表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

第12話 リスペクトがあれば

「姫。ひめ。早くお逃げください」

「みよし、でも・・・」

「この場は私がなんとか防ぎますので、さあ、そのすきに」

「三善。死んではいけませんよ」

「御意。なんにしても、早くこの場を」

 槍を持った侍が仁王立ちして、両手を広げた。


 浅葱色の羽織を着た三人組が、提灯の明かりと共に浮かび上がる。

 新選組だ。

「長州藩士・三善慎蔵だな。覚悟」

「さあ、来い」

 三善慎蔵は長州藩きっての槍の名手である。十文字槍を正眼に構えた。


 新選組が三人同時に雪崩を打って切りかかってきた。

 三善は二本の刀を同時に槍で受け止め、正面の敵を足蹴にしてなぎ倒した。

 ぶう~ん。と大きく槍を振り回し、間合いを図る。

「姫、お怪我は有りませんか!」

 淡い桜色の着物の袖を絞って、

 お姫様は、ただ三善の背中を見つめていた。


 *  *  *


 あずさは目を瞑ったまま、目玉をグルグルと回している。

「まただ。交信が始まった」

 アンナが足を止め、ひなのに言った。

「そうみたいね。ちょっと待ってようか」

 ひなのも足を止め、ランドセルを背負い直した。


 *  *  *


 十文字槍で牽制しつつ、三善は問うた。

「おぬしら、なにゆえに、あずさ姫を狙う」

「知るか。副長、土方歳三の命だ」

「三人掛かりとは卑怯ではありませんか」

 あずさ姫が、震えながらも声を張った。


「問答無用!」

 新選組の一人が言うと同時に、またしても、三人掛かりで切り込んでくる。

 新選組の常套手段だ。

 彼らは一対一の決闘を避け、常に複数人で一人の敵を囲んで仕留めるという徹底した実戦スタイルをとっていた。


 ――ガチーン!

