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となりのとなりの物語  作者: 福本銀太郎


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第24話 プレバックパート2

「立石君。コバちゃんに連絡がとれないんだ。なにか知らないかい?」

 上杉さんから電話だ。

 立石は ん? と思った。

「いえ。なにも聞いてませんが」

「そうか。体調でも崩してないかと思ってさ・・・」

 心配そうな上杉の声だ。


 田村かすみも、小林の件では「答えられない」と言った。

 今度は、上杉さんとも、ゴタついているのか。

 これは何かある。と立石は踏んだ。


「そうですか。体が弱いという印象はないので、大丈夫だとは思いますが」

「ならいいんだけど。彼、徹夜を何日も続ける質だから、ちょっとね・・・」

「僕からも連絡してみます。とれたら、上杉さんに返すように言いますから」

「ごめんね。そうしてくれる」

「はい」

 立石は電話を切って、思った。


 体調不良なんかではない。

 アンケート結果もいい。評判もいい。

 上杉さんからは、小林と連載の企画を進める。とも聞いている。

 あいつは今、一番描ける時だ。

 上杉さんが、同級生ライバルとして競わせようとしているのは分かっている。

 望むところだ。受けて立ってやる。

 こちらは闘志を燃やしているところだった。


 小林。お前、なにやってんだ。


 *   *   *


「なに? 違う? どういうことじゃ?」

 クル爺は戸惑ってあずさに聞き直した。

 うん。とあずさは深く頷いた。


 あずさは、小林の『トカゲマン』を読んで、自分の『カナヘビマン』とは違う作品だと言う。似ているところは確かにある。だが、あずさには、その奥にある「何か」が決定的に違って見えていた。


「あいつは、お前のマンガを盗作した。と言っておるんじゃぞ」

 あずさは、じっとクル爺を見つめて、ゆっくりと首を振った。

 クル爺は、あずさと真剣な話をするときは、じっと目を見つめる。そうしていると、不思議とあずさの気持ちが伝わってくる。アンナのようにすぐ読み取れるわけではない。それでも、心と心で十分に会話ができた。


「でも、違う。と言うのか?」

 うん。とあずさはまたも大きく頷いた。

 今度はクル爺が、「う~ん」とうなり、腕組みをして考えた。


 *   *   *


 小林はひなのを部屋にあげた。

 一番謝らなければならない相手は、ひなのだった。

 ひなのが預けてくれた『カナヘビマン』のコピーをローテーブルの上に置き、ひなのに対してきちんと正座をして向き合った。


「ヒナ。ごめん」

「・・・」

 ひなのは黙って座っている。


「ヒナの友達のマンガを盗んだ」

「本当なの?」

 小林は、コピーに目を落とした。

「うん。本当だ。これから、編集部に行ってそのことを全部話す。その前に、話さなきゃいけないのは、やっぱり、ヒナだと思った。せっかく僕を信用してコレを預けてくれたのに、信頼を裏切った。本当に、ごめん」

