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12/12

映画館

「はぁ…はぁ…」

 全力で駅に向かって走っている。

 石岡駅東口のバスロータリーから駅までは数分だが、今はそれすら惜しい。

 駅構内のピーン、ポーンというは独特な音を聞き流しつつ改札に着いた。


「おそーい!約束!覚えてる?」

「アイスを奢らせていただきます」

 深々と頭を下げる。


「もーフィフティーワンじゃなきゃ許さないんだから!」

「何なりと、奢らせていただきます」

 時刻は十四時を回ったところだった。完全な寝坊を果たした俺は風よりも早く支度をし、『ゴメン』とメッセージを送りつつ、全速力でここまで来た。


「本当に仕方ないなー。三段で手を打つよ!早く行こ!」

 怒った顔からニコッと笑うと改札を抜けて先に向かう。


「ゴメン夏菜。映画、楽しもうな!」

 俺も後を追って改札に入る。

 電車に揺られ、水戸市にある大型ショッピングモールへと向かう。休日でも常磐線の車内は閑散としていた。流石、田舎の電車だな。

 俺達はドア近くの椅子に並んで座った。

 ふと横を見ると、夏菜のポニーテールが電車の揺れに合わせて機嫌よく揺れている。いつも俺の家で黄色いエプロンをつけて料理をしてくれる姿とは違う、淡い色のワンピース姿。柑橘系の香りが、いつもより少しだけ大人っぽく感じられた。

 

「それにしても、見事に寝坊したね。疲れてたの?」

 夏菜が下から俺の顔を覗き込んでくる。その口元は緩んでいる。

 

「あー……ちょっと昨日の夜、色々あってさ。でも寝坊は俺のミス。本当にごめん」

「ふふっ、もう怒ってないよ。でも、ちゃんと寝ないとダメだからね?」

 いつもの世話焼きの筈なのに、私服姿のせいか「女の子」としての可愛らしさを強烈に意識させられる。

 モールに着き、映画館のロビーへ。

 夏菜がずっと観たがっていた『明日の君に』のチケットを発券する。十六時の回に空きがあって良かった。

 少し時間があるのでゲームセンターで少し暇を潰す。

 小さな熊のぬいぐるみを取ってあげると、夏菜の笑顔が爆発していた。

 

 映画は、すれ違う高校生男女の爽やかで少し切ない青春群像劇だった。

 スクリーンの光に、隣に座る夏菜の横顔が照らし出される。映画の終盤、主人公たちが素直な想いを伝え合うシーンで、隣から小さく鼻をすする音が聞こえた。

 見ると、夏菜が両手で口元を覆い、ポロポロと涙をこぼしている。

 俺は少し迷った後、自分のポケットからハンカチを取り出し、そっと夏菜の膝の上に置いた。

 夏菜は驚いたようにこちらを見て、それから照れくさそうに「……ありがと」と小さく呟いた。その控えめな仕草と涙に濡れた嬉しそうな瞳に、俺の心臓も音を立てる。


 

「いやー、めっちゃ泣いちゃった! ハンカチ、借りちゃってごめんね?ちゃんと洗って返すから」

 映画館を出た夏菜は、スッキリとした満面の笑みを浮かべていた。

 

「全然気にしなくて良いよ。あんなに泣くとは思わなかっけどね」

「だって感動したんだもん! ずっと一緒にいた幼馴染が、ちゃんと特別な人になるんだよ? 最高じゃん!」

 力説する夏菜の口から「幼馴染」という単語が含まれていて、少し動揺する。

 

「さて! 映画の余韻もそこそこに、約束のメインイベントに行きますか!」

 夏菜がビシッと指差した先には、アイスクリーム店「フィフティーワン」の看板があった。

「いや、メインイベントは映画だろ」と言うツッコミはスルーされた。

 

 ショーケースの前で「えー、どうしよう!」と真剣に悩んだ末、夏菜はチョコミント、ストロベリー、そして期間限定のネモフィラ風味の三段重ねを元気よく注文した。

 モールのテラス席に移動し、二人でテーブルを挟んで座る。

 

