4話 得たもの、失ったもの
「やめろおおおおッ!!」
グリスの絶叫を引き裂くように、ドスン、と鈍い質量が地面を叩く音が響く。
次の瞬間、グリスの視界のなかのすべてが、赤に染まってしまった。
「ひっ……、あ、ああ……っ……!?」
遮蔽物のない開けた焼き跡で、グリスはあまりの恐怖に息を詰まらせ、ただガタガタと泥の上で震えることしかできない。目の前で何が起きたのか、脳の理解が完全に拒絶している。
――それは、グリスが絶叫をあげる、わずか5秒前のことだった。
里を囲む森の木々から、目にも留らぬ速さで射出された影が、岩を持ち上げた兵士の首に強靭な尾を巻きつけ、その頸椎を一瞬でへし折ったのが最初。
兵士の手から滑り落ちた巨岩を、飛び降りた若い男が両手でピタリと吸着してその勢いを殺し、崩れ落ちる兵士の顔面へ真っ直ぐに突き下ろした。
――ドスンッ!!!
人間の頭骨など、ただの熟した果実と変わらなかった。
焼けた里の土の上で、兵士の頭部が一撃で粉砕され、周囲に爆ぜる。
グリスの視界を真っ赤に染め上げたのは、バザルの血ではない。1秒前まで傲慢に笑っていた、人間の兵士の頭部だったものだ。
さらに、生き残った四人の兵士が恐怖で完全に硬直したその一瞬。
彼らは気づくことすらできなかった。自分たちの真後ろに、いつの間にかもう一つの影が着地していたことに。
最後尾にいた兵士の首筋に、冷たい銀光が奔った。
すれ違いざま、音もなく喉元を切り裂いたのは、一振りのダガー。それを握るのは、先ほどの男と瓜二つの顔をした、体格のいい男だった。
振り返ろうとした兵士たちの肉体へ、容赦なく冷徹に刃が突き立てられていく。
だが、かすり傷のような浅い一撃しか受けていないはずの兵士たちが、なぜか悲鳴一つあげられない。彼らは突然、白目を剥いてガタガタと激しく痙攣し、口からどろりと泡を吹きながら、次々と泥の上に崩れ落ちていった。
叫ぶことすら許されず、声にならない息を漏らすだけの全滅。
あっという間に、五人の兵士は物音一つ立てず静まり返った。
あまりの超スピードに、グリスの動体視力は完全に置き去りにされていた。
わずか3秒。その刹那の間に、すべては終わっていた。
「……ふぅ。悪りぃ、遅れたわ、兄貴」
そう軽い調子で声をかけたのは、前方に着地していた――岩を叩き落としたほうの男だった。だが、その視線の先にあるバザルの容態を見た瞬間、男の表情が引き締まる。
バザルは、泥の中に頽れていた。陥没した胸が呼吸のたびに不自然に軋み、喉の奥から血が泡立っている。呆れた声を出す余裕など微塵もなく、いつ心臓が止まってもおかしくない、文字通りの虫の息だった。
「……チッ。ダリ、兄貴のヤバさは本物だ。回収するぞ」
岩を叩き落とした男――ミロが、一転して焦燥を含んだ鋭い声で片割れを呼ぶ。
その時だった。冷徹な男、ダリが、バザルの傍らでルカを抱きしめたまま腰を抜かしているグリスの存在に気づき、その瞳の矛先を鋭く向けた。低く突き放すような声を出す。
「……おい。ルカ、そいつは敵か?」
その言葉に宿る明確な拒絶と敵意に、グリスの身体がすくみ上がる。
だが、そのグリスの前に、ルカが弾かれたように飛び出した。グリスを背中に隠すように小さな両手を広げ、双子をキッと見上げる。
「ダメ!! グリスをいじめちゃダメ!! この人は、人間の兵隊から、命がけで私を守ってくれたの!!」
必死に叫ぶルカの言葉に、ダリはピクリと眉を動かした。バザルも薄れゆく意識のなかで、ただグリスのほうを泥まみれの指先で微かに指し示す。その人間のガキが、命綱を繋いだのだと言外に告げるように。
ダリはしばらく無表情にルカを見つめていたが、やがて短く息を吐いた。
「了解」
ダリは視線をルカから外し、その後ろでガタガタと震えているグリスの瞳を、射抜くように冷たく見下ろした。その双眸に、一切の慈悲はない。