 小林は、両手を太ももに置き、頭を深く下げた。

 部屋の中は、しんと静まりかえった。


 ピンポーン。チャイムが鳴った。


 小林は顔をあげた。

「来たみたいだ」

「誰?」

「うん。昨日の話し合いで、おじいちゃんとお巡りさんと一緒に、これから編集部に行くことになってる。僕が正直に全部話すかどうか、心配らしい」

 小林は苦笑した。

「当然だよな。こんなに大勢に迷惑かけて、何やってんだ俺は・・・」

 そう言って、小林は立ち上がって玄関に向かった。


 ドアを開けると、クル爺に大久保、あずさとアンナまでいた。

「あずちゃん、アンナちゃん、どうしたの?」

 ひなのも玄関に駆け寄った。

 アンナが答える。

「あずちゃんが、編集部の人に話したいことがあるんだって。だから、私も呼ばれたの」

「なにを話したいって?」

「トカゲマンとカナヘビマンは、違うらしいの」

「どういうこと?」

「それを、ちゃんと話したいから、行くんだって。ね、あずちゃん」

 あずさは、うん。と頷いた。


「じゃあ、私も一緒に行く」

 ひなのは、靴に足を突っ込んだ。


 *   *   *


「あずちゃん見て。アニメ化決定だって!」

 アンナがポスターを指差した。あずさも手を叩いて喜んでいる。

 二人とも目がキラキラしている。


 編集部の壁や柱には、新刊やアニメ化決定のポスターが隙間なく貼られている。

 漫画家が編集部に訪れた際に書き残していった、イラストやサインの入った色紙もズラッと並んでいる。目くるめくマンガの世界は圧巻だ。


「あ、パルトよ。あずちゃん。パルトがいる」

 アンナが見つけたのは、大人気キャラの等身大パネルだ。二人はすぐさま駆け寄った。

「クル爺。写真撮って、写真撮って!」

 アンナとあずさは、等身大パネルを挟んでピースしてる。

「よっしゃ。よっっしゃ。任しとけ!」

 クル爺は、スマホを構えてパシャっと撮った。


「二人とも、並んでるだけではつまらん。そのキャラに抱きついて、ニッコリ笑いなさい」

 クル爺がそう言うと、あずさが、うん。と頷いて抱きつこうとした。

「ダメよ。あずちゃん!」

 アンナが止めた。

「素手はダメ。汚れたり、指紋が着いちゃうでしょ。フリだけにして。こうよ」

 アンナは、ギリギリ手が触れない程度でパネルに抱きついた振りをした。

 あずさも、うんうん。と頷いて、アンナを真似た。


「ほお、そういうもんか。じゃあ、撮るぞ。笑ってな」

 クル爺は、アンナのマナーに感心しながらも、シャッターを押した。

「皆さんお仕事中だから、あまり騒がないほうが・・・」

 大久保はひやひやしながら、二人のあとをついて回っている。


「お巡りさん。シャッター切ってくれ。ワシも一緒に入るから」

 クル爺は、大久保にスマホを渡して、等身大パネルの裏から顔を出した。

「クル爺。触っちゃダメよ」

 アンナがキッと睨む。

「わかっとるって。肩に手を置いたフリじゃ。ホレ、こういうことじゃろうが」

 ギリギリで手を持っていっている。

「それならいいわ」

「はい。チーズ」

 パシャ。大久保は仕方なく、シャッターを切った。


 持ち込みブースでは、上杉が『カナヘビマン』のコピーを食い入るように読んでいる。

 向かいあって座っている小林は、下を向いたままだ。

 小林の隣には、ひなのが凛とした表情で座っていた。


 上杉が読み終わって、顔をあげると、

「で、これは、君が描いたというわけなんだね」

 小林の隣に座っているひなのに聞いた。

「はい。あ、いいえいいえ。私じゃなくて、あずちゃんです」

「あずちゃん?」

「あの子です・・・」

 ひなのがふと見ると、アンナとあずさが等身大パネルの前で、キャアキャア言って騒いでいる。

「もう、二人とも何やってるの。こっちに来て!」

 ひなのは立ち上がって叫んだ。部屋中に声が響いた。


「しーっ。」

 あちこちの机から、一斉に人差し指が立った。

 す、すいません。ひなのはペコっと頭を下げた。


 *


「君があずさちゃんかい。僕に話したいことって、なにかな?」

 上杉が目の前に座ったあずさに向かって尋ねた。

 なぜか、あずさの両横にひなのとアンナが座っている。

 そこにもう椅子はないので、小林と大久保とクル爺は、後ろに立って見守っていた。


 あずさは先程とは打って変わって、真剣な眼差しを向けて口を開いた。

「わ、わ、わ・・・ち、ち、ち・・・」

 横に座っているアンナが訳す。

「私のマンガとは違います。明確に違います」

「え? なに? どうしたの?」

 上杉は、アンナが喋りだしたので、戸惑った。

 ひなのが説明する。

「気にしないでください。アンナちゃんの同時通訳は完璧ですから。ね」

 あずさに視線を送ると、うん。とあずさは大きく頷いた。


 上杉が、大人たちに向かって視線をあげると、クル爺が大きく頷いている。

「あ、そうですか。じゃあ、何が違うのかな?」

