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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第1章 並行世界転生
9/108

9 もうどうだっていいや……

 気がついた俺が目にしたのは、カーテンレールに縁取られた保健室……ああ、こっちじゃ医務室か……の白い天井だった。


「竜洞生徒?」


 落ち着いた女性の声が、俺……、いや『竜洞生徒』を呼んだ。


「はい」


 俺は、『竜洞生徒』だからな、今は。返事をするしかないだろう。


「気がついた? 竜洞くん。君が意識を失っている間に、軽く検査をさせて貰ったけど、今のところ、脳および身体的に損傷は一切認められなかったわ」


 頭が重い。体が俺の意識とワンテンポ遅れて動き出す感覚だ。

 なるほど、起き抜けのときだと体を動かすのがもどかしく感じるのが、顕著なんだな。

 それ以外は、痛い所も痒いところもない。


「……でも、これ以上の検査は市立病院か大学病院の脳外ぐらいでしかできないから、急変しない限り、明日、市民病院で受診してから登校しなさい。私のほうから、今、長門教官に伝えておくから」


 カーテンを開けて入ってきた白衣姿の女性が、俺に、検査結果を淡々と告げる。

 俺ら、サカリがついた思春期少年が妄想する女医がそこにいた。

 と、同時に俺が驚いたのは、学校の保健室の域をはるかに超える設備だった。


「すごいな、まるで病院だ」


 開いたカーテンの隙間から俺の目に映ったのは、レントゲン室、処置室などの別室と、詳しくはわからないが、超音波とかで検査するようなやつとか点滴のパックを吊るすやつ。

 そこいらの内科クリニックよりも遥かに整った設備がずらりと並んでいる。


「ふふん、我が校の医療設備はここいらでは一番整っているのよん。周知だとは思うけどぉ、医者も不足しているからぁ。ご町内の方が受診できるようにもなってるのぉ。もっとも、ナースを雇えなくて、医療行為以外は生徒隊の衛生員に頼ってる惨状だけどぉ」


 へえ、ご町内の人が、学校の保健室で受診ね。ああ、ここは医務室だっけ。

 それにしても、この先生、お医者さんだよな多分。

 まるで、青少年が目にすることがはばかられる類の漫画に出てくる女性のおいしゃさんを、絵に描いて3Dプリンターで出力したような淫靡な雰囲気醸しまくりなんだが……。

 これで、地域医療にも貢献しているって……。

 ごく一部の特殊な趣味の人にしか貢献していないような気がするんだが……。

 ごく一部だけ元気なジジイが増加するだけのような気がする。ああ、もちろん下衆な考えなのはわかっている。

 ベッドを降りて、脱がされたシャツやズボンを身に着ける。


「あの、先生……」

「ああ、君の服を脱がせたのは私だから心配しなくていいわよん。モチロン下着の中も見てないから心配ご無用だよん」


 先生の察しの良い一言にほっとする。

 カーテンの囲いから外に出ると、そこは本当に病院の診察室だった。


「ここ、本当に学校の保健室かよ」

「いや、医務室ねん。竜洞くん。カバンが届くまで、待合室で待ってるといいわぁん。今ながもんが……もとい、長門教官も来るそうだからぁ」

 

 受話器を置きながら先生が俺の行動を指示してくれた。

 彼女が羽織っている白衣の胸には黒地に白で『苺狩』と書いてあった。


「いちご狩り……先生?」

「ばいかるよん」

「す、すみません」

 

 素直に謝る。そうだよな。こんなふうに変わった名字、素直に読むわけないよな。


「子供のころから言われなれてるから。気にしなくていいわよん。自分自身、可愛いと思ってるしぃ。ねえねえ、それより、竜洞くん、私と仲良くしておくと、色々特典があるのよん。例えばぁ……」