 三善は低くなり槍で石畳をぶっ叩いた。雨上がりの水たまりがはじけ飛び、四方に飛び散った。新選組に一瞬の隙が生じた。

 ドス。と正面の一人を槍が貫いた。

 三善が腰をかがめたまま、手首を返していた。

 が、刺された槍をガッシリつかみ、離さない敵。

 その瞬間、残りの二人の刀が三善を左右から突き刺した。

 ううっ・・・姫・・・ひめえ。

 絶命する三善。

「三善。ミヨシ!」

 あずさ姫は蒼白になって叫んだ。


 *  *  *


 あずさが目を開いた。

「あ、戻った」

 アンナが気付いた。

「結構長かったわね今回は。あずちゃん、大丈夫?」

 ひなのが小首を傾げた。


 あずさはいつになく神妙な顔つきで口を開いた。

「み、み、み・・・」

「三善が?」

 アンナが訳す。

「し、し、し・・・」

「えっ!ウソ。ひなちゃん大変」

 アンナがひなのを見た。

「どうしたの?」

「三善さんが、死んじゃったって」

「はあ? どういうこと?」

 ひなのもビックリした。人が死んだのは初めてだった。


「で、で・・・だい、だい・・・みみみ・・・」

「でも、大丈夫。三善は必ず戻ってくる。だって。よかった~。もう心配させないでよ。あずちゃん」

 アンナは胸の前で両手を握っていた。

「そもそも、三善って、誰?」

 ひなのが聞いた。

「ちょ、ちょうしゅう・・・・・・・・・・・」

 あずさは目に力を込めた。

「長州藩・槍の名手、三善慎蔵。坂本龍馬の用心棒を務めた男。と言えばお分かりかと」

 アンナも目に力を込めて、訳した。

「全然知らない。なるほど、その三善さんと交信してたのね。じゃ、帰ろっか」

 と、ひなのはアンナとあずさと一緒に下校を急いだ。


 あずさの妄想には大抵、長州藩の武士が出てくる。そして、何故かあずさは姫である。

 しかも、姫の時はすらすら喋れる。まあ、妄想だから、なんでもアリなのだ。


 *  *  *


「どうした、コバちゃん。スランプか?」

 編集部の上杉さんが顔を上げた。突き刺すような視線だ。

「キャラが立ってないし、なんにしても、ストーリーに整合性がとれていない。理詰めが出来てないなんて、初心者じゃないんだぞ」

 原稿をもった上杉さんの手が、怒りで震えているようだ。

 居たたまれない。と、小林は目を伏せた。

 ここ三回、ネームを持ち込んで見て貰ったが、撃沈だった。


 小林は肩を落として、編集部を後にした。


 *  *  *


「大村。大村はどこじゃ。どこへおる」

 あずさ姫が屋敷の中を探し回っている。

 大村とは、大村益次郎。長州藩の軍師である。

 その才知、鬼の如し。と言われたほど頭のキレる男だ。人よりたっぷりと脳みそがつまっているのではないかと思われるほど、おでこが張り出した面構えをしている。

「姫様。いかがいたしました?」

 大村が現れた。

「大村。私はどうすればいいの。マンガが描けない。いいアイデアが浮かばないの」

「ほほお。それはいかに」


 あずさ姫は悩み事があると、すぐに大村を呼び出す。

 大村ほど、頼りになる家臣はいない。


「私には才能がないのよ。いい案が浮かばないの。マンガ家になるのなんて無理なんだわ」

 あずさ姫は畳の上で、大袈裟に突っ伏した。

「なら、やめなされ。誰も姫にマンガ家になって欲しいとは思ってはおりませぬ」

「え?」

「やめて。茶道、華道、いくらでもほかにやることがあります。学問なら、私が受け合いましょう。オランダ語が習いたくなったら、いくらでも教えて差し上げます」

 そう言って、大村は縁側に腰かけた。


「いや、ちょっと・・・大村」

 あずさ姫は上半身を持ち上げ、這いつくばるようにして、縁側に近づいた。

「姫はいくつになられた?」

「11よ」

「11と言えば、吉田松陰が、殿の御前で、山鹿流『武教全書』戦法篇を講義した歳。その見事な講義ぶりに、藩主や重臣たちは深く感激したと聞きます。11にもなって何を駄々をこねておられるのじゃ姫は。子供じゃあるまいし・・・」

 厳しい。今日の大村はいつもと違う。と姫は思った。

 いつもだったら、ひとしきり私の我儘を聞いて、なだめすかしてくれるのに。


「大村、どうしたの?様子が変よ」

「昨日、姫の本棚から、『ヒカルの碁』をお借りして読ませて頂きました」

「あ、面白かったでしょ。私の大好きなマンガ」

「ええ、面白いなんてもんじゃありません。チョー面白かった。姫はあのマンガのどこに感銘を受けましたか?」

「私は・・・いろいろあるけど、サイがヒカルの前から姿を消した時が一番ショックだったかな。でも、それでヒカルは急激に成長するから物語がグッと締まる」


 あずさ姫はハッとした。

「もしかして、大村・・・」

「さすが姫じゃ。気が付きましたかな。頼れるものがいるのは心強い。が、頼ってばかりいては、自分の成長は有りませんぞ」

「大村。大村はいなくなっちゃうの?」

「さあ、わかりませぬ。姫次第じゃ。あまり我儘ばかり言っておると、そういうこともあるかもしれませんな」

「わかりました。もう言いません」

 あずさ姫は、立ち上がって着崩れを直した。

 *

「あずさ。あずさ」

 という声に、あずさは目を開いた。

 おじいちゃんがニコニコして立っていた。手にDVDを持っている。

「あずさ、これが手に入った」

 黒澤明監督の痛快娯楽時代劇『椿三十郎』だ。

 あずさは、手を叩いて喜んだ。

 一度見たとき、面白すぎてしょうがなく、もう一度見たいと思っていたからだ。


「じゃあ、その前に、行くか?」

 おじいちゃんが、親指を立てた。

「うん!」

 あずさは、満面の笑顔で頷いた。


 おじいちゃんは、あずさをよくカラオケに連れて行ってくれる。歌を歌うときは吃音にならない。はっきりとはしてないが、吃音治療のひとつに歌うことも推奨されているらしい。だから、おじいちゃんはよくカラオケに連れて行ってくれる。カラオケでストレス発散して、帰ってきてから「椿三十郎」をゆっくり見よう。ということだ。当然、曲は昭和歌謡になる。よって、あずさも昭和歌謡にハマっていた。


