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第16話 爆誕!令和のスーパーアイドル

「君たち、そこ邪魔。移動のときにぶつかるだろ! バカだな!」

 翔太が怒った。

 啓太とたかしの動きが打ち合わせと違っていたからだ。

 スナック止まり木では、子供達の、キャンディーズ応援団パフォーマンスの稽古が進んでいた。一見、真剣にとり組んでいる様に見える。


「バカって、なんだよ」啓太が喰って掛かった。

「バカだから、バカだって、言ってんだよ。何回言えばわかるの?」

「はあ? お前、何様だよ」

「何度も同じこと言わせないでくれ」翔太が、プイっとそっぽを向いた。

「お前、ふざけんなよ」たかしも噛みついた。


「はい! そこまで!」

 ポンタママが手を叩いて止めた。

「コラ。ケンカしない」礼子も止めた。

「啓太やめなさい」と今日子が。

「翔太もいい加減にしなさい」と涼子が被せる。

 母親三人は、そう言ったあと、お互いを見合わせ、

「ホントすいません。うちの子が・・・」

 と、揃ってお辞儀をする始末だ。


 大丈夫か? この三人は。と、ポンタママは困った。

「ちょっと休憩・・・」


 稽古を始めてから知ったが、子供達の間はギクシャクしている。よく、女の子は難しいと聞くが、男の子は男の子で難しい。と、ポンタママには、また違う悩みが増えていた。


 休憩後。

「じゃあ、次。紙テープね」

 キャンディーズと言えば、紙テープ。コンサートでは紙テープの嵐となる。

 ポンタママは、これを押えないと、コアなファンに叱られる。と、今日は、紙テープを用意してきていた。


「いい。この紙テープをお母さんに向かって投げるの」

 蘭ちゃん用は、赤。と言って、翔太に渡した。

 ミキちゃん用は、青。と言って、啓太に渡した。

 スーちゃん用は、黄色。と言って、たかしに渡した。


「これをオッカーにか。オッカー、ほら!」

 たかしは、びゅうっと、そのまま投げつけた。


 ――きゃああ。


 礼子の顔の横を、黄色い固まりがかすめた。バン!と壁にあたった。


「なにやってんの! そのまま投げるバカがいるか!」

 ポンタママが怒鳴りつけた。

「だって、投げろって言うから・・・」


 たかしの運動神経はスバ抜けている。ボールを投げるのも、小学生とは思えないほどの速球を投げる。あの、エースの守が認めるほどの強肩だ。礼子は、縮み上がって怯えていた。

「たかし、もうっ!」


「バカだな。君は。紙テープの投げ方も知らないのか」

 翔太が見かねて、口を挟んだ。

「あ、お前。またバカッて言ったな」たかしが反応した。

「このやろう。アッタマきた」啓太も続いた。


「いい加減にしな!」

 パーン! と竹刀が床を叩いた。ポンタママがキレた。

 三人は、さすがにビクッとして固まった。

「今度ケンカしたら、ケツぶっ叩くよー」

 ポンタママは、いいね、お母さん。と振り向いた。

 お母さん達は、どうぞどうぞ。と手を差し出した。

 子供達は、おとなしくなるしかなかった。


「で、翔太君。紙テープの投げ方知ってるの?」ポンタママが聞くと、

「うん。YouTubeで調べた」

「じゃあ・・・二人に説明して」

「いいよ。いいかい。まず、紙テープをよく揉んで、柔らかくして、芯を外す。ここのテープの端を指に巻き付けて、内側からほどけるように投げる。その方が、ひらひら感が増して飛ぶんだ」

