8-5. アーサーさんが気を遣って色々と話かけてくれる
遅れてやってきた別の従者が荷馬を連れてきて、ロープを取りだした。不審者の手足を縛るのだろう。
その場を従者たちに任せて、俺はアーサーさんに促されて歩みを再開する。メイは随分と怯えていて、俺の腕にしがみついてきた。まるで恋人の距離感だが、突き放すわけにはいかない。
「メイ。アレル。遅れてすまなかった。不逞の輩の接近を許してしまった」
「いえ。不可視になるスキルを使ってきたから後手に回るのはしょうがないというか、むしろ逆に、対応が早すぎて驚きました」
「そう言ってくれると助かる。いや、気を遣わせてそう言わせてしまったか。すまないな。あの男の狙いや背後関係は調べさせるが、おそらく何も分からないだろう」
「俺の妹を強姦しようとしたのは嘘で、実際は何者かに金で雇われた使い捨て野郎ということですか」
「驚いた。一瞬でその考えに至るのか」
「あ。いえ……」
そういうシーンのある漫画を読んだような気がするだけ、とは言えないな。
「あの男は両手ともに指が2本足りなかった。刑罰で失ったのだろう。言葉どおり娼館に通う金のなさで犯罪に及んだ可能性もあるが、騎士が同行しているのにメイを狙うのは不自然だ。何者かに金で雇われたと考える方が自然だ。残念だが詳細を知っているとは思えない。減刑と引き換えに……」
アーサーさんは口を閉ざした。
減刑ということは、司法側が放った刺客、つまり国が黒幕になるから、言えないのだろう。
アーサーさんは国の権力者のようだが、今は教会の要人の護衛をしているし、複雑な実情があるんだろうな。
「あいつの服を濡らしたのは、そこにいるかどうか確かめただけではなく、逃げられたときに捜索の手がかかりになると思ったからだろう? 機転が利くな」
「あ、いえ。そこは今思うと、機転が利かなかったですね……。次は、自分の指を切って血を水に混ぜます。そうしたら目立つ」
「……ふむ。アレル。やはり良い頭を持っているな。どこで教育を受けた」
「今は亡き、羊飼いの父から学びました」
「そうか。立派な父上だったと、お前の様子を見ているだけで分かる。教えはしっかりとお前の中に根付いているな」
「はい。ほら。メイ。父さんが騎士様に褒められたぞ」
「うん……」
「元気を出せって。ほら。前からも遅れがちになってきた。そろそろ離れろ」
「やだぁ……」
「しょうがない。ほら。おんぶしてやるから」
「うん」
俺はメイを背負って歩きだした。
「アレルよ。どのような父上だったのだ?」
「立派な人でした。俺、スキルで攻撃されたの、さっきが初めてなんです」
「ほう。よく冷静に対処できたな」
「はい。メイの姿が見えなくなっても冷静でいられたのは父の教えのおかげです」
「ほう」
「スキルを使われたと気づけるなら、相手には一撃で敵を殺す力がないことの証明だと。だから冷静に対処しろと」
「なるほど。スキル無き者は、そのような考えを持つのか。興味深い」
「父は、自分には学がないと言っていたけど、戦闘に関する心構えや技術はもちろん、チーズの作り方、羊の群れの統率の仕方、羊が暴れた時の抑え方、毒のある蛇やキノコの種類、街に持って行けば売れる素材……様々な知識を持っていました」
「ほう」
「それなのに、『羊がいるから夜中に女が恋しくなっても平気だな』みたいな冗談を言われたら、相手が言い終わる前に殴るような、気の短さというか思い切りの良さみたいなのもあって、冷静さがないというか」
「いや、君の父上の行いは正しい。名誉を穢されたのだからな」
アーサーさんは本心から父さんを褒めてくれているのだろうか。
おそらく、メイを気遣ってくれているから、必要以上に父さんを褒めてくれているのだろう。
しかし、まあ、なんというか。
そういう気遣いは嬉しい。
ただ、アーサーさんたち騎士は、俺たちが襲われた瞬間も旅の間も、常に馬車の護衛を優先していた。
不審者の襲撃を許したのは、それが理由だろう。
結局最初から最後まで、聖女候補より司教の方が丁寧な扱いを受けていた。
聖女候補は馬車に乗せてもらえず徒歩の旅だった。
アーサーさんやガストンさんは気を遣ってくれてはいたが、司教の護衛を優先せざるをえなかったようだ。
司教は1000人を超えるような街に1人いるくらいの人材。
聖女候補は300人の村に3人もいるくらいの人材。
だから、司教の方が希少な人材として優遇されるのだろうか。
メイ、ソフィア、サリナはこれから魔族討伐の過酷な旅に出るというのに……。
若者より優遇されている老人を見ると、日本を思い出して少し嫌な気分になるな……。
ここでも地球と同じように、老人が戦争を始めて若者が死ぬ世界なのだろうか。