「今日は、なにがいい?」

 と、おじいちゃん。

「つ、つ、つぐない」

「う~ん、わかっとるのぉ。じいちゃんも今日はテレサ・テンが聞きたかったんじゃ。『つぐない』『愛人』『時の流れに身をまかせ』と三曲立て続けにやってくれ」

「うん!」

 あずさの目が輝いた。


 *  *  *


「小林、小林じゃないか?」

 振り向くと、見覚えのある顔だった。

「立石・・・か?」

「ああ、久しぶりだな」


 立石は、美大のデザイン科で同級生だった。親友と呼べるほどではなかったが、それなりに交流はしていた。グループで食事や飲みに行くときは、大体一緒に行く仲間内の一人であった。新宿駅の構内で偶然会った。大学卒業以来、4・5年ぶりの再会だ。


「小林、あの娘は元気か?」

 立石の言う、あの娘とは、田村かすみのことだ。

 美大時代に小林とつき合っていた彼女だ。こちらも同級生の女子である。立石が真っ先にコレを聞いてきたのには理由がある。もともと、田村かすみを気に入って、食事や飲みに行く際に熱心に誘っていたのが、立石だった。


 そういう機会を重ねるうちに、小林が横恋慕する形で田村かすみとつき合うようになった。立石がそれを知ったときは、相当ショックを受け、泥酔して「彼女を頼むぞ」と、しつこく小林の肩を叩き続けた一夜があった。


 しかし、彼女とはとっくに別れていた。立石とは、多少因縁めいたモノを感じる。

 小林が言葉を濁していると、

「まだ、続いているのか?」

「ああ・・・いや。もう、随分前に終わったよ」

「そうか・・・ま、いろいろあったよな」

 立石は、それ以上は踏み込まないほうがいいと判断してくれたみたいだ。コイツ、結構大人になったな。と小林は多少感心した。


「ところで、小林。昔、マンガ描いてたよな。今も描いてるのか?」

 描いてるどころでない。今も編集部にネームを持ち込みに行くところだ。と言いたかったが、ボツ連発で自信が無くなっていたせいか、

「ああ、ま、趣味的にってところかな・・・」

 と、返してしまった。


「そっか。実は、俺、今度デビューすることになった。漫画家デビューだ」

「え?」

「ある種、お前のお陰みたいなところはあるんだ。お前が熱心にマンガに取り組んでいるところを見てて、正直リスペクトしてたんだ。俺も刺激を受けたよ。あの頃から、実はこっそり始めてたんだ。それが、とうとう実ったよ」

「ああ・・・おめでとう」

「雑誌が発売されたら、知らせるから、絶対読んでくれよ」

「も、もちろん」


 立石が去っていく後ろ姿を見ながら、小林は立ち尽くして一言漏らした。

「リスペクトか。便利な言葉だな・・・」

 胸の奥がざらついた。


 *  *  *


 5年2組の教室では、いつもの如く、あずさの机の横にアンナが椅子を持ってきて、二人並んで座っている。あずさが、らくがき帳に画を書いているのをアンナが見ている、いつもの光景だ。