「ん〜! 美味しい! 奢りのアイスは格別だね!」

 幸せそうに食べる姿を見て、俺も自然と笑みがこぼれる。

 

「遅刻して言うのもなんだけどさ。……今日、誘ってくれてありがとう」

 俺が素直に伝えると、夏菜はスプーンをくわえたまま、パチパチと瞬きをした。

 

「最近、色々とドタバタしてたから、こうやって夏菜と出かけられてすげえ楽しいよ。いつも家に来てご飯作ってくれたり、俺のこと心配してくれたり……本当に感謝してる。ありがとう」

 夏菜の顔が、みるみるうちに林檎のように真っ赤に染まっていく。

 

「な、なによ急に! 恥ずかしいじゃんかっ!」

 夏菜は慌てて視線を逸らし、溶けかけたアイスをツンツンと突き始めた。

 

「……わたしだって、蒼也と映画観れて、すごく楽しいよ。遅刻はしたけど、走ってきてくれたの、ちょっと嬉しかったし。それに……ハンカチとこれもありがとう」

 夏菜は上目遣いで俺を見ると、えへへと笑った。

 

「次は蒼也の好きな映画行こうよ!」

「おう!そうだな!じゃあ次はホラーアクションにするかな!楽しみにしてるよ」

「えー!ホラーは絶対無理!無理!私が怖いの苦手なの知ってるよね?」

「そうだっけ?ならホラーに決まりだな!」

「ぜーったい観ないからね!!」

 夏菜の輝くような笑顔を見ていると、この平和で優しい時間がずっと続けばいいと、心からそう思った。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけば外は真っ暗になっていた。

 石岡駅に戻り、八郷へ向かういつものバスを待つ。休日、夜のバス停は俺たちしかいなかった。

 

「あーあ、もう帰る時間かぁ。なんか、あっという間だったな」

 夏菜が少し名残惜しそうに、ロータリーの屋根を見上げた。

「そうだな。でも、最終だからこれに乗らないと……また近いうちにどっか行くだろ」

「……うん」

 バスがロータリーに入ってきた。ライトが俺たちを照らす。二人で立ち上がり、バスの列に並ぼうとした時。ふと、夏菜の指先が俺の手に軽く触れた。

そのまま自然な流れで、夏菜の少し小さな手を、そっと握った。

 夏菜は一瞬ビクッと肩を震わせ、驚いたように俺の顔を見上げた。彼女の瞳が揺れている。

 

「……段差危ないからさ」

 不器用すぎる言い訳。我ながら情けない。

 夏菜はクスッと小さく笑うと、ぎゅっと少しだけ力を込めて握り返してくれた。

 

「……うん」

 照れ隠しのようにお互いが外を向く。

 その横顔は二人ともライトの影になってみえない。

 ただ、繋いだ手から伝わる温もり。それは、ただの幼馴染という関係から確実に一歩踏み出した証だった。

 

 気持ちの良い夜風が二人の間を吹き抜ける。ハンググライダーで空を飛ぶ時の癖で、自然と目で風の行方を追ってしまう。

 俺は茜を空へ連れて行く約束をしている。本物の自由な空を見せると。

 

「蒼也?」

 繋いだ手が少し引かれ、俺は視線を空から隣へと戻した。

「ん? ごめん、なんでもない」

「もう、乗るよ?」

 バスの扉が開く。夏菜は笑い、俺の腕にすり寄るように距離を詰めた。

 彼女の笑顔は、眩しくて可愛い。今日、俺たちの関係は間違いなく前に進んだ。夏菜がこんなにも特別な存在だと、改めて気づくことができた。

 俺たちはバスに乗り込むと二人いつもの席、いつもの並びで座る。ただいつもと違うのは左手が温かいということだった。

 初夏の夜、これからまだまだ暑くなるだろう。

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