第五話 びくっ!?
お風呂は気持ちい。とても気持ちい。日本人ならばお風呂は愛せる。もちろん私は好きだ。でも、長風呂は苦手なんだよね。肌が弱いのか、長くお湯に浸かっているとすぐ赤くなっちゃうんだよねー。
とくに女の子になってからは、より感じるようになった気がする。その辺、女の子のほうが敏感だってことかな?
でもそんな感じで、お風呂の時間が短くなっていった。たまに、お湯を温めにして長風呂にするときはあるけどね。
昨日は確か……あれ? ……あれっ!?
なんでっ!? 昨日の記憶がないっ!?
昨日は光瑠の後に入って、長くもなく、短くもなく……そのあと出たのは覚えてる。だから、逆上せたとかはそんなことはない。だから……………………………………………………
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だめだ、思い出せない。
なにか衝撃的なことがあったような……無かった……こともないような……。
うーーーーーーん………………。
まあ、いっか。
とりあえずは朝だ。起きなきゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ごめんなさい。朝一番に大声で叫んでごめんなさい。うるさくてごめんなさい。
でもね? でもですよ? なんで? なんででしょうか?
なんで私は裸で寝ているのでしょうか!?
下着すらない、すっぽんぽん。そんな性癖ないですよっ!?
「ん~~。朝からうるさいんだけど……何?」
「こっち見るなぁっ!」
やばい。いくら双子とはいえ全裸は見せられない。そのくらいの羞恥心はちゃんと備えているので。
ピンポーン。
「びくっ!」
インターホンの音に思わず体が跳ね上がる。そういえば、柊姉ちゃんと樹兄ちゃんが来るって言ってたっけ?
それと同時に隣からモゾモゾとした音が鳴る。光瑠が布団から這い出る音なのだろう。
ピンポン、ピンポーン。
ガサモゾ。
再度なったインターホン。と布の擦れる音。
このままでは裸を見られる。ならばと私は、布団を被りなおした。
◇◇◇◇
「あはは、確かに光の面影が残ってるよ」
柊姉ちゃんが笑いながら光瑠の頭をポフポフしてる。うん、段々とバシバシに変わってきてるから。痛そうだからそろそろ止めたげて。
「しかしなぁ、あれだな。ほんとに光なんだな」
樹兄ちゃんが私の心の声を感じ取ったのか、柊姉ちゃんを剝がしつつ感慨深そうに言う。普段の樹兄ちゃんは真面目でかっこいい人なんだけどね。
「今は 光 じゃなくて瑠璃の瑠をつけた 光瑠 なんだけどね」
「光璃とお揃いになるようにってちゃんと考えたんだから」
机に座ってる私たちの後ろからお母さんが話に加わってくる。9時過ぎという、遅い朝食。私は朝は弱いのです。だからか光瑠も同じだ。逆に明は早起きで、今日も朝早くから部活に行っているらしい。
柊姉ちゃんたちは食べてきたらしい。だよね。じゃなきゃいとこの家には来たりしないって。でもね、なんでかな? 柊姉ちゃんのその手に持っているものは。たぶんね、たぶんだけどね。どんぶりいっぱいの白米だよね!? しかもいわゆる漫画盛りってやつ。
さっき食べてきた、っていってもう食べるの!? しかもその量、女子高生が食べるにしては多すぎるよ!?
「中学の頃から人一倍飯食ってたからな」
樹兄ちゃんが教えてくれるけど、私見たことないと思うよ? こっちに引っ越してきた時からだけど。樹兄ちゃんならまだわかるけどさ。って、その空になったどんぶりは何かな?