 そこへ、啓太がやって来た。手にかまぼこ板の様な物を持っている。

「松田。ちょっと相談があるんだけど」

 啓太は、かまぼこ板を見せた。手書きで、『ナっさんの墓』と書いてある。

「あ、あのカナヘビ?」

 アンナが反応した。

「うん。今朝起きたら、固くなっていた。庭に埋めてあげたけど、それだけじゃ寂しくて」

「そう・・・残念だったわね。で?」

 アンナが聞いた。


「もしよかったら、空いてるところにナっさんの絵を描いてくれないかな。松田は絵がうまいし、ナっさんのこと知ってるから、簡単なイラストで・・・ダメなら、諦めるけど」

 啓太は、申し訳なさそうに、かまぼこ板を差し出した。


 アンナがあずさを見ると、下を向いて、黙っている。

「あずちゃん。どうする?」

「いや。無理ならいいんだ。変なこと頼んでごめん」

 啓太が行こうとすると、待って。とアンナ。

 あずさがアンナに耳打ちして、何かを話した。

「あのね。描くならちゃんと描きたいから、それ預かっていい?明日には持ってくる。だって」

「そっか。ありがとう」

 啓太は、深くお辞儀をした。


 *  *  *


 あずさ姫は、文机の上にかまぼこ板を置いて、何やら絵を描いている。

「姫、なにを描いておられる?」

 大村は上から覗いて、聞いてみた。

「カナヘビの絵。お墓に立てるんだって」

 あずさの丁寧な筆の入れようを見て、大村は、これはなにかある。と踏んだ。


「随分、熱心に描いておられますな」

 ドカッと姫の隣に座り、手にした器の中にある、大好物の冷奴を箸で割った。

「うん。ちょっと簡単に済ませる気にならなくて」

 あずさ姫は、かまぼこ板に顔を近づけて、筆を走らせている。

「どういういきさつで、そうなりましたかな?」

 大村は、一口豆腐を頬張った。ゴクンと飲み込んで、

「良かったら、お聞かせ願えますかな」

「いいわよ」

 あずさ姫が顔を上げた。


 いなくなったカナヘビを熱心に探す二人の男子の話だった。

 大村は、もう一口豆腐を頬張り、もぐもぐとよく咀嚼して、ゴクンと飲み込んだ。

「姫。それ、マンガのネタになりませぬか?」

「大村も、そう思う。私、ちょっとそれ考えてるの。でも、まだよくまとまらなくて」

「ふむ。一番印象的だったことは、何です?」

「それは・・・一人は凄い執念で探してたし、もう一人なんかは、それを手伝うことで、人が変わった風になって行ったから・・・」

「ほお、どう変わりました?」


「その子はね。女子に、ありがとう。なんていう子じゃなかったの。それが私達女子に向かって、最後には、ありがとう。って言い出して・・・」

 大村はニヤッとして、うんうん。と頷いた。

「大村。よくわかんないだけど。私ね、その時、男子っていいな。って思った。男の子の友情って、こういうことなのかな。って思ったの」


 大村が冷奴の箸を置いた。

「姫。それですな。今、姫が掘るところは」

「やっぱり。そうなのかな・・・」

 あずさ姫は筆を握り直して、文机の上のかまぼこ板に向かった。


 念のために申し上げますが、大村は、あずさの妄想です。


 *  *  *


 小林はいつもの編集部の持ち込みブースで上杉を待っていた。机の上の封筒をじっと見つめて、焦燥感と不安に駆られながら、なかなか来ない、上杉を待ち続けていた。


 すると、誰かと談笑しながら、上杉が小林の目の前を通り過ぎた。

「あ、コバちゃん。そっか。今日はコバちゃんとのアポがあったか」

 上杉が額を軽く叩いた。


「ごめん。コバちゃん。今日ちょっと。ネームだよな。預かるよ。後で見るから」

 上杉が封筒に手を伸ばそうとすると、

「小林」

 と、声を掛けられた。

 小林は衝撃を受けた。


 ――立石だった。


 デビューするとはこういうことだったのか。しかも、担当が上杉さんだ。


「上杉さん。小林とは美大の同期なんですよ。なんだよ小林。お前、頑張って持ち込みしてるじゃんか。立派立派」

「あ、そう。コバちゃんと立石君は同級生だったのか。あ、そう・・・」

 上杉さんと立石の言葉が胸をえぐった。


 立派立派。とはなんだ。チクショウ、上から見下してきやがって。あ、そう・・・。のあとに続く言葉はなんなんだよ。言ってみろよ。差がついた。って。


「コバちゃん。ごめんな。見たら連絡するから」

 と、上杉さんは封筒を拾って立石を連れて行った。

 と思ったら、立石が戻って顔を覗かせ、

「小林。お互い頑張ろうな」

 と、拳を握って笑っていた。


 *  *  *


 カナヘビマン。

 二人の少年の友情が本物だと確認できた時に、現れるヒーロー。

 普段、そのカナヘビは小さいままの姿で、啓太郎の胸ポケットに潜んでいる。

 悪の組織ゾルゲが送り出す魔怪人が人々を恐怖に落し入れる。

 その時、啓太郎とたけし、少年二人が、手を握り合うとポケットの中のカナヘビが飛び出して、カナヘビマンに変身。見事に敵をやっつけてくれる。

 但し、啓太郎とたけしの心がガッシリと噛み合わないと、カナヘビマンには変身しない。どちらかが、少しでも、猜疑心を持っていると、ヒーローは現れない。


 友情そのものが、一番の武器になっているというのは?

