10 『竜洞生徒』の家の住所はかつて俺が住んでいたアパートと同じだったが……
「ここはどこだ?」
居眠りしている間に、どこに連れてこられた?
俺達が乗ってきた長門先生の装甲車は、アニメか漫画でしか見たことがない、城塞都市の門に付いているようなでかい扉の前で停車していた。
「あ、起きた?」
「長門教官! 竜洞生徒、起きました!」
「了、いいタイミングで起きてくれた、これから開門を申請するところだった」
居眠りする前に比べて、全身が実にスッキリとしていた。
数時間前と比べたら、手足に装着する鉛の錘入り鍛錬用ベルトを外した様に軽い。
しかし、どこのどなた様のお屋敷に、なんの目的で寄り道してるんだ?
「こちら。幼年学校教官長門予備大尉であります。ただ今門前に現着であります。開門を願います。……了、現状、介助の必要は認められません、独歩可能です…………了」
長門教官が、スマホに接続しているヘッドセットでどこかと通話している。げんちゃく? 開門?
ここは、俺が小三から厄介になっている養護施設じゃないってことは確実だ。
まさかとは思うが、ひょっとして、この城塞が『竜洞生徒』の家なのか? 俺の左側に座っている楓越しに窓から門柱を見る。
「……ッ! マジか……」
「どうした、の、竜洞生徒?」
「どこか痛痒が発生したのか、竜洞生徒!」
小桃と楓が俺を呼ぶ『竜洞生徒』って名詞に、学芸会の劇的なモノを感じてしまい、吹き出しそうになる。
が、ふと、運転席から殺気のようなものを感じて、眼球だけをそちらに向けると、バックミラーに、長門教官殿のハート○ン軍曹を思わせる凍りつくような熱い眼差しが映っていた。
(ああ、俺の移送任務って言ってたもんな。訓練中だもんな、今はクラスメイトでも幼馴染でもなくて、負傷兵と衛生兵って役割なんだろうな)
「……い、いや大丈夫なんでもない……であります」
そうはいったものの、俺の心中には穏やかならざる波紋が広がり始めていた。
門柱に掛かっていた表札には……、なんてこった……。毛筆っぽい車体で『竜洞』の文字が刻まれていやがった。
(で、電柱の住所……)
表札の『竜洞』を認めたくなくて、すぐ傍の電柱に貼り付けてある街区表示板に視線を走らせる。
「……ッ!」
俺は息を呑む。ああ、当然そうだろう。分かっていたさ。
そこには俺と妹の梓が児相に保護される前に、俺と妹を産んだあの女と俺たちが住んでいたボロアパートがあった住所が書いてあったのだった。
(まさか俺までが本当に真逆メタモルフォーゼしてたとはな)
ネグレクトの末に餓死寸前のところを児相に保護され、養護施設育ちの竜洞辰哉はお城みたいな家に住んでいる竜洞辰哉に転生したってことか。まさに並(行世)界転生のお手本だなこりゃ。
「開門確認、敷地内に進入します。受け入れ準備は……了。お願いします」
長門教官がスマホで話しているのはおそらくこのお屋敷の人だろう。ひょっとしたら『竜洞生徒』の両親かもしれない。
戦車の装甲みたいな鋼鉄製と思われる門扉が音もなくゆっくりと開いて、車はお屋敷の敷地内に入って行く。こういう場合、ゴゴゴゴゴ! って音がしたほうがそれっぽいんだがな。
(ぅおッ! なんじこりゃぁああッ!)
俺の目に飛び込んできたのはドーム球場が何個入るんだって思うくらいにだだっ広く、鬱蒼とした森までがその敷地内にある、絵に描いたようなハリウッドセレブの家みたいなお屋敷だった。
(すげーな、草野球なら一度に4試合くらいできそうだ)
芝生が碧々と茂るだだっ広い庭(……庭でいいんだよな)と遠くにぽつんと佇んでいる洋館。……だが、直ぐ側まで行ったらとんでもなくでかいに決まってる。それらを囲むように広がっている黒々とした森。
(上から見たら、ものすごい広さなんだろうな)
グー○ルマップの航空写真モードで見たこのお屋敷を想像して肩を竦める。
庭の真ん中を通っている緩やかな傾斜の舗装された道路を上り、洋館の玄関に、長門先生の装甲車のような車が向かう。
この広さは計測単位が東京ドーム何個分に違いない。
わおおおおおおおおぉん!
