98 こんなとき、どんな顔をすればいいのか俺はわからなかった
「格納姿勢へ移行、格納姿勢。動力炉停止、主電源オフ」
ビュウウウゥンッ!
ロボットの電源を落とすことを告げる梓の声。
全身に感じていた体が巨大になった感覚、ロボットとの一体感みたいなものが徐々に失せてゆく。
戦闘を終えた俺は、後の操縦を梓に丸投げして脱力していた。
梓の操縦で、ロボットは元の位置に戻って、膝を折り曲げた姿勢に戻っている。
「はあぁ……」
思わずため息が漏れる。
この二十分足らずの時間で、俺は色々と取り返しのつかない事になってしまった。
初めて人を殺し(しかも斬殺だ)、ロボット兵器に乗り込んで、敵とはいえ何十人もの人の命を更に奪った。
「まぁ、仕方ねえ……か」
さっき鳳翔さんが一個小隊殲滅っていってたよな……一個小隊といえば、たしか、40人くらいだったはずだ。
前の世界の松雪がベトナム戦争を描いた映画を解説しながら、そう言っていたのを思い出す。
スパイナーとアルジェンテが殺った分もあるとはいえ、いきなり40人もの人間を……いくらかは生き残っているだろうけど、殲滅っていったら、皆殺しにしたってことと同義語だ。
「いきなり40人も殺っちまったのか、俺……」
「兄様?」
「い、いやなんでもない。なんでもないんだ……」
後で梓が俺を心配そうな顔をしているのが感じ取れる。
仕方ない、本当に仕方ない。
でなきゃ、誰も守ることができなかったからな。
「お、おぶ……っ」
突如、全身が震え、猛烈な吐き気に襲われる。
『竜洞生徒』に会い、母親に会って、幸せを守ることには代償が伴うことを悟ったはずだったのに。
人殺しになる覚悟を決めていたはずなのに。
いざ本当にそうなってしまったら、そのことへの拒絶反応があらわれてしまったようだ。
「兄様? 全身の異常な発汗と体温の急激な上昇、心拍数の増大と血圧の上昇が認められる。大丈夫?」
梓が、背後から心配そうに呼びかけてくる。電源が落ちても俺のことはモニターできるんだな。
「兄様?」
「あ、ああ、大丈夫だ梓。今頃になって、戦いへの恐怖に襲われたみたいだ」
「む、なら、もう大丈夫。身の程をわきまえず兄様と梓を拉致しようとした敵は兄様と梓、スパイナーにアルジェンテ、そして、あーや達によって駆逐された。敵は完全に無力化された。ほら、あそこ、生き残った敵兵は無様にも虜囚の辱めをうけている」
おいおい、それは、前の大戦のときの日本軍人の標語じゃなかったか?
『生きて虜囚の辱めを受けず』だったっけか?
玉砕やらなんやらの原因になったといわれる、いかにも戦前の日本軍の体質を表している言葉だったよな。元の世界のことだが……。
滑走路を指差す梓の細い指が、コメカミのあたりに見える。
その指差す先には、梓の言葉通り、武装解除された敵の兵士がぞろぞろと列を作ってどこぞへと連行されてゆく。
時折、俺……すなわち戦闘ロボットの方に恨みがましい視線を投げかけてくるやつもいたが、大半のやつはがっくりと項垂れていた。
そんな敵の姿を見ていた俺の頭の中に、奴らの切り札のことがよみがえった。
「ああッ! 梓ッ! かくへいきッ! 核兵器だよ、輸送機に積んでたっていう! 大丈夫なのかッ!?」
バタバタと俺は取り乱す。
「あ、あ、あ梓! どうしよう? かくへいきが爆発したら……」
「兄様、落ち着いて! 敵が持ってきた超小型戦術核地雷は、あーやたちが降下してきたときにまっ先に確保したから、その脅威は消失している。大丈夫」
「そ、そう、か。はあぁ……勝ったんだな俺たち」
「ん、兄様、兄様と梓は勝利した。兄様、お疲れ様」
「梓も、な」
「む、あ、兄様。今からコクピットを開けようと思う。でも……」
梓が何やら言い淀む。
…………あ、そうか! 梓は今、マッパだった。
体はロボと化しているとはいえ、その心は、まだ、思春期の少女のままだ。そりゃ、マッパで、人前には出られないよな、いくら緊急事態だったとはいえ、お年頃の女の子がマッパで、こんなロボに乗るなんてさぞかし恥ずかしかったろう。
「わ、わかった梓。と、とりあえず俺が降りるから、すぐにまたコクピットを閉じて待っててくれ、どこからか毛布を調達してくるから」
「ん、ありがとう兄様、記憶喪失になってからこっち、兄様はこういうとき本当に頼りになる」
おいおい、以前はどうだったんだ竜洞生徒ッ!
っとにキサマにとっては、実の妹でさえ、その他大勢の中のひとりでしかなかったんだな。
こんなに可愛いのにモブ扱いなんて、ったくなんてやつだ!
「よ、よし、梓! コックピットだが、一瞬だけ俺が這い出るだけの隙間だけを作るってできるか?」
「む、それは可能」
「じゃあ、そうしよう。いまシートベルトを外す……よし、外れたぞ。梓」
「了解、コックピット開放」
ぷしゅうううううッ!