 あずさ姫が、アイデアを思案しつつも、大村に訊ねた。

「マッハロッドでブロロロロ。ブロロロロ。ブロロロロー」

 大村がいきなり歌い出した。


「それは、水木の兄貴の十八番でしょ。どうしたの?いきなり」

「昔、子供たちに大人気だった特撮ヒーロー番組『超人・バロムワン』の主題歌です。これが、まさに、そういうお話しでした。二人の少年が返信合体してバロムワンが現れる」

「え? そういうのがあったの。じゃあ、駄目かな」

「なんの。なんの。いいものを参考にして、工夫を加えてオリジナルに仕上げれば、いいのです。リスペクトがあれば、なんの問題もありません」

「わかった。ありがとう。大村・・・」

 と、言った瞬間。


 バカーン。と轟音と共に障子がなぎ倒され、三人組が乱入してきた。

 新選組だ。あずさ姫、覚悟!

「無礼者! 姫に何用だ」

 大村が、姫を庇って後ろに回し、体を張った。


 しかし、大村は頭は切れるが、腕っぷしはからっきし弱い。とんと武術には縁のない男だ。

「大村益次郎だな。お上(幕府)を相手に戦を仕掛けるとは、いい根性だ。貴様の様な危険分子は成敗してくれる」

 新選組の一人が真正面から袈裟切りにかけてきた。


 大村は咄嗟に姫を抱きしめて、背中を向けた。自分を盾にして姫を守り抜くつもりだ。

「大村!」

 あずさ姫の叫びが虚しく響いたとき、ズブっという音と共に新選組の刀が止まった。

 そのまま、刀を手から滑り落として、後ろに倒れる敵。新選組の他の二人は身構えて、半歩下がった。視界が開けたその先に一人の武士。


 長州藩、三善慎蔵。見参。

 ズバズバッと、見事な槍さばきで、残った二人の新選組を瞬殺した。

「三善。ミヨシ」

 あずさ姫は号泣した。

「必ず、戻ってくると、思ってた~」

 顔がグシャグシャになって、鼻水と涙が止まらなかった。


「大村先生。ご無事ですか?」

「ああ、世話はない。拙者は無傷である。姫も大丈夫だ。おかげで助かった。しかし、三善君、君は死んだのではなかったか?」

「まだまだ。姫を残しては、逝けませぬので、帰ってまいりました。大村先生に冥途の土産を持参しましてな・・・」

 と三善は、閻魔豆腐と書かれたパッケージの豆腐を大村に渡した。どうやら、地獄の入口では大変人気のある名物豆腐ということだ。

「ほほお。冥途の土産を逆に持って帰ってきたか。善き哉善き哉。今夜はこれで一杯いこう」

 ゴクンと、大村は喉を鳴らした。


 *  *  *


「面白い!」

「あずちゃん、凄い!」

 ひなのとアンナが目を剥いた。


 あずさの漫画『カナヘビマン』を二人で同時に読み終わった。

 あずさは、らくがき帳に描いた漫画を教室に持ってきて、早速二人に読ませてみた。

 思った以上の反応だったため、自分でも驚いた。


 ひなのとアンナが好き勝手に感想を言う。

「なかなかカナヘビマンに成らなくてドキドキしちゃった」

「そうそう。心が通じ会わないとダメなのよ」

「しかも、それを思い出して、わざと取り繕ったりするから、またダメでしょ」

「建前でその場しのぎしようとしても、そんなのは通じないの」

「本音でぶつからないと。ってイライラしてきたわ」

「そしたら、ようやく・・・」


 ――そういうところだよ。お前の!

 ――どういうところだよ!

 ――ムカつくんだよ!

 ――知るか。ざまあみろ!

 ギュイイイン。ビカビカビカ。カナヘビマン。見参!