「抵抗したら、殺す」
たった一言。低く、地を這うような死の警告。
その圧倒的な威圧に、グリスの喉がヒィ、と引き攣ったように鳴った。周囲には人間の兵士の死体が見渡す限り転がり、目の前には一瞬で命を奪う亜人の双子。あまりの恐怖と自分の「所在なさ」に、グリスは息をすることすら忘れ、ただ泥の上で縮こまることしかできない。
ミロが、フッと息を漏らして肩の力を抜いた。
「……チッ。人間にしちゃ、ずいぶんと骨のあるガキじゃん。まぁ、いい。ダリ、そっちの二人も回収するぞ。行くぞ」
ダリは何も言わずに刃を静かに懐へと収め、顎で焼き跡の隅をしゃくった。
有無を言わせぬ号令とともに、グリスはダリの強靭な腕で強引に丸抱えにされ、凄ましじい速度で森の闇へと連れ去られた。風圧でまともに目が開けられない。ルカすらもその速度に当たり前に並走している異常な光景が、視界の端をかすめていく。
どれほどの時間、その暴力的な速度に揺られていただろうか。
グリスが正気に戻ったときには、森の奥深くにひっそりと隠された「隠れ里」の前にいた。
そこかしこで、様々な姿をした『異端』の者たちが、不安そうな目をこちらに向けて行き交っている。
「バザル!! しっかりしろ、バザル!!」
「おい、他のみんなはどうしたんだ!? 戻ったのはこれだけか!?」
悲鳴に似た怒号が飛び交うなか、里の大人たちが我に返ったように駆け寄り、瀕死のバザルと数少ない負傷者たちを大急ぎで小屋へと担ぎ込んでいく。
その慌ただしい喧騒のなか、小屋の影から一人の幼い少女が弾かれたように飛び出して、彼らのもとへと駆け寄ってきた。
「バザル! ミロ、ダリ……っ! みんな、無事だったの!?」
少女は安堵の声を上げようとして――すぐに、凄惨な生き残りたちの姿に息を呑んだ。少女の顔から、一瞬にして血の気が引いていく。
満身創痍のわずかな生き残り。そのあまりの少なさに、彼女は弾かれたようにミロの服の裾をぎゅっと掴み、縋り付くようにして見上げた。
「フーゴは? アルドは? グルトンは……? ネイルは? ドルビーは……っ!?」
息を詰まらせ、矢継ぎ早に名前を呼ぶ少女の視線を、ミロは静かに受け止めた。その瞳には、重く冷徹な現実だけが宿っていた。
ミロは何も言わず、懐から泥と血にまみれた一本の短刀を取り出した。フーゴが肌身離さず持っていた、ただ一つの形見。
それを、少女の手のひらへ、静かに握らせた。
「フーゴは……。アルドも、グルトンも、ネイルも、ドルビーも。……みんな、最後まで戦ったよ」
少女はその場に崩れ落ち、短刀を胸に抱きしめながら、声にならない悲鳴を上げて泣き叫んだ。少女が呼びかけた、戻るはずだったすべての命が、もう二度と帰らない。誰もその涙を責めず、周囲の亜人たちは静かに目を伏せるだけだった。
その残酷な光景を、グリスは逃げ場のない至近距離で、所在なく立ち尽して見つめていた。
少女の持つ短刀にべっとりとこびりついた赤黒い血が、夕闇の中で嫌に鮮明に見える。
(僕があの時、見つからなければ。僕が生き残ってしまわなければ……)
本来なら、あの泣き叫ぶ少女の元へ帰るはずだった、たくさんの命。
彼らを奪う引き金になった自分が、なぜ彼らの「家」であったこの場所に、代わりに生き残って居座っているのか。
あまりの罪悪感と血の臭いに、グリスは猛烈な吐き気を催した。胃の奥からせり上がる不快感を必死に堪えながら、グリスはただ、少女の泣き声を聞き続けていた。
科学の知恵など、この圧倒的な理不尽と命の喪失の前には、何の役にも端立たなかった。
その敗北感と、一生消えない決定的な楔を胸に深く突き立てられた。
――それは、あの洞窟でグリスが目を覚ます、わずか数時間前のこと。
ガルカ帝国軍の魔法爆破によって辺境巡回軍の陣地が消し飛んだ、あの地獄の戦場から、ただ必死に、がむしゃらに馬を走らせて逃げ延びた一団があった。