と、ダンプトラックの排気ブレーキのような音がしてコックピットが少しだけ開いて、ギリ俺一人が通れるくらいの僅かな隙間を作る。
「んしょ……っと……え? うわああああッ!」
隙間に手をかけ、這い出そうとした瞬間その手が誰かに掴まれて、コックピットから引きずり出される。
「あ、兄様ッ!」
「梓ッ!」
コックピットから何者かに引きずり出された俺は、ロボットのコックピットの天井に腰掛けさせられる。
「「「「「きゃああああああああッ!」」」」」
とたんに俺を囲んだ黄色い声のシャワーに、目を見開き固まってしまう。
俺と梓が乗ったロボットの周りには、いつの間にか海軍の水色の迷彩は無論のこと、陸軍の斑点迷彩の兵隊さんたちまでもが群がっていた。
「こ、これはいったい?」
「英雄の誕生の瞬間には誰だって立ち会いたいものでさあ」
俺を引きずり出した人が答えてくれる。
(英雄? 何言ってんだこの人は? 俺はただ海軍の陸戦隊……鳳翔さんたちが来るまでの間、ロボットに乗って時間稼ぎしてただけだ)
長門教官にそうお願いされたからな。
「坊っちゃん、もう少し筋肉つけようねえ。軽すぎる」
俺をコックピットから引きずり出したのは、さっき美洲丸を投げ飛ばしたオバ……年重のお姉さん兵士だった。
いつの間にかいなくなっていたのに、また現れた。
「准尉、それはキサマに任せる」
ロボットの足元から何やら物騒なことを言う鳳翔さんの声が鼓膜を揺らす。
(ん? 准尉……だと? このオバ……おねえさんが?)
准尉とは兵隊の中の兵隊、兵隊の神様! と、元の世界の松雪が言っていたのを思い出す。
士官候補の超ペーペーか、一等兵からの叩き上げの超ベテランしか就くことのできない階級だって言ってたっけ。
このオバ……お姉さんはとてもペーペーには見えないからきっと後者なんだろう。
「坊っちゃん、初めまして。竜洞家メイド頭に着任しました常磐寅子であります。海軍准尉を拝命しております。初陣おめでとうございます! お父上には本当にお世話になりました。この度、ようやく竜洞家で働けることになり感無量です」
常磐寅子と名乗った、オバサンが健康そうな笑顔で俺に挙手の敬礼をしてくる。
答礼して俺は、常磐准尉殿に問いかける。
「常磐さん、さっき格納庫で美洲丸を投げ飛ばしてましたよね。その後、防衛戦のときにはおられなかったと思うんだけど」
格納庫の戦闘から敵前逃亡した常磐准尉に俺はどこへ行っていたんだという意味を込めて問いただした。
「はははッ! さすが坊っちゃんよくご覧になっている。いやぁ、自分、別任務がございまして、外していたんですよ」
と、胸のワッペンを指差しながら微笑んだ。
それは、広がった翼の真ん中に松明がデザインされたワッペンだった。
「常磐准尉には、降着誘導という重要な任務があったのです。お坊ちゃま」
いつの間にか俺の横に控えていた伊香鎚さんが答えてくれた。
「こうちゃくゆうどう?」
「はい、降下部隊を乗せてくる航空機を適正なコースに誘導する重要な任務です。それがなければ降下部隊は安全に降下できないのです」
今回は、たまたま近くの海軍基地だったが、戦争の時には敵地へといち早く潜入して味方のパラシュート部隊とかが降りる場所に目印をつける係の人か……。
(……ってことは、精鋭中の精鋭ってことだよなこのオバサン)
道理で、美洲丸をポンポン投げ飛ばせるわけだ。
「それよりも、坊っちゃん、皆に応えてあげてくださいよ」
常盤さんが俺を促す。
ロボットの周りに集まった人、人、人……。
「いやぁ、こんな……。どんな顔すればいいかわかんないですよ。経験ないんで」
こんな大勢の人に歓迎されるなんて、全くの初体験だ。どんな顔したらいいのかさえわからない。
きっと今の俺の顔は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔にちがいない。
「笑えば……いいんじゃないでしょうか」
伊香鎚さんが答えてくれる。
「そんなんで、いいんですか?」
「ええ」
「んで、ちょっと手でも振ってやりゃぁいいんすよ」
常磐のオバサンがニカっと笑う。
「そんなもんすかね」
誰とはなしに問いかけてみる。
「ええッ」
「ですね」
と、伊香鎚さんと常磐オバサンが答える。
「じゃあ」
と、俺は応え、ロボットの元に集まってきていた兵隊さんたちに向かって手を振る。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」」
格納庫に黄色い雄叫びが響き渡る。
「竜洞! よくやった! 助かったぞ」
「竜洞生徒! ありがとう、感謝します、おかげで零式は守られました」
「いやあ! パーフェクトです! これで運用試験完了です。おまけに実戦のデータまで取れるなんてサイコーDEATHッ!」
その中に長門教官殿の声や、陸奥中佐の声が混じっている。
ああ、朝霧中尉や野分軍曹も無事だったみたいだ。よかった。
ん? おかしな発音の女性の声も混じっている。
「流石なんだな竜洞君!」
そこに太刀浦の耳障りな声も加わった。
「はあぁ……ッああッ! 毛布かなんかないですか? 伊香鎚さん! 梓が、梓がっ!」
俺はロボットの中でマッパのまま待機している梓のことを思い出し、俺は大いに狼狽え、慌てたのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価もまた、ありがとうございます。




