9-1. メイを背負ったまま、街の様子を観察しながら歩く
色彩の少ない生活に慣れていたので、宿屋の壁に掲げられた旗や、服屋の露台に並べられた衣服の、赤や青色、染色された品々を見て俺は新鮮さを感じて興味を抱いた。
俺は軽く体を揺らして、背負っているメイの気を引く。
「ほら。メイ、右を見ろ。見たことない真っ赤な服が売っているぞ」
すぐ後ろにアーサーさんがいるから、あまりはしゃぐのは恥ずかしいが、俺はメイを元気づけるために明るく声をかける。
「うん……。こっちには赤い羊がいるのかな?」
「染めたんじゃないのか? あ、いや、赤い羊がいないとは言い切れないな。お前、頭、柔らかいなあ」
「えへへ。胸も少しずつ膨らんで柔らかくなってきたよ。……ほら。背中で、メイの胸、感じる?」
「毛が赤くなる餌があるのかもしれないし、魔法で毛の色が変わるのかもしれない。染めたと決めつけるのはよくないな」
「お兄ちゃん、知ってる? 白いパンを食べているから、王様や貴族の人はおひげは白いんだよ」
「へえ。そうなんだ」
興味深い話題だ。白パンと白髪には因果関係はないはずだが、物の捉え方によっては事実かもしれない。
白いパンを食べられるような金持ちは白髪になるまで長生きできる。貧乏人は白髪になる前に死ぬ。だから、結果的に、白いパンを食べる毛が白くなる。
だからこの世界では、白パンを食べるから王様や貴族のひげは白くなると信じられていても不思議ではない。
村では見たことのない果物も露天に並んでいた。
リンゴのような赤色の果実を見て俺は口の中が甘くなるような気がしたし、レモンのような黄色い果実を見かけたときなんて、口の中が酸っぱくなって本当に唾液があふれてきた。
しかしそれは俺の日本の知識がそうさせるだけだ。
メイが同じ感想を抱くとは限らない。
「どんな味なんだろう。想像もつかない。あとで時間があったら、適当に買って食べてみよう」
「うん」
メイの声がちょっとずつ元気を取り戻してきた。
「元気になったか?」
「……うん」
「お兄ちゃんは、元気になった?」
「ん? 俺は最初から元気だぞ」
「そうなんだ……。夜になったら、お兄ちゃんの元気なところのぬくもりで慰めて」
「はっはっはっ。ぶちのめすぞ。さっきからちょいちょいアホなこと言いやがって」
「えへへ」
最近、唐突な下ネタに驚かされるんだが、何故、こんなことを言うんだ?
どこでこういうことを覚えてくるんだ?
まさか母さんが、俺とメイを結婚させたいから、変なことを吹きこんだ?
さて。
都の光景が新鮮なのはソフィアとサリナにとってもそれは同じだったらしく、あちこちに首を回して感嘆の声を漏らしていた。
俺は気を引き締め、背後にアーサーさんが控えていても油断せず、ふたりがはぐれないように見守る。
いきなり視界が真っ暗になった。
後ろからメイが手で目元を覆ってきたようだ。
「駄目。お尻見てた……」
「別に見てないが。それじゃ、お前が進行方向を指示しろよ」
「うん。まっすぐ行っていいよ」
「俺がこけたらお前もいっしょに倒れて大ダメージだからな」
「大丈夫。何があってもお兄ちゃんが抱きしめて守ってくれるもん」
「……まあ、できるはんいで守るよ」
視界がないとバランスをとるのが大変だが、手と鼻の隙間から微かに景色が見えるから、ギリなんとかなる。
司教の馬車は人混みや豚の群れをかき分けてゆっくり進む。おかげで歩く田舎者の俺たちが取り残されることはなかった。
「見て見て、あっち。お兄ちゃん。でっかいトカゲ!」
「目の前が真っ暗で何も見えないが」
メイが手を放してくれた。
「ほら! あっち」
「うわっ。マジだ。すげえ」
恐竜もの映画で最初に出てきそうな全高1.4メートルほどの二足歩行の生物に人が乗って移動していた。
モンスター討伐経験のある俺は、恐竜風生物の存在自体には驚いていない。
だけど、その背中に人が乗っていて、さらに荷物がくくりつけられているのを見て、俺は改めてここが異世界だと実感した。
人間に害を及ぼしていないからあれは動物だが、モンスターと表現したくなるような外見の生物が日常生活の一部になっている。そこが驚きだ。
「村に連れ帰って、働かせてえ……。でも、高いんだろうなあ」
生物の首元を観察すると首輪がしてあり、かまぼこ板のような大きい物がぶら下がっている。あれがアーサーさんの言っていた登録証だろう。
(見たところ、他のも、モンスターらしき者はみんな登録証らしき物を首輪にさげている。父さんからは聞いたことないな。もしかして、俺は田舎で違法にレストを使役していたのだろうか……。いや、アーサーさんには怒られなかったし、違法ではないよな?)
「お兄ちゃんとでっかいトカゲ、どっちが乗り心地いいんだろう」
「張りあうつもりはないが、さすがに俺の方が乗りやすいだろ?」
「えー。でも、お兄ちゃん、太ももとかお尻とか触ってくるし……」
「もう二度とおんぶしてやらねえ」
俺は体を揺らしてメイを背後に落とそうとする。
メイは俺の首に腕を巻きつけ、脚で胴体を強く挟んでくる。
「やー。もうちょっとお兄ちゃんに乗るー」
メイは俺にしがみつき、甘えん坊を発揮してきた。
12歳だと普通に大人に交じって働いていてもいい年齢だが、日本人感覚の残る俺が甘やかしてしまったせいか、メイは同年代のこと比べると幼さが強く残ってしまったかもしれない。反省。