生い茂る鬱蒼とした森の中。適当に突き進んできただけの場所だったが、ここまで来れば、ようやく敵の爆鳴も遠くなる。
馬を止め、生き残った兵たちの間に、重苦しい沈黙が広がった。誰もが精神の限界を迎え、疲れ果てて言葉も出ない。
純白の鎧を泥で汚したエルウィンは、そんな彼らの前に愛馬を進め、深い悲痛とそれを押し殺した力強い慈愛の笑みを浮かべてみせた。
「みんな、安心してくれ。ここまで来ればもう大丈夫だ」
凛とした、包み込むような声。
最高のタイミングで最高の台詞を吐いた――はずだった。
しかし、誰も顔を上げない。
兵たちはただ泥水を見つめ、あるいは己の傷を抱えてガタガタと震えている。極限の疲弊と恐怖のあまり、エルウィンの言葉など誰の耳にも届いていなかった。完璧な『理想の上司』の演技を完全に無視され、エルウィンの端正な顔が、怒りと屈辱で一瞬ピキリと引き攣る。
(……チッ、このクソどもが。この俺がわざわざ声をかけてやっているのに、シカトか? どいつもこいつも脳まで焼き切れやがって、本当に使えねえゴミが――)
腹の底でキレかけたその時、一団の中で唯一、冷静に周囲を索敵していたヴォルトが、空気を変えるように馬を寄せた。
「隊長。後方に帝国軍の追手はありません」
感情を排した、しかしよく通る冷徹な声。そのプロの状況説明に、兵たちの意識がようやく僅かに引き戻される。ヴォルトはエルウィンの苛立ちを察してか、淡々と続けた。
「この先は、強力な魔物が多く存在すると噂される危険地帯です。敵がこれ以上の深追いを諦めたのは、この地形と魔物の存在を嫌ったからでしょう。……敵の包囲網を予測し、あえてこのルートを選択した隊長の判断、見事でした」
ヴォルトが気を利かせて添えた、冷徹な事実による客観的な裏付け。
その言葉が呼び水となり、一般兵たちの目が一気に色めき立った。
「あえて、魔物のテリトリーを……!?」
「敵の裏をかいたのか……やっぱり、俺たちの隊長は凄すぎる……っ!」
「隊長に着いてきて本当に良かった……!」
絶望から一転、兵たちの間に「やっぱり隊長だ」という熱狂的なまでの崇拝と安堵が爆発していく。
勝手に自らを神格化していく部下たちを見つめながら、エルウィンは内心で激しく鼻で笑っていた。
(ハハ、心の中ではただ必死に適当に逃げてきただけなんだけどな。まあ、そういうことにしておいてやるか。よくやったぞ、ヴォルト)
遅れて自分への狂信を再開した有象無象を見下すたびに、歪んだ全能感が胸を満たす。やはりヴォルト以外は会話をする価値もないカスだ。ここにいる兵どもなど、せいぜいここから王都へ抜ける道中で魔物に貪られ、自分たちのための時間を稼げばいい。エルウィンにとって、周囲の命など自身の生存確率を上げるための都合のいい盾に過ぎなかった。
エルウィンはそっと胸に手を当て、美しい目に涙を潤ませて、力強く言い放った。
「私の命など、部下を守るためにある。私は誓おう。辺境巡回軍隊長として、ここにいる全員を、何があっても必ず生きて王都へ送り届けると!」
「隊長……!? しかし、お二人だけでそんな……っ!」
兵士たちの顔に浮かんだのは、極限状態の恐怖のなかに灯った、隊長への盲目的な感謝と敬畏だった。自分たちを救うために二人が犠牲になろうとしてくれている――何の疑いもなくそう信じ込んだ一般兵たちは、エルウィンの怒号に背中を押されるようにして、我先にと森の奥へと走り出した。
その必死に逃げていく部下たちの背中を視界の端に捉えながら、エルウィンは純白の兜の奥で、下卑た笑みを深く刻んでいた。
(――ハハッ、囮ナイス! あーあ、あいつら、自分が都合よく身代わりにされてるなんて1ミリも気づいてないんだろうなー。走れ走れ、もっと派手に音を立てて逃げろ!)
