93 そうして俺は、試製機動歩兵装甲零式白兵戦闘機を身に纏った
「縛帯ヨシ! 緊急射出装置安全ピン抜去ヨシ!」
太刀浦がくっそ爽やかに汗を流しながら俺をコックピットの中に縛り付けてゆく。
「太刀浦、嬉しそうだな。アンド、なんかすげえ手慣れてる気がするぞ」
「ああ、なんだな。この日を夢見て、PCにVRユニット増設してシミュレーションソフト組んで練習してたんだなぁ…でゅふふふふ」
「お、おおぅ、そりゃすげえな」
相変わらず太刀浦は爽やかな笑顔をその顔面に貼り付けている。
(怖くねえのか? 自分も誘拐対象になってたっていうのに……)
と、ヤツの手を見ると、俺を操縦席に縛り付けるベルトを締めている手がかすかに震えていた。
(やっぱり怖いよな)
太刀浦も普通の感情を持ち合わせていたことに安堵して、俺は肩を回す。
「梓ちゃん、起動シークエンスはヘの35番なんだな。電源ユニットが機能していないから、緊急起動手順なんだな。カートリッジは装填済み、梓ちゃんのタイミングで点火するんだな」
俺をコクピットに固縛した太刀浦圭輔が梓に専門的な事を話している。
梓は俺の後……というか、下半身を俺の腰に密着させた状態で機体に固縛されている。
「む、わかった。圭輔はとっとと避難するがいい」
「言われなくても! 君の起動を確認したら避難するんだな。搭乗員固縛ヨシ! 竜洞くん、ご武運を! なんだな」
親指を立てる太刀浦に応えようと俺も親指を挙げようと思ったのだが、機体に全身を固定されているためそれは不可能だった。
代わりに頷いて口角を上げる。
「ああ、任せろ!」
「む、兄様と梓が揃っているのに起動しないなどということがありえないことは、天地開闢以来の真理! 圭輔は往ぬるが良い!」
「ははは、わかったんだな。じゃあ、梓ちゃん、竜洞くんを頼んだ! コックピット閉鎖!」
「む、安心するといい。兄様は必ず梓が護る」
大きく開いていた飛び出していたコクピットがロボットの胸に引き込まれ、胸が閉じてゆく。
「竜洞くんっ!」
閉じてゆくコックピット越しに、太刀浦が手のひらを眉にかざしていた。
「コックピット閉鎖、内蔵電源投入」
梓の無機質声が狭いコックピットに流れる。
ヴン……ッ! という音と共に、コックピットの中に外の風景が映し出された。
「うお!」
「コックピット閉鎖ヨシ! 機付き総員退避ヨシ! 全部ヨシ!」
コックピットが完全に外界から切り離されたのを確認した太刀浦がシマリスのようにロボットを固定している台から離れてゆく。
「……ッぅんッ! ……ッは……あぁ……んッ」
梓が艶めかしいため息をつく。
「お、おい、梓大丈夫なのか?」
梓を振り返った俺は息を呑んだ。
「問題ない、これは、梓と機体が完全に接続するために必要なこと」
ニッコリと微笑んだ梓の全身……いや、見えていないが、見えている部分だけで想像しただけだが……無数のコードが梓の体に絡みつき、突き刺さっている。
そして、いつの間にか梓からは制服が剥ぎ取られて“ポン”になっていたのだった。
(北斎漫画かよ)
そこには、この逼迫した状況には似つかわしくないものすごくエロティックな状況が展開されていた。
「兄様、脈拍と呼吸が乱れている、血圧も上昇している。んふ、剥かれた梓に欲情した?」
「そんな不意打ち食らったら、ジーザスだろうがお釈迦様だろうが狼狽えるわ!」
「んふふふ、本来なら搭乗員には専用のコネクタースーツがあるのだけれど今回は非常時、したがって梓が機体と接続するためには全裸とならなければならなかった。ごめんなさい」
素直に謝る梓に俺は笑いを返す。
「今回だけだからな、そんなサプライズ」
「おおッ! これがサプライズと! やはり兄様と梓は! ……ッ」
「梓! それは後にしようか! 敵が迫ってきている」
俺たち囲んでいるモニターに映し出されている外の様子は、格納庫の扉を破った敵のロボットと、それに追随してきた敵の兵隊が映し出されている。
既にロボット(俺たち)の周辺には誰ひとり残っていない。
(俺が乗り込んだのを確認して退避したんだな)
『……ザザザ……生徒! 竜洞生徒聞こえる? 聞こえたら応答して。こちらコントロール、陸奥』
「む、梓と兄様のスイートタイムを邪魔するとは陸奥のくせに、言語道断」
「いいから梓、陸奥中佐は、今この戦闘の責任者なんだから、さ」
「む、兄様がそう言うなら、梓は矛を収めるのに吝かではない」
むくれる梓に俺はついつい吹き出してしまう。まったく、外は砲煙弾雨だってのに。
そういや、さっきからカンカン音がするな。きっと敵の銃弾を弾き返しているんだな。こいつの装甲が。
『竜洞生徒?』
っと、応答しなきゃか。
「梓、どうやって応答するんだ?」
「む、本来なら、ヘッドセットを装着して搭乗するんだけれど、今はそれがない。だから、ダイレクトに回線を接続する。あんまりやりたくないけれど……」
「非常時だ、やってくれ」
「む、了。コックピットをダイレクトにコントロールと接続する」
『ザザザ……竜洞生……あ、継った! 竜洞生徒こちらコントロール陸奥です。状況は把握している?』
「へー、へー、どっかの国の特殊部隊が、俺が今乗っているロボットを強奪に来たってことは理解してますよ」
『……ッ! 現在、君は、零式に搭乗している。零式は私の所掌するところだ。したがって、君は私の指揮下にある。反抗的な態度は許されない』
「んで? 俺と梓が、このロボで彼奴等をやっつけりゃいいんだろうが! へそ曲げっぞ!」
『……くッ! キサマァッ!』
陸奥中佐がついに本性表しやがった。多分こんなことだろうと思ってたんだ。陸奥中佐の態度の端々から滲み出ていたからな。権力で相手をいいように操ってきたやつの匂いがな。
俺はそういうのには鼻が効くんだ。
『然! いいかげんにしろ! 竜洞、長門だ聞こえてるか』
へええ、今度は長門教官殿だ。たしか、陸軍の方で防戦の指揮執ってるっていってたよな。
「はい教官聞こえております」
『よし、なら聞いてくれ。頼む私達を助けてほしい。今この状況をひっくり返せるのはお前だけなんだ。頼む!』
なんとあの長門教官様が、俺ごときにお願いだと! 明日は槍が降るんじゃねえか?