 手に握ったところを翔太は見せた。


 へえー。と、たかしと啓太は感心した素振りで見ていた。だが、二人とも翔太の顔を見ることはなかった。


「で、こうやって、放物線を描くように上に向かって――投げる」

 翔太の投げた赤い紙テープは、ひらひらと舞って、涼子の頭上に降りてきた。

 涼子は、はーい。と言って、それをキャッチして、クルクルと手に巻いた。


「そうそう。上手よ。これで、親子が固い絆で結ばれた。という意味ね」

 ポンタママは、手を叩いて喜んだ。が、一抹の不安は消せないでいた。


 *   *   *


 カラオケボックス。

「アンナちゃん。一回後ろ向いてから、こう。バカにしないでよ!」

 ひなのは、相変わらずアンナに、歌い方を指導していた。


 あずさは、ソファーボックスに腰かけたまま、目を瞑って、目玉をグルグル回している。

 そんなあずさを、クル爺はじっと見つめて、隣に座っていた。


 *   *   *


「大村。大村はどこじゃ」

 あずさ姫が屋敷の中をウロウロと探している。

「これは姫様、どうかしましたかな?」

 大村益次郎が現れた。

「大村、大変なの。明日はもう、のど自慢の本番なのに、アンナちゃんがポンコツのままなの。どうしたらいいかしら?」

「おやおや。どうしたもんですかな。ただ、姫はひとつ見逃していることはありませんか?」

「なに?」

「なぜ、アンナちゃんは百恵ちゃんがうまく歌えないのか?」

「それが分かれば苦労しないわ」

「なぜ、アニメソングはうまいのか?」

「好きだからでしょ」

「好き。では、済まんでしょ。決定的な違いは、愛です。愛」

「愛?」

「アンナちゃんの、マンガやアニメに対する愛の深さは?」

「尋常じゃないわ」

「だから。ではありませぬか」

「――あっ」

「さあ、姫。どうします?」

 あずさ姫は、顎に手を当てて、考えた。


 念のために説明しよう。大村は、あずさの妄想の中に出てくるイマジナリーフレンドである。長州藩の軍師である大村益次郎はすこぶる頭がよくて、頼りになる存在だ。


 *   *   *


 あずさが目を開いた。

「大村はなんと言っとった?」クル爺が聞いた。

「あ、愛・・・」あずさが答えた。

「ほほお。あの、鋳銭司村のヤブ医者め。そねーな事を、言いおったか」

 クル爺の目がつり上がった。


 クル爺は、あずさが妄想の中で、大村益次郎に悩み事を相談していることを知っている。そもそも、何か悩み事があったら、己心の大村に聞け。とあずさに進言したのは、クル爺である。大村益次郎がどれほど頭がよく、頼れる男かを、あずさに教えたのもクル爺だ。


 クル爺は自分を、長州藩の過激な老武者、来島又兵衛に重ねて見ることがある。と言うか、時折、憑依したかのように、来島が降りてくる。その時には、目がつり上がる。

 来島は、高杉晋作を「おい、小僧!」と小僧呼ばわりするほど、長州一、過激なジジイだ。

 何故、自分をクル爺と呼ばせているか。来島又兵衛が、来る爺。と呼ばれていたからだ。

「よーし、あずさ。いくさの準備じゃ」

 目のつり上がったクル爺がそう言うと、あずさは、うん。と頷いた。


 *   *   *


 のど自慢本番当日がやって来た。

 駅ビルの吹き抜けに、大きなクリスマスツリーが立っていた。赤や金のボールや星などの装飾、所謂オーナメントが光を反射して、きらきらと揺れている。


 そのツリーの横に、黒いステージが組まれていた。高さは大人の胸ほど。鉄骨の足に黒布を巻いただけの、いかにも仮設といった作りだ。その前にパイプ椅子が約50ほど並んでいる。後ろに立ち見のスペースを広く取ってある。吹き抜けの二・三階からもよく見える。

 舞台には、上から白い照明が当たり、主役の登場を待ちわびた空気に満ちていた。

 エスカレーターを行き交う買い物客が、ちらちらと視線を落としていた。


 *   *   *


 その日の朝。数時間前。

 本番同然のリハーサル、ゲネプロが、お客のいない開店前に行われた。早朝だった。

 キャンディーズ。年下の男の子。

 翔太。啓太。たかしは、曲の終盤になって、舞台の横にある階段で一旦、客席に降りた。それぞれが、母親に向かって、紙テープを投げる。ひらひらと紙テープが舞って、母親が受け取る。うまくいった。

 三人の息子は、また、舞台横の階段を駆け上がった。自分の母親の前にしゃがんでスタンバイ。クラッカーを用意して、曲が終わると同時に客席に向かって、パン! と鳴らした。

