々の小人族の船員さんと魔術の得意な人族の船員さんも一緒だ。
「レイン……今夜、例の場所に行くか? 若い娘が選り取り見取りだぞ……」
「絶対に行く……ヒゲ爺さんを早めに酔い潰そう」
「人族はやっぱりスケベだな……」
「お前ら、聞こえてるぞ! レイン……毎晩通うなよ」
「……はい」
よし、これからオレの色々な意味での冒険が始まる。
師匠の名だけは汚さぬように生きて行こう。
初めて書いたので、投稿されている諸先輩方のパクリにならないように注意しているのですが……やはり上手くは書けませんね。
書き溜めした分だけでもチョコチョコ更新していこうと思っています。
表現を統一するために編集しました。