 白衣の下の巨乳がぶるんと揺れる。

 残念だが今の俺は巨乳に反応する元気はない。

 俺の本当の妹ではないが、こっちの世界の俺の妹が死んでいたという事実を突きつけられてショック状態にあるからだ。


「苺狩! 患者さんが待ってるぞ!」


 荒っぽくドアを開けて、我等が担任長門教官が入って来た。


「たっちゃん、お待たせ」

「辰哉ぁ、カバン持って来たわよ!」

「り、竜洞君、今日は早引けなんだな、お見送りなんだな」

「ちょーぅしはどぅだい? おりゃぁ、けっきょくぅ柔軟体操を三人でやる羽目になったぜぇい」


 待合室になだれ込んで来たやたら元気のいい高校生に、少なくはない地域の患者の皆さんが腰を抜かしかけていた。


「貴様ら、ここは我が校の施設とはいえ病院だぞ。静かにせんか! 患者の皆さんが腰を抜かしかけてるではないか!」


 長門先生の一喝で、患者の皆さんが本当に腰を抜かした。

 それを見てハッとした長門先生は、少しだけバツが悪そうに咳払いをして背を向けたのだった。

 普段の俺なら、ここで噴き出すはずなのだがそうはならなかった。

 どうやら俺は、かなり深刻なショック状態に陥っているようだった。

 その証拠に、俺の手当をしてくれた校医の先生にたった一言も感謝の言葉を告げなかったのだ。

 普段の俺なら必ず御礼の言葉を告げ感謝の意を表すのが当たり前だった。だが、苺狩先生に「ありがとうございます」の一言を言わずに医務室を後にした。

 俺がそのことに気がついたのは、昇降口で俺を自宅まで移送するための指示を長門教官殿が始めたときのことだった。


 ※※※※※


「ではこれより、竜洞生徒の移送を実施する。タクシーはここに車両を派遣する余裕が無いということなので、自分が所有している車両を使用する。付き添い及び車中での看護は信濃生徒と大和生徒をもってこれに充てる。移送者看護班の班長は大和生徒を持ってこれに充てる。両生徒がこの任務に選抜されたのは、両生徒が竜洞生徒の近傍に居住していること、ならびに、両生徒が本日午後の授業を受講しなくても成績に影響ナシと認められたからである……」


 装甲車のような四輪駆動車の前で、俺は、医務室から乗ってきた車椅子に座り、小桃と楓は俺の両側で気をつけして、長門先生の演説を聞いていた。

 医務室は昇降口や職員室がある管理棟の一階だったから、車椅子に乗ったままここまでこれたわけだ。

 元の世界の保健室は管理棟の二階にあったが、この世界の医務室は地域の皆さんに開放されていることもあり、一階にあるようだ。


「信濃生徒、大和生徒は竜洞生徒の姿勢を保持し、常時観察して、異常が認められた場合、即時報告すること。以上! 状況開始!」


 多分これは命令の伝達ってやつなんだろうな。

 こんだけ長ったらしく長門先生が喋っているのは、多分、緊急性がとことん無いからだろう。

 緊急時にこんな悠長なことしてたら、取り返しがつかないことになるだろうから、これは、おそらく俺を家まで送ること(移送)を任務とした訓練という体裁なんだろう。

 何事も軍隊の行動として捉えることで、目標の設定、行動の立案、実施と、言う手順を体に覚えさせるという意味を持つんだろうな。

 楓が車の反対側に回って乗り込む。小桃が俺を支えて楓に渡し、楓が俺を受け取ったのを確認して、乗り込む。

 その間、イチイチ行動を声に出して、自分の行動、相手の行動を確認する。


「大和生徒、座席安全帯ヨシ!」

「信濃生徒、座席安全帯ヨシ!」


 俺もシートベルトを確認しようとすると、楓がそれを手で制した。


「移送者、座席安全帯ヨシ!」


 小桃が報告する。


「後席ッ、全部ヨシッ!」


 楓が長門先生に報告する。


「後席全部ヨシ! 了! 運転席、座席安全帯ヨシ! エンジン始動! これより臨編移送小隊進発する。発進、前へ!」


 長門教官の号令とともに装甲車のような車が発車した。

 俺の予想に反して実に滑らかな発車だった。

 車は滑るように校門を出て、俺たちが今朝二十分かけてきた道を僅かな時間で駆け抜け、駅を通過する。

 駅から市街地へと向かう街道に合流して装甲車のような長門教官の愛車はぐんぐんとスピードを上げてゆく。

 楓越しに、窓の外を流れる風景を眺めながら、俺は、改めて自分の人生を振り返る。

 ああ、もちろん、俺が十五年と三ヵ月生きたあっちの世界の人生だ。

 そんな俺を小桃と楓が心配そうに見ている視線を感じた。


 ※※※※※


 俺は、竜洞辰哉、十五歳三ヵ月。この春から県立西高等学校に通っていた。

 ロクでもない。本当にロクでもない人生だった。

 いや、もっとロクでもない人生のやつもいるかもしれないが、こういったことに客観はないと何かで読んだことがある。

 だから、俺のこれまでの人生は、そのロクでもなさで言ったら、当社比五百パーセントでロクでもないもんだった。

 俺の父親は、パチンコ競馬競艇競輪とかのギャンブルってやつと酒が三度の飯より好きだったそうだ。どっかの裏社会の方々がやってるカジノなんかにも出入りしてたって話も聞いた。