突如、どこからか狼の遠吠えのような鳴き声が聞こえた。あの森には狼が住んでるのか?
「クスッ、スパイナーったら。たっちゃんが帰ってきたのがわかるのね、すごく喜んでる」
す、すぱいなぁ? 『竜洞生徒』の飼い犬か。こんな風に吠えるってことは、ハスキーとかかな。俺にも懐いてくれるといいんだが……。
「あの子を連れてきたとき、一緒にブリーダーのとこ行ったよなぁ。辰哉ったら、一番小さくて不細工な子を、こいつと目が合った。こいつだって言って……」
「そうそう、もっと大きくて毛並みのいい子いっぱいいたのに、この、手足の太さがいいって言って……たっちゃんったら……」
楓と小桃はスパイナーという名前の、狼の遠吠えのように鳴く『竜洞生徒』の飼い犬の思い出を語る。
(おいおい、任務中だろ、私語は減点対象じゃねえのかよ)
「うむ、いいぞ信濃生徒、大和生徒。負傷兵後送の際に、励ますために話しかけることは推奨される。特に重症の負傷兵の場合は故郷や親兄弟ペットの話等でこちら側に繋ぎ止めることが肝要だからな」
そういえば、元の世界の待雪の部屋で見せてもらったベトナム戦争映画にそんなシーンがあったな。衛生兵が、死にそうな兵隊にそいつの故郷の話をしてたっけ。でもその衛生兵はその街のことなんか小指の爪の先ほども知らなかったんだ。
「最終現着まで30秒であります。……了」
再び長門教官が誰かと連絡を取り合う。
教官の装甲車がお屋敷の玄関へとみるみる近づいていく。
近づいてゆくにつれ、俺の目にはまたもや信じられないものが映り込んできたのだった。
いや、まあ、あの門扉や、この庭の規模からから想像することは出来はしたのだが、事実は俺の想像を遥かに超えたスケールで展開していたのだった。
なんと、玄関前に大勢のメイドさんがずらりと並んでいたのだ。
もちろん、メイド喫茶とかにいるミニスカのメイド(元の世界の太刀浦がアレは専門用語でフレンチメイドというんだって教えてくれたっけ)さんではない。ロングスカートにちょうちん袖の、まさに、ザ・お仕着せなコスチュームに身を包んだ本格的メイドさんたちだった。
(こんなのって、マンガ・アニメでしか見たこと無いぞ)
やがて、車寄せ(……っていうんだよなこれ)に、車が止まる。
「現着! 停車確認! サイドブレーキ確認! 安全帯解除、下車! 移送者を卸下!」
長門教官が鋭い声で命令を下達する。
「了ッ! 看護班は下車の後、竜洞生徒を卸下、爾後、竜洞家に引き継ぎます!」
命令を復唱して車を降りた楓と小桃が、重病人を介助するように俺を車から降ろす。
楓と小桃に両脇を支えられ、ずらりと並ぶメイドさんたちの前に立った俺は、なんと口を開いたものかわからずに愛想笑いを浮かべたのだった。
「「「「「「「「「「「お坊ちゃま~~~~~~~~ッ!」」」」」」」」」」
整然と並んでいたメイドさんたちが俺の前に殺到し、口々に俺を気遣う言葉を投げかけてくれている。おい、『竜洞生徒』! 貴様、うらやましい環境で暮らしやがってたんだな。
メイドさんに囲まれるなんて状況に直面したことがない俺は、彼女達に愛想笑いをするしかない。
「さあさあ、きみたち、坊っちゃんがびっくりしてるじゃないか! 引き継ぎを受け給え!」
と、パンパンという拍手の音が辺りを満たしていた緩い空気を一気に引き締めた。
俺を囲むメイドさんたちを嗜める凛としたアルトの美声が、開け放たれた玄関扉の奥から聞こえてくる。
こんなふうないい声聞いたの今日3回目だ。