「はい。OK。ブラボー」

 ポンタママが親指を立てた。

 なんだかんだ言って、きっちりと仕事をこなす子供たちに感心した。

「ねえ。あんた達。本番は紙テープ三本投げる余裕ある?」

 ポンタママが子供たちに聞いた。

「大丈夫。余裕だよ」

「じゃあ、三本ね。一本じゃ物足りないわ。ポケットに三個入るわよね」

「楽勝で入るよ」

 本番は、紙テープを三本投げることになった。


 *


 百恵ちゃん三連発のリハーサル。

 あずさとひなのは、そつなく歌って問題なし。やはり子供が歌うとそれだけで可愛い。

 問題は、アンナだ。明らかに覇気がない。見るからに、困った顔をして歌っていた。終了。


 あちゃ。こりゃ参ったな。と、鉄平は思った。

 百恵ちゃん三連発は、先生の言いつけで、この大会のオオトリだ。この日の最後を締めるのが、アンナのプレイバックパート2である。おじいちゃんが相談に来たのは、こういうことだったのか。ここまで、酷かったのか。と鉄平は頭を抱えたが、もう、どうすることも出来なかった。


 *


 ピンクレディーのリハーサルはとっくに終わっていた。

 衣装のコテっちゃんが、美咲と詩織の帽子をチェックしている。

「動きが激しいから、帽子がズレるわね。ピン止め補強するわ」

 と、大きな裁縫箱を取り出した。

 ピンクレディーの衣装は、金と銀のラメ入りスパンコールのタンクトップにショートパンツ。本物の衣装を完全再現した、コテっちゃんの力作だった。


「美咲。今日、おじいちゃんは?」詩織が聞いた。

「うん。物陰からこっそり見て帰るって。お母さんとは会わないようにするって」

 美咲は、少し寂し気に言った。


「今日のあいつら。メチャクチャ可愛いな」守がふと漏らした。

「ああ・・・」豪太も、朝からずっと、そう思って見ていた。

 豪太は、あっと気付いた。

 ミーちゃんが、『みーちゃん』だった。


 *   *   *


 本番前の控室に、吉田先生がやって来た。吉田はまず、お母さん達に挨拶をして、みんなに声を掛けた。

「5年2組。集合!」

 翔太。啓太。たかし。ひなの。アンナが集まった。

 あずさはひとり、椅子に座って、らくがき帳になにやら描いていた。

「先生は嬉しいぞ。5の2からこんなに出るとはな。ビックリした。本番前にみんなで円陣を組もう。あれ、松田は?」

 アンナがあずさに声を掛けに行った。

「あずちゃん、吉田先生が来た。みんなで円陣を組もうって」

「う、う、・・・」

「そう。わかった」アンナが戻って来て、言った。「うるさい。って怒られました」

「そっか。じゃあ、5人でやろう。5年2組、ファイト。 と言ったら、オー。だ」

 ――ごねんにくみい。ファイト!  

 ――オー。と言って、解散した。


 アンナは、たかしの黒スーツの袖を引っ張って、声を掛けた。

「里中君。その衣装似合ってる。頑張ってね」

「ああ、楢崎もな。お互い頑張ろうぜ」と、たかしは素っ気なく返して行った。

 うん。とアンナは自信なく返事をした。


 *   *   *


 ポンタママは、客席の後方ど真ん中で、記録用にセッティングされたカメラの横に並び、スマホをセッティングして撮影している。リモートで藤井先生に本番の様子をお見せするためだ。

「先生、奥さん。見えますか」

 スマホに向かって、ポンタママが手を振る。


 *   *   *


 病室では、人工呼吸器をつけた先生が、奥さんに抱えられ、なんとか上半身を起こして、パソコンの画面を食い入るように見ていた。


 *   *   *


 ジングルベルが館内に流れ始めた。


 クリスマスセールのアナウンスに混じって、

「まもなく、隣町のど自慢大会を開催いたします」

 という館内放送が響く。


 ざわざわと、人が集まり始めた。


 パイプ椅子は、いつの間にかすべて埋まっている。

 立ち見の客が、その後ろにじわじわと重なり、集団が広がっていく。

 ステージの高さが1.5メートルあるので、前の人の頭が邪魔になることはない。

 二階、三階の手すりにも、人影が増えていた。


 ――さあ、始まる。

 今日だけは、誰もが主役になる。

 そう思った鉄平も、胸の高鳴りを抑えることは出来なかった。


 地元出身のあまりテレビでお馴染みではない、お笑い芸人が、MCを務める。

 青いスーツに大きな蝶ネクタイをしたおじさんが、マイクを持って舞台に上がった。


「さあ、今年も始まりました。隣町のど自慢大会。今年は昭和歌謡がテーマです。この大会に審査員はいません。優劣もつけません。ただ、出てきて歌うだけです――命がけで。大袈裟ではありません。それはもう、観客の皆さんがご存じでしょう。今年も、凄いメンバーに集まって頂きました。それでは、トップバッターから、行きましょう」