案の定、五体の魔物のうち、三体はパニックを起こして逃げ惑う一般兵の集団へと強烈な飢餓感を向け、肉の裂ける音を響かせながら木々の奥へと貪欲に追走していった。
ただ適当に逃げてきただけの場所だったが、一般兵を文字通りの生贄にすることで、敵の戦力を一瞬で分散させることに成功した。あとに残ったのは二体。実力のある自分とヴォルトの二人なら、向かってくるこの二体を処理して生き残るなど造作もない。
「……了解」
ヴォルトはエルウィンの意図に付き合う風でもなく、ただ感情の消えた声で短く応じた。
一般兵たちの叫び声が遠ざかるなか、彼は視線をこちらに向かう二体の魔物だけへと固定し、無機質に剣を引き抜く。その挙動には一切の迷いも動揺もない。
「フン、さあ、こちらに来たクソトカゲどもを片付けるぞ」
エルウィンは、爛れた肉からボタボタと汚汁を滴らせて迫り来る魔物を睨みつけ、ヴォルトと共に剣を構えた。
ヴォルトの特質は【身体硬化】である。
エルウィンが攻撃をし、彼が躱わしきれない攻撃はヴォルトが受ける。
そして、ヴォルトが限界を迎える前にエルウィンが魔物を刈り切る。
100名といえど軍の隊長とその補佐、実力は舌を巻くものである。
だが今回は様子が違った。ヴォルトの胸は魔物の爪に深く抉られ、大量の鮮血が溢れ出していた。剣を杖代わりに、辛うじて立っているだけの状態だった。
それを見たエルウィンは、のそりと立ち上がり、内心で激しく安堵の息を漏らす。
「よくやったぞ、ヴォルト。お前のおかげで助かっ――」
エルウィンが極上の笑みを浮かべ、言葉をかけようとした、まさにその時だった。
ピキ、と背後の泥の中から不気味な音が響く。
見れば、死んだはずの魔物の背中から、不気味な植物のツタのような形状をした『触手』が異常な速度で伸び、無防備なエルウィンの首筋を狙って突き出されていた。
思考より先に、エルウィンの生存本能が動いた。
エルウィンは一瞬の躊躇もなく、目の前で疲弊しきって動けない、まだ【身体硬化】が辛うじて残っているヴォルトの鎧を掴むと、力任せに己の前へと引きずり戻して盾にした。
ヴォルトの胸から下が、凄まじい質量によって一瞬で吹き飛ばされ、ヴォルトは地面に落ちた。
死んだはずの二体のトカゲ型の肉体が、ドロドロと融解しながら混ざり合い、一つの巨大な質量へと『合体』を始めていた。爛れた肉組織が異常な速度で膨張し、倍以上の巨体へと変貌していく。背中からは人間の手足のような突起が何十本も狂い咲き、二頭分の力が一つに凝縮された、真の異形がそこに誕生していた。
「嘘だろ……? なんで、こんな……」
エルウィンの顔から一瞬で血の気が引いた。
合体した魔物の巨大な爪が、エルウィンの想定を遥かに超える速度で奔った。
ぐしゃり、と嫌な音が響く。
「あ、ガ、アッ……!?」
エルウィンの右腕が、肩の付け根から肉ごと抉り取られ、地面に転がった。
あまりの激痛に白目を剥き、泥水の中で無様にのたうち回る。
「いやだ、嫌だ嫌だ! 助けてくれ! 誰でもいい、誰かいないか!!」
狂ったように叫ぶが、もう盾にする部下は一人もいない。
迫り来る死の影を前に、激痛と恐怖で声にすらならない叫びが、エルウィンの脳内を黒々と埋め尽くしていた。
(ふざけるな……ッ! 俺が、俺みたいな特別な人間が、こんなところで終わる器なわけがないだろ……! 有象無象を蹴落として、やっと、やっと巡回軍の隊長まで上り詰めたんだぞ……っ! 俺の輝かしい人生が、こんな糞溜めみたいな森で終わっていいはずが――)
その醜い拒絶をあざ笑うように、魔物の巨大な顎が迫り、その鋭い牙が、エルウィンの細い首筋に突き立てられた。
骨が砕け、肉が引き裂かれる、決定的な「死」の感触。視界が急速に、真っ暗な闇へと落ちていく――。
完全なる、エルウィンの死。
しかし、その精神が無限の静寂に包まれた瞬間、暗闇の空間に、神々しくもどこか不気味な『声』が響き渡った。姿は見えない。ただ、世界の理そのものが語りかけてくるかのような、絶対的な残響。
『――見事でした、エルウィン』
その声は甘く、そして世界の理を歪める不条理に満ちていた。
『あなたはとても勇敢でした。最期まで命を賭して戦ってくれた部下がいることが、何よりの証明です。……しかも素晴らしいことに、あなたはあの価値のない無能をも助け、生かしています』
(……は……? 無能……? ……あの、崖から蹴り落とした……飛び出して来たゴミか……っ、あいつ、まだ生きて、んのかよ……!)