『ザッ……ちょ、延、あんたナニ言って……ザザザ』
ほんとうに、信頼されてるんだなこのロボットは。こいつが動けばこんな絶望的状況までひっくり返せるくらいにな。
『もうまもなく海軍陸戦隊の強襲部隊が駆けつけてくる、それまで、お前が搭乗している機体と私達を護ってくれ!』
長門教官の飾らない言葉に俺は大きくため息をつく。
「了解です。何時間保たせればいいんですか?」
『後、2分だ。2分で彼女等がやってくる。だが、現状、2分もあれば敵がその機体をお前ごと奪取して輸送機に詰め込んで離陸することが可能だ。お前がいる格納庫の真ん前に輸送機が駐機している、その輸送機のSTOL(短距離離着陸)性能は折り紙付きだからな。乗っけられたら終わりだ。しかも、敵の捕虜からの情報で、奪取が成功したら、もう一機の輸送機に積んである小型戦術核を作動させる計画らしい』
離陸したって、我が国から脱出できなきゃ意味がないと思うんだが……。
って、核? 今核って言ったか? じゃあ、ナニか? 俺が乗ってるこれ、奪われたら、核爆発がここで起きるってことか?
なんてこった!
『竜洞生徒、聞いてください。防衛省統合作戦本部からの情報で、現在航空母艦、大型強襲揚陸艦を含む大規模な艦隊が日本海を猛スピードで北上中だそです、さらに、ウラジオストクから、戦闘機の大編隊が発進してここへ向かっているとのことです。奥尻のレーダーサイトもその編隊を確認しました』
『つまりだ、竜洞、お前を奪われて、輸送機が離陸したら我々の負けなんだ』
陸奥中佐と長門共感の声がコクピットに流れる。
「わかりました、やれるだけやってみます」
『ありがとう竜洞』
『………………ッ!』
大きく息を吐き出し、梓を振り返る。
「心配無用。兄様が梓に乗った以上、既に無敵なのは天地開闢以来の真理! 兄様と梓の不敗神話はここから始まる!」
梓がフンスと鼻息荒く答える。
『梓ちゃん、起動手順は太刀浦くんから聞いた?』
「問題ない緊急起動手順、ヘの35番を実施する」
『ええ、それでいいわ。後は任せます』
陸奥中佐と梓が専門用語で会話する。
「了解! 兄様。起動シークエンス開始する」
「おう、任せた! で、俺は何をすりゃいいんだ?」
ここに来て俺は根本的なことを尋ねる。
「ほとんどのことは梓がやる。予備電源投入! 予備電源投入ヨシ! 兄様がやることはただひとつ」
「おう、なにをすればいい?」
「引き金を引くこと」
「そりゃ、責任重大だな」
鼻から吐息が漏れる。ここまできたなら、もうハラを括るしかない。
「兄様に多大な負担を強いることを梓は謝罪する」
「いいってことよ。もう一回殺っちまったからな。後には戻れないだろ」
諦めたようにつぶやく俺に、梓は答えない。
「……起動手順ヘの35番実施。補助動力点火、フライホイール強制始動! 五、四、三、二、一、緊急始動炸薬カートリッジ、イグニッション!」
ドンッ!
大きな音とともに衝撃が伝わってくる。
「始動カートリッジ排出を確認、フライホイール始動を確認。1000、3000……回転数上昇……6000! 回転数さらに上昇、補助動力臨界、主反応炉点火準備ヨシ、メンテケーブルパージ! 主反応炉点火5秒前3、2、1ッ!」
梓が大きく息を吸い込んだような雰囲気が背後から伝わってくる。梓に呼吸など必要ないというのに。
「点火!」
梓の無機質な声がコックピットを満たす。
ズ、ズズズン……ズズズズズ……ブゥウウウウウウ……ンッ!
地響きにも似た音がコクピットの中に響き、やがて小刻みな揺れが体に伝わってくる。
ぱぁああああああ……。
「主反応炉、点火確認! 試製機動歩兵装甲零式白兵戦闘機起動!」
梓が起動の成功を告げた瞬間、俺の全身にビリビリと感電したようなショックが走る。そして、俺の体が何倍、何十何百倍にも大きくなったような感覚に見舞われる。
このとき俺は、このロボットが何故歩兵装甲などと呼ばれていたのかを理解して、意識を失ったのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価もまた、ありがとうございます。




