7-2. 犬臭の騎士って、実はいい人なの?!
俺は騎士とは視線をあわせずに、だが、油断なく警戒する。
すると、騎士の顔、というか頭が俺の目線まで下がってきた。
「さっきは悪かった」
「え?」
騎士は頭を下げている。
予想外の言葉に俺は軽く戸惑う。
からかっている様子はない。
上げられた顔は、真剣なまなざしだ。
「私は相手の成果を認められないほど狭量ではない」
私?!
戸惑った俺の表情の変化に気づいたらしく、犬臭騎士は薄く微笑んだ。
そして、さらにソフィアの方に頭を下げる。
「ソフィアと言ったな。先ほどの非礼を許してくれ」
ソフィアが驚いたらしく、背後から俺の服の裾を引っ張ってくる。
「貴女の狩りの腕は本物だ」
あっ。あなたぁ?!
「さっき貴女は、アレルが鹿を仕留めたと言った。だが、違う。俺たちの名誉を傷つけないように、男に手柄を譲ったのだろう。貴女たちは左脚を焼いている。矢傷を我らに見せぬようにだ」
事実を言い当てられたので、俺は振り返りソフィアと顔を見あわせる。
俺だけでなくソフィアも驚いている。
俺は騎士に向き直る。
「どうして左脚に矢傷があったと分かったんですか?」
野性的な顔立ちのおっさんなのに、妙に清潔感のある表情をしている。
「うむ。ソフィアの狩りの腕前を認める理由は、そこだ。通常、走り疲れた獲物は肉が固くまずくなる。だが、譲り受けた獲物の肉は柔らかかった。それほど走り回った様子がない。アレルが不意打ちで仕留めた可能性もあるが、鹿も、そこまで馬鹿ではない。意味もなくお前の前に現れて殴られるのを待ちはしない。となると、追い立てられたということだ。だが、肉は柔らかい。矛盾している。ならば、矢を射たのは仕留める寸前。それまでは鹿を追い立てず、弓を使わずに待ち伏せ位置まで誘導したのだろう」
後半は俺も知らなかった。あのときソフィアの声や物音は聞こえなかった。つまり、自身の存在から発する微かな音や臭いだけで、彼女は鹿を俺の方に誘導したのだ。
なるほど。ソフィアは騎士が力量を認めるほどの狩人だ。
そして、彼女の力量を見抜ける騎士もまた、卓絶した狩りの技や知識を持っているということだ。
「改めて非礼をわびる。済まなかった」
騎士は誠実なまなざしをソフィアに向けたあと、頭を下げた。
ソフィアは困惑している。
俺は彼のことを心の中で犬臭騎士と呼んでいたことを恥じた。
騎士は顔を上げると、今度は俺の方にも「重ねて非礼を詫びる」と頭を下げてきた。
「顔を上げてください。こちらこそ、非礼をわびます。俺は騎士の礼儀作法というのを知らないから、名前を聞くのは失礼かと思い、貴方の名前を窺いもしなかった。よろしければ、貴方の名前を教えていただけないだろうか。俺の名前はアレル。羊飼いのアレルだ」
「アレルか。かつて八翼魔王を討伐した勇者の名だな。良き名だ。/
:騎士はかかとをあわせ、背筋を伸ばした。
/私は、王より薔薇の紋章を授かりしレスタール候を叔父に持つ、岩石スキルの使い手ガストン・ド・プヴォワール。隻翼の火炎竜ブレイムニールを討ちし僧兵にあやかった名だ」
長い名乗りだ、と思いながら俺は握手を交わした。
「聖女候補ソフィアよ。これを受け取ってくれ」
俺との握手を終えたガストンさんはソフィアの前に跪くと、胸元から皮の小袋を取りだした。
「これは……?」
「ペパーミントとローズマリーの粉末だ。肉にかけると臭みが取れる。王都の者はそうしている」
「まあ。ありがとうございます」
「では、失礼する」
ガストンさんは立ち去ろうとし「おっと」と立ち止まる。
振り返った顔は、犬臭の騎士だった。
「狩りはお前の勝ちだ。アレル。俺を使うか?」
「ははっ。ぶち、遠慮しておきます」
「そうか。俺が必要になったら、いつでも言えよ。くっくっくっ」
「ならないから、ご安心ください」
実はいいやつかもと見直した途端、これだよ。
俺は心の中で「ぶちのめすぞ!」と叫んだ。
「なに。冗談だ。旅で困ったことがあれば、言え」
「あ。そういうことなら、さっそくいいですか?」
「どうした?」
俺が人の耳を気にして周囲を確かめてると、ガストンさんが気を利かせてくれて、人気のない方へ歩きだす。
俺はその場にソフィアを残し、2人で森に近づいた。
「実はお願いしたいことがあって。騎士一行の中に、デバフや回復魔法を使える人がいますよね?」
「ああ。アーサー殿の従騎士マディだな」
「ぶん殴りたいやつがいるので、マディさんに頼んで、デバフと回復魔法を使ってもらいたいんです」
「ぶん殴る? 話が穏やかじゃないな。王都まで1月近い旅になる。もめ事は良くないぞ」
「ええ。だからこそ、なんです。さっき、マシューが俺の妹メイを強姦しようとした」
「なんだと?!」
「俺が助けに入るのが間にあって未遂に終わったから被害はない。けど、俺は普段からメイに、男に襲われたら棍棒でぶんなぐれと教えているのに、それができなかった。恐怖が身に染みついてしまったかもしれない。だから、妹にあいつをぶん殴らせたい」
「なるほど。マシューを殴って恐怖心を消したいのか。それなら、もっと手っ取り早い方法がある。お前の妹はあそこにいるな。一芝居打つ。俺に従え」
「え?」
パンッ!