 照明が変わった。

「中学三年生の二人組。美咲ちゃんと詩織ちゃん。ピンクレディーのサウスポーです。」


 美咲と詩織が、舞台に上がった。

 金と銀のラメ入りスパンコールのタンクトップとショートパンツは観客を驚かせた。


「あの衣装、本物のピンクレディーみたいだぞ」

「うわ。懐かしいな。眩しいな」

「いきなり気合いはいっているなぁ」


 イントロが始まった。

 美咲と詩織は、ポンタママに叩きこまれた『奇跡の舞』を完璧に踊って、歌い始めた。

 背番号一の――。


「よし!」と、ポンタママはガッツポーズ。


 シンと静まったスタジアム。と歌ったところで、曲が止まった。

 客席に、不穏な空気が流れる。

「え?」と、誰かが、思わず声を漏らした。


 すると、真っ白なユニフォームを着た、守と豪太が両袖の階段から舞台に登壇した。

 守は、右手にグローブをはめ、舞台の下手でマウンドを慣らすような仕草をした。

 豪太は、バットを持って、舞台の上手で素振りを始めた。


 歌うのを一旦やめて、ステージの奥に下がった、美咲と詩織がマイクで喋り始めた。

「4番バッター。吉岡君。背番号・・・いち」

「九回裏。ツーアウト満塁・・・世紀の一瞬です」


 守が、グローブを突き出し、「行くぞ!」と叫んだ。

 豪太はバットを突き出し、「さあ、来い!」と返した。

 二人にはピンスポが当たっている。


「応援団パフォーマンスだ」

「トップバッターから、いきなりかよ」

「これがあるんだよ。ここは。なにが始まるんだ」

 観客が見事に引き込まれた。


 守と豪太は、ストロボ照明の中、スローモーションのごとく、ゆっくりとサウスポーで投げ、ゆっくりとバットを振った。

 守は、ボールを離す瞬間で止まった。

 豪太は、バットを振りぬく瞬間で止まった。

 時間が止まったかのようだ。


 すると、舞台の奥から、美咲と詩織がステージ中央に躍り出てきて、また歌い出した。

 熱い勝負は、恋の季節よ――。

 照明が変わり、曲が後追いで、流れ始めた。

 美咲と詩織のサウスポーが、サビを迎えてどんどん盛り上がっていく。

 守と豪太は、一旦客席に背を向けて、気配を消した。


 曲は大詰め。美咲と詩織が、

 ハリケーンと歌いながら、左手でビラビラビラと斜めに空を切る。

 と、同時に、守と豪太が客席に向き直って、

 ――うおおおおお。と叫んで、

 ボールを投げた。フルスイングをした。

 どっちが勝った? ――判断は観客に任せられた。


 パパパパン パパパ パン  ダン!