死の淵に漂う混濁した意識の中で、エルウィンはどす黒い不快感に苛まれていた。名前すら覚えていない、ただの防壁代わりに使い潰しただけの羽虫。今頃とっくに魔物の腹に収まっているはずの粗大ゴミが、なぜか生きている。その事実への純粋な胸糞悪さだけが、冷え切っていく魂の底をピキリと逆撫でした。
だが、声はエルウィンの内なる呪詛など露知らず、淡々と祝福を告げた。
『死の直前まで世界のために尽くした高潔な魂。……汝の特質を【使徒:勇者】へと変更します』
ドクン、と。
現実世界の泥の上で、止まっていたはずの心臓が、あり得ない質量で猛烈に脈打った。
「――が、はッッ!!!!」
エルウィンは弾かれたように目を見開いた。
同時に、彼の肉体から、周囲の闇をすべて焼き尽くんばかりの、圧倒的な『黄金の聖光』が爆発した。
エルウィンを喰らおうとしていた合体魔物の顎は、爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。
引きちぎられたはずの右腕の断面から光の粒子が溢れ出て、瞬時に再生していく。皮膚の一枚一枚が人間を超越した密度へと変貌し、脳内に流れ込んでくるのは、世界を改変できるほどの絶対的な全能感。
「あ……。あ、ああ……」
エルウィンは自身の両手を見つめた。指先から溢れ出すのは、世界を裁くための神の光。
「ハハ……。ハハハハハハハハッ!!!!」
「力が満ちる!みなぎる!溢れる!」
エルウィンは泥まみれの顔で、狂ったように笑い声をあげた。迫り来る死への恐怖など、一瞬で消し飛んでいた。
「薄汚い化物が。」
黄金に輝く瞳で魔物を睨みつける。
エルウィンは逃げるどころか、自ら狂気的な踏み込みを見せた。
突進してきた魔物が、その巨大な顎を裂くように開いた。
エルウィンは躊躇なく、再生の途中でまだ黄金の光を激しく放っている右腕を、魔物の喉奥へと深く突き刺した。
魔物の体内に突っ込んだ右拳から、身体に溢れてやまないこの底なしの光を、無言のまま一気に注ぎ込む。
行き場を失った超高密度の光のエネルギーが、化物の内臓を焼きながら、その肉体の中で限界まで膨張し――暴発した。
――ドォォォォンッ!!!!
内側から世界を白熱させるような、凄まじい黄金の爆鳴。
次の瞬間、合体魔物の巨体は内側から風船のように破裂し、四散した。
綺麗な消滅ではない。
神聖な黄金の光が夕闇を照らした後、周囲の鬱蒼とした森に降り注いだのは、生温かい肉片と、ザーザーと大地を叩く圧倒的な血の雨だった。
ボタボタと、エルウィンの頭上にも化物のどす黒い返り血が容赦なく降り注ぐ。
静寂が戻った荒地で、エルウィンは神々しく佇んでいた。
(ああ……。そうか)
彼は悦びに震えていた。
世界は、正義のために回っていない。
世界は、あの泥まみれの無能や、必死に這いつくばる平民どものために用意されてなどいない。
だが、強いて言えばこの世界は…
「俺の物語だったのか」
エルウィンは夕闇の迫る空を見上げ、最高に美しく、環境を、そして他者を支配する、歪んだ恍惚の笑顔を浮かべた。