「なんか知らないけど、笑った」

「気持ちよかったよね。胸のつかえがとれたって感じ」

「あずちゃん。これいい」

「面白かった」

 二人は、正直に言ってくれた。


 あずさは嬉しくて、気恥ずかしくて、真っ赤になった。

「あの、あの・・・カカカ・・・じじじ・・・さささ・・・」

 アンナが訳した。

「あの、カナヘビ事件を参考にしたんだって。私たちはアレに関わった当事者だから、見せてくれたんだって。普段は漫画を見せるのは恥ずかしいから、絶対嫌なんだけど。だって」

 ふ~ん。と、ひなのは腕組みをして、あずさをじっと見つめた。

「あずちゃん、ダメよ。こんなに面白いのに、見せるのが恥ずかしいなんて言ってちゃ。堂々と胸を張りなさい。わかった?」

「う、うん・・・」

 あずさは頷いた。

「じゃあ、これコピーとらせて。私、見せたい人がいるから」

 ひなのは、らくがき帳を掲げていた。


 *  *  *


 ゴシゴシと消しゴムをかけていると、小林は、ビリっとネーム用紙を破いてしまった。

「ちぇ!」

 グシャグシャっと、紙を丸めて、クソっと、壁に投げつけた。床に散乱した紙くずがそこかしこに転がっている。


 スマホが鳴った。また母親からだ。今日は何度もかけてくるがずっと無視している。

「いつまでマンガなんて描いてるの。早く帰って来なさい」

 と言われるのがオチだ。今そんな話は聞きたくない。

 自分に才能がないのはわかってる。これ以上、人から上書きされてたまるか。


 コンコンっと、ノックの音。

「コバちゃん、いる?」

 ひなのがドアを開け、顔を覗かせた。

「ああ、どうした?」

 ひなのには視線を送らず、小林は新しい用紙を取り出して、また描き始めた。


「ちょっと、相談があるんだけど・・・」

「なに? 今集中してるんだけど」

 今日はお前の相手をしている暇はないぞ。と言わんばかりに答えた。

 ひなのも、小林の空気を察してか、遠慮がちに話した。

「これ。私の友達が描いた漫画なの。よかったら、コバちゃんに読んで貰ってアドバイスしてくれたら、嬉しいんだけど・・・」

 ひなのは、玄関から上がらずに、コピーをとったマンガを床にそっと置いた。


「友達って、いくつ?」

「私の同級生だから、五年生だよ」

「ああ、わかったわかった。今忙しいから、あとでな」

 小林はボサボサの頭を掻きむしりながら、答えた。

「うん。忙しいところごめんね。時間があるときでいいから。お願いね」

 と言って、ひなのは音をたてずにそっと玄関を閉めた。

 *

 スマホが鳴った。今日は母親がしつこい。

 小林の消しゴムをかける手に力が入った。またもや、ビリっと紙を破いてしまった。

 ――ああっ。と紙をグシャグシャに丸めて、今度は玄関に投げつけた。

 投げつけた紙くずが、ひなのの置いていったコピー用紙の上に転がった。

 小林は、椅子から立ち上がって玄関に近づき、コピー用紙の上の紙くずを蹴っ飛ばした。

『カナヘビマン』

 というタイトルがそこにあった。


 小林は、フンっと鼻で笑って、拾い上げパラパラとめくってみた。

 読み進めていくと、段々と小林の顔に険しい表情が現れた。


 *  *  *


「コバちゃん。おめでとう!」

 上杉さんからの電話だ。第一声が響いた。

「トカゲマン、掲載決まった。編集長も絶賛だ。ようやくデビューだな。おめでとう」

「ありがとう御座います」

 小林は、スマホを耳にあてたまま、深く頭を下げた。


 近いうち、編集部に来てくれ。と、上杉さんは電話を切った。

 ――はい! っと威勢よく返事をした。

 そして、そのまま固まった。


 しばらく、何もない、自分の部屋の床の一点を見つめていた。

 小林は何度も自分に言い聞かせた。タイトルは変えた。役名も変えた。悪の組織の名前も変えた。構造を借りただけだ。俺の方が広げられる。

 だが、喜べない。嬉しくない。


 小林はフラフラと歩き出した。玄関を開け、植木鉢の下にある部屋の合鍵を拾った。自分の机の中に合鍵を放り込んで、引出しを閉めた。もう一度引出しを開けようとしたが、手を止めた。


 ドカッと椅子に座って、天井を仰いで、頭を抱えた。

 そして、誰かが言った言葉を、反芻した。

 リスペクトがあれば。と。


 第12話 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