「「「「「「「「「は、はいッ!」」」」」」」」」」
ビクリとしたメイドさんたちが、左右に別れ、整然と列を再構成する。
こういったタイミングで現れるのは、メイド長とかメイド頭と呼ばれるおばさんのメイドさんか、執事、もしくは、並んでいるメイドさんたちよりも少しだけ年嵩な印象のお姉さんメイドさんってイメージなんだが……。
「これはこれは、皆様お疲れ様でございました。お坊ちゃまをどうぞこちらに」
現れたのは、エプロンドレスどころかスカートさえはいていない、時代がかったロングジャケットの黒の三つ揃い。長門教官よりも若干背が高く、教官殿に全くヒケを取らないゴージャスなボディラインを執事服で包んだ栗毛のベリーショートの男装の麗人だった。
ここでも、塚系かよ。
「これはこれは、当家家督様のご担任、長門教官殿とお見受けいたします。沖縄撤退戦の英雄、長門延大尉殿に御目文字いたしましたこと、当家家令、鳳翔絢、生涯の誉であります。以後、お見知りおきいただきますれば、ありがたく存じます。此度は当家家督様をお送りいただきまして、誠にありがとうございます」
「竜洞生徒が体調を崩す原因となった転倒事故については、当該女性徒からの聞き取りは終了しており、本日中に報告書を作成し、電子書簡にて送付いたします」
慇懃に長門教官に挨拶をした執事みたいな服装の麗人に、長門先生は踵を鳴らして姿勢を正しお辞儀をする。15度くらいの角度だろうか。
これがこっちの世界の敬礼ってヤツなんだよな。覚えたぞ。
しかし、長門教官殿仕事が速いな、『竜洞生徒』が助けたっていう女生徒から、もう聞き込みを終わらせてるんだからな。
「了解です。当家としては、本件は全くの不可抗力であったと考えております。故に、責任の追求については、これを実施しないと予め申し上げておきます」
「感謝する家令殿」
長門教官と『ほうしょう』さんは互いに踵を鳴らして姿勢を正し、ザッ! と音がするようなお辞儀を互いにしたのだった。
「お帰りなさいませお坊ちゃま」
そして、するりとこちらに視線を移した執事服の麗人は両手を広げてから右手を胸に当てて、俺、楓、小桃と、順番に頭を垂れる。
「おお、信濃様、大和様のお嬢様方も誠にありがとうございます。ほら、君たち、いつまでお嬢様方にお手を煩わせているつもりなのか」
「「申し訳ございません! お嬢様、失礼いたします」」
執事のような格好をした麗人に叱咤されたメイドさんたちの明るい声が辺りに響き、俺の両脇を支えるのは楓と小桃から、メイドさんたちに移り変わった。
「教官! 竜洞家女中殿に竜洞生徒を引き継ぎました。現時点をもって竜洞生徒移送任務完了を申告します」
小桃と楓が気を付けをして、長門教官に報告している。
「うむ、大和生徒、信濃生徒。ご苦労だった! 解散してよし」
「けぇーい、れッ! なおれッ、解散ッ!」
楓の号令で二人が教官にお辞儀をする。
頭を上げた楓と小桃は緊張が解けた表情で俺に向き直る。
「辰哉、またな」
「たっちゃん。また、あした。ね」
二人がそれぞれ俺に挨拶して踵を返す。
「今日は本当にありがとう。また…な」
そう言った俺に二人は笑顔で振り返って、手を振り、庭を駆け抜けていく。
……え? 歩いて帰るのか? ここからそんなに近いのか、あいつらの家。
元の世界では小桃の家は確かに俺たちのボロアパートの隣の家だったが、楓の家はどこなんだろう。
お読みいただき、誠にありがとうございます!
20/06/28、誤字修正、敬礼の角度を15度に修正しました。