何をされたのか分からないが、いきなり足が横方向へ強く払われた。足払いされたらしい。
気づいたら俺は地面に倒れていて、上にガストンさんが乗っていた。
「さあ、大声で妹に助けを求めろ」
「え? あ? そ、そういうことか!」
俺は騎士一行には届かず、メイには届くくらいという声量で――。
「メ、メイ……! 助けて――」
「静かにしていろ!」
ガッ!
口を大きな手で覆われてしまった。
たき火で照らされた小さな人影が揺れた。聞こえたようだ。
「お兄ちゃん?」
「むぐっ……。むぐぐっ!」
「大人しくしろ。へへっ。お前、初めてか? なあに、安心しろ。俺が上手く、してやるから」
「むぐーっ!(ガチで怖いんだが?!) むぐーっ!(メイ! 早く助けてくれ!)」
湿った吐息が俺の首や頬を生暖かく濡らしてくる。
ガストンさんの迫真の演技が……。
演技か?
俺、マジで襲われてね?
「アレル。抵抗するな。力を抜け!」
「むぐーっ!」
「お兄ちゃんを放せーっ!」
ドゴンッ!
小柄な人物が駆け寄ってくる足音の後、鈍器で人間を殴ったとき特有の鈍い音が鳴った。
「ぐわあああっ!」
ドサッ!
悲鳴が聞こえ、俺の上に載っていた体重が消えた。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
メイが来てくれた。
俺に背を向け、倒れたガストンさんに棍棒を向けている。
「お兄ちゃんに酷いことするなんて! ぜ、絶対に許さない!」
俺はメイがガストンさんに追撃しないよう、太ももを抱きかかえてつかまえる。妹の尻に頬を押しつける変態みたいな姿勢だが、殺意にみなぎる野生児を解放するわけにはいかない。
「ありがとう。そして、ごめん。誤解だ……」
「え?」
「ガストンさん。大丈夫ですか?」
「ああ」
ガストンさんが上半身を起こす。余裕そうだ。
「え? え?」
「お前がマシューに襲われたとき、殴るのを躊躇しただろ。それを聞いたガストンさんが、一芝居うってくれたんだ」
「そういうことだ。はははっ! 俺を殴れるんだ。もう、どんな男が相手だろうと、臆することはない。女とは思えん、いい一撃だったぞ!」
「ガストンさん、殴られたところは大丈夫ですか?」
「ああ。我ら騎士は誰もが魔力で体を覆い身体能力を高めている。魔力ののらぬ一撃でその身を傷つけることはできん」
強がりでも何でもなくそれは事実らしく、ガストンさんは平然と立っているし、俺の手を握って易々と立ち上がらせてくれた。
「ほら。メイ。お礼を言え」
「え? あ、ありがとうございます!」
「はっはっはっ。気にするな。兄を救うために恐怖を乗り越えたことを誇れ」
「は、はい!」
「マシューへの罰は与えておく。アレル。これでよいな?」
「はい。お世話になりました」
「また困ったことがあれば、遠慮なく言え」
「はい。本当にありがとうございます」
「ではな」
俺達からの好感度を上げたガストンさんは去って行った。
なんていうか、人は見かけによらないんだな。