 上杉は、柔らかい笑顔で聞いた。


「お、お、お・・・」

 アンナが訳す。

「奥行です――奥行?・・・あずちゃん、どういうこと?」

「わ、わ・・・ツウ、ツウ・・・スウ、スウ・・・」

「わかりやすく言うと、2Dと3Dぐらい違います。・・・もっとわかりやすくして」

 アンナが、訳して突っ込んだ。


 上杉は、ポカーンと空いた口が塞がらなくなった。


 あずさは、しょうがないな。と言う顔をして、アンナに耳打ちした。

 ふんふん。と、アンナがひとしきり聞いて、

「私のが、キャンパスに描いた絵画だとしたら、このお兄ちゃんの描いたマンガは、彫刻だったり建築だったりと、立体的なモノになってます。だから、違うんです。だって」

 アンナが上杉を見た。


 上杉は空いた口を閉じた。

「驚いたね。君はアイデアのこと言ってるんじゃないんだね。作品そのもののことを言ってるんだね」

 あずさは、うん。と頷いた。


 上杉は、目の前の三人を見直して、

「確認なんだけど、君たちは、小学生だよね・・・」

「はい。春から6年生になります」

 ひなのが、はっきりとした口調で答えた。


「ハハハ・・・参ったな」

 上杉は思わず視線を外した。そして、

 もう一度、ひなの、アンナ、あずさを順番に見た。面白い子たちだ。

 編集者の勘が小さく働いた。


「ここは狭いから場所を変えましょう」

 上杉は立ち上がった。

「近くにファミレスがあるから、そこへ。話したいことが増えた」

 そして、小林の肩をポンと叩いて、歩き出した。


 *   *   *


 神保町のファミレス。

「チョコレートパフェ。三つです」

「わああ。ヤッター」

 店員さんが、ひなの、アンナ、あずさの前にパフェを置いた。

 さあ、遠慮なくどうぞ。と上杉が言うと、三人は「いただきまーす」と言って食べ始めた。

「オイチー」

 と、それぞれに笑みがこぼれる。


「じゃあ、話を整理すると。あずさちゃんはコバちゃんがしたことを、あまり気にしてない。むしろ、違う作品になっていて、好意的に思っている。そう捉えていいのかな?」

 上杉が聞くと、うん。とあずさは頷いた。


 小林は大きく首を振った。

「そんな。僕のした事は許されることではありません。もう、マンガを描く資格なんて僕には無い。僕は、この子のマンガを盗んだ。盗んだんです」

 そう言って、握り締めた拳でテーブルをドン、ドンと叩いた。

 小林の思い詰めは相当深いようだ。いつまでも首を振っている。

 大久保とクル爺は掛ける言葉がなく、黙って見ている。


 暫く沈黙が続いた。


 すると、あずさが口を開いた。

「ぬ、ぬ・・・こ、こ・・・」

 アンナが訳す。

「盗むとは、こういうことですか?」


 あずさの手が一瞬、サッと動いた。

 隣の、チョコレートパフェに刺さっているポッキーに手を伸ばした。

 アンナが驚いて、

「あ。私のポッキーが・・・あずちゃん、返して。ポッキー返して」

 あずさは知らぬ顔で、ハムスター食いして口の中に一気にほおり込んだ。

 カシュカシュカシュ。


「あずちゃんのバカ。私のポッキー。ポッキーは最後なのよ。とっといたのに。返してよー」

 アンナが泣き顔で訴える。あずさの肩を揺すって止まらない。

「返しって、てば!」


 それを見ていたひなのが、自分のポッキーを差し出した。

「わかったわ。アンナちゃん、私のポッキーあげるから、泣かないで」

 アンナはポッキーを受け取って、

「ありがとう。ひなちゃんはいつも優しいのに、イーだ」

 アンナは、あずさに思いっきりしかめっ面をした。

「イーだ。イーだ」

 と、何度も繰り返した。


 そんなアンナを尻目に、ひなのが説明する。

「あずちゃんはこう言いたいんです。普通、盗まれたと思ったら、このように取り乱し、醜態をさらして、騒ぎ立てる。今の私が、そんなみっともないことしているでしょうか?」

 ひなのは、あずさを見て、

「ね。そう言いたいのよね」

 あずさは、うん。と頷いた。

「なにそれ。私、バカみたい」

 アンナが手にポッキーを持ったまま、すっと落ち着きを取り戻した。


 ハハハハハ。

 上杉が手を叩いて笑った。

「君たちは本当に面白いな」

 そして、三人を順番に見て、

「よし、こうしよう。君たち、マンガのキャラのモデルになってくれないかい?」


 ――えっ。


「僕がこれから立ち上げる連載マンガのキャラだ。小学6年生の女子三人組のモデル。どうだい。協力してくれるかい?」


「やりたい――やりたい。やりたい。やりたい」

 三人は、揃って万歳しながら返事をした。

「で、何というマンガなんですか?」

 ひなのが聞くと、

「『トカゲマン』さ。今、このお兄ちゃんと進めている連載企画だ。まだ、会議にも上げてないから決定事項じゃないけどね。企画が通ったら、原案・松田あずさ、作・小林祐樹。と名前を入れたいと思うけど、あずさちゃん、いいかな?」