「おかわり」
柊姉ちゃんは今日も絶好調です。
二人の容姿を簡単に説明すると、生まれつき色素の薄い栗色の髪を左右のうなじあたりで結んだ無駄に元気よさそうで、少し焼けた肌に大きい瞳が特徴なのが柊姉ちゃん。で、光瑠より短い黒髪を軽くツンツンさせた、一見人の好さそうな開いているのかわからないほど目が細く、身長の高いのが樹兄ちゃん。双子といっても二卵性双生児だから違いがそこそこに出てる二人。さらに体育会系の柊姉ちゃんと文科系の樹兄ちゃんとじゃ、色々と変わってくる。
「で、今日は何しに来たの?」
二杯目のご飯を頬張る柊姉ちゃんをスルーして、樹兄ちゃんに訊く。
「ああ、最初は光璃の高校の準備のためだったんだけど——」
「ついでに光瑠の分もお願いしちゃおっかなって」
出かける準備万端のお母さんが後ろにいた。いつの間に。
「ってかどっか出掛けるの?」
「入学書類や戸籍なんかをちょろっと……ね?」
ちょろっと……ね? じゃないよ。光瑠の質問に怖いこと言わないでよ。
いつの間にか着替えていたお母さんを軽く睨むと、照れた顔して玄関へと向かっていった。あとは任せたわよ~とか言い残して。
わ~。丸投げ。
「ふぁれも? んくっ。高校って……むぐ……色々と必要なもの……モグ……多いからね~……ゴクン」
うん。ご飯食べてから言ってほしいかな。一粒も残さないで食べているところはえらいとは思うけどね。今は食べるときじゃないのですよ。え? 私? もちろんもう食べ終わったですよ。光瑠も先に食べ終わってる。あとは、柊姉ちゃんだけだね。早くしなさい。
「ご飯も食べ終わったし、着替えて準備してくるよ」
「じゃあ俺は顔洗ってくるけど、着替えは早くしてくれよ?」
立ち上がった私に続いて光瑠も椅子を引く。もちろん使った食器は片付けますよ?
「はいはい、いいよ別に。気合い入れておしゃれするようなことでもないからね」
頭にせめて寒さは防げるような服を思い浮かべつつ返事をする。
「おしゃれしないでどうすんの!?」
「うわっっと……とと」
食器を運んでいた後ろから柊姉ちゃんの声が聞こえて……響いてきた。危うく食器を落としそうになったじゃんか。それとご飯粒飛ばさないで。
「光璃、ちょっと出かけるだけでも駅ビルまで行くんだからちゃんと服選ぼうよ! 乙女の嗜みだよ!?」
えー……。
いくら三年の間にいろいろ教え込まれたといっても、そこは、ねぇ? 楽はしたいじゃん。
「じーーーっ」
でもそんな私の意見を聞いてくれないのですよ。この眼力は。そして睨んでいるつもりなんだろうけど瞳の大きさがそれをうまく表現できていないので、結果大きな瞳からの熱視線。逆らえません。
ただ、声に出す必要はないと思うけどね。擬音語。
「わかった。わかったから、その目はやめて」
あきらめて手を挙げながら二階へと向かう。っと、すでに着替え終えてきた光瑠とぶつかりそうになる。
こやつ、さっさと逃げよったな。よく見ると髪も整えてやがる。
軽く睨みつけると、目を逸らして戸締りのチェックを始めた。あとで覚えていなさい、と思いつつ二階へと準備のために上がった。
◇◇◇◇
家から20分のところに最寄りの駅があり、そこから目的の駅まではさらに20分かかる。この駅には駅ビルがある。大都市に比べれば田舎なこの町はこういったお店がこの駅に集中している。かといって、その他の駅や駅から離れたところにはお店がないかというとそうではない。どこもかしこも、少し歩けば古くは商店街と呼ばれていたようなお店の並んだ通りが見える。
皐月家や近衛家、父方の実家のある近辺にも小さいながら商店街は存在する。かく言う近衛家、柊姉ちゃんと樹兄ちゃんの家はその商店街の一角にある古書店だ。幾度も足を運んだことがある。以前はたくさんの本が置いてある家、程度にしか思っていなかったけど、意外にも価値のある古書も取り扱っていたりするらしい。それはどうでもいいか。
今日は、ボーダーの薄手のニットに黒のスキニージーンズ、そして上から薄いベージュのスプリングコートを着ている。もちろんニットの中にも着ている。寒さ対策はしっかりしないとね。寒いのは苦手なのです。だからと言って暑いのは大丈夫かというと、そうでもないわけで。暑いのも苦手です。
それでも気温が16℃と少し暖かいので良かったと思う。動き回ったら熱くなるかもしれないけど、その時はその時で前を開けるなりすればいいことなので。
電車を降り改札を抜ける。そこには工事中のお土産売り場になりそうな店らしき場所と、有名なコンビニがある。そして左右にはそれぞれ外への出入り口があり、その途中に駅ビルへのガラス扉がる。
あ、ちなみにこの駅、線路やホームが上にある、いわゆる高架型の駅なのだ。未だに外とかは工事中だけども。
「さぁて、それじゃあ先ずは……」
いいつつもフードコートやレストラン街のある方へと顔を向ける柊姉ちゃん。さっき食べたばっかりだよね?
