12月第4週(3)
この人たちは消防士でもなんでもない。むしろ逆の存在だった。
もっと早く気付けたはずだった。止められたはずだった。止めることができなくても、助けを求めるくらいはできたかもしれない。
消防士が火事でもないのに。
耐火服を着て町中を歩きまわっているわけがない。
ガスマスクをつけているわけがない。
消火器を背負っているわけがない。
私の家に無断で入って来るわけがない。
火炎放射器を、持っているわけがない。
「…あ…あぁ!!!!」
至る所から狂ったような声が聞こえる。
悲鳴かもしれないし、怒声かも知れない。だがそれは、燃え盛る炎の轟音によってすぐかき消される。
昼間とは逆に、空の方が照らし出されているかのように辺りが明るくなる。相当数の家屋が燃えているに違いない。もしかしたらこの町自体が火の海なのかもしれない。隣の家も、向いの家も、その隣も、そのまた隣も、一斉に火のシャワーを浴びてその身を焦がしている。
防災訓練は結構真面目にやってきたつもりだったけれど、そんなものは全く意味がなかった。事実私は、眼の前で盛大に燃える家をただ見ていることしかできないのだから。
「やめてください! やめて…やめろ!」
私は何の考えもなく、男のうちの一人に掴みかかる。
「あぁ、まだ避難してなかったのか。自殺志願者か?」
男は振り向き、呆れたように言う。
「この地区だと法度高校が避難場所だったろう。死にたくないならさっさと行け。そのうち煙にまかれるぞ。学校で習わなかったか。」
男は私を振り払って、再び火炎放射器の引き金に指をかける。
「やめろって言って…!」
私は再び男に掴みかかった。火炎放射器の銃口を私の家から逸らすため、銃身を掴む。そんなことをしても無駄なのはわかっていた。既に炎は家を包み込み、その範囲を広げている。それでも、無駄であったとしても、私はこの家に振りかかる炎を、不幸を、少しでも軽減したかった。
しかし私は、先ほどまで火を噴いていた銃身の温度を甘く見ていた。いや、そもそもそんなことを考える余裕すらなかったのかもしれない。
「ぐっ…痛っ…!!」
掌に激痛が走る。熱いと感じる余裕もなく、私の肉が焼ける感覚だけが伝わって来る。
「鬱陶しい。」
男は銃身を握る私の手を振り払い、私を突き飛ばした。意外なほど強かった男の力に逆らえず、地面へと倒れ込む。熱源から離された掌は外気と触れ合いその痛みを鋭くする。
「わかるか?」
男は私に向き直った。燃え盛る私の家をバックに立つ男は、地獄の門番のようでもある。
「今まさに世界は間違った方向に進んでいる。大切なものを引き継がす、余計なものばかり後世に伝えている。さながら泥だらけの雪だるまだ。自分の生きる世界が間違った方向に進んでいる時、自分はどうすればいい? ただ見ているだけでいいのか? 私はそうは思わない。この世界で最も公平でないもの、それは発言力だ。『声の大きいもの』が発言力を持つ。ご立派な民主主義だと思わないか? だが世界がそう考えるのならば、私たちもそれで応えるしかない。何よりも強烈なメッセージを発信するしかない。」
「それが…」
「あぁ、火は何より強烈だからな。」
燃える。燃える。燃える。あまりにも簡単に。
あぁなるほど、こいつあの革命家だ。演説で何度も声を聞いたはずなのに、今まではっきりわからなかった。
世界。間違い。公平。民主主義。発言力。メッセージ。
男の言葉が私の頭の中で渦巻く。
そうなのかもしれない。男の言うことは正しいのかもしれない。この世界は問題だらけで、うまく行かなくて、足掻いている。
だけど。だけど。
「おい、ここはもういいだろ。移動しよう。」
もう一人の男が戻ってきた。人の家に火を点けているというのに、驚くほど事務的で、手際がいい。何の罪の意識もないように見える。
「あぁそうだな。ちょっとこいつの処理をするから、先に行っててくれ。」
私を指して革命家の男は言う。処理とはまた、随分無機質な言い方をする。
もう一人の男はちらっと腕時計を見て、御苦労さん、とだけ言って去って行った。
「もう手遅れだな。」
男が腕時計を見ながら憐れむように言う。
「早く避難しろと言ったはずだ。もうこれだけ火が回ってしまった以上、人間の脚ではもうどうにもなるまい。お前はここでメッセージの一部になれ。」
はっとして周りを見回す。
目に映るのは、火。火。火。どこにも逃げ道はない。
「しかし、普通火事になったら逃げるものだと思っていたのだが。お前は建造物と心中するつもりだったのか? 物好きだな。」
建造物じゃねぇよ。
家だよ。
私が今まで住んできた家で。
お父さんとお母さんと一緒に住んできた家で。
お父さんとお母さんが帰って来る家だよ。
世界だって大事かもしれないけど。
だけど、終わらせるだけじゃだめだ。
良いことも悪いことも、背負っていかなきゃだめなんだよ。
「まぁなんだ。焼け死ぬのも辛いだろう。一撃で楽にしてやる。目を瞑っていろ。」
男は火炎放射器から手を離す。今まで気付かなかったが、男の太腿にはホルスターがあって、しっかりと拳銃が収まっている。
「……」
あれ、私死ぬ?
私死ぬの?
男は拳銃を引き抜くと、上半分の部品をスライドさせた。ガチャリ、と音がする。如何にも準備完了という感じの音で、絶望的な音でもあった。
「目を瞑らないのか…まぁ、すぐに終わる。気を楽にしろ。」
カウンセリングのつもりか。妙な気遣いが本当に腹立たしい。
男は迷いなく銃口をこちらへ向ける。銃をこっちから見るのは最初で最後だろうなぁ。
「お前の終末に良い夢を。」
それ決め台詞かよ。かっこいいな。
お父さんお母さん。
私死にます。最大の不孝ってやつだね。
だけどさ、二人の家を守ろうとしたんだから、そこは許してよ。
なんて。
ごめんなさい。