 うわ~。と、あずさは身震いしながら、喜んだ。


「よし。のった。その話のった。あずさの名前が出るなら文句なしじゃ!」

 クル爺が、パンっと手を叩いて立ち上がった。

「あんた、なかなか仕事が出来るの。見事じゃ。あっぱれ!」


「無理です。僕にはもう、無理だ」

 小林が吐露した。拳を握りしめて、下を向いたまま、テーブルに頭がつきそうな格好だ。

「連載なんてとんでもない。僕にはマンガを描く資格なんて、もうありません!」

「コバちゃん・・・」

 ひなのが、なんとも言えない表情で声を掛ける。


「そうかい。本人にやる気がないなら、この話は無しだ。せっかく子供たちが喜んでくれたのにな。悪かったね。僕の勇み足だったよ」

 上杉はあっさりと、引き下がった。


 またもや、沈黙が場を支配した。


 あずさがゆっくりと手をあげた。

「コ、コ・・・しつ・・・」

 アンナが訳す。

「コバちゃんに、質問があるんですって」

 あずさがアンナに耳打ちをする。ふんふんと聞いたアンナが、

「ミトコンドリアンの水戸様は、水戸藩とかけているんですかって。悪の組織『テング団』というのは、水戸藩の天狗党から、きているんですか。だって」


 うん? と大久保とクル爺は、反応した。


「ええ。そうです。ちょっと色をつけたくなって、裏設定を創りました。それだけのことです。よくわかりましたね」

 小林は、ぶっきらぼうに答えた。


「あっ。やっぱりそうですか」

 大久保は、手に持っていたマンガ雑誌を開いて、トカゲマンの一コマを指して言った。

「テング団の首領、フジータ。とは天狗党のリーダー藤田小四郎のことなんだ」

 大の坂本龍馬ファンでもある大久保は、幕末フリークでもある。

 幕末事情には、滅法詳しい。


 すると、クル爺が、

「藤田小四郎といえば、藤田東湖の三男じゃ。そういうことなんか?」

 こっちは詳しいどころではない。

 クル爺は時折、来島又兵衛が憑依して、今でも幕末を生きている。


 はい。そうです。と、小林は頷いて返事をした。


 大久保がのりだした。

「面白い。コバちゃん、コレ、竜馬出てくるの? いや、竜馬だそうよ」

「待て待て。水戸藩といえば、吉田松陰じゃ」

 クル爺ものりだした。

「松陰先生が水戸藩を訪れ、会沢正志斎から教えを学んだ。長州藩はそれを受け継いで、幕府を倒し、明治維新を成し遂げた。松陰先生が出てきたら、これはもっと面白くなるぞ」


「じゃあ、こうしましょう。史実では竜馬と松陰先生は会っていない。でも、これはマンガです。竜馬と松陰先生がどこかで出会う。と、言うのは?」

「ええのう。見たいのう。のった。その話、のった」

 大久保とクル爺が、俄然としてはしゃぎだした。


 だったら、佐久間象山が。とか

 橋本佐内が。とか

 松平春嶽が。とか

 結局、西郷さんを忘れてはいかんじゃろ。

 そりゃ、そうですよ。

 こうなったら、西南戦争まで行きましょう。

 それじゃったら、乃木希典と児玉源太郎も、出てくるけどの。

 二人の幕末談議は一行に止まらない。


「あの~、お二人とも・・・」

 上杉が割って入った。

「これは、少年マンガなので、あんまり難しくしてもダメなんですよ。それにしても、お詳しいですね」


 大久保とクル爺は、ハッと我を取り戻した。

「すまん。すまん。幕末話には目がないもんでな」

「ごめんなさい。僕も止まんなくなっちゃいました」

 二人とも、水を持ってグッと、一気に飲んだ。

 興奮していた二人も、ようやく落ち着きを取り戻した。


 小林は下を向いたままだった。


 *   *   *


 フラワーショップ・ミウラ。

 かすみが店内をほうきで掃いていると、声がした。

「かすみちゃん」

「立石君。どうしたの?」


 立石は、手にマンガ雑誌を持っていた。

 小林の『トカゲマン』が掲載されたものだ。

「小林に連絡がとれない。担当編集の上杉さんも困っていた。君がこの前、答えられない。と言ったことと関係があると思っている。なにがあったのか。教えて欲しい」

「・・・・・・・」

 かすみは返答に困って、言葉が出なかった。


「おかしいじゃないか。小林のこのマンガは出来がいい。悔しいが、僕のよりいい」

 立石は、手に持ったマンガを突き出した。

「しかも、担当編集さんは、これを連載企画として話を進めている。この状況で小林がバックレる意味がわからない。担当さんは体調不良かもしれないと心配していたが、僕は、そうじゃないと思っている。納得がいかない。君が何かを知っているなら、話してくれ」