 と、最後のポーズが決まった。


 おおおおおお。と、客席はうなり、割れんばかりの大拍手が起こった。


「よし。よし。よし」とポンタママはガッツポーズ三連発だ。


 美咲のおじいちゃんが、柱の陰から見ていた。

「美咲。詩織ちゃん。守君。豪太君。みんな立派になって・・・そうかそうか・・・」

 と、号泣して、何度も、何度も、涙をぬぐった。


 *

 病室では先生がしっかりと見ていた。大きく頷いて、親指と人差し指で丸をつくった。

 *


「ピンクレディーのサウスポー。美咲ちゃんと詩織ちゃんでした。有難う御座いました」

 MCが締めて、一曲目が終わった。

「続いて、二曲目は、殿様キングスの『なみだの操』魚屋の源さん。です」


 *   *   *


 年下の男の子は五番目。舞台上では四曲目が始まったところだ。

 控室で、翔太と啓太とたかしは、黙々と紙テープを準備していた。

 三本。芯を抜き、揉んで、柔らかくして、ポケットに仕舞った。

 誰も、余計なことは言わない。

 よし、行くか。啓太とたかしが先に動いた。


「待て。岡田。里中。クラッカーを忘れてるぞ!」

 翔太の声に、二人は足を止めた。

「あ・・・いけね」

 振り返る。

「おい。頼むぞ。僕は、この舞台――完璧にやり抜きたいんだ」

 翔太は、二人の目をまっすぐ見て、クラッカーを差し出した。


 一瞬の沈黙。


「ああ、俺達も同じだ・・・」

「そこだけはな・・・」

 啓太とたかしは、クラッカーを受け取りながら、ふっと視線を外した。

 ――お前のことは、気に食わないけどな。

 言葉にはしなかった。


 ポケットにクラッカーをねじ込む。

「・・・行くぞ」

 誰が言ったのか、わからなかった。

 三人は、そのまま舞台へ向かった。足並みは揃ってなかった。


 *   *   *


 吉田先生は、立見席の最前列で、腕を組んで待ち構えていた。

 次が、年下の男の子。翔太、啓太、たかしの出番だ。ドキドキが止まらない。


「さあ、続いて、五曲目。キャンディーズの年下の男の子。高木さん、岡田さん、里中さん。なんと小学生のお子さんを持つ、ママさん達のチームです」


 涼子と今日子と礼子が舞台に登場すると、客席がざわめいた。


「おい。美人だぞ。しかも、ママさんだって」

「バカ。美人だよ。しかも、三人揃って」

「キャンディーズに負けてねえぞ。いやいやそれどころか」

「ありがたや。ありがたや」

「お婆ちゃん。今から歌うから」


 三人は、明るい色合いのミニ丈のワンピースを身にまとっていた。

 裾はふわりと広がり、踊るたびに軽やかに揺れる。足下は白いブーツ。

 ウエストはきゅっと絞られ、全体に少女らしい可憐さと華やかさが同居している。

 これまた、衣装のコテっちゃんの力作中の力作だった。


 イントロが始まり歌い出す。

 真っ赤なリンゴを頬張る・・・・・・・・・年下の男の子


 客席のボルテージが一気に上がる。口笛を鳴らす者もいる。


「僕、絶対年下です。自信があります」

「バカ。俺の方が、年下だよ。免許証、確認してください」

「ワターシも。偽造パスポートだったら、アリマース」

「このさい、ワシも、年下じゃあ」

「嘘つけ。ジジイ。往生してろ!」


 男性客は、見事なまでに虜になってしまった。

 もちろん。女性客も大いに盛り上がっている。


 と、そこへ。

 ブルース・ブラザーズの恰好をした三人の男の子が登場。

 サイリウムを両手に持って、ロボットみたいに、カクカクと歩いて入って来た。

 曲に合わせて、手旗信号を振るみたいに、踊りだした。しかも、無表情でだ。


 観客は皆、「ん?」と首を傾げた。


 キャンディーズの歌と踊りは、素晴らしい。華やかで美しい。

 だが、その隣でヒョコヒョコ動いている、チビ達がどうもアンバランスだ。


 曲が間奏に入った。すると、MCが、

「なんと。現れた男の子達は、ママさん達の本当の息子さん。だそうです」

 翔太と啓太とたかしは、サングラスをとって、丁寧に頭を下げてお辞儀した。


「へえ。そうなのか」

「綺麗なお母さんで、良かったなあ」

「親不孝するんじゃねーぞ」

「いや。偉いよ。これは立派な親孝行だ」

「おい。待てよ。この歌。もしかして」


 空気が変わった。

 観客が気付き始めた。あいつはあいつは、可愛い。が、

 自分たちの息子のことを歌っている。のではないか。と。


 ポンタママは、よしっと。小さく拳を握った。


 途端に、ママさん達が、大いなる母性のオーラを纏っている様に、皆、見えた。


 ――なんだよ。そういうことかよ。やられた。


 曲が終盤に入った。

 子供達三人は、舞台袖の階段から客席に降りて、紙テープを投げた。

 ヒラヒラヒラ。ヒラヒラヒラ。ヒラヒラヒラ。と三本立て続けに投げた。