 当然だが、そのせいでウチには何千万円って借金があったそうだ。

 でも、テレビドラマのなんたらくんみたいな借金取りがウチに来てドンドンとドアを叩いて大声でウチのことを呼んでいたなんて記憶はない。

 なぜなら、そうなる前に父親が事故死してその保険金で借金がチャラになったからだった。

 後で、父親の死に様を聞いたんだが、泥酔して工事現場に迷い込んで麻袋をかぶって寝込んでた父親がブルドーザーに轢き潰されたって話だった。

 事故で捜査は終わったそうだが実際はどうだか……。 

 世の中には人知れず人の背中を押す商売が在るそうだしな。

 母親は、父親が残した保険金で借金を清算した後、数千万のお釣りを手にしたとたん人が変わったように酒色に溺れた。

 とっかえひっかえウチには若い男が転がり込んでいた。

 母親が、ウチに若い男を連れてきているうちはまだ良かった。カップ麺の汁やコンビニ弁当の食べかす、パンくずとかを口に入れることができたからな。

 母親は食が細かったから、弁当は半分くらい残していたし、カップ麺も三分の一くらいは麺が残っていた。

 それでも、俺は、大部分を妹の梓にやってたから、水で腹を膨らませることが多かった。

 だが、そのうち、部屋の中がゴミで溢れ返るようになってくると、母親は次第に帰ってこないようになった。

 帰ってこない日が一日増え二日増え、ついに一週間も帰ってこなくなった。

 つまり、俺と三歳下の妹、梓はいわゆる育児放棄ってやつをされたわけだ。

 帰ってこない日が一週間を超え、十日になり、俺と梓はみるみる痩せ細っていった。

 母親が帰ってこなくなって二週間くらいだったろうか、俺と梓は餓死寸前のところを児童相談所に保護された。運がよかった。

 隣の奥さんが異臭がすると110番通報したのだそうだ。俺は今でもあの、俺たち姉弟を心配そうに見ていた隣の奥さんの顔を忘れたことはない。

 それから俺たちは児童養護施設で、保育士を親代わりに育った。

 入所初日、風呂に入れて、暖かい飯が目の前にあって一緒に食べてくれる人がいて、それだけでうれしくって妹と二人で大泣きしたっけ。

 そんときに一緒に飯食いながら梓のことを慰めてくれたのが、俺より先に収容されていた身寄りのない少女、大和楓だった。

 それから、梓は妙に楓に懐いて、どこ行くにも金魚の糞みたいにくっついてたっけ。

 そっからしばらくして、どこでどう調べたのか、元々隣の家に住んでいた幼なじみの信濃小桃がやってきて、俺と梓の手を引っ張って連れ出そうとしたのを、楓が必死になって止めて……ああ、そうか、楓と小桃って、やってることおんなじじゃねえかよ。ったく……。

 そして今年の春、中学進学と同時に、梓は人のよさそうな年寄り夫婦にもらわれて行った。

 養子縁組の話が出たとき、梓は俺と別れ別れになるのが嫌で、養女になることは嫌がっていたみたいだった。だけど、将来的なことを考えたら、例え養女でも、ちゃんと両親がいる方が絶対いいに決まってる。

 俺はそう思って梓を説得した。が、梓は俺と一緒じゃなきゃ嫌だとごねまくった。

 梓を養女にと望んだ老夫婦も、兄妹二人とも養子にするということになると経済的に余裕がなくなってしまう。と、梓を養女にすることを諦めかけていた。

 だから、俺は梓の背中を思いっきり押してやることにした。

 梓に俺のスマホの画面を見せながら「二人で小遣いを貯めて買ったこのスマホで、毎日話をしよう。もし梓が辛い目にあったら、兄ちゃんがすぐに助けに行ってやる。このスマホで兄ちゃんに電話するんだ、な」ってな。

 離れ離れになっても、俺達はスマホでつながってるってな。

 こっちの世界にきて、俺は少しだけ期待したんだ。こっちの世界の梓と俺は離れ離れになっていないんじゃないかって、な。

 こっちでは、俺の父親も母親もあんなクズじゃなくて普通の人で、俺と梓と両親とで普通の家族してるんじゃないかって、な。

 でも、『竜洞生徒』と梓はこっちの世界でも二人っきりになってしまっていたようだ。

 それだけならともかく、まさか死んでたなんて……なあ……。

「梓……」

 俺は再び猛烈な眠気に襲われた。

 ああ、もう、なんかいいや……。

 梓がこの世にいないんじゃ、人生の喜び半分以下だ。

 俺は、梓と一緒に養護施設で十年近く過ごして理解したことがあるんだ。それは悟りって言ってもいいかもしれない。

 喜びも悲しみも分かち合う相手がいてこそだってな。

 人生の幸せってやつは半分以上が共有でできてるって、な。

 ああ……、どうやら俺は、こっちの世界の梓が死んじまってたってことに、かなり深刻な精神的ダメージを負ってしまっていたようだ。

「なんか疲れちまったなぁ……」

 俺は、急速に俺の視界を覆っていく闇に身を任せた。

「もうどうだっていいや……」

お読みいただき誠にありがとうございます!


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