 立石は鬼気迫る表情で訴えた。


「ごめんなさい。私は答えられない。どうしても知りたかったら、小林君から直接聞いてください」

 かすみは、ほうきを動かし、また掃除を始めた。


「そうかい。よっぽどのことなんだね」

 立石はくるっと踵を返して、立ち去った。


 *   *   *


 神保町のファミレス。

 小林は相変わらず、下を見たまま動かない。

 大久保が口を開いた。

「コバちゃん。君が罪悪感を感じているのはよくわかった。だったら、警察官として僕は聞きたい。どうやって、その罪を償うつもりなんだい。君は?」


「はい?」小林は顔をあげた。


「君はまた、逃げるのか」

 大久保は凛とした口調で、続けた。

「担当さんが今ここで、お膳立てしてくれたこと。僕は見習いたいと思った。警察官として、普段ここまで出来ているか。自分を顧みたよ。今日、僕はここに来て良かった。勉強になった。僕なら逃げない。逃げたくない」


「大久保さん・・・」

 と、小林は漏らした。


 上杉が手を振って答えた。

「いやいや。お巡りさんにそんな風に言ってもらうほど、偉そうなモノじゃ無いです。僕は、仕事のつもりでやってるだけですから。実は、コバちゃんと連載の打ち合わせをしたら、またまた、いいアイデアを出してもらったんですよ。もしかしたらこれは、久々にヒットを狙えるかも。と思ったもんですから、僕のは損得勘定からきて、言ってるだけですよ」


「ヒットが狙えるんですか?」

 ひなのが聞いた。


「まだ編集会議も通してないし、それどころか、企画も固まっていない。コバちゃんと打ち合わせをしたかったんだけど、連絡がとれなかったから、宙ぶらりんのままだよ。でも、これは、悪くないよ。編集者の勘としか言いようがないけどね」


「私。そのマンガに出たい!」

 ひなのが手をあげた。

「私も!」

「わ、わ、わ!」

 アンナとあずさが続いた。

 子供たちの目はキラキラと輝いている。


「コバちゃん!」

 クル爺が、コバちゃんと呼んだ。

「ワシは言い過ぎた。責め過ぎた。悪かった。すまんかった。ワシはあずさが喜ぶところが見たい。是非、描いてくれんか。この通りだ」

 クル爺は立ち上がって、深く頭を下げた。涙声だった。


「そんな、やめてください。頭を下げるなんて」

 小林は恐縮して立ち上がった。

「僕だって、もう逃げたくない・・・逃げたくないですよ・・・」

 小林の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「コバちゃん・・・」

 ひなのの目からも、涙がこぼれ落ちた。


「さあ、どうするコバちゃん?」

 上杉が聞いた。

「こんな僕が、もう一度チャンスを貰えるなら、やってみたいです」

 小林が、声を絞り出して答えた。


 上杉が問う。

「よし。コバちゃん。俺の送ったメールは見たか?」

「はい。『果たして、人類が捨てたものはなんなのか?』いい切り口です。痺れました」

「うん。君の動きは完全に止まったわけではなかったんだな。それでいいんだ」

「すいません。メール返せなくて」

「ああ、その分、打合せがきついぞ。覚悟してくれ」

「はい」

「コバちゃん。これが漫画家だよ。なにがあっても描く。いいな」

「はい」

 小林は大きく頷いた。


 上杉がグッと水を一気飲みして、カンっと置いた。

「よし。心機一転だ。連載マンガのタイトルを改めよう」

「え? トカゲマンじゃないの?」

 ひなのが聞いた。


「トカゲマン・パート2。これはもう続編なんかではない。新しいスタートだ」


「あ、それいい。プレイバックパート2みたい。私たち、あの歌が大好きなの」

「山口百恵の・・・」

 上杉が聞くと、

「そうです。アンナちゃんが歌ったら、大人気だったんですよ」

「あ、そう・・・」

 上杉は、少し躊躇して聞いた。

「じゃあ、プレイバックパート2みたいに、このマンガも大ヒットをするかな?」


 その物言いに、ピクッと、ひなのが反応した。

「そんな弱気でどうするの。私達が協力するんだから大ヒットさせるの。絶対に」

「は、はい」

「それが上杉さんの仕事よ。わかった」


 上杉が笑って、

「厳しい編集長だね」

「当然です」

 ひなのも笑って答えた。



 第24話 終


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