 お母さん達は、見事に歌いながら、キャッチして、子供達との絆を見せた。


 その時、トラブルが発生。翔太がポケットから紙テープを出すときに、クラッカーを落としてしまった。だが、そうとは気づかずに、その場を離れた。


 子供達は、もう一度階段を駆け上がって、ステージに登った。

 曲の最後のクラッカーを鳴らすため、母親の前にしゃがみ込んで、スタンバった。


 翔太が、ポケットに手を入れた。ない。クラッカーがない。

 ふと見ると、客席の床の上に、転がっている。

 ――あっ。

 クラッカーを見つけて、固まった。


 たかしが、翔太の異変に気付いた。

 翔太の目線を追うと、クラッカーを発見した。

「バカ」といい、咄嗟に動いた。階段を回ってる余裕はない。曲が終わってしまう。


 たかしは、舞台から思いっきり、飛び降りた。

 しかも、両手両足をひろげて、ムササビの様な格好で、宙を舞った。


 ――おおっ。と観客が驚いた。


「フライング・ボディ・アタックだ」

 吉田が言った。

 啓太とたかしとプロレス修行をしている時に、さんざん教えた技だ。

 トップロープから飛び降りるときは、必ず、両手両足を大きく広げて、飛ぶんだ。見せるプロレスだ。そう言って、跳び箱の上から、飛び降りる練習を随分してきた。それだ。


 たかしはつい、身に沁みついた飛び方で飛んだだけだ。見せるプロレスを意識している余裕なんてあるはずがない。着地と同時に一回転して、反動を吸収し、クラッカーを拾った。


 一部始終を見ていた啓太は、瞬時にすべてを理解して、舞台の前に乗り出した。

「啓太。これ!」

「わかった」

 たかしが、啓太にクラッカーを投げた。啓太は受け取って、翔太に渡した。


 啓太が振り返ると、たかしが、舞台に上がるのに、手こずっていた。

 1.5メートルある高さだ。さすがのたかしも、容易ではない。


 啓太は、たかしの腕を掴んだ。引き上げようとしたが、重い。ガクッとなった。

 階段を回っている余裕はない。曲がすぐ終わる。どうすればいいんだ。


「岡田。ボンバイエだあ」

 吉田が叫んだ。練習が辛くなって、もうダメだ。と思ったら、思い出せ。

 ――猪木ボンバイエ。を。

 吉田の叫びは、啓太の耳に届いた。


 たかしの腕をぎゅっと掴んで、股を割って、腰を落とした。

「ボン・・・バイエ!」

 引っこ抜くように、たかしを舞台にあげた。

 二人は、一回転、二回転して、母親の前でしゃがみ込んだ。


 歌が丁度、ラストの、年下の男の子、オーオーオー。と最後の盛り上がりの瞬間だった。


 三人揃って、パンっと、クラッカーを同時に鳴らした。綺麗に揃っていた。


 はあ、はあ、はあ。たかしと啓太は息を切らして、センターの翔太を見た。

 そして、二人同時に親指を立てた。

 翔太も、親指を立てて、答えた。


 ポンタママは驚愕した。

「なんなの。あの子達。素晴らしいわ!」


 客席は、割れんばかりの拍手とともに、歓声があがった。

「なんだったんだ。今のは」

「トム・クルーズみたいだったぞ」

「もう一回やってくれ」

「すげえぞ。ここの演出家は」

「いったい、誰なんだ?」


 ポンタママは、恐縮して身をかがめた。あれは、私じゃないから。


 *   *   *


 病室では、先生が、上半身を起こしているのが辛くなったのか、横になっていた。

「松村。よくやった・・・」

 うわ言のように、人工呼吸器の中で、呟いていた。


 *   *   *


 控室では、ひなのが、啓太とたかしに向かって、熱く語っていた。

「あんた達、凄い。凄い。カッコよかった。お客さんも大喜びじゃない。でも、なんであんなことになったの?」

 ま、ちょっとしたアクシデントだよ。と、二人はお茶を濁した。


「里中君。ケガ無かった?」アンナがたかしに聞いた。

 ああ、大丈夫だよ。とたかしは軽く流して行こうとしたが、ふと止まった。

 待てよ。女子に対して、横柄な態度をとっているところを見られると、また、オネエに怒られる。今日は、オネエ(美咲)も、この控室に朝から一緒にいる。

 もう一度、アンナを見た。

「楢崎。ありがとうな。心配してくれて」

「ううん。大丈夫なら、よかった」

 アンナの笑顔が、固かった。

 胸の奥がザワついた、たかしだった。


 *   *   *


 舞台上では、次々と、歌とパフォーマンスが続き、盛り上がりを見せていた。


「ありがとう御座いました。松田聖子の『夏の扉』、オバアチャンズの皆さんでした。続きまして8曲目は、吉幾三の『俺ら、東京さ行ぐだ』、ガブリエル・ロドリゲスさんです」


 鉄平は、充分、手ごたえを感じていた。

 最初は不安だらけだった。

 果たして俺に先生の代役など務まるのだろうか?