「うん、違うな。そっちじゃなくてこっちだよなー」
「わっ、とっ、ちょー樹~」
流石に樹兄ちゃんに体を掴まれる。体育会系とは言え、体格差と男女の差で柊姉ちゃんは反対方向に引っ張られていった。
さっき言わなかったけど、柊姉ちゃんは女子高生としては平均よりは少し小さいくらいだけど、樹兄ちゃんが大きく、差が結構ある。そしてなぜか樹兄ちゃんは力が強い。運動は授業とかの最低限しかしないのに。不思議だ。
そのあとは、柊姉ちゃんがあっちへふらふらこっちへふらふら。それを樹兄ちゃんと光瑠が連れ戻し、お母さんから(いつの間にか)渡されていたメモに沿ってお店を巡る。
光瑠用の男性ものの服や生活用品。高校に上がってからの文具などなど、主に光瑠の私物関係がメインだった。
え? 私の? ちょっと服や身の回りの物を買い足しただけだよ。うん、ちょっとだけ。まあ、あんまり必要なものなかったしね。
それよりも、夕方の帰りの電車に乗るまでの間に二度もご飯に行ったことがびっくりかな。
「じゃーねー二人ともぉー」
「ああ、うん。二人とも気を付けて、って心配することもないかもしれないけど」
大きく手を振りながら家へと向かう柊姉ちゃんと樹兄ちゃん。そんな二人を苦笑い交じりで見送る。
「今日はありがとうな。俺らだけだとちゃんと準備なんかしなかったと思うし。二人が来てくれて助かった」
買った荷物のすべてを家の中に置いてきた光瑠もお礼を言う。
いとこ同士でもお礼はちゃんとしなきゃね。
二人が見えなくなったところで家の中へと入る。
しかし今日は疲れた。主に柊姉ちゃんに。だって気が付いたら何処かへと行っちゃてるんだもん。女の子になったばっかりの時の買い物の時には着せ替え人形にされていたのと、恥ずかしかったのとで気づかなかった。次からはもっと気を付けよう。
隣を見ると光瑠の顔にも疲れが見えていた。これは先にお風呂沸かしておいたほうがいいかもね。お母さんはまだ帰ってきてないみたいだし、明もまだみたいだ。
「光瑠。荷物二階に上げてからお米だけ研いどいて。その間にお風呂入れてくるから」
「わかった」
光瑠にお願いすると二つ返事が返ってきた。私も疲れたし、荷物の整理は明日以降でいいかな。
お風呂を沸かして光瑠が入っている間、リビングのソファでくつろいでいたら、玄関から音がした。首だけ動かしてみるとお母さんが返ってきていた。
「あら、もう帰っていたのね。樹君と柊ちゃんは? ……あと光瑠」
「荷物置いたら帰ったよ。柊姉ちゃんは最後まで元気だったし。光瑠はお風呂。さすがに疲れたよ」
質問に答えて再びくつろぎに戻る。
ソファの上を独り占めしてだらけるのは最高だ。ぐでーーって擬音が聞こえそうだけど、気にしません。はしたないと言われてもかまうまい。休息は必要なのだ。昨日と違って光瑠がお風呂の間に明からの口撃がないから落ち着く。
あー、でも夕飯作るの手伝わないとねー。受験終わった後から教えてもらってるしー。んー、でも疲れてる体にソファの感触がー……。
つんっ。
「びくっ!?」
なにっ!? 何ごとデスカ!? あ、思わず片言になってしまった。っというか、もしかして寝てた?
慌てて体を起こしてみたけど目の前には誰もいない。ならばと後ろを振り返る。そこには上半身裸のイケメン、もとい光瑠がいた。
またかっ! またこの光景ですよ! できれば服を着ていただきたい。
「ほら出たぞ。もう少しで夕飯できるらしいから、入ってきたらどうだ?」
そんな心の声は届かず、光瑠はそのまま用事を伝えると二階へと上がってしまった。仕方ないので私もお風呂へと向かうとしますか。
しかし、今日は夕飯のお手伝いは出来そうにないなー。明日はちゃんと手伝おう。食い扶持が増えたので少し大変になりそうだし、これからいろいろと手伝っていってもいいかなぁ。
とりあえず今日は、お風呂で寝ないように気をつけなくちゃ。
始まらない新入生活。はやく始めないとですね。