第8話 連戦連夜(3)
招集所に着き、試合開始を待つ。
ここに立つと、心臓の鼓動がより強く、速くなるのを感じる。
(大丈夫だ、大丈夫……)
自分に言い聞かせ、震えを抑え込む。これは緊張か、はたまた高揚か。自分でも判別がつかなかった。
招集が終わり、メインブロックのトラックへ。スタートラインに立つ。
隣のレーンには、一番のライバル・河野。
こいつに勝ちたい。こいつに勝たなきゃ、この先の道はない。
会場が静まり、自分の鼓動だけが耳元で鳴り響く。吐き気がするほどの恐怖すら、今の俺には勝利への原動力でしかなかった。
開戦の合図は、そんな俺の感情を置き去りにして、ただ孤空を切り裂いた。
全員が、1500m先にあるゴールを目指して一斉に走り出す。
最初の一周は、ほぼ全員がオーバーペース。けれど、今日の俺には「河野に勝つ」という明確な標的がある。
先頭には出ず、集団の後方でじっと機を窺う。
先頭が400mを通過。74秒。やはりこの組の選手たちが狙うペースより明らかに速すぎる。
(俺の理想は77秒前後だ)
少しの焦りを、深呼吸でひそめる。
河野は先頭付近を走っている。あいつらしい、攻めの走りだ。
三周目。全体に疲れが見え始め、ペースが落ちてくる。
俺は冷静にレースを進めていた。二周目の400mは84秒。先頭のペースはさらに落ちている。
序盤を控えめで入った分、俺にはまだ、脚が残っている。
勝負を決めるなら、今しかない。
俺は少しずつギアを上げる。
一人、二人、三人。前を走る選手を次々と抜き去っていく。
抜き去るたびに体が熱を帯び、さらにペースが上がる。
気づけば、俺は河野のすぐ後ろまで迫っていた。
残りはあと300m。
河野の背中が、すぐそこにある。「勝てる!」
疲労で悲鳴を上げる足にもう一度力を込め、地面を一段と強く蹴った。
ラスト100m、ついに河野の横に並び立ち、一気に抜き去る。
(よっしゃ! 河野に勝てる!)
心の中で勝利を確信し、震えた。
だが、河野は俺が追い抜くのを見るや否や、これまでにない力強さでラストスパートをかけた。
残り30m。河野が猛然と俺を抜き返し、そのままゴールラインを駆け抜けた。
河野のタイムは5分11秒。俺は5分12秒だった。
河野も俺も、特大の自己ベストだ。
けれど、俺の心に喜びはなかった。ずっと追ってきた河野の背中を、一度は捉えながら、最後の一歩で逃してしまったのだから。
いや、この結果でよかったのだろう。
俺はこの試合で、誰かに勝つ喜びと、自分より強い相手に挑むことの「本質」を知ることができたのだから。
薄暮の中に消えていくライバルの背中を見つめながら、俺は次の一歩を、もっと強く踏み出すことを誓った。