 この町を見つめ直し、のど自慢の意義を知れば知るほど、その不安も増していった。しかし今、この舞台を見てて、心底楽しんでいる自分に気が付いた。やってよかった。


 ひとつだけ、引っかかっていた。

 アンナちゃんのことだ。


 *   *   *


 あずさは、控室の隅で、らくがき帳に向かって、一心不乱になにやら描いている。

 クル爺が傍に張り付いて、あずさが出す、消しゴムのカスを始末していた。


 あずさが、パタンとらくがき帳を閉じた。

 出来たか? とクル爺。頷く、あずさ。

「よし。一か八かじゃ。もってけ!」


 あずさがアンナにらくがき帳を渡した。

 アンナが開いてみると、マンガが描いてあった。

 一ページ目の上段に、


『プレイバックパート2』


 と、タイトルがある。


「どうしたの?」

 ひなのが、クル爺に聞いた。

「プレイバックパート2の歌詞を、丸ごと物語にした。アンナちゃんに化学反応が起きてくれたら、ええんじゃが」

「あ、それ。いいかも。」

「でも、アンナちゃんが、気に入ったら。の話じゃ。気に入らんかったら、元も子もない」

「確かに・・・」

 ひなのは、声をかけるのをやめた。

 クル爺も、黙ったまま見ている。


 マンガの冒頭。

 真っ赤なポルシェが森の中の一本道を走っている。

 運転している主人公は――アンナだった。


 え? とアンナは目を見開いた。

 ページをめくる。

 真っ赤なポルシェが、風を切って走る。

 ハンドルを握る手。

 アクセルを踏む。

 流れる景色。

 ――速い。

 次のページ。

 また次のページ。

 気がつくと、アンナの指は勝手に動いていた。


 *   *   *


「さあ、いよいよラストの10曲目。小学五年生のあずさちゃん、ひなのちゃん、アンナちゃんの三人組です。山口百恵のヒット曲を三曲メドレーでお届けします。どうぞ!」


 まずは、あずさ。

 小さな体で『ひと夏の経験』を歌い切った。

 続いて、ひなの。

 『いい日旅立ち』が、会場をやさしく包み込む。

 観客は皆、微笑んで見ている。


「おい。可愛いな~。和むな~」

「うちの娘と取っ換えてくれ」

「やっぱり、子供と動物には勝てんわな」


 そして、ひなのと入れ替わって、アンナがセンターに立った。

 客席に背中を向けて立つと、イントロが流れ始めた。


「あれ? ひとり大人が混ざってるのか?」

「いや、五年生の三人組だって、言ってたぞ」

「でも、あれ・・・」

「ああ、なんだ、あの空気は」


 ざわめきが、すうっと引いた。


 緑の中を走り抜けてく――


 振り向く。


 その一瞬、音が消えた。


 視線が、ぶつかる。


 アンナの目が、客席を射抜いた。


 口が開く。


 ――バカにしないでよ!


 叩きつけられた。

 空気が割れた。

 雷鳴が轟いた。


 客席の誰もが、息を止めた。

 心臓だけが、遅れて跳ねた。


 ――なんだ、今のは。


 目を逸らせない。

 逸らしたら、置いていかれる。


 アンナの声が、まっすぐ突き刺さる。


 引き込む、のではない。

 引きずり込んだ。


 鉄平も、クル爺も、吉田も、たかしも、啓太も、翔太も――

 誰一人、動けなかった。


 *   *   *


 病室の藤井先生が、ガバッと起き上がった。

 目が爛々と輝いている。

「見ろ。俺の目に狂いはなかった」


 *   *   *


 あなたのもとへ―― プレイバック

 歌い終わった。


 客席は静まり返っている。

 ひと呼吸おいて、


 ――うおおおおおおおおおお。と大歓声があがった。

 拍手喝采。口笛は鳴り止まない。買い物袋が宙を舞った。


 呆気にとられたままで、

 鉄平は漏らした。


「令和のスーパーアイドル・・・爆誕だ」



 第16話 終


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